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11章 追う者と追われる者
森人の呪い
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人間の目の高さから見える森は、どこまで行っても樹木が生い茂り人々の目を惑わす。
ところが、巨鎧兵の高い位置にある眼から見える景色は、その全体像を映し出していた。
見渡す限り、地平の果てまで広がる大森林。
これ程広大な森林が、大陸の端で広がっていることは、これまで誰も知ることが無かった事実だ。
巨鎧兵の作った足跡を辿りながら、ガンフはローゼリエッタに問いかけた。
「それで、これからの予定は何か決まっているのか?」
「いいえ何も……守るべき者も安全な場所へ移動しましたし、とりあえずはバルドリンガの侵攻を逃げ切り、こちらから攻める構図を作りたいんですが……」
少女の呟きにガンフも同意する。
今の革命軍に、全面戦争という選択肢はない。
彼女らの巨鎧兵がどんなに優秀であろうとも、バルドリンガは十倍以上の巨鎧兵を抱えている。
また、新たに確認された三将の存在。
白兵戦で無類の強さを誇っていた傀儡師の中でも、熟練の戦士二人でやっと戦いになる相手だ。
それが三人もいるのでは、例えパラミシア軍が味方になった今でも、戦いを挑むのは無謀と言えるだろう。
ローゼリエッタは、この見渡す限りの森の向こう側に、淡い希望を抱いていた。
最上を言えば、身を隠せる場所を見つけ、ある程度の生活基盤を築き、豊富な資材を入手して戦力を蓄えたい。
少女は当然、この全てが叶うなどと、都合の良いことを思っているわけではない。
だがせめて、今攻め込んできているであろうバルドリンガ軍から逃げきれれば、何かしらの打開策が生まれるかもしれない。
少女のその願いを遮るように、革命軍の進む道を樹木の折が遮る。
暫くの間、敵影も見当たらず、静かな森の中を歩き続けた。
朝早くに人形の館を後にして、もう既に昼過ぎ。
頂点を過ぎた太陽が、地平に向かって下がり始める頃あいだ。
そろそろ昼食をとる為に休憩を、なんて考えが浮かんだ時、巨鎧兵で先行していた一人の兵士が、森の異変に気付いた。
「隊長! 森が……! 森が動いています!」
「森が動く……? 一体何が……」
慌てた声での報告を受け、シャルルも急ぎ先頭まで行くと、その光景を見て愕然とした。
人間の頭上を覆うほどの樹木は、一本一本が巨鎧兵の腰から胸当たりの大きさとなっている。
その樹木たちが、ゆらゆらと揺れていたのだ。
それは、風で葉が靡くのとはわけが違う。
細い枝から太い枝まで、果ては大地に根付く幹に至るまでもが、グネグネと波打ち揺れていた。
「何よ……これ……」
その異様な光景は、巨鎧兵の後に続くローゼリエッタにも伝えられる。
「木が……動いているのですか?」
「は、はい! 木の一つ一つがゆらゆらと揺れていて、細い森の道を塞いでしまっているのです!」
取り急ぎ、少女らは木々が蠢くという地点に向かう。
それは、巨鎧兵の通った足跡があったからこそ気づけた変化であった。
抉れた大地の上に、不自然な形で樹木が直立しているのだ。
明らかに後から生えたような形。元あった細い道は閉ざされ、新たな道がわきに伸びている。
これが徒歩で森の中を散策する者であれば、道が湾曲していることにも気づかずに、森の入り口に戻されてしまうだろう。
「これが、森人の呪いなのか?」
奇妙な樹木を眺めるローゼリエッタの隣で、ガンフが呟いた。
「森人の呪い……ですか?」
「ああ、この森の奥には、人間が踏み入れてはいけない神域が隠されていて、森に棲む魔女の呪いによって、人払いがしてあるという噂があったのだ。この森はパラミシアから遠いし、確認の仕様がなかったので、てっきり親が子を窘める類の作り話だと思っていたのだが……」
彼の言葉を聞いた一同は、静かに息をのむ。
ガンフのその話は、人形の館で聞いていたならば、多くの者は一笑に付すような話であった。
