探求の槍使い

菅原

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英雄

森の狩人 2

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 弓兵団の拠点から出た後ラインハルトは、すぐに東の森を目指した。王国から東の森へは約半日の道のりだ。草原を切り裂く道があるから、迷う必要は一切ない。既に森は視界に捉えてあるがまだまだ日は高く、ラインハルトはこの日のうちに目的の人物に出会う腹積もりだ。


 森の入り口に立つラインハルトは、鬱蒼と茂る森林を見つめ深いため息をついた。
 王国に知り合いがいない彼にとって、弓兵団の団長がいる場所が広大な森のどこにあるのか、知る由もない。
 最悪森の中を彷徨うことになるだろうと、念のため保存食の類は買い込んでいたがそれもどれだけ持つことか。
 比較的楽観的なラインハルトとて、森に踏み込むには若干の勇気が必要だ。
「……とりあえず真っすぐ行ってみるか……危険を感じたら真っすぐ戻ってくればいい」
 そう独り言を呟いたとき、ラインハルトは森の奥から何かが近づいてくる気配を感じた。

 ラインハルトはその気配を察知するなり、布の塊の中から槍を一つ抜き取る。
 手に掴んだのは自身の槍。法国の奇妙な武具店で仕入れたアガツマの銘が入った作品だ。残ったジンの槍は、布にくるんだまま後方に放り投げる。
 槍を地と平行に、体勢低く右の手で柄の下側を握り、左の手を柄の先の方に宛がった構えを取る。いまだ迫る何かの姿は見えず。だが確かに、圧倒的な存在感を放ちながら迫ってきているのが分かる。
(こちらに気付いているのか? 一直線に向かってくるな……姿を隠す気もないということか)
 敵意があるかどうかもわからぬ相手に少々過剰ともいえる反応だが、気配を察知した彼の本能が、人外である可能性が高いと告げていた。

 構えてから幾らもしないうちにそれは姿を現した。
 真っ赤な……血のように真っ赤な体毛をした巨大な狼。以前法国の一件でも見た魔物。ブラッドウルフだ。
(これは思わぬ強敵だ……)
 ラインハルトはこれまで、ブラッドウルフと事を構えたことはない。あの時もそうだった。ブラッドウルフは満身創痍のラインハルトを助ける形で乱入したのであって、彼が直接ブラッドウルフと戦ったわけではない。
 しかし、記憶の端にあるスィックルの飛ぶ斬撃を容易く回避したあの姿を思い出せば……ラインハルトも気を抜くことはできない。

 迫る赤狼目掛け敵意をむき出しにするラインハルト。だが一方で、ブラッドウルフの方は走る速度を緩めやがて止まってしまう。
 そのまま戦闘に入るだろうと槍を構えていたラインハルトからすれば、とんだ拍子抜けだ。
 終いには完全に腰を落とし座ってしまった赤狼を見ると、彼はどうしたものかと思い悩む。悩んだ末、要らぬ戦闘を回避できたと割り切り構えを解くと、手に持っていた槍を地面に突き刺した。
「一体何のつもりだ?」
 言葉が通じるかはわからない。しかし通じてもおかしくないと思えるほど、ラインハルトは目の前の狼に知性を感じた。

 ブラッドウルフは何も答えず、ただ一度首を振る。それから踵を返し森の奥へと体を向けた。
(……ついて来いということか?)
 その疑問を口に出す前に、ブラッドウルフは駆けだした。そこは道とは言えぬ獣道。森に詳しくないラインハルトが置いていかれては、忽ち迷ってしまうだろう。
 ラインハルトは逡巡した。
 行く先は地獄か天国か。最悪ブラッドウルフの住処に自ら喰われに行く馬鹿な冒険者を演じることになる。
 だが……
(狼の見分けなどつかないが、あれが英雄の子が連れていたのと同じであればもしかしたら……)
 ラインハルトは地面に突き刺した槍を引き抜き、そこらに転がるジンの槍を抱え上げると、急いでブラッドウルフの後覆う。
 英雄の子が連れていた狼と同じであれば、その行き先は英雄の元、またはそれに近しい場所である可能性が高いだろう。そんな希望的観測に縋り、見失うまいと我武者羅に足を動かした。


 ブラッドウルフは、絶えずラインハルトとつかず離れずの距離を維持しながら、森の中を先導した。
 やがて見えるは一軒の掘立小屋だ。対して大きくもない、みすぼらしささえ覚える出来栄えの小屋が現れた。王国内でも木造建築はよく見たが、そういったものとは全然違う。表面を綺麗に加工したわけでなく、木材を等しい大きさに切りそろえてあるわけでもない。唯々、そこらに生えている木々を切り倒した丸太を組み上げたような作りだ。
 一足先に小屋の前まで来た赤狼は、すっかり体を地面につけくつろぎ始めた。ここまで来て、ラインハルトは漸く先程の観測が現実味を帯びてきたことに気が付く。
 赤狼の役目が終わったことを悟ったラインハルトは、上がる息を落ち着かせると、意を決して小屋の戸を叩く。

 どんどん。
 重苦しい音が中に響く。
「どうぞ」
 中から男の声が聞こえた。
 突然の来客に驚いた様子はまるでなく、誰が来るかわかっているかのような声音だ。
 ラインハルトは言葉に従い、唾を飲み込むと軋む戸を引き小屋の中を覗いた。

 小屋の中も外見と同じく、武骨なつくりだ。特別汚くはないが格別綺麗というわけでもない。一昔前の民家といったところだろうか。
 下は地面がむき出しで、中には寝台が三つと、火をくべる囲炉裏が一つ。更にこれまた手作り感があふれる粗削りな机が一つと、大小合わせて三つの椅子が置かれている。そのうちの一つに、彼は座っていた。
 若葉のような美しい緑髪。体もさほど大きくなく、顔立ちはまるで少女のように整っている。
 それでもラインハルトが『彼』だとわかったのは偏に、法国の広場にあった像の一つと瓜二つだったからだ。
「……巨人殺し……」
 思わず彼の異名が飛び出した。その言葉が聞こえたのか、机に落ちていた視線が上がり、翠色の瞳がラインハルトを捉えた。

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