反魂の傀儡使い

菅原

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22章 旅の終結

贈り物

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 夜が明けた。
 静かだった時間も終わり、早朝仕事に向かう町民が動き出す頃合いだ。

 寝台の横に備え付けられた小窓からは日の光が差し込み、気持ち良さそうに眠っていたローゼリエッタを照らす。
 やがて眩しそうに顔をしかめながら目を覚ました少女は、眠気眼をこすりながら寝台を抜け出した。
「ふぁあ……今日もいい空ね」
 窓から見える小さな空は、雲ひとつない大空が広がっている。
 少しの間その景色を眺めながら微睡んでいたのだが、少し余裕の無い今日の予定を思い出すと、そそくさと寝室をあとにした。


 今いるスフィロニアの町から、目的地である王国バルドリンガまでは相当な距離がある。また、その道中はこれまでと比べ物になら無いほど危険な物となるだろう。故に旅支度は、慎重に行わなければならない。
 先ずは腹ごしらえだ。また暫く不在となるから、残っている食材をふんだんに使い、少し豪勢な朝食を取る。それが終わった後には、旅をより確かなものとするために不足の無い準備をしなければならない。

 持っていくのはやはり保存食と傀儡道具が主となるだろう。これらがなくては、ローゼリエッタは生きて行けない。また、今後は魔物との戦闘も考え、戦闘に直接関係のあるものも幾つか持っていく必要がある。
「干し芋に干し肉……味気ないけど我慢我慢。それから兄さんの整備道具と……後は薬や武器ね」
 保存食は兎も角として、ドール・ロゼに滞在していた時は戦闘の機会も無かった為に、後者の二種の在庫は殆ど無い。
 良くて人形武闘会の時に使ったっきりの、鈍らな剣が幾つかあるだけだ。
「どうしよう。まだお店が開くには早いしなぁ……」
 まだ日も登り始めたばかり。トキノが経営する武具屋も、まだ開きそうにないし、薬屋も開いてはいないだろう。
 意気揚々と旅の準備を始めたローゼリエッタであったが、旅立つ前から出鼻をくじかれてしまった。


 ローゼリエッタがこれ程早く町を出ようとしたのには、幾つか理由がある。
 その最たるは、革命軍に見つかりたくないという理由からだ。
 革命軍はかねてより、各都市に諜報員を送り込んでいた。その大多数はガンフの配下であったパラミシア兵。彼らが今でも町に滞在している可能性は高い。彼らに見つかったならば、連れ戻されるだろうことは目に見えている。
 他にも幾つかある理由としては、知り合いに出会ってしまい引き留められるのを避けるため、だとか、朝も早ければ魔物も眠っていて要らぬ戦闘を省けるかもしれない、といった理由があったが、どれもこれも、準備不足を致し方なしと済ますには弱いものだ。

 ローゼリエッタは一先ず、各店舗の開店を待ち、不足品を仕入れてから再び出立する機会を探そうと思い立った。
 ぽっかりと空いた空き時間。こんなとき人形使いがやることなど決まっている。ローゼリエッタは、旅の準備として荷物袋に詰め込んだ作業道具を引っ張り出すと、人形が置いてある店先へと向かった。


 立ち並ぶ家屋のせいか、店先はまだ薄暗かった。
 店内から見える通りには人影もなく、作業に没頭するにはもってこいの状態だ。
「さて! 気合いいれていこう!」
 掛け声と共に、ローゼリエッタは暫く弄っていなかった人形の整備に取り掛かる。

 ドール・ロゼの品ぞろえはある意味豊富で、大きな物は大人と同じ等身大の物から、小さな物は子供の手に収まる程度の物まで、多種多様な人形を見ることが出来る。
 その中でも特に整備が必要なのは、繊細なつくりを要する等身大の人形であり、子供が遊ぶための小さな人形は、作りも簡素なもので大して劣化もしていない。
 ローゼリエッタは、立ち並ぶ等身大人形の中から一際思い入れのある『アリス』を引っ張り出すと、整備を始めた。

 胸部を外し、中にある心臓部、糸が収束されている箱を取り出す。それから一本ずつ、動作不良が無いか確認をしていく。
 細い細い糸に触れるとても繊細で途方もない作業であったが、ローゼリエッタは存外この作業が好きであった。この作業を始めてしまったが最後、時間を忘れて作業をし続け、日が暮れるか整備が終わるまで延々と弄り倒してしまう。
 この日もそうなってしまうかと思われた。そんな時、少女の手を止める来訪者が現れた。


 店の戸が開き、一人の男が入ってくる。
「なんだ。まだいたのか? てっきり俺は朝早くに出て行っちまうのだと思ってたんだがな」
 声の主はトキノだった。何やら大きな荷物をひっさげ、にこやかに笑っている。
 声に気付いたローゼリエッタは、途中だった作業を一旦終わりとし、アリスを元の綺麗な形に直していった。
「どうしたんですか? トキノさん。こんな早くから……」
 心底疑問に思った事を口に出すローゼリエッタ。だがトキノは呆れた様子で外を指差す。
「おいおい、もう昼時だぞ。そんなに夢中になってたのか?」
 少女は言われて漸く、店内から見える通りが太陽の光で明るく照らされていることに気が付いた。
「嘘! お昼!? またやっちゃった……」
「まったく、いい若者が……いや、人のことは言えんか」
 トキノ自身も思い当たる節があるようで、苦言を言われることはなかった。

 ローゼリエッタは整備道具も綺麗にしまい込むと、来店したトキノに向かって頭を下げる。
「ごめんなさいトキノさん! 私買い物に行かないと……」
「ああ、大方旅に必要なものが足りなくて、他の店の開店時間を待っていたんだろう? そんで、時間潰しに作業を始めたらいつの間にか……といったところか」
 トキノはそういって、背中に背負っていた荷物を下ろす。
 彼が下ろした荷物の中から取り出したのは、治癒の魔法薬や精巧な作りの剣や斧だった。
「これは……?」
「こんなこともあろうかと、俺が買っといたぞ。武器類は俺の手製だがな。さあ、持っていくといい」
 そういって持ち上げた剣の柄にはアガツマの銘が掘られてあり、トキノはこれ見よがしに見せびらかす。

 ローゼリエッタは、突如舞い込んだ思わぬ贈り物に心底驚いた。それと同時に恐縮する。
「そんな、頂けません! トキノさんの作品なら相当高価な物でしょう? それに魔法薬もこんなに一杯……」
 トキノが持ってきた荷物の内訳は、剣、槍、斧が一振りずつ。そして治癒の魔法薬が五本。更には保存に適したパンや燻製肉だ。
 これだけの品をローゼリエッタが買いそろえようとするのならば、アリス級の完成度を有する等身大人形をニ、三体は売りさばかねばなるまい。
 それだけの品を無償で貰うことなど、ローゼリエッタの矜持が許さない。
 一方トキノは、そういった答えが返ってくるのは判っていたようで、早々に妥協案を提示した。
「なに、ただが嫌なら一つ頼みごとを頼まれてはくれんか? その仕事の対価としてこれらを受け取ってくれればいい」
 トキノはそういって、一枚の紙を取り出した。
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