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魔法都市
東の町イーストスフィア 1
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一月後……ラインハルト、カイネル、エアー、パルシオら一行は、北にある大国スフィロニアにいた。
スフィロニアとは、魔法学校スフィロニアとその周囲にある三つの都市から成る。魔法学校の周囲には一年を通して雪が積もる大霊峰があり、町はその山を越えた先にある。それぞれの都市はノーススフィア、サウススフィア、イーストスフィアと呼ばれ、一つの国でありながら各々特色のある集落が形成されていた。
時期で言えば紅葉色づく秋真っ盛り。北国ということもあり肌寒い季節となる。
スフィロニアを訪れたラインハルトらは、まず行動の拠点となる宿の確保を始めた。
宿場が集まる町はイーストスフィア。大陸の中心にある貿易都市スウェルマーニから道に倣ってゆけば、自ずとそこへ辿り着く。
「ラインさん。分かってますよね? お金あんまりないんですから、王国やスウェルマーニで泊まったような宿には泊まれませんよ」
「わかっているとも。何、雨風が凌げれば問題ない。それらしいところへ適当に入ってみよう」
「全く、前もそんなこと言って結構高級なところを選んだじゃないですか」
一月も一緒に旅をしたことで、二人も大分打ち解けていた。その二人の様子を見れば、安全な旅路だった故戦闘はなかったが、旅立った当初よりかは息の合った行動がとれると思える。
ラインハルトはイーストスフィアの大通りにつくと、周囲をぐるりと見渡した。道の両側にずらりと並ぶ宿屋の列。高級な装いを見せる店もあれば、そこらの民家のような店もある。数ある店の中から、ラインハルトは後者の中でも特に古めかしい宿を見つけると、そそくさと中に入った。
中は思った以上に薄汚れていた。店内を照らすランプも相当年季の入った品のようで、明るさからして他店とは違う。掃除をしていないのか埃だらけで、大通りにあるのが不思議なくらいだ。
「すまない」
無人の店内にラインハルトの声が響く。
それからしばらくして、奥に続く扉がぎいと軋んだ。
「ほい、どちらさん? こんなところになんか用かね」
現れたのはみすぼらしい服を着た白髪の老婆。質の悪いランプの明かりも相まって、ひどく不気味に見える。一般人ならばまず敬遠するであろう外見をしていたが、ラインハルトは一切怯まない。
「宿屋に人が来たのなら用は一つだろう。部屋は空いているか? 出来たら二つ用意してもらいたいんだが」
「ほほ、こりゃ酔狂な人が来たもんだ。見渡しゃ幾らでもいい宿があるだろうに、態々この宿を選びなさるとは」
老婆はボロボロの歯をむき出しにけたけたと笑って見せた。
その様子を後ろから見ていたカイネルは、ラインハルトの袖を引っ張る。
「ちょっと、別の店に行きません? ちょっとここは……」
極小の声でそう語るカイネルは、若干の恐怖を抱いた表情で店内を見渡していた。
「お連れさんの言うとおりにした方が良い。あたしとしても面倒無くて済むしな。ひっひ」
婆は再び笑って見せる。
「……いや、やはりここに泊まらせてもらおう。二部屋だ。よろしく頼む」
カイネルと老婆の意見は一致していた。だがラインハルトは何故か頑なにその宿を離れようとしない。
(ああ、こりゃ何言っても無駄だ)
短い付き合いながらカイネルは、ラインハルトの気性をよく理解していた。故に彼は早々に抵抗を諦める。
「ま、どうしても泊っていくというのなら勝手にするといい。部屋は二階だよ。四つあるから好きにしんさい。ただ鍵なんて上等なものついとらんでね。尤も客はお前さんたちだけだから必要もなかろ」
婆はまたひっひと笑った。
階段も相当がたが来ているようで、一足乗せるだけでぎしぎしと軋む。その上りかけ、ラインハルトは大事な話を思い出して振り向く。
「そういえば一晩幾らになる?」
「あー? ああ、値段かい。そうだなぁ……じゃあ宿の掃除でもしてもらおうかの。ここんとことんと掃除しとらんでな」
「は!? 掃除!?」
素っ頓狂な声を上げたのはカイネルだ。思いもよらぬといった風に目を白黒させる。
