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18章 御伽噺
蘇る悪夢
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一日が経った。
アネシアルテは元気な姿で皆の前に姿を現す。
いつもと変わらぬその様子を見て、館の住人は皆安心したと声を上げた。
「もう、大げさなのよ皆。久しぶりの大舞台でちょっと疲れただけなのに」
呆れた様子でそう笑うアネシアルテ。
その様子をルインは、離れた所から眺めていた。
アネシアルテは知らない。
昨晩彼女が倒れてから、カルタネシアは直ぐに医者を呼んでいたのだ。
クェインが病死したのだから敏感になるのも無理はない。
最初カルタネシアは、穏やかな表情で眠るアネシアルテを見て、過剰な反応だったかもしれない、と思った。
だが小さな不安は払拭しきれず、医者の診断を仰ぐことにしたのだ。
ルインとカルタネシアが付き添って見守る中、医師の診察が進み結果が下る。
「今のところ何も問題はありません。唯の疲労でしょう。……ですが、お母様も感死病を患われたとか……血縁が関係するとは聞いたことがありませんが、注意したほうがよろしいかと」
報告を受けた二人は、神妙な顔でアネシアルテの顔を見る。
クェインを死にたら占めた原因は感死病だ。
それが無ければ研究所を訪れることも無く、ああして化け物に堕ちることも無かった。
その忌々しき病気が、次は愛するアネシアルテへと降りかかるかもしれない。
現代の医学では、感死病がどうして発症するのか、感染の恐れはあるのか、解明されていない。
血縁関係者がかかりやすい傾向にあるわけでなく、何かの前触れがあるわけでもない。
だから彼女が、感死病を患う事も、何ら不思議なことではないのだが……
兎も角、感死病の第一段階は嗅覚。
もし鼻の機能が低下してきたら……感死病の可能性がある。
昨夜の医師の報告を思い出し、二人は注意深くアネシアルテの言動を観察した。
日常生活は特に問題は無さそうだ。
朝目覚めた時も、朝食の匂いで目が覚めたといっていた。
今も二人の視線を浴びながら、玄関先に置いてある花の香りを楽しんでいる。
(心配のし過ぎだった……かな?)
いつもと変わらないアネシアルテの様子を見て、ルインは酷く安心した。
それから数日注意して見ていたが、特に問題は無く、時間が過ぎるにつれて、二人に残った僅かな不安も、次第に薄れていった。
一月が経った。
相も変わらず魔法学校からの報せは無い。
今日もまた、何をするでもない自由な一日が始まる。
(今日は何をしようかな……アネシアと相談してみようか)
そんな軽い気持ちで、ルインは彼女の部屋の戸を叩く。
相談の末、二人は町へと繰り出すことになった。
準備時間を隔て、昼食を町で取ることになり、昼前に玄関で待ち合わせをする。
早めに玄関についたルインは、廊下をかけてくるアネシアルテを出迎えた。
「いい天気だね」
「そうね……そうだ。温かくなってきたし、ノーススフィアにでも足を延ばしてみましょう?」
それから、二人そろって屋敷を出ていく。
その時だ。
「あら、何時も花の良い香りがするのに……造花に変えたのかしら?」
この一言で、ルインは頭が真っ白になった。
そんな筈はない。
彼の鼻には、確かに黄色い花の香りが……
それから、ルインは町での出来事を覚えていない。
ルインはその晩、出掛ける時にアネシアルテが放った言葉を、カルタネシアに伝えた。
「それは、本当の事なのか?」
カルタネシアの顔は、今にも泣き出しそうな程崩れている。
頷くルインを見た彼は、整った頭髪が崩れるのも気にせずに、頭を掻きむしった。
「何故だ……何故だルイン!神は何故、私の愛する者を奪い去っていくのだ!?」
悲痛な叫び。
その声を聞いて、ルインも泣きそうになってしまう。
少年は気を強く持ち、現実を否定する。
(だめだ!泣いたりしたら本当にアネシアは……!)
