救世の魔法使い

菅原

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9章 堕落した神童

決勝戦3

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 ただ黙して対峙するルインとクロスネシア。
彼らの視界の端では今でも、激しい魔法戦が繰り広げられている。
だが二人はそれにつられることなく一向に動かない。
 ルインは蛇に睨まれた蛙のように、身動き一つできないでいた。
当然戦う意思を失ってはいないが、クロスネシアが剣を構えるその姿に、恐怖を覚えても何ら可笑しくはない。
相手を恐れたルインに対し、クロスネシアが動かぬ理由は別にあった。
彼は三年に渡る勉学で、剣士と剣士の戦いは、実力に余程の差が無い限り、先に動いた方が負ける可能性が高いと知っていたのだ。

 剣という重い鉄の塊を振り回すには、相当な技術と体力が必要となる。
受ける側はそれを受け流し弾くだけで、簡単に攻撃側の体勢を崩すことが出来るだろう。
勿論、襲い掛かる剣を受ける側にも、高度な技術が求められるし、攻撃する側もそこを注意して攻撃してくるわけだが……
 魔法学校及び周辺都市で活動する戦士は得てして、攻撃よりも身を守ることに重点を置く風潮があった。
自らが危険を冒して敵を倒すよりも、注意を引き守りに徹しているだけで、優秀な魔法使い達が魔法で敵を薙ぎ払ってくれるのだ。
 この風潮はやはりこの辺りだけの物であり、兵士の特徴はその土地柄で内容も若干異なる。
例えば、此処より遥か東にあるウェルム王国は、魔法戦力が若干心もとなく、その代わりに戦士は、猛虎の如き猛々しさを見せる事で有名だ。
一方ここ、魔法学校スフィロニア周辺都市の兵士は、上記の理由から、天竜のような堅牢さを見せる事で知られている。


 二対二で戦う本来の試合であれば、両者は役割を既に達成していて、互いに相方の魔法の補佐に入ることになる。
だが当の魔法使い達は、試合会場の反対側で、轟轟と魔法を放ちあっていた。
そこには前衛を当てにする気配はなく、そうなれば戦士らのするべきことは唯一つ。
どちらかが緊張と沈黙に耐えきれず、動き出すその瞬間を唯待ち続ける。
堪らず一方が動き出した時、試合が決着する瞬間だ。
 ルインは空手で、クロスネシアは剣を握って相対する。
観覧客の多くが、アネシアルテとユメスティナの攻防に眼を魅かれる中、対峙する二人を注視する者もいた。
魔法学校の長リエントと、ウェルム王国のギルドマスターだ。
「どちらが先に動くと思われる?」
「さぁ……剣士としての技術は明らかにセイムセインが上でしょう。更に剣対無手。既に試合は決まったようなもの……と言いたいところですが、彼の相手は剣士ではなく魔法使いですからね。剣が襲ってくれば剣で弾くことも出来ますが、襲ってくるものが雷では、剣で弾くことも叶いません。何とも……戦いにくい相手です」
ギルドマスターは、剣を構えるクロスネシアと自身を重ねているのか、真剣な顔で唸る。
その様子を楽しそうにリエントは眺めていた。


 試合が動いたのはそれから幾らもしない頃だ。
ギルドマスター、リエント、対峙するルインの三名が、クロスネシアの瞳に力が宿ったことに気付く。
(一年相手に何を躊躇っているんだ私は!……私は……学校史上で一番優秀な魔法使いなのだ!負ける筈が無いではないか!)
前動作も無く、クロスネシアの身体が動き出す。
踏み出したその一歩を見て、ギルドマスターは感嘆の声を上げた。
何と見事な体捌きか。
魔法学校にその身を置いておきながら、剣士としての質はそこらにいる兵士の比ではない。
 ギルドマスターにそう思わせる程の動きを見せたクロスネシアは、そのまま流れるようにルインへと迫る。
刃先を地面すれすれに構え、体で剣を隠し相手に見えなくしたままで。
それは攻撃に移るうえで、最上の選択肢。
対峙する者は、隠された剣が何時振られるのか察知できない。仮に出来たとしても、死角から迫る剣撃を避けるのは至難の業だ。
例え守りに徹した剣士であろうとも、この手は一番嫌がる妙手となる。

 クロスネシアの攻め方は満点の行動だった。
剣士であっても攻撃を受けることは難しく、魔法使いであれば詠唱を唱える間もなく切り捨てられる。
だがそんな定石もルインには通用しない。
剣士が剣を振るような速度で放たれるのは、魔法使いが放つ魔法なのだ。
クロスネシアが駆けねば攻撃できない距離でも、ルインにとっては射程圏内に収まる。
 突き出された手のひらから、雷の玉が放たれた。
威力を捨て、速度を重視したその魔法は、真っすぐにクロスネシアへと飛んでいく。
到底避けれない。もし避けても地面を転がった先のように、満足な体勢ではいられないだろう。
どちらに避けても狙いを定められるように、ルインは雷の弾を放った手を横にずらす。
だが、どれだけまってもクロスネシアは避ける動作をしなかった。
「我を守れ!精霊の守護シルディオ!」
突き出された手を見て予測をし、限界まで省略した詠唱により、何とか発動された防御魔法が、迫る雷の玉をかき消したのだ。
 クロスネシアの走る速度は緩まない。
瞬く間に距離を縮め、魔法を放ち切ったその無防備な腕目掛け剣を振う。
(勝った!)
クロスネシアが勝利を確信した時。
腕を注視していた為狭まった視界の死角から、真っ赤な炎の玉が襲い掛かった。

 幸運なことに、その効果を残していた防御魔法が僅かに勢いを抑え、辛うじて直撃を避ける。
だが無詠唱魔法を放った時と同様、クロスネシアの顔は驚愕に染まった。
直ぐに炎とは反対の方へ飛び退くと、人目も憚らず怒声を発す。
「……っ!貴様は……一体何者なのだ!!」
怒鳴り声が会場に響く。
それを切っ掛けに、暴れまわっていた青と黒の魔法使いも動きを止めた。
二人の魔法使いを見ていた観覧客も、何事かと耳を澄ます。
 この場でルインが行った行動に察しがついたのは、一年生の生徒とその講師たちだけだ。
学年を跨いだ、授業に一切関与しない者は例外なく、あのリエントでさえ、ルインが仕出かした行動の全容を知らない。
 静まり返る会場に、自分の役割を思い出したリュミエルの声が響く。
「えー……申し訳ありません。アネシアルテさんとユメスティナさんの攻防に見とれてまして……はい?火属性魔法?ルイン・フォルト君がですか?え……それも無詠唱で?」
理屈は判らなくとも、見ていた光景をリエントが伝える。
その声を聞いた観覧客がルインを見ると同時に、クロスネシアだけでなく、会場にいる全ての人を威圧するかのように、小さな魔法使いが巨大な火炎球を作り出した。
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