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17章 魂の冒涜
暴走
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雄弁に語るグレゴスは、言葉に詰まる子供を見る。
彼には、ルインの言いたいことが良く分かっていた。
神が作りし生物の身体を、人間の都合で作り変えるこの行いは、到底許されることではない。
ましてや命を弄ぶその行為が、人道に反することも理解していた。
しかし……彼はどうしても、その命を助けたかったのだ。
彼が、不治の流行病と言われる感死病の治療を請け負ってから、これまでに失った命の数は、十や二十では済まない。
涙を流し、家族の為に自ら死を選んだ男がいた。
嗚咽を漏らし、消えゆく恋人の名前を呟き続けた女がいた。
症状の進み具合には個人差があったが、かかった者は須らく死んでいった。
死んでいった者達の家族は優しくて、グレゴスに感謝する者はいれども責める者はいなかった。
それでも一人、また一人と命が潰えていくたびに、彼の心は傷ついていく。
(私には何もできないのか?……いや、まだ手はある筈だ……)
長年悩み続けた末、彼は遂に禁忌を犯す。
『眼をかけていた生徒らが連れて来た女性。
病気もかなり進んでいて、残す命もあと僅か。
そんな患者を得られたことは幸運であった。
実行するかどうか迷っていた私にとって、彼らの出現は、切っ掛けとしては申し分なかったのだ。
これまで何度も考え、何度も実行しようとして、遂に遂行できなかった事。
患者にも良く説明をし、どうせこのまま死ぬのならと、了承を得たうえで、彼らは尊い犠牲となってくれた。
そして漸く、一人の女性の五感を取り戻すことに成功した。
だが、賢き子らはこのことを許しはしないだろう。
それでも私は……
言葉を無くした二人の子供。
彼らは優しいから、例え愛する母が別人の様でも、殺すようなことはするまい。
ならば最後にはきっと、彼らは彼女を連れて帰ってくれるだろう。
だからせめて、彼らが少しでも気に病まない様にしなければならない。
悪いのは私なのだから。自分勝手な願いの為に、禁忌まで犯した……狂った私が、全て仕出かしてしまった事なのだから』
狂人のふりをしたグレゴスは、悲痛な表情を浮かべる子供らを見て、心を痛める。
それでも、子供らに悟られまいと表情は揺らさない。
例え恨まれようとも、例え糾弾されようとも、彼はどうしても感死病に苦しむ人々を救いたかった。
言葉を無くしたルインに、アネシアルテが声をかける。
これで後は、治療を終えたクェインを連れて帰ってくれるだけで、グレゴスの希望は全て適う。
だが……禁忌とされる物に手を染めた者の願いが、都合よく適うはずがない。
突如、クェインが奇声を発した。
「ギィィヤァァアアア!!!」
それは人の放つ物では無い。
苦しそうに胸を掻きむしり、薄い布がびりびりと破かれていく。
ルインとアネシアルテは、不意に起きたことに驚き戸惑い、暴れまわるクェインを見つめることしか出来なかった。
「なんだ!?一体何が……」
直ぐに異常を診ようと、グレゴスがクェインの身体に触れた瞬間。
彼は、硬い何かに吹き飛ばされた。
クェインの姿が変わっていく。
骨が軋む音と共に、腕が何本も生えてきて、骨が外れる音と共に、首がぐるりと回転した。
背中には大きな羽が生え、臀部から堅牢な鱗を持つ尻尾が現れた。
身体のいたるところから角のようなものが突き出し、最後に足が巨大な魚の尾となる。
全てが終わる頃には身体は何倍にも膨れ上がり、あらゆる魔物の身体の一部を寄せ集めたような、醜い集合体へと変わり果てた。
「かあ……さま……?」
何が起きたのか理解できないといったようにアネシアルテが呟く。
彼女に起きた異変こそ、禁忌に足を踏み入れた代償。
列挙した魔物の因子は、人一人に詰め込むには余りにも膨大で、余りにも不相応であった。
固定化によって辛うじて保たれていた状態も、時間の経過と共に崩壊し、彼女は人では無くなってしまったのだ。
顎と頭が逆転した顔。それについた二つの眼が、グレゴスが吹き飛んだ方を見る。
関節の増えた細長い腕が持ち上がり、せき込むグレゴスへと振り下ろされた。
誰がどう見ても助からない。首が、胸が、腹が、何本もの腕で串刺しにされてゆく。
悲鳴は無かった。一瞬のうちに、患者を助ける一心で動いていたグレゴスの命は、奪われてしまった。
だというのに、クェインだったものは腕を止めることをしない。
硬い石壁目掛けて力の限りに振り下ろされる腕は、当然鈍い音を立てて圧し折れる。
それでも化け物は、無表情のまま延々とそれを繰り返した。
幸いだったのは、ここが地下室であり、相当頑丈なつくりであったことだ。
地面が揺れるような感じはあったが、天井が崩れるといったことは無い。
そして……
「いや……いやああああ!!!」
どんなに叫ぼうとも外には聞こえない。
今目の前で起きたことを理解し終えたアネシアルテは、耐えきれず絶叫する。
その声は当然、眼前にいる化け物の注意を引き寄せた。
ぐるりと眼球が動き、化け物は立ちすくむアネシアルテの前で、折れてぐちゃぐちゃになった腕を持ち上げる。
「アネシア!」
ルインはアネシアルテの手を引き寄せると、詠唱を用いずに魔法を発動した。
降り注ぐ数多の細腕。
それは格子状になった高圧の雷網によって焼き切れていく。
ぼたぼたと血を撒き散らしながら落ちた腕は、数度跳ねまわってから漸く動くのを止めた。