それを見たラインハルトは、嫌らしい笑みを浮かべた。
「ほら見ろ。これでただで泊まれるぞ」
カイネルからすれば迷惑なことこの上ない。前回の贅沢を少し減らすだけで、今回も至って普通の宿に泊まることができた筈。そう思えばラインハルトを見る目も鋭くなる。
先程カイネルの台詞に同調していた婆だったが、ラインハルトの言葉は聞き逃さない。
「ただなわけあるかい! ほれ、さっさと荷物を置いてきな。さっそくこき使ってやるよ!」
宿の主にせかされて、ラインハルト一行は急ぎ二階へと向かう。
婆の言う通り、二階の廊下には四つの扉が備え付けてあった。彼女はこの四つの部屋を好きに使ってよいという。しかしラインハルトも頑固で、最初に言った通り二部屋しか使うつもりはないようだ。
ラインハルトを先頭に、二階にある扉の内右の一つを開け放つ。部屋の中は一階に負けず劣らず酷いものだ。指でなぞれば埃がびっしりと引っ付いてくる。窓を開けたのもいつの日のことか。こんな状態ならば客が来ないのも無理はない。
「ごほっ、ごほっ、なんて宿だい。こんなところ誰が泊るっていうのさ」
カイネルは荷物を床に置くと、同時に舞い上がる埃をしかめっ面で振り払いながらそう言った。ラインハルトも少しあきれた様子で、埃を吸わぬように少しだけ息を止めて荷を下ろす。
「端から商売をしようとは思っていないのだろうな。若いころの貯えがあるのか……もしくは別の稼ぎがあるのか。それは定かではないが、要は年寄りの道楽なのだろうよ」
建付けの悪い窓を開けると、宙に舞う埃が日の光で照らされる。中はそんなありさまだというのに、宿はイーストスフィアの大通りに面しているというのだから、可笑しなものだ。窓から見えるその眺めだけは、ほかの宿と同じく実に素晴らしい。
ラインハルトとカイネルは荷物の整理が終わると、隣の部屋でパルシオ、エアーの滞在準備に取り掛かる。
尤もこの二人には荷物らしい荷物もないので、然程手間はかからない。部屋の戸を開け、寝台に丸まっておいてある布をばさばさと数度払う。そんなことをしていると、階下から喧しい声が響いた。
「何のんびりしているんだい! さっさと降りてきとくれ!」
四人はそれぞれため息をつき、重い足取りで部屋を飛び出した。
スフィロニアとは、魔法学校スフィロニアとその周囲にある三つの都市から成る。魔法学校の周囲には一年を通して雪が積もる大霊峰があり、町はその山を越えた先にある。それぞれの都市はノーススフィア、サウススフィア、イーストスフィアと呼ばれ、一つの国でありながら各々特色のある集落が形成されていた。
時期で言えば紅葉色づく秋真っ盛り。北国ということもあり肌寒い季節となる。
スフィロニアを訪れたラインハルトらは、まず行動の拠点となる宿の確保を始めた。
宿場が集まる町はイーストスフィア。大陸の中心にある貿易都市スウェルマーニから道に倣ってゆけば、自ずとそこへ辿り着く。
「ラインさん。分かってますよね? お金あんまりないんですから、王国やスウェルマーニで泊まったような宿には泊まれませんよ」
「わかっているとも。何、雨風が凌げれば問題ない。それらしいところへ適当に入ってみよう」
「全く、前もそんなこと言って結構高級なところを選んだじゃないですか」
一月も一緒に旅をしたことで、二人も大分打ち解けていた。その二人の様子を見れば、安全な旅路だった故戦闘はなかったが、旅立った当初よりかは息の合った行動がとれると思える。
ラインハルトはイーストスフィアの大通りにつくと、周囲をぐるりと見渡した。道の両側にずらりと並ぶ宿屋の列。高級な装いを見せる店もあれば、そこらの民家のような店もある。数ある店の中から、ラインハルトは後者の中でも特に古めかしい宿を見つけると、そそくさと中に入った。
中は思った以上に薄汚れていた。店内を照らすランプも相当年季の入った品のようで、明るさからして他店とは違う。掃除をしていないのか埃だらけで、大通りにあるのが不思議なくらいだ。
「すまない」
無人の店内にラインハルトの声が響く。
それからしばらくして、奥に続く扉がぎいと軋んだ。
「ほい、どちらさん? こんなところになんか用かね」
