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11章 長期休暇
誕生会
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もうすぐ長期休暇が終わり、魔法学校が始まろうかというある日。
セイムセイン家の長女、アネシアルテが十五歳になったことを祝し、誕生会が開かれることになった。
彼女の誕生会はこれまでも毎年催されていたが、今年の誕生会は貴族の間で特別な物と認識されている。
十五歳とは子供が大人とみなされる年齢であり、早ければ婚姻を済ましてしまう者もでる頃合いである。
この日、セイムセインの屋敷には多くの貴族が押し掛けた。
勿論彼らはアネシアルテの誕生を祝う体で集まるわけだが、そこにはもう一つ、共通の目的があった。
豪華な料理が並べられたメインホールでは、綺麗に着飾った男女が、料理に舌鼓を打ちつつ談笑に花を咲かせている。
彼らはセイムセイン家に招待された貴族達だ。
セイムセインから招待状を貰って来たところもあれば、風の噂を受けて強引に訪れたところもある。
それらは全て、カルタネシアの寛容な取り計らいによって、余すことなく全ての来訪客が誕生会に参加していた。
彼らの目的は唯一つ。アネシアルテへの求婚だ。
会が始まって暫くすると、純白のドレスで身を包んだアネシアルテが、二階から階段を下りて来るのが見えた。
それに気づいた者はその美貌に見惚れ、口々に感嘆符を漏らす。
誰もが喋ることを止め、唯階段を下りる仕草を必死に目で追った。
会場が静まったのも僅かな時間で、アネシアルテが一階の床に足を下ろせば、恥ずかしげもなく周囲の貴族たちが駆け寄っていく。
「お美しゅうございます。アネシアルテ様」
「まるで野に咲く白百合。貴方の前ではどんな綺麗な花でも霞んでしまうでしょう」
女を口説く決まり文句、歯の浮くような台詞を矢継ぎ早にまくしたてられ、アネシアルテは目を白黒させる。
その輪の中に女性の姿は無く、集ったものは皆、各貴族家の嫡子たちだ。
アネシアルテは下心がむき出しの貴族たちにうんざりしていた。
今日は誕生会なのだ。見合いの席でも無ければ、堅苦しい公の場でもない。
だというのに、かけられる言葉の、表情の、態度の端々から、ギトギトとした感情が湧き出ている。
(優良物件というのは理解しているけど……もう少しうまく隠せないのかしら)
セイムセインの名を持ち、悪くはない容姿を持ち、それなりの魔力を持つ。
彼女の自身に対する評価はそんな感じだった。
だから言い寄ってくるのも分からなくはない。
でも彼女が欲しい言葉は、心の籠っていない甘い言葉ではない。
拙くても気持ちの入った祝福の言葉だ。
そう思った彼女は一瞬だけ、貴族に生まれた自身を呪った。
必死に自身を主張するその様は鬼気迫るものがあり、それが群れを成すこと自体も希少で異常だ。
この渦中に放り込まれれば、普通であれば何かしらの不快感を抱くもの。
しかし彼らからすればアネシアルテは、誰もが羨む美貌を持ち、類稀なる魔法の才能を持つ、最高の伴侶となる女。
これは必死にならざるをえまい。
彼女を落とすことが出来れば、他の貴族に大きく差をつけることが出来るだろう。
ところがアネシアルテはどこ吹く風。あらゆる誘い文句を受けても、その態度は平穏極まりない。
「まぁ、ありがとうございます」
「ふふっ、煽てても何も出ませんよ」
朗らかに笑いながら適当にあしらう。
彼女がここまで冷静を保てるのは、彼女の後ろに立つ友人がいたからだ。
アネシアルテ程ではないが、小奇麗な服を身に着けた男子。
何処へ行くにもついてくるその少年に気付いた貴族の一人が、アネシアルテへと尋ねた。
「あの、アネシアルテ様。そちらの彼は……」
「あぁ、彼はルイン・フォルトと言います。私の良い友人です。ぜひ仲良くして頂ければ」
彼女の言葉に周囲は衝撃を受ける。
