救世の魔法使い

菅原

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14章 ゴブリン掃討戦

最大の機会

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 魔力消失の症状により地に倒れたルイン。
近くには彼を気遣うロゥと、右往左往する魔法使いが二人。
ロゥは、倒れた彼がまだ意識があることを確認すると、身の丈程もある大きな杖を握り締め叫んだ。
「リーダー、早くルインを!化け物め……次は私が相手よ!」
 エルフより下等とされる人間の少年が、あれだけの素晴らしい戦いを見せたのだ。
これに発奮せねばエルフ族の名折れ。当然ロゥは感化され立ち上がった。
(魔法使いとして格上の私が、守られっぱなしだなんて不愉快だわ)
ロゥはルインを助けるために、高速で最適の魔法を唱える。


 ルインは先の戦いの中で、非常に有用な情報を残した。
それは、タウロスに対し魔法攻撃が有効であるということ。
 獣人の身体能力を持って放った一撃も、タウロスには容易く弾かれてしまった。
加えて周囲に響いた金属音から、奴の身体は少なくとも、鉄と同程度の硬さを持っていると考えて良い。
即ち、物理攻撃で与えられる傷などたかが知れているのだ。
 だが代わりに、魔法攻撃に対する警戒は過分ともいえ、それはつまり、魔法攻撃が有効であることの証明に他ならない。
明らかに害をなすと認識させることが出来れば、時間を稼ぐことくらいは可能だろう。

 更に、発動する魔法は出来るだけ長時間維持できるものが好ましい。
あれ程高速で動く対象に対し、その都度魔法を詠唱し放っていたのでは到底対応できない。
ルインがそうしたように、複数現れる物を選びそれぞれ役割分担させるのが妥当だろう。
 これらの条件に合う魔法を見繕い、魔力を練り上げたロゥは一つの魔法を唱えた。
「燃え盛れ炎よ!逆巻け水よ!二つの力ここに集いて、その力を顕現せよ!二精霊の舞踏デュアルロンド!!」
詠唱の終了と共に、彼女の周囲に二つの魔法球体が現れた。
一つは真っ赤な火炎球。
一つは真っ青な水流球。
それぞれがロゥの周りを別々に回り出し、来る強敵を待ち構える。


 結論から言えばロゥの狙いは上手くいった。
タウロスは二つの魔法球体に惑わされ、いまだその手は少女の体に触れることが出来ない。
守りに徹した今の彼女を突破することは容易ではなく、それはタウロスですら例外ではなかった。
 迫るタウロスに対し、隔てるように一つの球体が両者の間に滑り込む。
それを見て突進を止めたタウロスの横から、もう一つの球体が襲い掛かった。
二つの球体を異常な身体能力で避けたタウロスは、再び突進を……
細部は所々違えど、両者はそういった動きを何度か繰り返す。
 ロゥとタウロスがそうやって戦っている隙に、カインドは倒れたルインの回収に当たる。
しかし人一人担がなければいけないので、当然戦闘に参加は出来ない。
むしろ通常時よりも不安定で危険な状態であると言えるだろう。
戦闘に参加できない二人が出来るだけ安全に離脱できるように、ロゥは少しずつ戦場をずらしていった。

 ルインの回収は上手くいった。
タウロスは今も攻めあぐねている。
ここまでの過程は上々、なれどこの先……タウロスから逃げきることは並大抵の事では無い。
何せ彼我の速度差は歴然であり、逃げても先に回り込まれることは必至だ。
ならばなんとか無力化をするしかないのだが、それすらも防戦一方の現状からは難しいといえる。
このまま、ロゥの魔力が尽きる時を待つことになるのか。
カインドがそう考えたまさにその時、一人の団員が起こした行動が、この先の明暗を分けることになる。


 ロイソーは恐れた。
自身の計画を狂わす存在を。
ロイソーは怖がった。
自身の命を奪わんとする存在を。
多くの命が奪われ、力ある後輩が倒れ、その様子を見ていたロイソーの心は今、絶望に染まっていた。

 彼はコルトナの存在を知ってからこれまで、ある計画を基に行動していた。
その計画とは、コルトナに錬金術が浸透していないのをいいことに、こちらで第一の錬金術師として名を上げる事だった。
 錬金術の有用性は言わずもがな。この力の存在を知ってしまえば、コルトナの住民であっても『なくてはならない物』となるだろう。
それを扱える者が自分だけならば、そこに人が群がるのも当然。
その計画の第一歩として、まずは拠点を構えるに必要な資金を調達するために、彼は騎士団に身を寄せていたのだ。

