反魂の傀儡使い

菅原

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21章 画策

少女の思惑

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 各々注文した料理が届き、それぞれ自由に舌鼓を打つ。
 だが料理ばかり楽しんでもいられない。時間は有限であり、共有するべき情報はまだまだ沢山ある。
 トキノは両側に座るキャロルとジェインに向かって酒の入ったカップを傾けると、酒臭い息で会話を促した。
「さあ、次はお前さんたちだ。黒き獣……じゃなかったな。ええと……魔物だったか。そいつらについてなにを知っている?」
 当初出会ったときは少しばかり恐縮していた二人だったが、今ではトキノをみて呆れかえっている。顔に苦笑いを湛えたまま、フォークで皿の上の料理を弄んでいる。
「私たちも詳しくは知りませんよ? 強いて言うならば……人間以外に興味を持たないってことかしら」
「ほほう、人間だけにか。……ん? だが飼い牛が食い殺されたとも聞いたぞ?」
 そう言って、トキノは皿に乗った牛の肉のステーキにフォークを突き刺す。
 すると次はジェインが、口に放り込んだ魚のソテーを酒で飲み下しながら補足をした。
「そこなんですよ。奴等は、牛は牛でも人間に飼育されているものばかり襲うんです」
 これに対してはローゼリエッタが反応を示す。
「飼育されているもの……ですか? もしかして牛だけじゃなく犬や馬、羊にも被害があったりしません?」
 すかさずジェインが肯定する。
「その通りだ、ロゼ。町民らからは、牛だけでなく様々な家畜が被害にあっていると聞く。……しかし、良く分かったな。暫くこちらにはいなかったのだろう?」
 少し顔を顰め、少々行儀悪くフォークをローゼリエッタに向けるジェイン。
 そのことを気にも留めず、少女は見解を述べる。
「実は……以前王国で戦った時の話なのですが、魔物は最初どれも大型犬のような姿だったんです。でも牛や馬、人間を食べた一部の魔物が、身体を変質させ、異常な力を手に入れ始めたんです。だから多分、先日戦った真っ赤な狼も、なにかを食べた成れの果てなんだと思ったんですが……」
 少々長い説明となったが、酔っぱらいつつあるトキノを除いた二人は、その事実に興味を示した。
「体が変質するだと!?」
「そんな! 動物を食べたから力が強くなったって言うの!?」
 突然テーブルを叩き立ち上がる二人。多少入った酒のせいか、周囲の視線を集めながらもそれを一切気にすることをしない。それどころか険しい表情で、椅子に座るローゼリエッタを睨みつけている。

 ローゼリエッタが反応に困っていると、突然トキノが立ち上がり、立ち尽くす二人の肩に手をかけると、無理やり席に座らせた。
「あんまり白熱すんじゃねぇよ。他の客に迷惑だし、折角の酒が不味くならぁ」
 トキノは席につくや否や、酒の入ったカップをぐびりと煽る。
 その様子を横目で見ていたキャロルとジェインは、ローゼリエッタに向かってばつが悪そうに頭を下げた。
「……すまん」
「ごめんなさい」
 一時白熱した熱も次第に収まり、暫しの間静かに食事は進む。だがやがて、ふて腐れたようにキャロルが呟いた。
「……そうとわかってれば、直ぐにでも家畜の処理を打診したのに」
「そうだな。今からでも遅くはないさ。今晩にでも町長に進言しよう」
 そこにトキノは口を挟まず、ローゼリエッタもまたそれから暫く口を噤んだ。
 

 食も酒も程よく進み、周囲には仕事終わりの農夫がちらほらと姿を表す時間となっていた。
 会食が始まってから結構な時間が経つ。
 既にテーブルの上の皿は幾つも空になっていて、酒を飲まないローゼリエッタは暫し手持無沙汰だ。
「ああ美味しかった! 良いお店を教えて頂いて有難うございます!」
 少女の笑顔を見て、自然と笑みをこぼす三人。
 そこでキャロルがふと、頭に浮かんだ疑問を問いかけた。
「そういえば……ロゼは革命軍と関係なく動いているって聞いたけど、一体どうしてこの町に来たの?」
「私ですか? えーと……実は私、革命軍にいた時も他の皆に何度も助けて貰っていたんです。だから今回も、魔物について詳しい……人? に助けて貰おうと思って」
 今までになく歯切れの悪いローゼリエッタに、首をかしげるジェインとキャロル。
 一方トキノはと言えば、首の代わりにカップを傾け何倍目かわからぬ酒をあおっている。
「んぐっ! んぐっ! ぶはああ!! で? 誰なんでぇ。その魔物に詳しい人ってのは」
「……ごめんなさい。説明が難しいです。私もよく知らない人だから……」
 言葉に詰まるローゼリエッタは、膝に手を載せ俯いてしまう。

 小さくなった少女に助け舟を出したのは、頬を朱に染めたキャロルだ。
 トキノが持つ豪快なカップとは違う、洒落たグラスを片手に艶っぽく微笑む。
「それじゃあ次の質問ね。ロゼはこの後、どこへ向かうの?」
 彼女のその質問に、ローゼリエッタは気を取り直し応える。
「王国バルドリンガがあった場所です」
「そこにその人がいるのね?」
「さぁ、どうでしょうか……確証はありません。でも……」
 そんな予感がするのだと、少女は小さく呟いた。


 時は進み、皆十分満足したところで解散となった。
 ローゼリエッタは食堂の店先で、キャロル、ジェインの二人に別れを告げると、酔いつぶれてしまったトキノに肩を貸しながら、一路ドール・ロゼへと向かう。
「もう……大丈夫ですか? トキノさんてば飲み過ぎですよ」
「うるへぇ! 偶にはいいじゃねぇか、羽目を外すのもよぉ!」
 周囲にはまだまだ人影が多い。だがそれも大通りの中だけで、小さな路地に入るなり人影はどんどん減っていく。
 空には満天の星空。そこに悠然と浮かぶ満月を見上げ、ローゼリエッタは呟く。
「どうしてこの街に……かぁ」
「……」
 先ほどまで煩い位に愚痴を言っていたトキノも、図ったかのように静かだ。

 ローゼリエッタがとる一連の行動には、確信という物がなかった。
 龍の姿に変貌してしまったジェイク。そのジェイクが今王国にいるのかは不明であり、仮にいたとしても話を聞いてもらえるのかは不明であり、仮に聞いてもらえたとしても対処法を知っているのかは不明である。
 しかもそれらは全て、少女の浅はかな思い付き、希望的観測によるものであって、論理的な理由や決定的な根拠が付随するものではない。
 だからローゼリエッタは、旅をする最中であっても、自身の行いが本当に正しい物なのか、意味のある物なのか不安で仕方が無かった。
「それでも私は……黙って待つだけなんて出来ないもの」
 少女は留まることが出来なかった。例え手段が分からなくとも、例え可能性が限りなく少ない案であったとしても、少女の優しき心が、動けと突き動かしたのだ。

 星空を見上げていたのも少しの間だけ。再び歩き出したローゼリエッタは、トキノを家まで送り届けると、真っ暗なドール・ロゼへと入っていく。
 美味しい料理と、楽しい時間。程よく火照っていた体も、すっかり日の落ちた夜の街を吹き抜ける風が冷ましてしまった。
 ローゼリエッタは手早く湯あみで身を清めると、パンドラの整備を始めた。そしてそれが終わると、翌日からの予定に備えて早めの就寝に入る。旅はまだ道半ば……少女の目的地はここではない。
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