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皇国の闇
闇夜の攻防 2
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月が雲に隠れる。
それまで照らされていた二人の姿は闇に隠れてしまった。姿こそ見えるが、高速で振られる剣や槍を視認することは難しいだろう。
だが勝負は決した。スィックルの剣は吹き飛ばされてしまい、ラインハルトの槍がスィックルの喉元へ突きつけられている。
「いつかの再現だな」
ラインハルトはにやりと笑って言った。
「……まだ全ての力を見せていなかったというわけか……」
悔しそうに歯を噛みしめるスィックル。ラインハルトの放った突きは以前の物よりも繊細で、強烈な突きだった。
とてもではないが、今のスィックルでは太刀打ちできそうもない。
戦いの一部始終を見ていたエリスは、喜びの声を上げた。
「やったわ! これで悪党どもをひっ捕らえ……」
しかしその声は、全て言い終える前に誰かの声に遮られてしまう。
「全く……だから初めからこれを使えと言ったのだ」
現れたのはメルビア。それも槍を突き付けられたスィックルの真横に現れた。
スィックルを見下ろすメルビアは、鞘に納められた一振りの剣を持っていた。
余りに突然の事で、ラインハルトの心が揺らぐ。だが瞬間的に持ち直すと、メルビア向けて水の突きを放った。
だが……
「無駄だよ。ラインハルト君」
雲が晴れた。再び月が周辺を照らし出す。
彼の槍は、確かにメルビアを貫いていた。体の真横から、腹部を貫いている。
ところが当のメルビアは苦痛に顔を歪めることもせず、不敵な笑みを湛えラインハルトを見つめていた。
(なんだこれは……魔法か? しかしこんな魔法聞いたことも……)
それまで無心でいたラインハルトの心に、僅かに現れた雑念。それは少しばかり表情に出てしまったようで、困惑するラインハルトに向けてメルビアの勝ち誇った声がかけられる。
「魔法ではないぞ。私は魔法使いではないのだからな。そして剣士でもないから君には到底太刀打ちできない……が、君も私は殺せない」
そういうとメルビアは、手に持っていた剣をスィックルの前に放り投げた。
「君も皇国の兵士であるのなら、使命を全うしたまえ」
そしてメルビアは、何事も無かったかのように馬車へと向かって歩き出す。
スィックルは地に転がる剣を持ち立ち上がる。相変わらず顔は悔しさに歯を噛みしめ、眉間に皺を寄せたままだ
「やはり戦士としての腕では貴様に勝てんようだ。……悔ししいがまた研鑽のし直しだ。しかし、任務は遂行させてもらおう」
それからスィックルは鞘から剣を抜き放ち、大きく距離を開ける。それはもはや剣どころか槍も届かぬ距離。唯一取れる攻撃法は、魔法による狙撃くらいだろう。
ラインハルトは鼻で笑う。
「ふっ……大口を叩いておきながら、剣の届かぬ距離まで離れるとはな……臆したか?」
挑発を込めた台詞を吐きながら、ラインハルトは再び心の浄化を図る。
これだけの距離、剣を振る為に近づくにしても、魔法を唱え遠距離攻撃を放つにしても、ラインハルトが再び攻勢に移る方が早い。
だが、そうした彼の予想は大きく裏切られた。
スィックルは、その場で剣を振るった。
まるで届く筈が無い距離。ラインハルトはそれを、彼が良く行う感触を確かめるための素振りだと思った。だが次の瞬間、ラインハルトの右腕に激痛が走る。
「ぐぅっ!?」
痛みの元を見れば飛び散る鮮血。無心になりつつあったラインハルトの心に、再び困惑が訪れる。
スィックルは攻撃の手を緩めない。困惑し行動が鈍いラインハルトに対し、槍の届かぬ距離から剣を振り続ける。
傍から見れば素振りにしか見えないそれは、回を追うごとにラインハルトへと傷をつけていく。
それはまさに飛ぶ斬撃。視認することができず、圧倒的な距離を飛び回る鋭い刃。普通の剣戟ではない。また彼の魔法でもない。
瞬く間に切り刻まれていくラインハルト。攻撃の正体がつかめぬ今、彼に勝機は無い。遂に彼は戦うことを諦め、この場から退却することを選んだ。
