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15章 神域戦線
人の生き様
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ローゼリエッタはパシウスが剣を振り下ろす直前、傀儡と指を繋ぐ糸を弛ませて見せた。緊急回避とも言える苦肉の策ではあったが、刃毀れした刀身共々功を成し被害を抑えることに成功し、最悪の事態は免れた。
切れた糸は一本。これにより左腕が犠牲になった。とはいえ、他の個所にはほぼ支障はない。
他家の傀儡師は糸を介して魔力で操作する為、魔力を送る糸の総数が減る度に傀儡の全体的な能力が低下する。だがトレット家の傀儡師は違う。魔力操作を補助とし糸で人形を操るので、特定箇所に明確な影響が現れるのだ。切れた糸が担う役目を、他の糸で補うことで補助することも出来、一本切れたところでこれまでと同様に動くことが可能となる。
両者の能力に差が現れないのならば、これからの戦いもローゼリエッタの優勢に続くだろうと、そう喜んでもいられない。
パシウスの言動は、傀儡師の弱点を突くと確かに明言しているのだ。これからがローゼリエッタの実戦経験の無さが響く領域となる。
敵を鋭く睨みつけるローゼリエッタ。だが一方で、パシウスは剣を構えることをしない。
それどころかパシウスは、敵であるローゼリエッタに声をかけて見せた。
「その人形を見て分かった。貴女は、私の殺した戦士が守ろうとした人なのだろう?」
お世辞にも優れたとは言えない剣技。自己流故の無駄が多い身の熟し。それでも内に秘めたる思いは本物で、立派な戦士と言えた金髪の剣士。その姿を彷彿とさせる人形が、二人の関係を物語っている。
「彼は立派な戦士であった。技術は未熟なれども、立派な志を持つ若者だった。あれ程思いがこもった剣を振る者もそうはおるまい」
死者への賛美は世界の常識。なれどここまで手放しで褒めるのは、本当に彼がそう思っているからだろう。
だがローゼリエッタからすれば、この称賛の声が一番癇に障る。
「やっぱり……貴方が兄さんを……!」
少女の内からどす黒い感情が湧き上がる。
ローゼリエッタは理解していた。今自分たちがやっていることは戦争であると。
戦争というものは多くの人が死ぬ。圧倒的であっても、接戦であっても、どちらにせよ多くの血が流れる。
だから少女も覚悟は出来ていた。一緒に立ち上がってくれたパラミシアの兵士。志を共にした傀儡師の仲間。友人となったセリア、ウルカテ。そして兄のアルストロイ。全ての命が潰える可能性がある事を理解し、全ての死を受け入れる覚悟は出来ていた。
だがあの時。死んだ兄を見た瞬間。少女の頭は真っ白になってしまった。
アルストロイにあった傷は二つ。心臓を一突きにする刺突傷。首と胴体を切り離す程の断裂傷。そのどちらもが必殺の一撃であり、間違いなく即死だっただろう。
脳裏にちらつく兄の死体を思い出し、ローゼリエッタは拳を握る。
つまりこの男は、死んだ戦士に剣を突き立てたのだ。死んだ戦士の首を跳ねて見せたのだ。その行いは、どれだけ称賛の言葉を連ねても許されるべきではない。
怒りのあまり腕が振るえる。この時ローゼリエッタは、初めて人を殺そうと思った。
冷静を欠く少女に対し、パシウスは相も変わらず静かに言葉を投げかける。
「私は、貴女のような者と戦いたいが為に剣を振るってきた。より強く、より聡い者と戦う為に。だから不本意ながら死者に鞭を打ったのだ。あの戦士の愛する者だ。そうすれば怒りを露にするだろう事は判っていた。おかげでこの有様だ。……貴女は私がこれまで戦ってきた中で一番の強者と言えるだろう」
「そんなに強者がお望みなら、貴方たちの大好きなあの巨大人形とでも戦っていればいい」
ローゼリエッタは漸くパシウスに話を合わせた。それまでの彼の生きざまが、間違いだと言わんばかりに言い放つ。
ところが殺伐とした少女の声を聞いたパシウスは、腹を抱えて笑い出した。
「はははは! ああいや、すまない。……巨鎧兵か、あれはいかん」
パシウスは遠くに見える巨大人形を見つめる。
「あれには血が通っていない。先人たちの思いがない。研ぎ澄まされた技術もない。唯でかいだけだ。あんなものと剣を合わせても何も面白くない」
眺める目は何処か蔑んだような視線にも見える。
暫くして王国の巨鎧兵が一体敗北したところを見届けると、彼は視線を少女に戻し剣を構えた。
戦士ではないローゼリエッタには理解できなかった。いや、理解できないどころの話ではない。
(面白くない……? この男は……自分が楽しむ為にこれまで沢山の命を奪ってきたというの?)
少女は知っている。人間の命はそんなに軽くはないと。
彼女らは、幸運にもこの世に生まれ落ち、様々な出会いを経て、愛しい人と巡り合い、愛する子を宿し、育て、与えられた人生を謳歌し、満足する頃死後の世界へと旅立つ。
それらはその人のみに与えられたものであり、これを壊すことは何人たりとも許されない。
だが良くも悪くも生命という物は、争い奪い合う習性にあもので、その中には止むを得ない事情でそういった事に発展することも少なくはない。
しかし、これを面白いから等という傲慢な理由で奪うというのならば……
(許さない……許さない!!)
