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21章 画策
一人旅 2
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ローゼリエッタが森に入ると、周囲の木々が騒めきだした。
森人の森に群生する木々は、多くがドリアードという精霊の宿った樹木である。本来は人間の前に姿を見せることはほとんどないのだが、エルフが組する革命軍を先導していた少女を前に、彼らは自ら動くことを決めたようだ。
ドリアードは存外賢く、少女の視線、足が向く方向から行き先を察知すると、自然と左右に別れ、目的地へと続く一本の道を作り出す。
「森が……」
この力こそ、ドリアードが侵入者を排除する為に有する力なのだが、その力を、今は一人の少女の為に使おうとしている。
「確かエルフさんは『ドリアードは森の道を変化させ侵入者を惑わす』って言ってたわ。でもこれじゃあ……」
その方角は、少女が目指す方角と合致している。そして伸びる道は気持ち良い程の一直線だ。とても惑わすような作りではない。
これがドリアードの好意であると受け取った少女は、律義に物言わぬ樹木へ礼をすると、パンドラと共に森を歩き出す。
ローゼリエッタは当初、森の道は険しく過酷な物であると予測していた。少なくとも、草原の道よりも大変だろうと。しかし森の道を作り変えるドリアードのおかげで、息の詰まる閉塞感も少なく、道に迷う心配もない快適な旅ができている。これだけでも有難い限りだというのに、程なくして少女の目の前に、思いもよらぬ物が現れた。
「わぁ……美味しそう」
それは彼らから少女へ向けての差し入れだ。たっぷりと魔力が宿り、また良く熟し食べ頃となった赤い果実だ。
ローゼリエッタは、その果実を以前に見たことがある。集落にいた頃にドワーフの店主から貰った、甘い甘い果実だ。
「い、いいのかな?」
ドリアードは物言わぬ樹木である。だから少女は、その果実が自分に向けての物だと気づけない。元からそこにあったのか、それとも自身が入ってから用意された物なのかが分からない。
ただ、突如として現れたその果実は、今の歩き疲れ乾ききった少女からすれば垂涎の的であった。
「……いただきまーす」
恐る恐る、その果実に手を伸ばす。ひたりと冷たい感触が手につき、問題が無いことを察すると、ローゼリエッタは果実をもぎ取り、その場で齧りつく。
この日も朝早くから歩き詰めで、肉体は疲労を訴えている。そこへ与えられた甘く瑞々しい果実。甘い果肉が体の疲れを癒し、滴る果汁が乾いたのどを潤す。
暫くしてローゼリエッタが果実を完食すると、いつの間にか同じような果実が幾つもぶら下がっているのに気づいた。明らかに先までなかったものだ。
ローゼリエッタはここにきて漸く、その果実が自身に向けての物だと気づくと、律義に物言わぬ樹木に礼を言っては、いくつかもぎ取って道具袋に詰め込む。
まだ続く旅の中で見つけた、数少ない嗜好品。ほんのささやかなものではあるが、楽しみを見つけた少女の歩き出す足取りは軽い。
二日ほど経った。
森を行く旅は頗る快適だ。四方こそ木々に囲まれているものの、草原にあった丘のような勾配も無く、少女の体力を奪う要素は少ない。
迷ってしまったら、と不安だった道も、ドリアードの助力を得て杞憂となった。旅の行程は順調で、森に入って僅か二日目で、かつてエルフが暮らしていた世界樹の苗木に辿り着く。
まず見えたのは、半分に折れた巨大な樹木だ。それはかつて『世界樹の苗木』と呼ばれた、エルフが住まう大切な場所であった。悠然と地に生えていた時は若々しい新緑色だったのだが、今では少し色あせていて、所々枯れているようにも見える。
少女が更に近づくと、次に倒壊した家屋の数々が見えた。その退廃した様子にエルフが暮らしていた名残を感じることは出来るが、生き物の気配は一つとてない。
