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17章 崩壊の時
暴君の悩み
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戦いの準備を整える革命軍より遥か遠くの王国、バルドリンガ。聖域を犯す大戦に敗北し、彼の国は大きな選択を強いられていた。
いまや王国の最高戦力とされる巨鎧兵団の大部分を投入していながら、一機も帰ってきていない。加えて三将の内尤も戦力があるとされていたパシウスを動員していながら、その配下までもが一人も戻ってきていないのだ。
王城で待つ戦士にその戦いの結果を知ることは出来ない。ただ分かるのは、予定されている期日を過ぎても、一切の報告が無いという絶望的な状況だけだ。
王城にある謁見の間にて、国王ハルクエルは窮地にあえいでいた。
「くそっ……何故一つも知らせが届かない? それだけ苦戦しているのか、それとも今帰還の最中なのか、まさかとは思うが……兎も角、何もかもうまくいっていないようだ」
ハルクエルが思い描く最悪の情景は、全ての兵士が殺され、反乱軍が今まさに王国へ進軍を開始しているというものだ。
当然ながらそれに合わせ準備は万全の状態となっている。だが、不確かな現状が、ハルクエルの心を乱す。
「偵察隊の話では、戦地は森人の森の奥にあるようだが……あれだけの異常現象が起きる森だ。進軍するとなると、今王国にいる軍勢だけでは心許ない。何より今の軍を派遣してしまっては、有事の際の防衛手段が手薄になってしまう。くそっ! いいように踊らされてしまっているではないか!」
ハルクエルは椅子の肘掛けを手で叩いて悔しがる。その背後には当然のようにジェイクが控えていて、物言わず佇んでいた。
王国は、反乱軍討伐隊から寄せられる筈の報告が、予定期日になかったことを受け、直ぐに偵察隊を組み派遣した。
隠密性に長けた諜報員で組まれたそれは、森人の森を目指し道を急ぐ。
そして、入り口を見て困惑した。
王国の予想では、森人の森の入り口で戦いとなる予定であった。
『森人の森』という名が示す通り、あの森全てが森人の領土である。ならば必然、奴らは森への侵入者を拒むであろう。さすれば、それに組した反乱軍もそこに陣取るが通りだ。
この考えはハルクエルの物であったが、当然討伐隊、偵察隊、巨鎧兵団全てに伝えられ、彼らはそのつもりで行軍を行っていた。
だが蓋を開けてみればどうしたことか。
森の入り口は綺麗なままで、戦いの後は一切見られない。
結果、偵察隊は直ぐに王国へと引き返しこのことを報告。そこからは指示待ちの状態となっている。
思い悩むハルクエルの下へ、一人の兵士が伝令を運んできた。
「失礼ながらお伝えいたします! 三将のお二方が謁見を申し出ております。いかがなさいますか?」
「む? ……一体何用だ? ……まぁいい、通せ」
「はっ! 今お連れ致します」
一人で思い悩むのもつかれていたハルクエルは、気晴らしも兼ねて直ぐに会うことを決める。
少しして、三将の二人が王の前に姿を現した。
緑の髪を靡かせながら、愛用の槍を立てる老人“ゴルゾーン”。年は六十を超える程だが、身に着ける軽装、薄手の布の下からは逞しい腕が垣間見える。
装飾に力を入れた、美術品のような鎧に剣を持つ令嬢“アンティラ”。その美貌は羨望の眼差しを集め、卓越した剣術、魔法技術と共にこの地位へと駆けのぼってきた。
どちらもパシウスに負けずとも劣らない、王国きっての猛将である。
二人は定位置につくと膝をつき、緑髪と金髪を垂れ下げた。
「我々の為にお時間を取って頂き、誠に有難うございます」
「堅苦しい挨拶は良い。要件を聞こうではないか。戦好きの其方らの事だ。唯挨拶しに来たわけではあるまい?」
ハルクエルは、自身より遥かに長齢であるゴルゾーンに対しそう吐き捨てる。
いつもの余裕が国王にないことを敏感に察知した二人は、その言葉を素直に受け止め一つ提言した。