貴族の令嬢である彼女が、他の貴族が参加する場で、特定の人物を紹介するという行為には少なからず意味が生じる。
背後に立つ男が給仕のような存在であれば、名前まで知らせる必要は無いだろう。
言葉通り良い友人だったとしても、あの強かなカルタネシアが、他家に勘違いをさせるような言動を許す筈が無い。
そして彼女のこれまでのそっけない言動が、二人の関係を暗に伝えている。
それからの誕生会は、それは静かな物だった。
なにせアネシアルテにはずっと、ルインが付き従っているのだ。
ルインのあずかり知らぬところで、聡い貴族たちは二人の中を知り、脈が無いことを知った。
それから何人か声をかける者はいれども、その者達は純粋に誕生日を祝う者か、察することの出来ない馬鹿ばかり。
声をかける者達に対応するアネシアルテの後ろで、ルインは命じられた通り笑って佇む。
程なくして宴は終幕を迎える。
メインホールを埋め尽くしていた貴族たちも今はなく、食器がぶつかり合う音が鳴り響いている。
アネシアルテは今回の誕生会で、これまでの誕生会の倍は言葉を交わした。
量もさることながら、異質なものも多く例年よりも疲労は大きい。
疲れを吐き出すように、一つ息を吐くと、着崩れを直して踵を返す。
「アネシアルテ様、お疲れ様でした。それと……誕生日おめでとうございます」
後ろを向いたアネシアルテは、付き従うルインと向かい合う形になり、ルインは漸く祝いの言葉をかけることが出来た。
「あら、忘れていたのかと思ってたわ」
疲れと苛立ちから、少し意地悪な言い回しをする。
するとルインは、頭を掻き苦笑いをしながら小さな包みを取り出した。
差し出された包みの中は、どうやら首飾りの様だ。
「誕生日の贈り物です。疎いものでどんなものがいいか分からなかったので、好みに合うかはわかりませんが……」
装飾はほとんどなく、簡素な造りの首飾り。
今アネシアルテが着ているドレスと合わせるには、少し物足りなく感じる。
さらに言えば、セイムセインの令嬢が身に着けるには安物過ぎるだろう。
それでも彼女は、この日一番の笑顔で礼を述べた。
セイムセイン家の長女、アネシアルテが十五歳になったことを祝し、誕生会が開かれることになった。
彼女の誕生会はこれまでも毎年催されていたが、今年の誕生会は貴族の間で特別な物と認識されている。
十五歳とは子供が大人とみなされる年齢であり、早ければ婚姻を済ましてしまう者もでる頃合いである。
この日、セイムセインの屋敷には多くの貴族が押し掛けた。
勿論彼らはアネシアルテの誕生を祝う体で集まるわけだが、そこにはもう一つ、共通の目的があった。
豪華な料理が並べられたメインホールでは、綺麗に着飾った男女が、料理に舌鼓を打ちつつ談笑に花を咲かせている。
彼らはセイムセイン家に招待された貴族達だ。
セイムセインから招待状を貰って来たところもあれば、風の噂を受けて強引に訪れたところもある。
それらは全て、カルタネシアの寛容な取り計らいによって、余すことなく全ての来訪客が誕生会に参加していた。
彼らの目的は唯一つ。アネシアルテへの求婚だ。
会が始まって暫くすると、純白のドレスで身を包んだアネシアルテが、二階から階段を下りて来るのが見えた。
それに気づいた者はその美貌に見惚れ、口々に感嘆符を漏らす。
誰もが喋ることを止め、唯階段を下りる仕草を必死に目で追った。
会場が静まったのも僅かな時間で、アネシアルテが一階の床に足を下ろせば、恥ずかしげもなく周囲の貴族たちが駆け寄っていく。
「お美しゅうございます。アネシアルテ様」
「まるで野に咲く白百合。貴方の前ではどんな綺麗な花でも霞んでしまうでしょう」
女を口説く決まり文句、歯の浮くような台詞を矢継ぎ早にまくしたてられ、アネシアルテは目を白黒させる。
その輪の中に女性の姿は無く、集ったものは皆、各貴族家の嫡子たちだ。
アネシアルテは下心がむき出しの貴族たちにうんざりしていた。
今日は誕生会なのだ。見合いの席でも無ければ、堅苦しい公の場でもない。