「……なんか、悔しいね……」
少女の脳裏に呼び出される記憶。それは、革命軍と王国軍が初めて尽力した壮絶な戦いだ。時間が経った今でもまざまざと思い出す。迫りくる巨鎧兵団、放たれる魔導砲、倒れる世界樹の苗木、そして……生気を失った兄の姿。
なまじ集落が賑やかだったころを知っているからこそ、余計に悔しさがこみ上げる。
その悔しさを噛みしめながら、ローゼリエッタはこの廃集落で夜を明かした。
翌朝、ローゼリエッタは早めに起床すると、直ぐに旅の準備をし、まだ暗がりの森を歩き始める。
開けた場所だからと野営を行ったはいいものの、寝起きは最悪だった。今では一秒たりともこの場所に居たくはないとまで感じている。
そんな少女の心情とは裏腹に、旅の行程も半分を過ぎ、彼女の当面の目標まで残り僅かであった。
「……私たちの家、壊されてなかったらいいなぁ」
地面を蹴る二つの足音が響く中、少女はぽつりと呟く。
彼女たちが支店を出した町『スフィロニア』と、新たな活動拠点となったドワーフの集落は、ほぼ一直線上にある。また、森人の森に最も近い町であることから、王国軍が進軍した際、スフィロニアを訪れる可能性は極めて高い。そしてかつての革命軍が辿った道を、王国軍も準えたのであれば、ローゼリエッタとアルストロイが暮らしていた人形の館も、巨鎧兵に踏み潰されている可能性は十分ある。
それでもローゼリエッタは、館が無事な体で隣を歩く兄に語り掛けた。
「旅も順調だったし、家についたら少しだけゆっくりしましょう。久しぶりに体も洗いたいし、質素なご飯ばかりだったから、少しだけ贅沢な料理を食べて……それにふかふかのベットで眠るの! それから……」
少女の人生で初めての一人旅が終わりに近づく。当初は愚痴ばかりだった言葉は、今では願望へと変わり、住み慣れた家に思いをはせるばかりだ。
それからまた三日ほど歩いた頃、森人の森も無事に越え、漸くローゼリエッタは人形の館へと辿り着くことが出来た。
森人の森に群生する木々は、多くがドリアードという精霊の宿った樹木である。本来は人間の前に姿を見せることはほとんどないのだが、エルフが組する革命軍を先導していた少女を前に、彼らは自ら動くことを決めたようだ。
ドリアードは存外賢く、少女の視線、足が向く方向から行き先を察知すると、自然と左右に別れ、目的地へと続く一本の道を作り出す。
「森が……」
この力こそ、ドリアードが侵入者を排除する為に有する力なのだが、その力を、今は一人の少女の為に使おうとしている。
「確かエルフさんは『ドリアードは森の道を変化させ侵入者を惑わす』って言ってたわ。でもこれじゃあ……」
その方角は、少女が目指す方角と合致している。そして伸びる道は気持ち良い程の一直線だ。とても惑わすような作りではない。
これがドリアードの好意であると受け取った少女は、律義に物言わぬ樹木へ礼をすると、パンドラと共に森を歩き出す。
ローゼリエッタは当初、森の道は険しく過酷な物であると予測していた。少なくとも、草原の道よりも大変だろうと。しかし森の道を作り変えるドリアードのおかげで、息の詰まる閉塞感も少なく、道に迷う心配もない快適な旅ができている。これだけでも有難い限りだというのに、程なくして少女の目の前に、思いもよらぬ物が現れた。
「わぁ……美味しそう」
それは彼らから少女へ向けての差し入れだ。たっぷりと魔力が宿り、また良く熟し食べ頃となった赤い果実だ。
ローゼリエッタは、その果実を以前に見たことがある。集落にいた頃にドワーフの店主から貰った、甘い甘い果実だ。
「い、いいのかな?」
ドリアードは物言わぬ樹木である。だから少女は、その果実が自分に向けての物だと気づけない。元からそこにあったのか、それとも自身が入ってから用意された物なのかが分からない。
