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15章 神域戦線
歩兵戦 3
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兵士は、眼前で起きている異常な戦いに呆れかえっていた。
まず目で追うことが出来ない。遠巻きから見ているにもかかわらず、時折姿を見失う程の高速戦闘が続いている。それでいながら恐ろしいまでの戦闘音が鳴り響くのだ。金属のかち合う音。地面が爆ぜる音。稀に前髪を靡かせる程の強い突風までもが襲い掛かる。同じ人間の物とは思えない。誰もがそう思った。
その光景に見とれていたのは何も王国の兵士だけではない。革命軍の兵士もまた、剣を握る手を止め、その光景に見とれていた。人間よりも高い身体能力を持つセリオンですら、その戦いについていけるかどうか危うい。
端端に見ることが出来る両者の表情を比べれば、パシウスの方が若干苦しげだ。どうにも攻め切れない。そんな声が今にも聞こえてきそうな顔をしている。
事実パシウスは苦戦を強いられていた。長年鍛え続けてきた身体能力は軽々と超えられ、理に適わぬ行動が多い故に予測も付かない。
彼が唯一頼りにしていた神経反射にしても、全てを捌くことなど不可能で、瞬く間に傷が増えていく。
(何故だ!? 何故あんな無駄な動きをするものに、私がこんな苦戦をしなければならない!?)
パンドラは剣を振る度に、周囲に魅せる何かしらの一工程を挟む。その行動が実にいじらしく、酷く理不尽で、明らかに非効率。一般の戦士同士の戦いであれば不必要極まりない行動であり、その何かしらの一工程をしている間に首が吹き飛んでいることだろう。
それでも少女の操るパンドラは、愚直に指示に従い続ける。
何故実戦経験の乏しい彼女が、王国の猛将と戦うことが出来るのか。それは偏に、戦場における彼女の立ち位置にあった。
人外の速度で動く両者を周囲の兵士たちが視認出来たように、ローゼリエッタもまた戦いの傍観者であったのだ。離れた所から広い視野で戦いを見る。そのおかげで本来優秀な戦士でしかやり合えない高速近接戦闘を続けることが出来ていた。
そしてもう一つ、彼女がパシウスと戦える理由がある。
実のところ、彼女はこれまでの戦闘の全てを、相手に合わせて動かしているわけではなかったのだ。
いかに遠目から全容を除いているとはいえ、パシウスの全ての動きを年端も行かぬ少女が捉えられるわけがない。だから少女は、パシウスのの攻撃の初動を察知するや否や、守りとして決められた一連の動作を繰り返した。同じように、パシウスの守備を固める様子を見ては攻めとして決められた一連の動作を繰り返す。
つまり少女は、傀儡を端麗に見せる一連の操作技術……武術における『型』のようなものを、繋ぎ合わせて操っているに過ぎなかったのだ。だから傀儡は、剣を回避した後反撃に転ずるパシウスを無視して一回転して見せるし、初撃を防がれた後の連続攻撃を仕掛けようとするパシウスを無視して辞儀をする。長年培ってきた、慣れた操作故に異常なまでの高速化が可能となる。
その突拍子もない、剣士では考えられない異常行動の数々が、剣士であるパシウスには滅法よく効き、こうして圧倒するまでに至った。
暫くすると高速戦闘が一時止まり、戦いは誰の目にも明らかな光景で映し出された。
白銀にきらめいていた鎧は傷だらけで、先の風格は見る影もない。整った頭髪はぼさぼさに崩れてしまい、汗を滝のように流している。大きく肩で息をし、愛用していた名刀も刃毀れでぼろぼろだ。
そんな疲労困憊のパシウスを見て、王国軍の兵士は声も出なかった。
一方悠然と立つ人形の何と綺麗な事か。時折パシウスの振るう剣も傷をつけていたのだが、生ける世界樹の苗木が持つ自動修復能力により、瞬く間に傷が修復される。またドワーフの叩いた剣も、素材からして違うようで人間の打つ者とは比較にならない程上物だ。まだまだ運用に足るだろう。身に着ける鎧にこそ傷がついているが素体は無傷と言ってもいい。
そんな人形が、無表情のままに相も変わらず周囲に美を振りまく様は、妖艶、端麗といった言葉を通り越し、不気味と言わざるを得ない。
ローゼリエッタは汗だくのまま、疲弊したパシウスを油断せずに睨みつける。
その強かさを見てパシウスは漸く自身の間違いを知った。
(そうか。あれこそが傀儡師の戦い方だったのか。あの娘は手を抜いていたわけではなかった。あの無駄とも思えた行動を組み込んでこそ、あの娘は最上の力を引き出せていたのだな)
剣士の常識では無駄とも思えたあの一連の行動も、傀儡師からすれば無くてはならない必定の物だった。
そう悟ったパシウスは不意に剣を地面に突き刺し、気持ちを切り替える為に自ら両手で頬をひっぱたいた。
バチィッ!!
