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21章 画策
久方ぶりの再開
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ローゼリエッタが経営する、トレット家が第一支店『ドール・ロゼ』は、以前と変わらぬ場所に佇んでいた。
経営者が不在だったため多少草臥れてはいるが、取り壊されるわけでなく、注意書きが綴られた紙が貼られているようなこともない。
ただ、ドール・ロゼの両脇にある店は大分軒並みを変えていて、民家だったところまで剣や鎧を揃える武具屋に変わっていた。
「相変わらず活気はあるみたいだけど、町は随分と様変わりしたみたいね」
閉めてあった鍵を開け、ドアノブに手をかけながら隣の店を覗き見る。
すると、鍛冶師の腕が良いのか武具屋は良く繁盛しているようで、店内は客で一杯だ。
「わぁ……凄い繁盛してるのね。相当腕が良いのかしら?」
余りの人の多さに、ローゼリエッタはついつい首を伸ばして中を覗いてしまう。
するとそこには、以前どこかで見た事のある顔があった。
金色に輝く波がかった短髪は頭巾で縛られ、薄いシャツの袖からは逞しい腕が見える。年はまだ若く、四十にならないくらいだ。
「あれは……確か……そう、アガツマさんだわ!」
そこにいたのは、かつてローゼリエッタが王国軍に属していた時、彼女の乗る巨鎧兵の製作を一挙に担っていた工場の主、トキノ・アガツマだった。
ぼんやりと靄がかかる記憶の中、うっすらと思い出される顔と名前。少女がその鍛冶師の顔をまじまじと見つめていると、偶然トキノがローゼリエッタの方を振り向いた。
中で接客に追われていたトキノは、少女を見つけると突然慌てだし、店の中にいる客をそそくさと帰し始める。
「すまないが閉店だ!! 明日また来てくれ!」
余りにも理不尽な物言いに、来客からぱらぱらと文句が上がる。だが最終的には皆店を後にして、店内はあっという間に無人となった。
客が捌けるとトキノは、店の入口に掲げてあった看板を引っ繰り返し店じまいをすます。その後ドール・ロゼの前で呆然とするローゼリエッタに近寄ると、元気よく声をかけた。
「久しぶりだな、嬢ちゃん! 無事で何よりだった」
「ええ、アガツマさんも! 王国があんなことになって、てっきり私……」
アガツマさんも死んだものとばかり、なんて口にしそうになって、ローゼリエッタは慌てて口に手を当てる。
その様子を見たアガツマは、怒るでもなく豪快に笑い飛ばした。
「がはは! そんな気を遣うんじゃない。……実際ぎりぎりだったんだ。王国の兵には感謝せねばならん。命を懸けて、多くの住民を逃がしてくれたのだから。皆も生き残っていたら良いのだが」
「そう……ですか……。ごめんなさい、私たちが王国についた時にはもう……」
「なに? そうか……そうか」
感傷に浸る二人。まだまだ日も高い日中だというのに、二人の心が沈んでしまう。
無言の時も極僅か。トキノは直ぐに口を開く。するとあろうことか、トキノはローゼリエッタを食事に誘いだした。
「嬢ちゃんも今回の件、色々と知っているんだろう? どうだ、少し早いが晩飯でも。話も聞きてぇしよ。色々と」
ローゼリエッタが革命軍に寝返ったという情報は、トキノも当然掴んでいた。そこでトキノは、革命軍の持つ情報を聞き出そうとローゼリエッタを誘い出したのだ。
ローゼリエッタはトキノの提案を受け、少々考えを巡らす。
まず、ローゼリエッタは現在、革命軍に影響を与えている状況下にない。少女の考えは革命軍に反映されず、革命軍の決定は少女の行動に反映されない状態だ。
この状況でローゼリエッタが革命軍の持つ情報を話してしまえば、それは機密事項の漏洩に、引いては革命軍に仇名す行為になるのではと、少女は思い悩んだ。
だがここで、トキノが一つ口をはさむ。
「おい嬢ちゃん。悩んでいるところすまないが言わせてもらうぜ。あの黒い獣は強敵だ。全員の力を合わせにゃ抗えん程にな。今更敵だ見方だと悩んでる場合か?」
トキノの言葉はローゼリエッタの悩みを氷解させた。
確かに彼の言う通り、魔物の出現は人類が皆協力して妥当しなければならない問題だ。なのに今更、敵味方を意識する必要はあるのだろうか。その答えは、問われずとも明らかだ。
さんざん悩んだ挙句、ローゼリエッタはトキノの誘いを受けることに決めた。
「分かりました。お供させて頂きます。ですが、実は先約があるんです」
「なんだい、それを早く言えや。じゃあそいつらも一緒でいいじゃねえか。飯は大勢で食った方が旨いからな」
豪快に笑うトキノを見て、少女は先程まで悩んでいたことすら馬鹿らしく感じてしまう。
「……ふふっ、分かりました。でも約束の時間はもう少し先ですから、一旦中でお茶でもどうですか?」
「おお、ありがてぇ。遠慮なくいただくぜ」
ローゼリエッタがこれまでに出会った鍛冶師たちは、皆気さくで気持ちの良い性格の者達ばかりだ。その快活な姿を見て、少女はいつも元気づけられてきた。
