探求の槍使い

菅原

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真実の姿

救出作戦 1

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 程なくして義賊団は皇国に到着する。既に日は高く、朝靄もとうに晴れてしまっていた。
 隠密を助ける靄は晴れた。だが皇国は、その性質上潜入するのは難しくない。他国に比べ防壁で囲まれているわけでなく、町中に検問をかけるようなこともしない。ともなれば、ここからはラインハルトの出番となる。
「案外何事も無く着くものだな。今の時間からすると……ふうむ……よし、こっちから入ろう」
 それまで先導していたポトムやエリスに変わってラインハルトが前に出て、先導を開始する。

 町中は平穏そのものだ。これまで軍に多大な貢献をしてきた兵士が処刑されるというのに……今こうして盗人が潜入しているというのに、町を行く人々は警戒を一切しない。
 尤もそれは、彼ら義賊団にとって好都合であり、むしろそうでなくては困る物でもある。
 ラインハルトの先導の下、一同は人気の少ない路地裏を走る。足音は相変わらず鳴りはしない。だが二十一もの人の群れが駆ける様は異様以外の何物でもなく、姿を見られてしまっては怪しまれるのは必至だ。だから一同は、細心の注意を払いながらも、迅速に城への道を駆け抜けた。

 やがて、一同は法皇の住まう居城に辿り着いた。ラインハルトからすれば実に一月ぶりの古巣である。久しぶりに見た城はあの時と何ら変わらず、雄々しきその姿を湛えたままだ。
 太陽は燦然と頭上を照らし、時刻は正午に迫ろうという頃合い。ジンが処刑される時間は正午であるから、もはや彼らには一刻の猶予も残されてはいない。
 だというのに、やはり居城の入り口には兵士が屯していた。それも当然の事ではある。何せここは皇国の最高位、法皇が住まう城。不届きものの侵入を許してしまえば、最悪の事態になりかねないのだから。
 だが義賊団にとっては、余り喜ばしくない状況である。一同は城門を覗ける位置の路地影から、ひっそりと門の様子を伺う。
「……流石に多すぎるな。さて、どうするか」
 ラインハルトの呟きに、エリスは慌てて声を上げた。
「抜け道とかはないの? 早くしないと処刑が始まってしまうわ!」
「そんなものがあればこんなところで立ち止まってはいない。国外れとは違い、城の周囲には城壁が高く積み上げられているんだ。入れるとしたら……あそこだけだ」
 ラインハルトが指さしたのは、兵士が屯する城門。城へ続く唯一の道だ。
 門の前には現在、重装備の兵士が二人だけ。平和であることに胡坐をかいているのか、注意力は散漫で気づかれている様子はない。不意を突けばその二人くらいはどうにかなるだろう。だが城の奥には数えるのもうんざりする程の兵士が見え隠れしている。その中には英雄の卵もいるだろう。それらが全て群れを成して来たら……彼らに成す術はない。

 刻一刻と処刑の時は近づく。照り付ける太陽のせいか、ラインハルトの頬を一筋の汗が伝った。彼の脳裏によぎるは先日の敗北。もしまた負けてしまえば……そう思うだけで体が言うことを聞かない。
 次第に皆が焦り始めた。遅々として進まぬ救助作戦。時を増すごとに、処刑場である中庭には兵士が多く集うことになるだろう。ならば事を起こすのは早い方が良い。だが……なぜか足が動かない。

 義賊団の誰もが、これが無謀な策であることは判っていた。彼らは義賊団選りすぐりの戦士たちだ。とはいえ、その誰もが幼き頃から武術を嗜んできたわけではない。一方軍に属する兵士らは、もとから戦士として育てられた純戦士である。その両者が、対等足り得る筈が無い。ましてや義賊団で一番二番を担うラインハルトとポトムは手負いの状態だ。例え首尾よくジンを解放できたとして、果たして無事に皇国から脱することは出来るだろうか。
 そう思い悩んでいると、不意にポトムが声を上げた。
「私が囮になります」
 ローブで隠れ表情は見えない。だが声は震えることもせずはっきりとしていた。もしかしたら初めからそう考えていたのかもしれない。ラインハルトはそう感じた。

 配下の唐突な申し出に、エリスは驚く。
「何を言っているの! ただでさえ私たちは戦力が少ないっていうのに、これ以上分散させるのは得策じゃないわ!」
 彼女の言うことは尤もだ。何せつい先日、そうやって手痛い失敗をしでかしたばかりなのだ。だがポトムの意思も硬いようで、一歩も引かない。
「お言葉ですが、我々の戦闘技術で二十程度固まったところで、大して抗うことは出来ませんよ。それよりも相手の戦力を分断したほうが幾許かましな気がします。私は脱獄した身、私が姿を曝せば、少なくともあそこに見える兵士はおびき出すことが出来るでしょう。たとえ召集がかかったとしてもこれだけ大きな城だ。兵士が集まるのにも時間がかかる。……その手薄になった瞬間を見計らってラインハルトが乗り込めば……勝機はあります」
 ポトムはラインハルトに向き直った。

 ポトムの確固たる意志が、周囲の団員を巻き込んでいく。
 その熱き思いに突き動かされ、ラインハルトは頷くとエリスに告げた。
「俺が必ず、ジンを助け出す」
 その言葉を聞き、エリスの答えを待つことなくポトムは準備を始めた。すらりと剣を抜き放ち、傷ついた顔を曝け出し、動きやすいようにローブを脱ぎ去る。その様子を見て、エリスはため息をついた。
「……はぁ、仕方がないわね……ポトム、約束して頂戴。絶対生きて館に戻るって」
「分かっています、お嬢」
 続いて、彼の後ろにいる男も名乗りを上げた。
「まったく、一人じゃ心配でならねぇ。俺も行こう」
 そういった男は、剣の鞘にナイフを括り付けた槍擬きを掲げて見せた。
 ラインハルトの代わりのつもりなのだろう。その槍擬きをポトムが脱ぎ捨てたローブでくるみ、肩に担ぐ。自らは持ってきていたフードで顔を隠し、傍から見ればまるで槍使いのように見えなくもない。

 ポトムの意志を汲み、声を上げたのは四名の戦士たち。皆、自らの意思で囮役を買って出た。
 一同は再会を約束し、各々行動を開始する。まずはポトム率いる囮部隊。五名からなる彼らは、路地の陰から踊り出ると門へと向かって駆け出した。
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