戦闘に見とれていた兵士たち。その注目の的も動きを止めていたせいか、遠くから地響きが鳴る程度の静かなその場に、その音は素晴らしく響き渡った。
痛々しい音に驚く兵士たち。そしてローゼリエッタも、目を見開くことで驚きを示す。
「いたたた……ふう……すまないことをした。私はどうやら勘違いをしていたようだ。貴女もどうやら生粋の戦士だったらしい」
口にした言葉は謝罪と称賛。その言葉が出ることに、周囲の兵士らは怪訝な顔をした。
パシウスは慢心を捨て去る。美しさを優先し踊る人形に、自分が負ける筈がないという慢心。その心があったせいで彼は、余計執拗に人形を打倒しようと拘った。
だが今は違う。先までの茹った頭ではない。冷静になった彼には、勝利する為の道筋が見えている。
パシウスは地面に突き刺した剣を引き抜くと突如駆けだした。
傷だらけの身体に鞭を打ち、一目散にパンドラ目掛けて駆けだす。
それからは一瞬の事だった。
パンドラは迫りくる敵に向かって剣を振るう。これまで通り、鋭く早い剣撃。その剣はパシウスの胴体を容易く切り割くだろうと、誰もが思った。
一方パシウスもこれまで通り、剣をうまく使ってその攻撃をいなして見せる。ここまでは先程まで嫌という程見たやり取りだ。後は人形の予測できない行動に翻弄され、再び手痛い傷を負うだけ。淡々と負けるまでの光景を見せつけられる王国兵からすれば、堪ったものではない。しかし受け流したパシウスの行動は、多くの兵士の思惑を裏切る。
パシウスは傀儡の攻撃を受け流した後、人形に眼もくれずその脇を通り過ぎたのだ。これが、これまで人形を倒すことに固執していたパシウスが、戦いに勝つことに重きを置いた結果。
次に彼が狙うのは、不変となる傀儡師の弱点だ。
「はあああ!!」
気迫のこもった一撃は、人形と傀儡師の間にある空間を断ち切る。
傍から見れば唯の空振りだが……その一撃によりパンドラは、左腕が自由に動かなくなってしまった。
絶えず平静を装っていたローゼリエッタの表情が、焦りを孕んだ。
まず目で追うことが出来ない。遠巻きから見ているにもかかわらず、時折姿を見失う程の高速戦闘が続いている。それでいながら恐ろしいまでの戦闘音が鳴り響くのだ。金属のかち合う音。地面が爆ぜる音。稀に前髪を靡かせる程の強い突風までもが襲い掛かる。同じ人間の物とは思えない。誰もがそう思った。
その光景に見とれていたのは何も王国の兵士だけではない。革命軍の兵士もまた、剣を握る手を止め、その光景に見とれていた。人間よりも高い身体能力を持つセリオンですら、その戦いについていけるかどうか危うい。
端端に見ることが出来る両者の表情を比べれば、パシウスの方が若干苦しげだ。どうにも攻め切れない。そんな声が今にも聞こえてきそうな顔をしている。
事実パシウスは苦戦を強いられていた。長年鍛え続けてきた身体能力は軽々と超えられ、理に適わぬ行動が多い故に予測も付かない。
彼が唯一頼りにしていた神経反射にしても、全てを捌くことなど不可能で、瞬く間に傷が増えていく。
(何故だ!? 何故あんな無駄な動きをするものに、私がこんな苦戦をしなければならない!?)