兄は、この男の道楽の為に殺された。その事実が少女から理性を奪っていく。
それに拍車をかけるようにパシウスは叫んだ。
「そうだ……もっと怒れ! そして私に見せるんだ! 貴女が持つ極限の力を! それを超えた時こそ、私は生きている実感を得ることが出来る!」
戦う為に作られた者は、戦いの中にしか生きられない。だからこそ彼は、狂ったように戦いを求める。
切れた糸は一本。これにより左腕が犠牲になった。とはいえ、他の個所にはほぼ支障はない。
他家の傀儡師は糸を介して魔力で操作する為、魔力を送る糸の総数が減る度に傀儡の全体的な能力が低下する。だがトレット家の傀儡師は違う。魔力操作を補助とし糸で人形を操るので、特定箇所に明確な影響が現れるのだ。切れた糸が担う役目を、他の糸で補うことで補助することも出来、一本切れたところでこれまでと同様に動くことが可能となる。
両者の能力に差が現れないのならば、これからの戦いもローゼリエッタの優勢に続くだろうと、そう喜んでもいられない。
パシウスの言動は、傀儡師の弱点を突くと確かに明言しているのだ。これからがローゼリエッタの実戦経験の無さが響く領域となる。
敵を鋭く睨みつけるローゼリエッタ。だが一方で、パシウスは剣を構えることをしない。
それどころかパシウスは、敵であるローゼリエッタに声をかけて見せた。
「その人形を見て分かった。貴女は、私の殺した戦士が守ろうとした人なのだろう?」
お世辞にも優れたとは言えない剣技。自己流故の無駄が多い身の熟し。それでも内に秘めたる思いは本物で、立派な戦士と言えた金髪の剣士。その姿を彷彿とさせる人形が、二人の関係を物語っている。
「彼は立派な戦士であった。技術は未熟なれども、立派な志を持つ若者だった。あれ程思いがこもった剣を振る者もそうはおるまい」
死者への賛美は世界の常識。なれどここまで手放しで褒めるのは、本当に彼がそう思っているからだろう。
だがローゼリエッタからすれば、この称賛の声が一番癇に障る。
「やっぱり……貴方が兄さんを……!」
少女の内からどす黒い感情が湧き上がる。
ローゼリエッタは理解していた。今自分たちがやっていることは戦争であると。
戦争というものは多くの人が死ぬ。圧倒的であっても、接戦であっても、どちらにせよ多くの血が流れる。
だから少女も覚悟は出来ていた。一緒に立ち上がってくれたパラミシアの兵士。志を共にした傀儡師の仲間。友人となったセリア、ウルカテ。そして兄のアルストロイ。全ての命が潰える可能性がある事を理解し、全ての死を受け入れる覚悟は出来ていた。
だがあの時。死んだ兄を見た瞬間。少女の頭は真っ白になってしまった。
アルストロイにあった傷は二つ。心臓を一突きにする刺突傷。首と胴体を切り離す程の断裂傷。そのどちらもが必殺の一撃であり、間違いなく即死だっただろう。
脳裏にちらつく兄の死体を思い出し、ローゼリエッタは拳を握る。
つまりこの男は、死んだ戦士に剣を突き立てたのだ。死んだ戦士の首を跳ねて見せたのだ。その行いは、どれだけ称賛の言葉を連ねても許されるべきではない。
怒りのあまり腕が振るえる。この時ローゼリエッタは、初めて人を殺そうと思った。
冷静を欠く少女に対し、パシウスは相も変わらず静かに言葉を投げかける。
「私は、貴女のような者と戦いたいが為に剣を振るってきた。より強く、より聡い者と戦う為に。だから不本意ながら死者に鞭を打ったのだ。あの戦士の愛する者だ。そうすれば怒りを露にするだろう事は判っていた。おかげでこの有様だ。……貴女は私がこれまで戦ってきた中で一番の強者と言えるだろう」
「そんなに強者がお望みなら、貴方たちの大好きなあの巨大人形とでも戦っていればいい」
ローゼリエッタは漸くパシウスに話を合わせた。それまでの彼の生きざまが、間違いだと言わんばかりに言い放つ。
ところが殺伐とした少女の声を聞いたパシウスは、腹を抱えて笑い出した。
「はははは! ああいや、すまない。……巨鎧兵か、あれはいかん」
パシウスは遠くに見える巨大人形を見つめる。
「あれには血が通っていない。先人たちの思いがない。研ぎ澄まされた技術もない。唯でかいだけだ。あんなものと剣を合わせても何も面白くない」
眺める目は何処か蔑んだような視線にも見える。
暫くして王国の巨鎧兵が一体敗北したところを見届けると、彼は視線を少女に戻し剣を構えた。
戦士ではないローゼリエッタには理解できなかった。いや、理解できないどころの話ではない。
(面白くない……? この男は……自分が楽しむ為にこれまで沢山の命を奪ってきたというの?)
少女は知っている。人間の命はそんなに軽くはないと。
彼女らは、幸運にもこの世に生まれ落ち、様々な出会いを経て、愛しい人と巡り合い、愛する子を宿し、育て、与えられた人生を謳歌し、満足する頃死後の世界へと旅立つ。
それらはその人のみに与えられたものであり、これを壊すことは何人たりとも許されない。
だが良くも悪くも生命という物は、争い奪い合う習性にあもので、その中には止むを得ない事情でそういった事に発展することも少なくはない。
しかし、これを面白いから等という傲慢な理由で奪うというのならば……
(許さない……許さない!!)
兄は、この男の道楽の為に殺された。その事実が少女から理性を奪っていく。
それに拍車をかけるようにパシウスは叫んだ。
「そうだ……もっと怒れ! そして私に見せるんだ! 貴女が持つ極限の力を! それを超えた時こそ、私は生きている実感を得ることが出来る!」
戦う為に作られた者は、戦いの中にしか生きられない。だからこそ彼は、狂ったように戦いを求める。
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