ゴルゾーンのしわがれた声が響く。
「お言葉ですが国王よ。パシウスが戻らぬ今、我々のどちらかが再び兵をあげ、進軍した方が良いと思うのですが」
「何? ……いかに消極的であろうとも、防衛は欠かせぬ。巨鎧兵は出せぬぞ?」
この言葉に応えたのはアンティラだ。
「承知していおります。それでも、歩兵だけで十分に勝てる戦いであると断言しましょう。パシウス様が戻らぬということは、反乱軍と争ったということ。ならば反乱軍もただで済むはずがありません。巨鎧兵の数は歴然でしたし、彼の力はよく存じていますので。手負いということは、今こそ叩く絶好の機会ということです」
同じ地位に立ち、互いに気にかけていたからこそ、争った反乱軍は消耗していると予見し、彼らは進軍を提案した。
だがこの提案を受けても、ハルクエルは渋い顔をしたままだ。
この時、ハルクエルは反乱軍に対し恐怖を覚えていた。
小国とはいえ、国一つの民衆を丸々消し去ってしまう大魔法を操り、敵国の潜伏兵にすらも「反乱軍に聖女あり」と言わしめる。
極めて奇妙で、極めて不気味。その最たるは、大多数の巨鎧兵とパシウス隊を動員した討伐軍の不帰にあった。
ほんの三月前に体験した、黒雲から降り注ぐ雷を思い出す。
(くっ……何故こんなに恐れねばならない? 相手はたかが、敗戦国の雑兵が群がった烏合の衆。兵力も判っていて、その狙いまでもが判っているというのに)
ここまで悩んで改めて、ハルクエルは眼下で言葉を待つ二人の戦士を見た。
その顔に恐れはなく、号令一つで今にも嬉々として飛び出していきそうだ。
雄々しく、そして可憐なその顔を見て、ハルクエルは得も言われぬ得心に至る。
(そうだ。我が王国が、負ける筈が無いではないか! ここで臆して何になる? 今こそ奮い立つ時ではないか? でなくては父の……いや、祖父の悲願を達成できんではないか!)
ハルクエルは心に決めた。
「……よし。其方たちの思いは判った! では三将が一人、槍のゴルゾーンよ。其方が持つ戦士団と共に、今一度……」
「お待ちください。国王様」
今一度進軍の時。そう命を下す寸前で、ジェイクが国王の言葉を遮った。
いまや王国の最高戦力とされる巨鎧兵団の大部分を投入していながら、一機も帰ってきていない。加えて三将の内尤も戦力があるとされていたパシウスを動員していながら、その配下までもが一人も戻ってきていないのだ。
王城で待つ戦士にその戦いの結果を知ることは出来ない。ただ分かるのは、予定されている期日を過ぎても、一切の報告が無いという絶望的な状況だけだ。
王城にある謁見の間にて、国王ハルクエルは窮地にあえいでいた。
「くそっ……何故一つも知らせが届かない? それだけ苦戦しているのか、それとも今帰還の最中なのか、まさかとは思うが……兎も角、何もかもうまくいっていないようだ」
ハルクエルが思い描く最悪の情景は、全ての兵士が殺され、反乱軍が今まさに王国へ進軍を開始しているというものだ。
当然ながらそれに合わせ準備は万全の状態となっている。だが、不確かな現状が、ハルクエルの心を乱す。
「偵察隊の話では、戦地は森人の森の奥にあるようだが……あれだけの異常現象が起きる森だ。進軍するとなると、今王国にいる軍勢だけでは心許ない。何より今の軍を派遣してしまっては、有事の際の防衛手段が手薄になってしまう。くそっ! いいように踊らされてしまっているではないか!」
ハルクエルは椅子の肘掛けを手で叩いて悔しがる。その背後には当然のようにジェイクが控えていて、物言わず佇んでいた。
王国は、反乱軍討伐隊から寄せられる筈の報告が、予定期日になかったことを受け、直ぐに偵察隊を組み派遣した。
隠密性に長けた諜報員で組まれたそれは、森人の森を目指し道を急ぐ。
そして、入り口を見て困惑した。
王国の予想では、森人の森の入り口で戦いとなる予定であった。
