探求の槍使い

菅原

文字の大きさ
上 下
25 / 124
誘い

嵐の中の攻防 3

しおりを挟む
 ジンの呟きは雨風の音に遮られた。大通りは魔法道具を使った街灯により若干照らされているが、今では何とも心許なく、何かのきっかけが無ければ乱入者に気付くことは難しい。このままではラインハルトも、ジンに気が付くことはないだろう。
 だが、同時におきた雷の閃光によって、ラインハルトは呆然と立ち尽くすジンに気が付いた。
 錯綜する視線。その中でジンは、弟子の瞳に力が無いことに気付く。
「なんだ。今にも死にそうな面じゃないか」
「……そういう師こそ、既に息が上がっているじゃありませんか」
 どちらも事実であるが、どちらも肯定することはしない。

 ジンは周囲に倒れている兵士を見渡した。
 倒れている兵士は約十程。外傷は一切見られず、気絶しているだけのようだ。
 だが気絶しているだとか絶命しているだとか、そういったことはこの際重要ではない。兵士に手を出したこと、それ自体が重要な意味を持つ。
「どうやら……本当に賊の手先だったようだな」
 心の底から湧き上がる落胆のため息。それを振り払う為、ジンは愛用の槍を振り回した。ひゅんひゅんと風を切る音が鳴り、雨粒を弾きながら円を描く。更に数度、器用に回転させ感触を確かめると、槍に付着した雨を払うように大きく振り抜いた。
「さて、弁明を聞こう。何か言ってみろ」
 既にジンの中では、ラインハルトは敵とみなされている。どんな理由があろうとも、味方である筈の皇国兵に手を上げることは許されぬ行いだ。しかも今回は『訓練中に起きた不慮の事故』という言い訳も効かない。ラインハルトには、より重い罰が与えられるだろう。

 ジンはゆっくりと槍を構えた。一方ラインハルトはまだ動かない。手に持った獲物さえも、動く気配がない。
 代わりにラインハルトは、ジンを見て語り掛けた。
「申し訳ありませんが、暫く皇国を離れます。俺の事は心配なさらずに」
 これにはジンも冷静ではいられない。
「このまま逃げられると思っているのか!? 賊は皆逃げてしまった! また皇国は……皇国に暮らす民は、賊の脅威に晒されてしまうのだぞ! その元凶を作った愚か者に、自由を得る資格は微塵も無い!」
 ジンの怒りに合わせ、一つ雷が鳴った。その閃光により再び両者の姿が照らし出される。
 その瞬間。制止したラインハルトの持つ物を見て、ジンは目を疑った。

 彼が持っていた物は、槍などでは無かった。
 それは即席で作った槍もどき。お世辞にも上等とは言い難い刀剣。恐らくは盗賊の援軍が持ってきた物の一つなのだろうそれを、唯の長い棒の先に紐で縛り付けただけの粗悪品だったのだ。槍と呼ぶには余りにも拙い出来栄え。だが真に驚くべきは狩れば、その槍もどきを用いて、十数人の兵士を無力化したという事実だ。一体どれだけ力に差があればそれが可能となるのか……ジンには見当もつかない。

 驚愕するジンに向かって、ラインハルトの声が届く。
「……申し訳ありません……ですが、俺は行かねばならない。それを邪魔するというのであれば……」
 ラインハルトは手にした棒をゆっくりと構えた。右の手で柄の後ろ側を持ち、左の手を柄の前側に添え、体勢を低くとる。
 それは師に教わった構え。ジン・ホムエルシンが自らの半生を駆け編み出した槍術の、極意とも言える型の一つだ。
「師であろうとも容赦はしない!」
 師弟は同じ構えで対峙をし、始まりの合図を待つ。


 風が吹き荒れ、雨が降り仕切る中、一際大きな雷が閃光を放つ。
 それは戦いの始まりを告げる合図。両者は共に前へ飛び出し、右手から滑らせるように槍を突き出した。
 この突きは、腕力による単純な攻撃にあらず。大地を踏みしめる足から始まり、腰、腹、肩、腕と、身体全てを流れるように使うことで放つ、文字通り全身全霊を込めた一撃だ。
 その一突きは、宛ら天を駆ける紫電の如く。両者の槍は空から落ちる雨を断ち切り、唸る風を切り裂き、音すらも置き去りにして交差する。
 
 ギィン!!