 当初は彼の計画通りに事は運ぶ。
戦闘に慣れた仲間と共に行う討伐依頼は、あっけない程簡単に成功することが出来た。
だというのに、他の仕事と比べ高額の報酬がもらえるのだ。
チーム内の地位も錬金術のおかげで保つことが出来、資金は順調に貯蓄されていった。
 騎士団に正式入団してから約半年。
依頼の合間に錬金術で稼いだ資金と共に、もうすぐ小さな小さな店が一つ借りられるようになる。
相手の計らいがあれば、この依頼が終わるころそれも実現できる筈だった。
そうなれば危険地帯に赴くことの多い騎士団に、無理して身を置く必要もない。
日がな一日錬金術に没頭し、安全な町での平和な生活が送れる。
そんな夢のような計画が今、眼前の牛の化け物に壊されようとしていた。
(嫌だ……嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!僕は生きるんだ!こんなところで死んでたまるか!)
ロイソーは、自身の計画を狂わし、自身の命を奪わんとするタウロスに恐怖する。
 彼の描く未来図は明るい。
美人なエルフの嫁を貰い、多くの子を成し、周囲から慕われ……いずれは国王からも信頼される術師となり、歴史にその名を遺す偉人となる。
その甘い甘い夢が、ロイソーの身体を動かしてしまった。


 ロイソーは駆け出した。
タウロスは今エルフの少女と対峙していて、彼を見ていない。
今なら逃げられると踏んだその行動は……やはり成功することは無かった。
 タウロスは戦場から逃げようとする一人の男に気が付くと、眼前にいる少女を無視して駆け出す。
奴の優先順位は、逃げる者が最上であり、次いで魔法使い、最後にその他の戦士となっているようだ。
たとえそれが魔法使いと相対している時でも、序列に変化が起きることは無かった。
 足音を隠すこともせず、息を殺すこともせず、唯々無様に逃げ回る人間。
その軟弱な体に、剛腕が付き刺さるのは一瞬の事だった。

 ロイソーの身体が宙に浮く。
硬い大地を踏みしめていた筈の足は浮き上がり、必死に地を蹴ろうともがき狂う。
焦点の合わない眼が彷徨い、彼は見てしまった。
胸を貫いた腕が、脈打つ心臓をわしづかみしているその様を。
「ア……アア……ア"ア"ア"アアアアア!!!」
大量の血を吐きながら言葉にならない声を出し、その心臓を取り返そうと必死に腕を伸ばす。
だが……届かない。
タウロスはまるで、見せびらかすように心臓を手の中で弄んだ。
 やがてロイソーの腕は力なく垂れ下がる。
彼は迫りくる死に恐怖し、自身が思い描いていた理想の夢の中に身を投じる。
そしてそのまま、この世に戻ることは無かった。


 団員らからは声も出ない。
記憶に残るのは痛烈な悲鳴。
まるで獣の断末魔のようなそれは、必死に抗っていた者達の心を震わせた。
打破する手段がない今、どれだけ抗っても無意味。
一瞬浮かんだその考えに、ロゥの放っていた魔法が掻き消えてしまう。
 気付いた時にはもう遅い。
次の魔法を放つ前に、タウロスの巨大な腕が……

ジュルル……ブチブチッ……
   ガリッ……ゴリゴリッ……

血をすする音がした。
肉を潰す音がした。
骨が砕ける音がした。
 タウロスは生きた団員らに背を向けたまま、ロイソーの死体を一心不乱に貪り出したのだ。
その様子はまるで、飢えた餓鬼のよう。堪らずにむしゃぶりついたように見える。
(今なら……今ならもしかしたら……!)
これまでと異質なその様子に一縷の望みをかけ、カインドが大声で叫んだ。
「逃げろ!今ならきっと逃げられる!!」
 突然響いた必死な叫びに、団員らは駆け出す。
移動に支障がきたす武器を放り投げ、生きるために必要な食料さえも置き去りにし。
皆息をするのも忘れ、森の外目掛けて一目散に駆け抜ける。
 カインドに背負われたルインは、乱暴に揺れる振動を感じながら、朦朧とした意識を手放す。
これから先、生きて帰ることが出来るのか、無残に殺されてしまうのかもわからぬまま、深い深い闇の中に落ちていった。
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