反魂の傀儡使い

菅原

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16章 休息の時

新たな命

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 壮絶な痛みに耐え、幾許かの休息を挟み、目を覚ましたローゼリエッタはすぐさま次の過程に移った。
 彼女が手に入れた新たな力は絶大な効力を発揮したが、今後どれだけ戦いが続くかもわからない現状で、一度限りの力などどれほど役に立とうか。
 少女が今後改善しなければならない課題は、反応速度の向上と、体の柔軟性、そして肉体強度の向上だ。

 ローゼリエッタは、自室の寝台の上で包帯だらけの身体を上半身だけ起こし、セリアが持つ木の板の上で動く淡い光を目で追う。
 ぼんやりと淡く輝く光は徐々にその動きを速め、やがて眼が追い付かなくなるとその姿を消し去ってしまう。
「まだまだね。これの二倍は持ってくれないと……」
「うう……まだ頭がぼんやりする」
「だから言ったじゃない。まだ安静にしていなきゃ」
「ううん。皆次の戦いの為に頑張っているんだもの。私だけ寝てるなんて駄目」
 気丈にふるまってはいるが先の戦いの傷は存外深く、数日経った今でも体の節々が痛む。
 それに顔を歪ませながらもローゼリエッタは鍛錬を続けた。


 更に数日が経った。
 当初は寝返りも辛かったのだが、ある程度傷も癒え漸く包帯も取り外される。
 連日目の強化、反射神経の強化を図っていたが、いよいよ体の柔軟性や強度の強化を開始する時だ。
 心新たにやる気を出すローゼリエッタだったが、そこへ少し毛並みの違った報告が飛び込んでくる。

 寝台から降りたローゼリエッタは、数日ぶりの服に袖を通し外出の準備をする。丁度最後の手入れが終わる頃、外側から部屋の戸が開かれた。
「ロゼ! ちょっと来て頂戴!」
 顔を見せたのは毎日のように顔を出していたセリア。慌てた様子ではあるが、傀儡を連れていないところを見れば然程緊迫した要件でもないのだろう。
 それでものんびりとしているわけにもいかない。ローゼリエッタもセリアに続き、大急ぎで部屋を飛び出した。


 連れてこられたのはエルフが集う兵舎の一つだった。
 三階建てのその建物は、一階が食堂兼集会場。二階、三階が居住空間となっている。その一階の一角に、数人の人だかりができていた。
 ぱっと見た顔ぶれはエルフと人間が半々。合わせて十人くらいだろうか。
 ある者は明るい表情で、ある者は暗い表情で狼狽えている。
 一連の様子を見たローゼリエッタはさっぱり見当がつかないまま、その輪の中に加わった。

 人だかりの中心には一組の男女がいた。
 男は人間。無骨な鎧に立派な剣。戦場でもないのにそれを常に持ち運ぶのは、ガンフ率いるパラミシアの兵士だ。
 女はエルフ。線の細い身体に美しい顔立ち。長い金の髪に長くとがった耳が特徴的だ。
 その二人を見た瞬間、ローゼリエッタは全てを悟った。
 
 エルフの女の身体は薄手の服に覆われていたのだが、その下腹部が少し膨れているのが見て取れた。女は、元から細いせいか良く目立つ自身のおなかを、愛おしそうに撫でまわしている。
 隣に座る男もどこか恥ずかしげで、だが喜んでいるようにも感じた。
「も……もしかして……」
 ローゼリエッタは確信しつつもセリアに向けて確認を取ってみる。
 するとセリアは。
「ええ、彼女、妊娠しているそうよ」
 と言って頷いて見せた。
 ちょどその頃、兵舎に新たな訪問者が現れ、場は俄かに騒がしくなる。


 その晩、エルフの兵舎の一階には、革命軍の重鎮らが集まっていた。
 集められた理由は唯一つ。恋仲となったエルフと人間の処遇だ。
 そういった事柄に関するしきたりがあるのかどうかローゼリエッタには判らないが、エルフ族の中の数名は余り喜ばしくない表情をしている。
「さて、どういうことか説明してもらおうか」
 静まり返った部屋にカーシーンの声が響く。いつもの朗らかで優しい感じではなく、低く怒りを孕んでいる風だ。

 カーシーンの対面には身籠ったエルフとその恋人。
 その光景は宛ら、断罪を待つ罪人とそれを裁く賢王といったところか。
「エルフと人間が子供を作るなど前代未聞だ。こうなることを予想していなかった私も悪いと言えば悪いが……黙っていても何も分からんぞ。何か言ったらどうだ?」
 カーシーンの口調が僅かに強くなる。
 これに対し答えたのは、エルフの女ではなく人間の男だった。
「私のせいです! 私が、拒む彼女を無理矢理……」
「アムニ! 何を言い出すのですか!? カーシーン様! 私です! 私が彼を誘惑して……」
 言葉からも態度からも、両者は愛し合っていて互いに庇っているようにしか見えない。
 だが二人とも折れない物だから一向に話が進まず、遂にカーシーンが声を張り上げることになった。
「ええい黙れ!」
 机を叩き二人の男女を黙らせる。それから彼は諭すようにエルフの女性に声をかけた。
「いいかね、イブァネア。私たちエルフと、彼ら人間とでは生きる時間が違うのだ。君はこれまで百八十の時を生きていながら、あと四百年近い時を生きねばならんのだぞ? だが彼は僅か三十しか生きていないにもかかわらず、あと五十も生きれればいい方だ。これだけ体のつくりが違うというのに、その愛は本物だというのか?」
 カーシーンの言葉に、身籠ったエルフの女イヴァネアが俯いた。