『森人の森』という名が示す通り、あの森全てが森人の領土である。ならば必然、奴らは森への侵入者を拒むであろう。さすれば、それに組した反乱軍もそこに陣取るが通りだ。
この考えはハルクエルの物であったが、当然討伐隊、偵察隊、巨鎧兵団全てに伝えられ、彼らはそのつもりで行軍を行っていた。
だが蓋を開けてみればどうしたことか。
森の入り口は綺麗なままで、戦いの後は一切見られない。
結果、偵察隊は直ぐに王国へと引き返しこのことを報告。そこからは指示待ちの状態となっている。
思い悩むハルクエルの下へ、一人の兵士が伝令を運んできた。
「失礼ながらお伝えいたします! 三将のお二方が謁見を申し出ております。いかがなさいますか?」
「む? ……一体何用だ? ……まぁいい、通せ」
「はっ! 今お連れ致します」
一人で思い悩むのもつかれていたハルクエルは、気晴らしも兼ねて直ぐに会うことを決める。
少しして、三将の二人が王の前に姿を現した。
緑の髪を靡かせながら、愛用の槍を立てる老人“ゴルゾーン”。年は六十を超える程だが、身に着ける軽装、薄手の布の下からは逞しい腕が垣間見える。
装飾に力を入れた、美術品のような鎧に剣を持つ令嬢“アンティラ”。その美貌は羨望の眼差しを集め、卓越した剣術、魔法技術と共にこの地位へと駆けのぼってきた。
どちらもパシウスに負けずとも劣らない、王国きっての猛将である。
二人は定位置につくと膝をつき、緑髪と金髪を垂れ下げた。
「我々の為にお時間を取って頂き、誠に有難うございます」
「堅苦しい挨拶は良い。要件を聞こうではないか。戦好きの其方らの事だ。唯挨拶しに来たわけではあるまい?」
ハルクエルは、自身より遥かに長齢であるゴルゾーンに対しそう吐き捨てる。
いつもの余裕が国王にないことを敏感に察知した二人は、その言葉を素直に受け止め一つ提言した。
ゴルゾーンのしわがれた声が響く。
「お言葉ですが国王よ。パシウスが戻らぬ今、我々のどちらかが再び兵をあげ、進軍した方が良いと思うのですが」
「何? ……いかに消極的であろうとも、防衛は欠かせぬ。巨鎧兵は出せぬぞ?」
この言葉に応えたのはアンティラだ。
「承知していおります。それでも、歩兵だけで十分に勝てる戦いであると断言しましょう。パシウス様が戻らぬということは、反乱軍と争ったということ。ならば反乱軍もただで済むはずがありません。巨鎧兵の数は歴然でしたし、彼の力はよく存じていますので。手負いということは、今こそ叩く絶好の機会ということです」
同じ地位に立ち、互いに気にかけていたからこそ、争った反乱軍は消耗していると予見し、彼らは進軍を提案した。
だがこの提案を受けても、ハルクエルは渋い顔をしたままだ。
この時、ハルクエルは反乱軍に対し恐怖を覚えていた。
小国とはいえ、国一つの民衆を丸々消し去ってしまう大魔法を操り、敵国の潜伏兵にすらも「反乱軍に聖女あり」と言わしめる。
極めて奇妙で、極めて不気味。その最たるは、大多数の巨鎧兵とパシウス隊を動員した討伐軍の不帰にあった。
ほんの三月前に体験した、黒雲から降り注ぐ雷を思い出す。
(くっ……何故こんなに恐れねばならない? 相手はたかが、敗戦国の雑兵が群がった烏合の衆。兵力も判っていて、その狙いまでもが判っているというのに)
ここまで悩んで改めて、ハルクエルは眼下で言葉を待つ二人の戦士を見た。
その顔に恐れはなく、号令一つで今にも嬉々として飛び出していきそうだ。
雄々しく、そして可憐なその顔を見て、ハルクエルは得も言われぬ得心に至る。
(そうだ。我が王国が、負ける筈が無いではないか! ここで臆して何になる? 今こそ奮い立つ時ではないか? でなくては父の……いや、祖父の悲願を達成できんではないか!)
ハルクエルは心に決めた。
「……よし。其方たちの思いは判った! では三将が一人、槍のゴルゾーンよ。其方が持つ戦士団と共に、今一度……」
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