(アガツマさんを見ていると、マシリオンさんを思い出すわね。はぁ……皆、元気にしてるかなぁ)
ローゼリエッタは自分の店の戸を開け客人を招き入れる。それから飲み物を用意する間、暫し遠方にいる友人を思い出していた。
経営者が不在だったため多少草臥れてはいるが、取り壊されるわけでなく、注意書きが綴られた紙が貼られているようなこともない。
ただ、ドール・ロゼの両脇にある店は大分軒並みを変えていて、民家だったところまで剣や鎧を揃える武具屋に変わっていた。
「相変わらず活気はあるみたいだけど、町は随分と様変わりしたみたいね」
閉めてあった鍵を開け、ドアノブに手をかけながら隣の店を覗き見る。
すると、鍛冶師の腕が良いのか武具屋は良く繁盛しているようで、店内は客で一杯だ。
「わぁ……凄い繁盛してるのね。相当腕が良いのかしら?」
余りの人の多さに、ローゼリエッタはついつい首を伸ばして中を覗いてしまう。
するとそこには、以前どこかで見た事のある顔があった。
金色に輝く波がかった短髪は頭巾で縛られ、薄いシャツの袖からは逞しい腕が見える。年はまだ若く、四十にならないくらいだ。
「あれは……確か……そう、アガツマさんだわ!」
そこにいたのは、かつてローゼリエッタが王国軍に属していた時、彼女の乗る巨鎧兵の製作を一挙に担っていた工場の主、トキノ・アガツマだった。
ぼんやりと靄がかかる記憶の中、うっすらと思い出される顔と名前。少女がその鍛冶師の顔をまじまじと見つめていると、偶然トキノがローゼリエッタの方を振り向いた。
中で接客に追われていたトキノは、少女を見つけると突然慌てだし、店の中にいる客をそそくさと帰し始める。
「すまないが閉店だ!! 明日また来てくれ!」
余りにも理不尽な物言いに、来客からぱらぱらと文句が上がる。だが最終的には皆店を後にして、店内はあっという間に無人となった。
客が捌けるとトキノは、店の入口に掲げてあった看板を引っ繰り返し店じまいをすます。その後ドール・ロゼの前で呆然とするローゼリエッタに近寄ると、元気よく声をかけた。
「久しぶりだな、嬢ちゃん! 無事で何よりだった」
「ええ、アガツマさんも! 王国があんなことになって、てっきり私……」
アガツマさんも死んだものとばかり、なんて口にしそうになって、ローゼリエッタは慌てて口に手を当てる。
その様子を見たアガツマは、怒るでもなく豪快に笑い飛ばした。
「がはは! そんな気を遣うんじゃない。……実際ぎりぎりだったんだ。王国の兵には感謝せねばならん。命を懸けて、多くの住民を逃がしてくれたのだから。皆も生き残っていたら良いのだが」
「そう……ですか……。ごめんなさい、私たちが王国についた時にはもう……」
「なに? そうか……そうか」
感傷に浸る二人。まだまだ日も高い日中だというのに、二人の心が沈んでしまう。
無言の時も極僅か。トキノは直ぐに口を開く。するとあろうことか、トキノはローゼリエッタを食事に誘いだした。
「嬢ちゃんも今回の件、色々と知っているんだろう? どうだ、少し早いが晩飯でも。話も聞きてぇしよ。色々と」
ローゼリエッタが革命軍に寝返ったという情報は、トキノも当然掴んでいた。そこでトキノは、革命軍の持つ情報を聞き出そうとローゼリエッタを誘い出したのだ。
ローゼリエッタはトキノの提案を受け、少々考えを巡らす。
まず、ローゼリエッタは現在、革命軍に影響を与えている状況下にない。少女の考えは革命軍に反映されず、革命軍の決定は少女の行動に反映されない状態だ。
この状況でローゼリエッタが革命軍の持つ情報を話してしまえば、それは機密事項の漏洩に、引いては革命軍に仇名す行為になるのではと、少女は思い悩んだ。
だがここで、トキノが一つ口をはさむ。
「おい嬢ちゃん。悩んでいるところすまないが言わせてもらうぜ。あの黒い獣は強敵だ。全員の力を合わせにゃ抗えん程にな。今更敵だ見方だと悩んでる場合か?」
トキノの言葉はローゼリエッタの悩みを氷解させた。
確かに彼の言う通り、魔物の出現は人類が皆協力して妥当しなければならない問題だ。なのに今更、敵味方を意識する必要はあるのだろうか。その答えは、問われずとも明らかだ。
さんざん悩んだ挙句、ローゼリエッタはトキノの誘いを受けることに決めた。
「分かりました。お供させて頂きます。ですが、実は先約があるんです」
「なんだい、それを早く言えや。じゃあそいつらも一緒でいいじゃねえか。飯は大勢で食った方が旨いからな」
豪快に笑うトキノを見て、少女は先程まで悩んでいたことすら馬鹿らしく感じてしまう。
「……ふふっ、分かりました。でも約束の時間はもう少し先ですから、一旦中でお茶でもどうですか?」
「おお、ありがてぇ。遠慮なくいただくぜ」
ローゼリエッタがこれまでに出会った鍛冶師たちは、皆気さくで気持ちの良い性格の者達ばかりだ。その快活な姿を見て、少女はいつも元気づけられてきた。
(アガツマさんを見ていると、マシリオンさんを思い出すわね。はぁ……皆、元気にしてるかなぁ)
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