だというのに、かけられる言葉の、表情の、態度の端々から、ギトギトとした感情が湧き出ている。
(優良物件というのは理解しているけど……もう少しうまく隠せないのかしら)
セイムセインの名を持ち、悪くはない容姿を持ち、それなりの魔力を持つ。
彼女の自身に対する評価はそんな感じだった。
だから言い寄ってくるのも分からなくはない。
でも彼女が欲しい言葉は、心の籠っていない甘い言葉ではない。
拙くても気持ちの入った祝福の言葉だ。
そう思った彼女は一瞬だけ、貴族に生まれた自身を呪った。
必死に自身を主張するその様は鬼気迫るものがあり、それが群れを成すこと自体も希少で異常だ。
この渦中に放り込まれれば、普通であれば何かしらの不快感を抱くもの。
しかし彼らからすればアネシアルテは、誰もが羨む美貌を持ち、類稀なる魔法の才能を持つ、最高の伴侶となる女。
これは必死にならざるをえまい。
彼女を落とすことが出来れば、他の貴族に大きく差をつけることが出来るだろう。
ところがアネシアルテはどこ吹く風。あらゆる誘い文句を受けても、その態度は平穏極まりない。
「まぁ、ありがとうございます」
「ふふっ、煽てても何も出ませんよ」
朗らかに笑いながら適当にあしらう。
彼女がここまで冷静を保てるのは、彼女の後ろに立つ友人がいたからだ。
アネシアルテ程ではないが、小奇麗な服を身に着けた男子。
何処へ行くにもついてくるその少年に気付いた貴族の一人が、アネシアルテへと尋ねた。
「あの、アネシアルテ様。そちらの彼は……」
「あぁ、彼はルイン・フォルトと言います。私の良い友人です。ぜひ仲良くして頂ければ」
彼女の言葉に周囲は衝撃を受ける。
貴族の令嬢である彼女が、他の貴族が参加する場で、特定の人物を紹介するという行為には少なからず意味が生じる。
背後に立つ男が給仕のような存在であれば、名前まで知らせる必要は無いだろう。
言葉通り良い友人だったとしても、あの強かなカルタネシアが、他家に勘違いをさせるような言動を許す筈が無い。
そして彼女のこれまでのそっけない言動が、二人の関係を暗に伝えている。
それからの誕生会は、それは静かな物だった。
なにせアネシアルテにはずっと、ルインが付き従っているのだ。
ルインのあずかり知らぬところで、聡い貴族たちは二人の中を知り、脈が無いことを知った。
それから何人か声をかける者はいれども、その者達は純粋に誕生日を祝う者か、察することの出来ない馬鹿ばかり。
声をかける者達に対応するアネシアルテの後ろで、ルインは命じられた通り笑って佇む。
程なくして宴は終幕を迎える。
メインホールを埋め尽くしていた貴族たちも今はなく、食器がぶつかり合う音が鳴り響いている。
アネシアルテは今回の誕生会で、これまでの誕生会の倍は言葉を交わした。
量もさることながら、異質なものも多く例年よりも疲労は大きい。
疲れを吐き出すように、一つ息を吐くと、着崩れを直して踵を返す。
「アネシアルテ様、お疲れ様でした。それと……誕生日おめでとうございます」
後ろを向いたアネシアルテは、付き従うルインと向かい合う形になり、ルインは漸く祝いの言葉をかけることが出来た。
「あら、忘れていたのかと思ってたわ」
疲れと苛立ちから、少し意地悪な言い回しをする。
するとルインは、頭を掻き苦笑いをしながら小さな包みを取り出した。
差し出された包みの中は、どうやら首飾りの様だ。
「誕生日の贈り物です。疎いものでどんなものがいいか分からなかったので、好みに合うかはわかりませんが……」
装飾はほとんどなく、簡素な造りの首飾り。
今アネシアルテが着ているドレスと合わせるには、少し物足りなく感じる。
さらに言えば、セイムセインの令嬢が身に着けるには安物過ぎるだろう。
それでも彼女は、この日一番の笑顔で礼を述べた。
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