ただ、突如として現れたその果実は、今の歩き疲れ乾ききった少女からすれば垂涎の的であった。
「……いただきまーす」
恐る恐る、その果実に手を伸ばす。ひたりと冷たい感触が手につき、問題が無いことを察すると、ローゼリエッタは果実をもぎ取り、その場で齧りつく。
この日も朝早くから歩き詰めで、肉体は疲労を訴えている。そこへ与えられた甘く瑞々しい果実。甘い果肉が体の疲れを癒し、滴る果汁が乾いたのどを潤す。
暫くしてローゼリエッタが果実を完食すると、いつの間にか同じような果実が幾つもぶら下がっているのに気づいた。明らかに先までなかったものだ。
ローゼリエッタはここにきて漸く、その果実が自身に向けての物だと気づくと、律義に物言わぬ樹木に礼を言っては、いくつかもぎ取って道具袋に詰め込む。
まだ続く旅の中で見つけた、数少ない嗜好品。ほんのささやかなものではあるが、楽しみを見つけた少女の歩き出す足取りは軽い。
二日ほど経った。
森を行く旅は頗る快適だ。四方こそ木々に囲まれているものの、草原にあった丘のような勾配も無く、少女の体力を奪う要素は少ない。
迷ってしまったら、と不安だった道も、ドリアードの助力を得て杞憂となった。旅の行程は順調で、森に入って僅か二日目で、かつてエルフが暮らしていた世界樹の苗木に辿り着く。
まず見えたのは、半分に折れた巨大な樹木だ。それはかつて『世界樹の苗木』と呼ばれた、エルフが住まう大切な場所であった。悠然と地に生えていた時は若々しい新緑色だったのだが、今では少し色あせていて、所々枯れているようにも見える。
少女が更に近づくと、次に倒壊した家屋の数々が見えた。その退廃した様子にエルフが暮らしていた名残を感じることは出来るが、生き物の気配は一つとてない。
「……なんか、悔しいね……」
少女の脳裏に呼び出される記憶。それは、革命軍と王国軍が初めて尽力した壮絶な戦いだ。時間が経った今でもまざまざと思い出す。迫りくる巨鎧兵団、放たれる魔導砲、倒れる世界樹の苗木、そして……生気を失った兄の姿。
なまじ集落が賑やかだったころを知っているからこそ、余計に悔しさがこみ上げる。
その悔しさを噛みしめながら、ローゼリエッタはこの廃集落で夜を明かした。
翌朝、ローゼリエッタは早めに起床すると、直ぐに旅の準備をし、まだ暗がりの森を歩き始める。
開けた場所だからと野営を行ったはいいものの、寝起きは最悪だった。今では一秒たりともこの場所に居たくはないとまで感じている。
そんな少女の心情とは裏腹に、旅の行程も半分を過ぎ、彼女の当面の目標まで残り僅かであった。
「……私たちの家、壊されてなかったらいいなぁ」
地面を蹴る二つの足音が響く中、少女はぽつりと呟く。
彼女たちが支店を出した町『スフィロニア』と、新たな活動拠点となったドワーフの集落は、ほぼ一直線上にある。また、森人の森に最も近い町であることから、王国軍が進軍した際、スフィロニアを訪れる可能性は極めて高い。そしてかつての革命軍が辿った道を、王国軍も準えたのであれば、ローゼリエッタとアルストロイが暮らしていた人形の館も、巨鎧兵に踏み潰されている可能性は十分ある。
それでもローゼリエッタは、館が無事な体で隣を歩く兄に語り掛けた。
「旅も順調だったし、家についたら少しだけゆっくりしましょう。久しぶりに体も洗いたいし、質素なご飯ばかりだったから、少しだけ贅沢な料理を食べて……それにふかふかのベットで眠るの! それから……」
少女の人生で初めての一人旅が終わりに近づく。当初は愚痴ばかりだった言葉は、今では願望へと変わり、住み慣れた家に思いをはせるばかりだ。
それからまた三日ほど歩いた頃、森人の森も無事に越え、漸くローゼリエッタは人形の館へと辿り着くことが出来た。
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