反魂の傀儡使い

菅原

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22章 旅の終結

本質

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 少女は必死に考えた。どうにかジェイクの考えを変えさせねば、いよいよもって人間は滅亡の道をたどる。
 必死に考えた末、少女は我武者羅に言葉を繋ぐ。
「では……では何故こんなに惨たらしく、陰険な真似をなさるのですか? 一思いに皆殺しにすればよいではないですか! こんな、じわじわと真綿で首を絞めるような真似を……どうして……」
「ふむ……確かにそれは申し訳ないことをしてしまったと思っています。本来であれば、彼らはもっと早期のうちに姿を現す予定だったのですが、私の些細な疑問によって、少々時期をずらして頂いたのです。その僅かな時期の間に、人間は知恵を身に着け、結果として病魔を食らう物に抵抗できる水準にまで達してしまいました」
「ジェイクさんが……魔物を?」
 ローゼリエッタは確かに聞いた。世界が定めた病魔を食らう物きまりごとに対し、ジェイクは少なからず影響を与えられる存在であるらしい。少女はそこに、微かな希望を見つける。

 思えばローゼリエッタは、詳しいことを何も知らなかった。
 エルフの説明により多少は情報を手に入れてはいるが、それが事実かどうかはいまだ謎のままだ。
 だからローゼリエッタは、打開策を見つける為にも話を続ける。
「その疑問って……」
「あぁ、貴女にはまだ説明していませんでしたね。良いでしょう。貴女には世界に住む者、そして滅びゆく当事者として、真相を知る権利があります」
 それからジェイクは、かつてハルクエルに伝えた事を語り出す。
「世界が人間を悪と定めたのは、今から約百年前の事です。その時は丁度バルドリンガ国が建国されたころでして、私は、何故世界が人間を悪と定めたのかを見極めるために、病魔を食らう物を一時封じ込めたのです」
 ジェイクは少しずつ、少女に真実を伝えていく。

 明かされた真実はローゼリエッタを驚愕させるのに十分な力を持っていた。
 人間に与えられた使命を探るべく、人の姿を借りた龍。当時の大国に身を隠し傍観した結果、世界の判断は正しいと結論づけられたのだ。
 だが少女からすれば、この話は理不尽極まりない。特異な例を取り上げ、あたかもそれが全体の意であるかの如く語る愚かな行為に他ならない。
「人間はそこまで愚かではありません! 確かに暴力的な人も中にはいます。でも皆が皆そういうわけじゃないわ。一つの王国だけを、しかもその王様だけを見て決めるなんて、早計過ぎるのではありませんか!?」
 どうにかせねばという焦りと、なんて理不尽なという怒り。それらの感情に身を任せ、まだ話を聞いてくれているジェイクに向かって、少々強気に出るローゼリエッタ。
 口にしてから反感を買ってしまうかもしれないと思い至った少女だったが、ジェイクの態度はさほど変わらなかった。
「私がバルドリンガに身を隠したのは、何も偶然ではありません。そこには歴然とした理由があるのです」
 立ちっぱなしだった老人は、ゆっくり玉座に近づくと、主の居ない椅子に腰を下ろす。


 堂々と足を組み、肘掛けに肘をつき顎に手をやるジェイク。その姿は服装こそ違えど王の取る行動そのもの。
 それを見たローゼリエッタは静かに立ち上がると、傍に佇むパンドラと共にジェイクの言葉を待った。
「当時のバルドリンガは、『力』を持っていました。大陸を掌握できるほどの強大な力です。この意味が分かりますか?」
 優し気な問いかけ。それは生徒に教鞭をとる教師の物に似ている。
 これに対してローゼリエッタは、茶化されている、馬鹿にされていると感じ、強く反発した。
「っ! 一番力を持っているから、それを全体の本質だとみなしたのですか!? では……正しい心を持つ者は一体どうなるのです!」
 部屋に響くまだ幼い少女の声。相対するは悠久の時を生き続ける管理者だ。どちらの声が重いのかは一目瞭然。
「申し訳ありませんが、力なき正義は無意味なのです。どれだけ正しく、どれだけ清いことを語ろうとも、それを貫くための力が無くては意味がありません」
 少女は頭がかあっと熱くなるのを感じた。

 ジェイクが語ることは、力を持たぬ者、弱者は悪であると言っているに等しい。あらゆる力が欠如した自身、またそういった者達を何人も見てきたローゼリエッタは、それに同意することがどうしてもできない。
「力だけが全てではありません!」
 確かな確信をもっての反論。だが、その言葉はジェイクに届かない。
「力が全てなのですよ。少なくともこの世界では、ですがね。簡単な例え話をさせていただきましょうか。『衛兵一人よりも強い盗賊』を、貴女ならどうやって捕まえますか?」
 投げかけられたのは至極簡単な問いかけだ。
「それは……二人でとか、もっと多くで……」
「そうですね。その考えは正しいと思います。では『小隊よりも強い盗賊』は? 『軍隊よりも強い盗賊』は? 『一つの国よりも強い盗賊』だったら、貴女はどうします?」
 矢継ぎ早に投げかけられる問いに、ローゼリエッタは口を閉ざす。

 言葉を失った少女に向かって、ジェイクは更に追い打ちをかけた。
「貴女が語ることはとても素晴らしい事だ。力の優劣など関係なく、他者を尊重し、他者を敬い、話し合いをもって物事を決められたのなら、戦争という愚かな行為は起こらないでしょう。ですが貴女だってその蛮行に走ったではありませんか。王国の行いを悪と定めた貴女方は、王国の軍事力に対し、更なる軍事力を持って押さえつけようとしていたでしょう?」
 ローゼリエッタの中に蘇る、これまでにあった凄惨な戦いの数々。その全ての影に、力を持って事を成す意思があった事に少女は気づく。

 突如舞い降りる心の揺らぎ。確信をもって放った言葉が、瞬く間に軽くなっていく。だが、それでも少女は抗った。
「そ、それは……王国が襲って来たから仕方なく……」
 先に暴力を振るったのは向こうの方だと、子供が語るような喧嘩の理由を口にする。
 その声は、つい先ほど啖呵を切った者と同一の物とは思えぬほどか細い。その頼りない呟きに対しジェイクは同意してみせた。
「そうです。力を振るう者には、力で抗うしかないのです。尤も、力と言っても形は様々ですがね。話力、財力、武力、暴力、人心の掌握もまた、力と言えるでしょう。争いとはそれらを比べる行いであり、その結果、勝者と敗者が生まれるのです。故に、正しき心を持つ者は、絶対的な力も有さねばなりません。でなければ、悪しき心を持つ者に撃ち負かされるだけなのですから。勝者が須らく正しき心を持つわけではなく、正しき心を持つ者が須らく勝者になるわけではないのです。ならば、勝者になるであろう者の意思が、その種の本質であると判断したとしても、致し方ない事でしょう」
 その結果が、王国バルドリンガの繁栄であり、人間が現在の状況に陥った原因なのだとジェイクは語った。
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