探求の槍使い

菅原

文字の大きさ
上 下
46 / 124
真実の姿

合流

しおりを挟む
 あらゆる準備を終えた義賊団は、夜明けと共に館を立った。参加するは前回の襲撃よりも多い二十の戦士たち。勿体ぶっているわけではない。義賊団とはもともと少数からなる集団であり、彼らはその数少ない人員の中から選び抜かれた、選りすぐりの猛者たちだ。その中には男だけでなく女も入り混じっており、彼らにとって総力戦であることが見て取れた。

 一同は、真っ暗な洞窟を駆け抜け外界へと躍り出た。夜明け前ということもあって辺りはうっすらと明るい。また、明け方独特の朝靄が周囲を取り巻いている。
 先頭を行くエリスが、周囲を見渡しながら呟いた。
「好都合ね。出来るだけ人に見られずに皇国へ潜り込みましょう」
 一寸先も見えない、と言えるほど深くはないが、この靄は彼女らの隠密に一役買うことになるだろう。

 義賊らは、皇国へと続く街道の傍を駆ける。隠密に長けた彼らの足は殆どの音を出さない。また早朝の街道を外れて進軍している為、誰一人として見つかることはない。
 その隊列の先頭部、前から二つ目の位置にラインハルトの姿があった。
 ラインハルトはエリスの後を追いながら、小さく問いかける。
「皇国にもぐりこんだらどうする気だ。細かな情報は一切ないぞ」
 ラインハルトもかつては皇国の兵士であったのだから、国に点在する処刑場の場所は概ね知っている。だが衛兵の目を盗みつつそれらを虱潰しに調べること等、不可能な話だ。
 それを案じての疑問であったが、エリスは淀みなく答えた。
「問題ないわ。ポトムも今こちらに向かっているもの。彼と合流した後、詳しく事情を聴きましょう」
 一同は更に街道を離れ、草むらの中を駆け抜ける。


 やがて、一同の前に一つの人影が現れた。
 頭から足の先までをローブで覆い隠し、大きな布の塊を大事そうに抱えている。顔も見えないから男か女かの判別もつかない。
 一同はその存在を訝しむ。この場に現れる人物と言えばポトムなのだが、その人影は彼が捉えられた時の姿とはまるで違う。もしや、皇国の張った罠なのでは、エリスはそう考えた。しかし次の一声で、彼らの疑念は氷解する。
「お嬢!!」
 その声は、まさしくポトムの物。辺りに響き渡る程ではないが、確かに届く声でエリスを呼び止めた。
 眼前に佇む人影がポトムであることに気付いた義賊団は、一時足を止め、彼の無事を喜ぶ。だが事は一刻を争う。笑みを浮かべたのも極僅かで、一同は直ぐに顔を引き締めると問答を始める。
「無事で何より。出来ればこのまま生きていることを喜び合いたいところだけど……」
「ええ、自体は一刻を争います。急ぎましょう。話は道すがら……」
 言葉少なめに踵を返すポトムだったが、それをラインハルトが引き留めた。
「おい、俺は碌な情報を貰ってないんだ。少し位説明して欲しいんだが」
 するとポトムは、大きな布の塊を持ち直し、ラインハルトへ向き直る。
「……そうだな。少し落ち着いて話すべきだろう。ホムエルシン様は、皇国で起きた一連の事件について疑念を抱いておられた。切っ掛けが何だったのかは判らない。だが独自で調査を重ねられていたようで、確信に至ったあの方は私を仲間の下へ逃がそうとしたんだ。そして……ラインハルト。君にこれを渡すようにと」
 ポトムは抱えていた白い布の塊を差し出した。
 それを受けとったラインハルトは、手早く布をはいでいく。そこには……
「これは……槍?」
 現れたのは、ジンが現役の傭兵だったころ愛用していた槍であった。
 絢爛豪華とは真逆を行く素朴なつくり。されどラインハルトが購入したアガツマの作品に引けを取らぬ業物だ。現役を退き長く立つジンが、唯一残した一振りである。
「ホムエルシン様は、その槍を君に託したんだ。皇国の腐敗を確信したあの方は、内と外から軍を叩く作戦を考えた。ホムエルシン様は信頼のおける兵士を集め内側から、外からは我々義賊団が皇国を制圧する作戦を」
 それからポトムは頭を隠していたローブを取り去った。
「っ! それは……」
 エリスはそれを見て悲痛な声を上げた。
 露わになったポトムの顔には、痛々しい巨大な傷が刻まれていた。
「ホムエルシン様は監視されていたんだ。皇国軍が保持する英雄の卵たちによって。私を逃がす際にホムエルシン様は奴等と戦い、惜しくも捉えられた。その時奴らは言ったんだ。『魔法の木の袂で刑に処す』と」
「魔法の木……?」
 言葉の端に聞き覚えのある単語を見つけ、ラインハルトは首を傾げる。すかさずエリスから追及の声が上がった。
「何か知っているの?」
 頷くラインハルト。
「法皇が済む城の、一階にある庭園にに生えた巨木だ。俺が昼寝をするとき良く枕にしていた。あの庭園は確かに広大な空間だが、一般民が立ち入れる場所じゃない。……恐らくこれは」
「罠でしょうね」
 エリスの言葉に、再びラインハルトは頷いた。

 英雄の卵とは、生まれる時と場所が違えば英雄足り得るだろう戦士に与えられる称号だ。いかにジン・ホムエルシンが強者であろうとも、賊一匹を取り逃がすような無能の集まりではない。ましてや頬をざっくりと抉る一撃を放っていながら、命を奪うにまで至らなかったなどと、そんな可笑しな話がある筈が無い。
 要すれば英雄の卵は、態とポトムを逃し、態と情報を持ち帰らせたのだ。恐らくは、義賊と、それに与する反乱兵を一網打尽にするために。……だがそれが事実だとしても、彼らが足を止める理由にはならない。

 エリスは一堂に言い放った。
「罠だろうと関係ないわ。ジン・ホムエルシンは、皇国の真実を知る私たちの仲間よ。乗り込んで助けるわ!」
「「「おう!」」」
 義賊らは声を揃えて答える。少し遅れてラインハルトも頷く。
 ラインハルトは、自身の持っていた粗末な槍を地面に突き刺した。それから託されたジンの槍を振り回し、感触を確かめるとしっかりと右の手で掴みとる。
「皇国に入ったら俺が案内する。時間帯によっては警邏兵の眼を掻い潜れるかもしれない」
「ええ、お願いするわ」
 話は決した。義賊団はジン・ホムエルシン救出のため死地に赴く。
 ポトムはローブを被り顔を隠すと、踵を返し、皇国へ向けて走り出した。
 その後を二十の戦士が追いかける。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

華都のローズマリー

みるくてぃー
ファンタジー
ひょんな事から前世の記憶が蘇った私、アリス・デュランタン。意地悪な義兄に『超』貧乏騎士爵家を追い出され、無一文の状態で妹と一緒に王都へ向かうが、そこは若い女性には厳しすぎる世界。一時は妹の為に身売りの覚悟をするも、気づけば何故か王都で人気のスィーツショップを経営することに。えっ、私この世界のお金の単位って全然わからないんですけど!?これは初めて見たお金が金貨の山だったという金銭感覚ゼロ、ハチャメチャ少女のラブ?コメディな物語。 新たなお仕事シリーズ第一弾、不定期掲載にて始めます!

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」 公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。 血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。

処理中です...