涙の出そうな目を擦り、震える声で叫んだ。
「まだ感死病だと決まったわけではありません!きっと……風邪か何かで鼻が詰まってたんですよ」
気休めにしてはなんとも拙い理由である。
ところが、非情な現実から逃げたいカルタネシアは、その言葉に飛びついた。
「そうだな……いや、きっとそうだ。誰だって調子の悪い時はある。きっと今日がその日だったんだ」
こうして、二人は現実逃避を始める。
あらかじめ忠告されたにもかかわらず、可能性を否定し、あの日の事は何かの間違いだったのだと思い込む。
そうすれば確かに、辛い現実から目を逸らせて楽であろう。
だが、そんなことには意味がない。
その日から僅か三日後のことだった。アネシアルテが、花を生けた花瓶を叩き割った。
アネシアルテは元気な姿で皆の前に姿を現す。
いつもと変わらぬその様子を見て、館の住人は皆安心したと声を上げた。
「もう、大げさなのよ皆。久しぶりの大舞台でちょっと疲れただけなのに」
呆れた様子でそう笑うアネシアルテ。
その様子をルインは、離れた所から眺めていた。
アネシアルテは知らない。
昨晩彼女が倒れてから、カルタネシアは直ぐに医者を呼んでいたのだ。
クェインが病死したのだから敏感になるのも無理はない。
最初カルタネシアは、穏やかな表情で眠るアネシアルテを見て、過剰な反応だったかもしれない、と思った。
だが小さな不安は払拭しきれず、医者の診断を仰ぐことにしたのだ。
ルインとカルタネシアが付き添って見守る中、医師の診察が進み結果が下る。
「今のところ何も問題はありません。唯の疲労でしょう。……ですが、お母様も感死病を患われたとか……血縁が関係するとは聞いたことがありませんが、注意したほうがよろしいかと」
報告を受けた二人は、神妙な顔でアネシアルテの顔を見る。
クェインを死にたら占めた原因は感死病だ。
それが無ければ研究所を訪れることも無く、ああして化け物に堕ちることも無かった。
その忌々しき病気が、次は愛するアネシアルテへと降りかかるかもしれない。
現代の医学では、感死病がどうして発症するのか、感染の恐れはあるのか、解明されていない。
血縁関係者がかかりやすい傾向にあるわけでなく、何かの前触れがあるわけでもない。
だから彼女が、感死病を患う事も、何ら不思議なことではないのだが……
兎も角、感死病の第一段階は嗅覚。
もし鼻の機能が低下してきたら……感死病の可能性がある。
昨夜の医師の報告を思い出し、二人は注意深くアネシアルテの言動を観察した。
日常生活は特に問題は無さそうだ。
朝目覚めた時も、朝食の匂いで目が覚めたといっていた。
今も二人の視線を浴びながら、玄関先に置いてある花の香りを楽しんでいる。
(心配のし過ぎだった……かな?)
いつもと変わらないアネシアルテの様子を見て、ルインは酷く安心した。
それから数日注意して見ていたが、特に問題は無く、時間が過ぎるにつれて、二人に残った僅かな不安も、次第に薄れていった。
一月が経った。
相も変わらず魔法学校からの報せは無い。
今日もまた、何をするでもない自由な一日が始まる。
(今日は何をしようかな……アネシアと相談してみようか)
そんな軽い気持ちで、ルインは彼女の部屋の戸を叩く。
相談の末、二人は町へと繰り出すことになった。
準備時間を隔て、昼食を町で取ることになり、昼前に玄関で待ち合わせをする。
早めに玄関についたルインは、廊下をかけてくるアネシアルテを出迎えた。
「いい天気だね」
「そうね……そうだ。温かくなってきたし、ノーススフィアにでも足を延ばしてみましょう?」
それから、二人そろって屋敷を出ていく。
その時だ。
「あら、何時も花の良い香りがするのに……造花に変えたのかしら?」
この一言で、ルインは頭が真っ白になった。
そんな筈はない。
彼の鼻には、確かに黄色い花の香りが……
それから、ルインは町での出来事を覚えていない。
ルインはその晩、出掛ける時にアネシアルテが放った言葉を、カルタネシアに伝えた。
「それは、本当の事なのか?」
カルタネシアの顔は、今にも泣き出しそうな程崩れている。
頷くルインを見た彼は、整った頭髪が崩れるのも気にせずに、頭を掻きむしった。
「何故だ……何故だルイン!神は何故、私の愛する者を奪い去っていくのだ!?」
悲痛な叫び。
その声を聞いて、ルインも泣きそうになってしまう。
少年は気を強く持ち、現実を否定する。
(だめだ!泣いたりしたら本当にアネシアは……!)
涙の出そうな目を擦り、震える声で叫んだ。
「まだ感死病だと決まったわけではありません!きっと……風邪か何かで鼻が詰まってたんですよ」
気休めにしてはなんとも拙い理由である。
ところが、非情な現実から逃げたいカルタネシアは、その言葉に飛びついた。
「そうだな……いや、きっとそうだ。誰だって調子の悪い時はある。きっと今日がその日だったんだ」
こうして、二人は現実逃避を始める。
あらかじめ忠告されたにもかかわらず、可能性を否定し、あの日の事は何かの間違いだったのだと思い込む。
そうすれば確かに、辛い現実から目を逸らせて楽であろう。
だが、そんなことには意味がない。
その日から僅か三日後のことだった。アネシアルテが、花を生けた花瓶を叩き割った。
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