余りの凄惨さに目を閉じる二人。
だが、再び目を開ける頃にはまた、何本もの腕が振り上げられていた。
彼には、ルインの言いたいことが良く分かっていた。
神が作りし生物の身体を、人間の都合で作り変えるこの行いは、到底許されることではない。
ましてや命を弄ぶその行為が、人道に反することも理解していた。
しかし……彼はどうしても、その命を助けたかったのだ。
彼が、不治の流行病と言われる感死病の治療を請け負ってから、これまでに失った命の数は、十や二十では済まない。
涙を流し、家族の為に自ら死を選んだ男がいた。
嗚咽を漏らし、消えゆく恋人の名前を呟き続けた女がいた。
症状の進み具合には個人差があったが、かかった者は須らく死んでいった。
死んでいった者達の家族は優しくて、グレゴスに感謝する者はいれども責める者はいなかった。
それでも一人、また一人と命が潰えていくたびに、彼の心は傷ついていく。
(私には何もできないのか?……いや、まだ手はある筈だ……)
長年悩み続けた末、彼は遂に禁忌を犯す。
『眼をかけていた生徒らが連れて来た女性。
病気もかなり進んでいて、残す命もあと僅か。
そんな患者を得られたことは幸運であった。
実行するかどうか迷っていた私にとって、彼らの出現は、切っ掛けとしては申し分なかったのだ。
これまで何度も考え、何度も実行しようとして、遂に遂行できなかった事。
患者にも良く説明をし、どうせこのまま死ぬのならと、了承を得たうえで、彼らは尊い犠牲となってくれた。
そして漸く、一人の女性の五感を取り戻すことに成功した。
だが、賢き子らはこのことを許しはしないだろう。
それでも私は……
言葉を無くした二人の子供。
彼らは優しいから、例え愛する母が別人の様でも、殺すようなことはするまい。
ならば最後にはきっと、彼らは彼女を連れて帰ってくれるだろう。
だからせめて、彼らが少しでも気に病まない様にしなければならない。
悪いのは私なのだから。自分勝手な願いの為に、禁忌まで犯した……狂った私が、全て仕出かしてしまった事なのだから』
狂人のふりをしたグレゴスは、悲痛な表情を浮かべる子供らを見て、心を痛める。
それでも、子供らに悟られまいと表情は揺らさない。
例え恨まれようとも、例え糾弾されようとも、彼はどうしても感死病に苦しむ人々を救いたかった。
言葉を無くしたルインに、アネシアルテが声をかける。
これで後は、治療を終えたクェインを連れて帰ってくれるだけで、グレゴスの希望は全て適う。
だが……禁忌とされる物に手を染めた者の願いが、都合よく適うはずがない。
突如、クェインが奇声を発した。
「ギィィヤァァアアア!!!」
それは人の放つ物では無い。
苦しそうに胸を掻きむしり、薄い布がびりびりと破かれていく。
ルインとアネシアルテは、不意に起きたことに驚き戸惑い、暴れまわるクェインを見つめることしか出来なかった。
「なんだ!?一体何が……」
直ぐに異常を診ようと、グレゴスがクェインの身体に触れた瞬間。
彼は、硬い何かに吹き飛ばされた。
クェインの姿が変わっていく。
骨が軋む音と共に、腕が何本も生えてきて、骨が外れる音と共に、首がぐるりと回転した。
背中には大きな羽が生え、臀部から堅牢な鱗を持つ尻尾が現れた。
身体のいたるところから角のようなものが突き出し、最後に足が巨大な魚の尾となる。
全てが終わる頃には身体は何倍にも膨れ上がり、あらゆる魔物の身体の一部を寄せ集めたような、醜い集合体へと変わり果てた。
「かあ……さま……?」
何が起きたのか理解できないといったようにアネシアルテが呟く。
彼女に起きた異変こそ、禁忌に足を踏み入れた代償。
列挙した魔物の因子は、人一人に詰め込むには余りにも膨大で、余りにも不相応であった。
固定化によって辛うじて保たれていた状態も、時間の経過と共に崩壊し、彼女は人では無くなってしまったのだ。
顎と頭が逆転した顔。それについた二つの眼が、グレゴスが吹き飛んだ方を見る。
関節の増えた細長い腕が持ち上がり、せき込むグレゴスへと振り下ろされた。
誰がどう見ても助からない。首が、胸が、腹が、何本もの腕で串刺しにされてゆく。
悲鳴は無かった。一瞬のうちに、患者を助ける一心で動いていたグレゴスの命は、奪われてしまった。
だというのに、クェインだったものは腕を止めることをしない。
硬い石壁目掛けて力の限りに振り下ろされる腕は、当然鈍い音を立てて圧し折れる。
それでも化け物は、無表情のまま延々とそれを繰り返した。
幸いだったのは、ここが地下室であり、相当頑丈なつくりであったことだ。
地面が揺れるような感じはあったが、天井が崩れるといったことは無い。
そして……
「いや……いやああああ!!!」
どんなに叫ぼうとも外には聞こえない。
今目の前で起きたことを理解し終えたアネシアルテは、耐えきれず絶叫する。
その声は当然、眼前にいる化け物の注意を引き寄せた。
ぐるりと眼球が動き、化け物は立ちすくむアネシアルテの前で、折れてぐちゃぐちゃになった腕を持ち上げる。
「アネシア!」
ルインはアネシアルテの手を引き寄せると、詠唱を用いずに魔法を発動した。
降り注ぐ数多の細腕。
それは格子状になった高圧の雷網によって焼き切れていく。
ぼたぼたと血を撒き散らしながら落ちた腕は、数度跳ねまわってから漸く動くのを止めた。
余りの凄惨さに目を閉じる二人。
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