パンドラは剣を振る度に、周囲に魅せる何かしらの一工程を挟む。その行動が実にいじらしく、酷く理不尽で、明らかに非効率。一般の戦士同士の戦いであれば不必要極まりない行動であり、その何かしらの一工程をしている間に首が吹き飛んでいることだろう。
それでも少女の操るパンドラは、愚直に指示に従い続ける。
何故実戦経験の乏しい彼女が、王国の猛将と戦うことが出来るのか。それは偏に、戦場における彼女の立ち位置にあった。
人外の速度で動く両者を周囲の兵士たちが視認出来たように、ローゼリエッタもまた戦いの傍観者であったのだ。離れた所から広い視野で戦いを見る。そのおかげで本来優秀な戦士でしかやり合えない高速近接戦闘を続けることが出来ていた。
そしてもう一つ、彼女がパシウスと戦える理由がある。
実のところ、彼女はこれまでの戦闘の全てを、相手に合わせて動かしているわけではなかったのだ。
いかに遠目から全容を除いているとはいえ、パシウスの全ての動きを年端も行かぬ少女が捉えられるわけがない。だから少女は、パシウスのの攻撃の初動を察知するや否や、守りとして決められた一連の動作を繰り返した。同じように、パシウスの守備を固める様子を見ては攻めとして決められた一連の動作を繰り返す。
つまり少女は、傀儡を端麗に見せる一連の操作技術……武術における『型』のようなものを、繋ぎ合わせて操っているに過ぎなかったのだ。だから傀儡は、剣を回避した後反撃に転ずるパシウスを無視して一回転して見せるし、初撃を防がれた後の連続攻撃を仕掛けようとするパシウスを無視して辞儀をする。長年培ってきた、慣れた操作故に異常なまでの高速化が可能となる。
その突拍子もない、剣士では考えられない異常行動の数々が、剣士であるパシウスには滅法よく効き、こうして圧倒するまでに至った。
暫くすると高速戦闘が一時止まり、戦いは誰の目にも明らかな光景で映し出された。
白銀にきらめいていた鎧は傷だらけで、先の風格は見る影もない。整った頭髪はぼさぼさに崩れてしまい、汗を滝のように流している。大きく肩で息をし、愛用していた名刀も刃毀れでぼろぼろだ。
そんな疲労困憊のパシウスを見て、王国軍の兵士は声も出なかった。
一方悠然と立つ人形の何と綺麗な事か。時折パシウスの振るう剣も傷をつけていたのだが、生ける世界樹の苗木が持つ自動修復能力により、瞬く間に傷が修復される。またドワーフの叩いた剣も、素材からして違うようで人間の打つ者とは比較にならない程上物だ。まだまだ運用に足るだろう。身に着ける鎧にこそ傷がついているが素体は無傷と言ってもいい。
そんな人形が、無表情のままに相も変わらず周囲に美を振りまく様は、妖艶、端麗といった言葉を通り越し、不気味と言わざるを得ない。
ローゼリエッタは汗だくのまま、疲弊したパシウスを油断せずに睨みつける。
その強かさを見てパシウスは漸く自身の間違いを知った。
(そうか。あれこそが傀儡師の戦い方だったのか。あの娘は手を抜いていたわけではなかった。あの無駄とも思えた行動を組み込んでこそ、あの娘は最上の力を引き出せていたのだな)
剣士の常識では無駄とも思えたあの一連の行動も、傀儡師からすれば無くてはならない必定の物だった。
そう悟ったパシウスは不意に剣を地面に突き刺し、気持ちを切り替える為に自ら両手で頬をひっぱたいた。
バチィッ!!
戦闘に見とれていた兵士たち。その注目の的も動きを止めていたせいか、遠くから地響きが鳴る程度の静かなその場に、その音は素晴らしく響き渡った。
痛々しい音に驚く兵士たち。そしてローゼリエッタも、目を見開くことで驚きを示す。
「いたたた……ふう……すまないことをした。私はどうやら勘違いをしていたようだ。貴女もどうやら生粋の戦士だったらしい」
口にした言葉は謝罪と称賛。その言葉が出ることに、周囲の兵士らは怪訝な顔をした。
パシウスは慢心を捨て去る。美しさを優先し踊る人形に、自分が負ける筈がないという慢心。その心があったせいで彼は、余計執拗に人形を打倒しようと拘った。
だが今は違う。先までの茹った頭ではない。冷静になった彼には、勝利する為の道筋が見えている。
パシウスは地面に突き刺した剣を引き抜くと突如駆けだした。
傷だらけの身体に鞭を打ち、一目散にパンドラ目掛けて駆けだす。
それからは一瞬の事だった。
パンドラは迫りくる敵に向かって剣を振るう。これまで通り、鋭く早い剣撃。その剣はパシウスの胴体を容易く切り割くだろうと、誰もが思った。
一方パシウスもこれまで通り、剣をうまく使ってその攻撃をいなして見せる。ここまでは先程まで嫌という程見たやり取りだ。後は人形の予測できない行動に翻弄され、再び手痛い傷を負うだけ。淡々と負けるまでの光景を見せつけられる王国兵からすれば、堪ったものではない。しかし受け流したパシウスの行動は、多くの兵士の思惑を裏切る。
パシウスは傀儡の攻撃を受け流した後、人形に眼もくれずその脇を通り過ぎたのだ。これが、これまで人形を倒すことに固執していたパシウスが、戦いに勝つことに重きを置いた結果。
次に彼が狙うのは、不変となる傀儡師の弱点だ。
「はあああ!!」
気迫のこもった一撃は、人形と傀儡師の間にある空間を断ち切る。
傍から見れば唯の空振りだが……その一撃によりパンドラは、左腕が自由に動かなくなってしまった。
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