現れたのはみすぼらしい服を着た白髪の老婆。質の悪いランプの明かりも相まって、ひどく不気味に見える。一般人ならばまず敬遠するであろう外見をしていたが、ラインハルトは一切怯まない。
「宿屋に人が来たのなら用は一つだろう。部屋は空いているか? 出来たら二つ用意してもらいたいんだが」
「ほほ、こりゃ酔狂な人が来たもんだ。見渡しゃ幾らでもいい宿があるだろうに、態々この宿を選びなさるとは」
老婆はボロボロの歯をむき出しにけたけたと笑って見せた。
その様子を後ろから見ていたカイネルは、ラインハルトの袖を引っ張る。
「ちょっと、別の店に行きません? ちょっとここは……」
極小の声でそう語るカイネルは、若干の恐怖を抱いた表情で店内を見渡していた。
「お連れさんの言うとおりにした方が良い。あたしとしても面倒無くて済むしな。ひっひ」
婆は再び笑って見せる。
「……いや、やはりここに泊まらせてもらおう。二部屋だ。よろしく頼む」
カイネルと老婆の意見は一致していた。だがラインハルトは何故か頑なにその宿を離れようとしない。
(ああ、こりゃ何言っても無駄だ)
短い付き合いながらカイネルは、ラインハルトの気性をよく理解していた。故に彼は早々に抵抗を諦める。
「ま、どうしても泊っていくというのなら勝手にするといい。部屋は二階だよ。四つあるから好きにしんさい。ただ鍵なんて上等なものついとらんでね。尤も客はお前さんたちだけだから必要もなかろ」
婆はまたひっひと笑った。
階段も相当がたが来ているようで、一足乗せるだけでぎしぎしと軋む。その上りかけ、ラインハルトは大事な話を思い出して振り向く。
「そういえば一晩幾らになる?」
「あー? ああ、値段かい。そうだなぁ……じゃあ宿の掃除でもしてもらおうかの。ここんとことんと掃除しとらんでな」
「は!? 掃除!?」
素っ頓狂な声を上げたのはカイネルだ。思いもよらぬといった風に目を白黒させる。
それを見たラインハルトは、嫌らしい笑みを浮かべた。
「ほら見ろ。これでただで泊まれるぞ」
カイネルからすれば迷惑なことこの上ない。前回の贅沢を少し減らすだけで、今回も至って普通の宿に泊まることができた筈。そう思えばラインハルトを見る目も鋭くなる。
先程カイネルの台詞に同調していた婆だったが、ラインハルトの言葉は聞き逃さない。
「ただなわけあるかい! ほれ、さっさと荷物を置いてきな。さっそくこき使ってやるよ!」
宿の主にせかされて、ラインハルト一行は急ぎ二階へと向かう。
婆の言う通り、二階の廊下には四つの扉が備え付けてあった。彼女はこの四つの部屋を好きに使ってよいという。しかしラインハルトも頑固で、最初に言った通り二部屋しか使うつもりはないようだ。
ラインハルトを先頭に、二階にある扉の内右の一つを開け放つ。部屋の中は一階に負けず劣らず酷いものだ。指でなぞれば埃がびっしりと引っ付いてくる。窓を開けたのもいつの日のことか。こんな状態ならば客が来ないのも無理はない。
「ごほっ、ごほっ、なんて宿だい。こんなところ誰が泊るっていうのさ」
カイネルは荷物を床に置くと、同時に舞い上がる埃をしかめっ面で振り払いながらそう言った。ラインハルトも少しあきれた様子で、埃を吸わぬように少しだけ息を止めて荷を下ろす。
「端から商売をしようとは思っていないのだろうな。若いころの貯えがあるのか……もしくは別の稼ぎがあるのか。それは定かではないが、要は年寄りの道楽なのだろうよ」
建付けの悪い窓を開けると、宙に舞う埃が日の光で照らされる。中はそんなありさまだというのに、宿はイーストスフィアの大通りに面しているというのだから、可笑しなものだ。窓から見えるその眺めだけは、ほかの宿と同じく実に素晴らしい。
ラインハルトとカイネルは荷物の整理が終わると、隣の部屋でパルシオ、エアーの滞在準備に取り掛かる。
尤もこの二人には荷物らしい荷物もないので、然程手間はかからない。部屋の戸を開け、寝台に丸まっておいてある布をばさばさと数度払う。そんなことをしていると、階下から喧しい声が響いた。
「何のんびりしているんだい! さっさと降りてきとくれ!」
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