 響く激音、止む閃光。そうして漸く雷鳴が轟く。
 一合の攻防の末、決着はつかず、互いの槍は共に相手の身体を外し、両者は一つも傷がついていない。

 初激が終わった後、先に動いたのはジンだ。彼は更なる一撃を見舞う為、突き出した槍を引き戻す。するとその時、手に僅かな違和感を感じた。
 恐る恐る槍を見る。
「ぬぅっ!?」
 なんと、手繰り寄せた槍の先にある筈の刃が無くなっていたのだ。
「槍が無くては手も出ませんね」
 ラインハルトの声が響く。その言葉を聞き、ジンは恐怖に包まれた。
「ま……まさか、狙ってやったというのか!?」
 驚愕するジンの前に経つラインハルトは、悲し気な眼差しで立ち尽くす。


 武器の性能だけを見れば、勝敗は明らかだった。軍の指南役であるジンが持つ槍は、名品と呼ぶにふさわしい。一方牢屋から逃げ出したばかりのラインハルトが持つ槍は、誰の作品かもわからぬ剣を用いた急造品だ。腕が同等であるのならば、前者が勝るのは火を見るより明らかだろう。
 だが両者が持つ技術、才能には大きな差があった。
 ジンが操る槍術に置いて、先の身体全てを使う体重の乗った突きは、必殺ともいってよい程の威力を持つ。その威力たるや、分厚い盾を貫き、鋼鉄の鎧を穿ち、その下にある体をも貫通する程だ。それは一般の槍術では到達できぬ領域。故にその一撃は、絶大なる威力と速度を持つ攻撃となる。

 ところがその攻撃には、絶大な威力を有する代わりに、一つの大きな隙が生まれる物であった。
 その隙とは、体重を乗せ槍を突き出した後、完全に伸びきった腕で槍を引き寄せる行動に移る際に起きる、一瞬の制止だ。
 ラインハルトはこの隙を狙い、動きの止まったジンの穂先を狙って突きを放ったのである。
 たとえ扱う獲物の質は落ちようとも、制止した物質と圧倒的な速度をもつ物質とでは、後者の方が大きな力を持つ。現に今、ジンが持つ槍の先は欠け、もはやただの棒に成り下がってしまった。しかしラインハルトの持つ槍も無事ではない。槍の先を砕く際の衝撃に耐えきれず、括り付けた刀剣が無くなってしまっていた。
 ラインハルトは語る。
「俺の槍ももう唯の棒だ。……まだやりますか? 俺は一向にかまいませんが、彼らが風邪をひいてしまいますよ」
「ふ、ふざけるな! そんな甘言には騙されんぞ!」
 ジンは猛々しく咆えて見せた。だが、彼我の力量差を知ってしまった彼の魂は、頑なに動くことを拒む。
(私の槍は鉄の棒と化した。だが、あいつの槍は木の棒だ。まだ私が有利!)
 頭ではそう理解しているというのに、体が言うことを聞かない。
 先の咆哮が虚勢であると分かったラインハルトは、踵を返し師に背を向けた。
「……申し訳ありません」
 そして再び謝罪の言葉をつぶやくと、轟轟と降る雨の向こう側へと消えて行ってしまった。


 ジンはラインハルトが消え去るまで、一歩も動くことが出来なかった。
 それが悔しくて、情けなくて、膝から崩れ落ちると槍を手放し、力一杯地面を殴りつける。
「くそっ!!」
 頭の中は一瞬で煮えたぎる。だが茹った頭は空から降る雨で強制的に冷やされる。
 冷静さを取り戻したジンは行動が早い。胸元から通話用魔法石を取り出すと、城へと連絡を取り、倒れた兵士の救出を要請した。そして
「……いかんな。まずは彼らを雨の当たらぬ場所まで運ばねば。明日から忙しくなるのだからな……」
 自分に言い聞かせる為、そう呟くと援軍の兵士が到着するまで、倒れた兵士の介抱を始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...