「エリス! このままでは分が悪い! 一時退却だ!」
「そんな!? だってこのままじゃ……」
エリスはちらりと檻を見た。奴隷として買われていく彼らを助けること。それも彼らの目的の一つであったのだ。
だがこのままでは、ラインハルトの敗北は必至。それに加え義賊団の頭であるエリスまで捕まってしまえば、義賊団もいずれ解散してしまい、今後皇国の闇を暴く者達がいなくなってしまう。
それは、エリスにとっても、ラインハルトにとっても喜ばしい事ではない。
ラインハルトは駆け出した。戦士として、戦いの中での死を望んでいた狂戦士が、敵に背を向け走り出す。
「……逃がさんぞ!!」
怒声と共に放たれる斬撃。それは背を向けたラインハルトの襲い掛かり、その背中に大きな傷をつける。
「がぁっ!!」
それでもラインハルトは走った。痛みを歯を喰いしばって堪え、エリスの下へ猛進する。
ラインハルトは奇跡的にエリスの下へと辿り着くと、彼女の腕を掴み、無理矢理担ぎ上げた。そしてそのまま街道を駆け抜けていく。
「待て!!」
追おうと駆け出すスィックル。しかしそれを、メルビアが止める。
「よせ、追う必要はない。取引は無事行われ、商品も代金も無事だったんだ」
「……左様でございますか」
「左様でございますか……か。端から逃がすつもりだった癖によく言う」
心の内を当てられ、スィックルは焦る。だがメルビアからそれ以上の追及は無かった。
「まあ良い。追い払うだけでも上出来だ。さぁ、さっさと乗れ。この場にはもう一秒たりとも居たくはない」
メルビアは近くで伸びてしまっているコジックを見下ろした。汚らしい物をみる、蔑んだ瞳で。その態度を見て、怒りの矛先が自身に向いていないことにスィックルは胸をなでおろす。
スィックルはラインハルトが逃げていった街道の先を見た。もう既にラインハルトの姿はなく、夜の闇が広がるだけだ。
「早くしろ」
再び上がる催促の声で、スィックルは馬車に乗り込む。
それから幾らもしないうちに馬車は動き出した。その場に残ったのはコジックとその従者、彼の馬車とそして……奴隷が乗った馬車だけだ。
それまで照らされていた二人の姿は闇に隠れてしまった。姿こそ見えるが、高速で振られる剣や槍を視認することは難しいだろう。
だが勝負は決した。スィックルの剣は吹き飛ばされてしまい、ラインハルトの槍がスィックルの喉元へ突きつけられている。
「いつかの再現だな」
ラインハルトはにやりと笑って言った。
「……まだ全ての力を見せていなかったというわけか……」
悔しそうに歯を噛みしめるスィックル。ラインハルトの放った突きは以前の物よりも繊細で、強烈な突きだった。
とてもではないが、今のスィックルでは太刀打ちできそうもない。
戦いの一部始終を見ていたエリスは、喜びの声を上げた。
「やったわ! これで悪党どもをひっ捕らえ……」
しかしその声は、全て言い終える前に誰かの声に遮られてしまう。
「全く……だから初めからこれを使えと言ったのだ」
現れたのはメルビア。それも槍を突き付けられたスィックルの真横に現れた。
スィックルを見下ろすメルビアは、鞘に納められた一振りの剣を持っていた。
余りに突然の事で、ラインハルトの心が揺らぐ。だが瞬間的に持ち直すと、メルビア向けて水の突きを放った。
だが……
「無駄だよ。ラインハルト君」
雲が晴れた。再び月が周辺を照らし出す。
彼の槍は、確かにメルビアを貫いていた。体の真横から、腹部を貫いている。
ところが当のメルビアは苦痛に顔を歪めることもせず、不敵な笑みを湛えラインハルトを見つめていた。
(なんだこれは……魔法か? しかしこんな魔法聞いたことも……)
それまで無心でいたラインハルトの心に、僅かに現れた雑念。それは少しばかり表情に出てしまったようで、困惑するラインハルトに向けてメルビアの勝ち誇った声がかけられる。
「魔法ではないぞ。私は魔法使いではないのだからな。そして剣士でもないから君には到底太刀打ちできない……が、君も私は殺せない」
そういうとメルビアは、手に持っていた剣をスィックルの前に放り投げた。