 多くの者はその事実を前に、先ず理性が警鐘を鳴らす。
 人間の男はいいだろう。自分が老いて死ぬまで愛する人は変わらず美しいままで、最後には看取ってまでもらえるのだから。
 一方でエルフには悲しみしか残らない。六百という長い生の中で、愛してしまった者と過ごす時間は僅か五十年程度。残された三百余りの長い時間を、彼女は一人で過ごさなければならないのだ。
 仮に愛情が芽生えたとしても、互いの立場、人生、そういったものを考えれば、まず手を出せる筈が無い。
 だが彼らは良くも悪くも純粋で若かった。
 そういった問題ごとを了解した上で感情に身をゆだねた結果、彼らは種族の壁を乗り越えて結ばれることを望んだ。

 俯いてしまった恋人の代わりに、人間の男アムニが叫ぶ。
「私たちの時間がかけ離れているのは承知の上です! 私が彼女に釣り合っていないのも重々承知しています! それでも私は、彼女を愛おしく思ってしまった。この気持ちに嘘はつけない!」
「アムニ……」
 叫ぶ男の目は、愛する人を守る男のそれだ。既に彼らは身も心も結ばれているのだろう。
 だがそれに対しても、カーシーンは苦言を呈す。
「私はなにも貴方の人間性を否定しているわけではありませんよ。貴方の主であるガンフ殿が黙っているのは、貴方が信用に足る人物だからでしょうからね。ただ……我々が今置かれている状況を少しは考慮してほしかった。今私たちは戦争のさなかにあるのです。そういった事に時間を割くような余裕はない筈でしょう? それに貴方たちの命の長さの違いは、感情一つで超えられる程小さな問題ではないのです。貴方は苦しくないのですか? 貴方が寿命を迎え天寿を全うした後、その後の数百年を彼女は一人で過ごすことになるんですよ?」
 これにアムニは言葉を無くす。

 愛や憎しみといった感情を、理屈や論理で語ることは出来ない。ましてや損得で語ることなどもっての外だ。
 数多の問題が立ちはだかることを知っていながらも、彼らは愛情を選び寄り添い合うことを望んだのだろう。
 好いたから愛し合い、愛し合ったから結ばれた。ただそれだけの話。
 しかし年老いたカーシーンは、彼らの事を理詰めで説き伏せようとした。それでは当然、両者が納得する筈が無い。
 愛を語るアムニとイヴァネア。結果起きる利益、不利益を語るカーシーン。平行を辿る議論は白熱し始める。


 三者が押し問答を続ける中、ローゼリエッタが堪らず手を上げた。
「あ、あのう……赤ちゃんが出来たということは、とても喜ばしい事ではないんですか? 何でこんな険悪な空気に……」
 おずおずと、熱くなるカーシーンに提言する。するとカーシーンは
「……はぁ、ローゼリエッタ殿。私の話を聞いていなかったのですか? 種族が違えば全てが違うのです。体のつくりも、生活体形も、着る物から食べる物まで何もかも違う。そんな存在が一緒になったとしても、互いに不幸となるのは目に見えています」
 と言って頭を抱えた。
 それでもローゼリエッタは反論する。
「で、でも! エルフ様と人間が結ばれるのは初めての事なのですよね? じゃあ幸せになれるかどうかは、この方たちを見て初めて分かるんじゃないんでしょうか?」
「なんですと? ううむ……そ、それは屁理屈というもので……」
「それに! もう二人は結ばれてしまったのですから、それを嗜めるよりもお祝いをしましょう!」
 ローゼリエッタは突如立ち上がり、手を叩いてそう言い出す。
 これに便乗して、同席していたセリア、シャルルも立ち上がった。
「はい! 私も賛成です!」
「確かにね。もう終わったことを愚痴愚痴言っても仕方ないもの。大事なのはこれからどうするか……でしょう?」
 その声は周囲にも感染し、やがて険悪な空気を漂わせていた部屋は一変賑やかになる。

 取り残されてしまったカーシーンとアムニ、そしてイヴァネアは、呆気にとられたまま互いの顔を見やり、終いには笑いを漏らしてしまう。
 散々ああだこうだ話し合ったのに、最後には純粋無垢な少女の笑顔が解決してしまったのだ。
「ふ、ふふふ……確かに、あれこれ叱る前に新たな命の誕生を祝うのが先であったな。どうやら年寄りの心配性が祟ったようだ」
 カーシーンの纏う空気が穏やかに変わったことを感じ、アムニとイヴァネアは微笑んで彼に頭を下げる。


 それから先はまさにお祭り騒ぎだ。
 初めての他種族が結ばれる瞬間を祝おうと、人間が、エルフが、セリオンが、ドワーフが、皆集まって酒を酌み交わす。
 祭りは部屋の中だけに留まらず屋外にも派生し、集落全体が賑やかに騒ぎ立てる。
 祭りは翌朝まで続き、多くの者が種族を問わず二人の男女を祝福した。
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