救世の魔法使い

菅原

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19章 邪龍

災厄の復活

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 リエントの予言した日が来た。
今日は新月。
何時も辺りを照らす月明りはその姿を消し、夜空には小さな星の光が明滅を繰り返すのみ。
周囲を照らすたき火をぼんやりと眺めながら、ある兵士は思いをはせる。

『なんとも面倒なことになってしまったものだ。
魔族の進行とはなんら関係のない北の果てで、まさかこんな大事に巻き込まれるとは。

 正直、俺らのような一般兵には、上役の慌てようは理解できない。
邪龍が復活するだって?絵本の中でしか見たことがない奴を、どうやって怖がれっていうんだ。
分かっているのは奴が仕出かしたであろう被害だけ。しかしそれも、幾つもの村を……だなんて酷く曖昧な言葉で濁してある。

 俺達からすれば、副産物扱いにされている魔物の大群のほうが恐ろしい。
魔王軍との戦争に勝利した矢先に、魔物の軍勢と戦わねばならないとは……
だがその話も、何処までが本当の事なのか。
話の元が絵本に描かれた物語であり、証拠が老いぼれ老人の証言だけ。
これで気張れという方が無理な話じゃないか?』

 欠伸を噛み殺しながら、気だるそうに目を擦る兵士は、実は彼だけではない。
邪龍の復活が予言された日だというのに、余りにも緊張感の欠けた状態。
それが、籠城戦を担う兵士隊、特にウェルムの兵全体に蔓延していた。


 住民が避難し、大部分が無人となったスフィアの町。
新月故にいつもよりも暗い町の中で、人知れずことは起きている。
 中心に立った時計塔の外壁が、ぱらりと一つ崩れ落ちた。
時は、夜の始まりを告げる鐘が鳴る時間。
この時時計塔は、計二回の鐘を鳴らす。
 まずは一つ目……

 ゴーン……

町全体に響き渡るその音は、避難所にいる兵士と、町民の耳に届く。
ぼんやりとたき火を見つめていた兵士も、ああ、もうそんな時間か、と呟き、時計塔のある方角を何となしに見つめた。
 そして二つ目の鐘が鳴る瞬間。
鐘の音の代わりに、何かが壊れ、崩れ落ちる音が響いた。

 家屋が倒壊するような、岩石が転がり落ちるようなその音を聞いた町人たちは、次々に悲鳴を上げ始めた。
「なんだあの音は!?……もしかして……時計塔が!?」
「本当だったんだ!リエント様の言葉通り……邪龍が復活する!!」
 この悲鳴に、気の抜けていた兵士たちの目も覚める。
皆剣を、盾を、杖を持っては立ち上がり、迅速に隊列を組んでいく。
気が抜けていたとはいえ、そこは良く訓練された屈強な兵士。
あっという間に隊列を組み上げると、迫りくる脅威に備え、武器を構えた。


 崩れ落ちた時計塔の中から、黒い塊が一つ零れた。
それは瓦礫などではない。
もぞもぞと動き、長い眠りから覚めた体を慣らしていく。
この生き物こそが、兵士の恐れていた存在。
 やがて、蠢いていた魔物は小さく鳴き声を上げた。
容姿とは似ても似つかない、その可愛らしい声に反応し、時計塔の跡地から、数えきれない程の魔物があふれ出る。
それらは思い思いに声を上げると、町の中を駆けだした。


 あらかじめ発動されていたリエントの感知魔法が、時計塔の倒壊を察知する。
「時計塔が、崩れ落ちたようだの」
それはつまり、邪龍復活の時が来たことを意味していた。
ルインらは今、転送魔法陣の前に陣取っていて、魔法学校を見上げる形になっていた。
 リエントの通達で、周囲の者達も戦闘態勢を取る。
しかし、いくら待てどもそれらしき姿は見えない。
見慣れた魔法学校が、静かに佇んでいるだけだ。
 痺れを切らして、フレアが声を上げた。
「どういうことだ?邪悪な竜が現れるのではなかったのか?」
彼の言葉を聞いて、周囲に動揺が走る。
だが只一人……リエントだけは、魔法学校を睨みつけたままだった。

 フレアの問に言葉を返すことなく、静かな時間が続く。

カラッ

音を無くしたその場で、その音は良く響いた。
何かが転げ落ちる乾いた音。
それは魔法学校の方から聞こえたように思える。

カラ……カラ……

時間が過ぎる程に、聞こえる頻度も多くなってきた。
そして、その音は次第に鈍く、大きくなっていく。
それは、時計塔に起きた物と同じ現象を告げる音。
「皆の者!武器を持て!」
リエントの叫びで、皆その存在に気が付いた。

 月の無い夜空に、煌々と輝く金の光が二つ。
魔法学校の屋根にも達しようかという高さに浮かんでいる。
『……ああ……懐かしい……空が見える。風が吹いている』
頭上から聞こえたその声は、魔法学校を見上げる者達の声ではない。
男にも女にも聞こえる中性的な声。
その声は、夜空に浮かぶ二つの光球の物だった。

 リエントは真っ先に杖を振った。
正々堂々と、なんて気はさらさらない。
どんな手を使ってでも、彼は邪龍を退けなければならない。
「光よ!奴を断ち切れい!光の剣ライトエルソード!」
現れたのは、白銀に輝く五本の剣。
光の集合体であるそれらは、少しの間周囲を照らす太陽となる。
 魔法の輝きに照らされた奴を、ルインは少しだけ垣間見た。
一点の曇りもない純白の体躯。
魔法学校に匹敵する体の大きさ。
その瞳は、金色の輝きを放っていた。

 光の剣は発動者の指示に従い、高速で標的目掛けて飛翔する。
その剣は、あらゆる装甲を無視した攻撃を可能とする魔法攻撃。
それは堅牢な鱗を持つ竜でも例外ではない。
 当たれば必ず傷を負う光の剣。
その剣を視認しながら、邪龍は呟いた。
『そう急くでない。小さき者よ』
途端。
五本の光の剣がはじけ飛んでしまった。
はらはらと舞い散るその光は儚く消え去り、周囲を照らす光は瞬く間にその姿を隠す。

 リエントの放った魔法は、確かに高位の魔法であった。
彼が手を抜いたわけでは無い。
だが邪龍は、その魔法を容易く打ち砕いてしまったのだ。
『我が目覚めたというのに、月も見えぬ夜というのは好ましくないな……天回スォル
つまらなそうな声が聞こえ、聞いたことも無い言葉が響いた。
 するとどうしたことか。
月の見えなかった筈の夜空が……夜の始まりを告げたばかりの夜空が、みるみる白んで来るではないか。
「なっ!?まさか……太陽だというのか!?ありえん!昼夜を逆転するなどまるで……!」
神のようだ、という言葉を辛うじて飲み込むフロウ。
だが、彼のその悲痛な叫びは、ルインの耳に良く通った。
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