「君も皇国の兵士であるのなら、使命を全うしたまえ」
そしてメルビアは、何事も無かったかのように馬車へと向かって歩き出す。
スィックルは地に転がる剣を持ち立ち上がる。相変わらず顔は悔しさに歯を噛みしめ、眉間に皺を寄せたままだ
「やはり戦士としての腕では貴様に勝てんようだ。……悔ししいがまた研鑽のし直しだ。しかし、任務は遂行させてもらおう」
それからスィックルは鞘から剣を抜き放ち、大きく距離を開ける。それはもはや剣どころか槍も届かぬ距離。唯一取れる攻撃法は、魔法による狙撃くらいだろう。
ラインハルトは鼻で笑う。
「ふっ……大口を叩いておきながら、剣の届かぬ距離まで離れるとはな……臆したか?」
挑発を込めた台詞を吐きながら、ラインハルトは再び心の浄化を図る。
これだけの距離、剣を振る為に近づくにしても、魔法を唱え遠距離攻撃を放つにしても、ラインハルトが再び攻勢に移る方が早い。
だが、そうした彼の予想は大きく裏切られた。
スィックルは、その場で剣を振るった。
まるで届く筈が無い距離。ラインハルトはそれを、彼が良く行う感触を確かめるための素振りだと思った。だが次の瞬間、ラインハルトの右腕に激痛が走る。
「ぐぅっ!?」
痛みの元を見れば飛び散る鮮血。無心になりつつあったラインハルトの心に、再び困惑が訪れる。
スィックルは攻撃の手を緩めない。困惑し行動が鈍いラインハルトに対し、槍の届かぬ距離から剣を振り続ける。
傍から見れば素振りにしか見えないそれは、回を追うごとにラインハルトへと傷をつけていく。
それはまさに飛ぶ斬撃。視認することができず、圧倒的な距離を飛び回る鋭い刃。普通の剣戟ではない。また彼の魔法でもない。
瞬く間に切り刻まれていくラインハルト。攻撃の正体がつかめぬ今、彼に勝機は無い。遂に彼は戦うことを諦め、この場から退却することを選んだ。
「エリス! このままでは分が悪い! 一時退却だ!」
「そんな!? だってこのままじゃ……」
エリスはちらりと檻を見た。奴隷として買われていく彼らを助けること。それも彼らの目的の一つであったのだ。
だがこのままでは、ラインハルトの敗北は必至。それに加え義賊団の頭であるエリスまで捕まってしまえば、義賊団もいずれ解散してしまい、今後皇国の闇を暴く者達がいなくなってしまう。
それは、エリスにとっても、ラインハルトにとっても喜ばしい事ではない。
ラインハルトは駆け出した。戦士として、戦いの中での死を望んでいた狂戦士が、敵に背を向け走り出す。
「……逃がさんぞ!!」
怒声と共に放たれる斬撃。それは背を向けたラインハルトの襲い掛かり、その背中に大きな傷をつける。
「がぁっ!!」
それでもラインハルトは走った。痛みを歯を喰いしばって堪え、エリスの下へ猛進する。
ラインハルトは奇跡的にエリスの下へと辿り着くと、彼女の腕を掴み、無理矢理担ぎ上げた。そしてそのまま街道を駆け抜けていく。
「待て!!」
追おうと駆け出すスィックル。しかしそれを、メルビアが止める。
「よせ、追う必要はない。取引は無事行われ、商品も代金も無事だったんだ」
「……左様でございますか」
「左様でございますか……か。端から逃がすつもりだった癖によく言う」
心の内を当てられ、スィックルは焦る。だがメルビアからそれ以上の追及は無かった。
「まあ良い。追い払うだけでも上出来だ。さぁ、さっさと乗れ。この場にはもう一秒たりとも居たくはない」
メルビアは近くで伸びてしまっているコジックを見下ろした。汚らしい物をみる、蔑んだ瞳で。その態度を見て、怒りの矛先が自身に向いていないことにスィックルは胸をなでおろす。
スィックルはラインハルトが逃げていった街道の先を見た。もう既にラインハルトの姿はなく、夜の闇が広がるだけだ。
「早くしろ」
再び上がる催促の声で、スィックルは馬車に乗り込む。
それから幾らもしないうちに馬車は動き出した。その場に残ったのはコジックとその従者、彼の馬車とそして……奴隷が乗った馬車だけだ。
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