昨今の技術革新により、車や船、食料や飲み水の保存といった、長旅に必要な物の開発も進み、これを用いて人々は、大陸を所狭しと駆け巡り、多くの領地を我が物としてきたのだ。
そんな時代に置いて、『神域』という言葉が使われるような場所を、彼女らの頭では想像もできなかった……この蠢く森を見るまでは。
「巨鎧兵がいなければ、我々は今頃人形の館の方角へ逆戻りしていたかもしれんな」
ガンフはそういって、湾曲した森の道を外れ、草木をかき分け抉れた跡を追う。
ローゼリエッタたちもそれに続き、道なき道を歩み出した。
程なくして、再び森に異変が起きる。
その変化もやはり、巨鎧兵に乗って先行する兵士が先に気付いた。
ある地点を境に、地平線の端に、森の終わりが見えてきたのだ。
「報告! 森の終わりが見えました! 森の先は……平原になっているようです!」
だがその報告を受けていながら、シャルルは首を傾げた。
「平原? そんなの一体どこにあるのかしら。まだまだ森は終わりそうもないわよ?」
彼女らが今歩く位置からは、森の終わりなど見えやしない。相も変わらず、無限に続くと思える大森林が広がっているだけだ。
だがその位置から三歩ほど先に進むと、唐突に森の終わりが見え出した。
首をかしげるシャルルに対し、声を上げたのは同乗していたリエントだ。
「もしかして……幻想魔法か何かがかかっていたのかもしれません。きっと、さっきの動く森と同じ、人を遠ざける為の物なんでしょう。でも……そうなると一体だれが……?」
顎に手を当て、小首をかしげる少年。
その呟きとほぼ同時に、革命軍の最前をゆく一つの巨鎧兵が、突如として燃え上がった。
ところが、巨鎧兵の高い位置にある眼から見える景色は、その全体像を映し出していた。
見渡す限り、地平の果てまで広がる大森林。
これ程広大な森林が、大陸の端で広がっていることは、これまで誰も知ることが無かった事実だ。
巨鎧兵の作った足跡を辿りながら、ガンフはローゼリエッタに問いかけた。
「それで、これからの予定は何か決まっているのか?」
「いいえ何も……守るべき者も安全な場所へ移動しましたし、とりあえずはバルドリンガの侵攻を逃げ切り、こちらから攻める構図を作りたいんですが……」
少女の呟きにガンフも同意する。
今の革命軍に、全面戦争という選択肢はない。
彼女らの巨鎧兵がどんなに優秀であろうとも、バルドリンガは十倍以上の巨鎧兵を抱えている。
また、新たに確認された三将の存在。
白兵戦で無類の強さを誇っていた傀儡師の中でも、熟練の戦士二人でやっと戦いになる相手だ。
それが三人もいるのでは、例えパラミシア軍が味方になった今でも、戦いを挑むのは無謀と言えるだろう。
ローゼリエッタは、この見渡す限りの森の向こう側に、淡い希望を抱いていた。
最上を言えば、身を隠せる場所を見つけ、ある程度の生活基盤を築き、豊富な資材を入手して戦力を蓄えたい。
少女は当然、この全てが叶うなどと、都合の良いことを思っているわけではない。
だがせめて、今攻め込んできているであろうバルドリンガ軍から逃げきれれば、何かしらの打開策が生まれるかもしれない。
少女のその願いを遮るように、革命軍の進む道を樹木の折が遮る。
暫くの間、敵影も見当たらず、静かな森の中を歩き続けた。
朝早くに人形の館を後にして、もう既に昼過ぎ。
頂点を過ぎた太陽が、地平に向かって下がり始める頃あいだ。
そろそろ昼食をとる為に休憩を、なんて考えが浮かんだ時、巨鎧兵で先行していた一人の兵士が、森の異変に気付いた。
「隊長! 森が……! 森が動いています!」
「森が動く……? 一体何が……」
慌てた声での報告を受け、シャルルも急ぎ先頭まで行くと、その光景を見て愕然とした。
人間の頭上を覆うほどの樹木は、一本一本が巨鎧兵の腰から胸当たりの大きさとなっている。
その樹木たちが、ゆらゆらと揺れていたのだ。
それは、風で葉が靡くのとはわけが違う。
細い枝から太い枝まで、果ては大地に根付く幹に至るまでもが、グネグネと波打ち揺れていた。
「何よ……これ……」
その異様な光景は、巨鎧兵の後に続くローゼリエッタにも伝えられる。
「木が……動いているのですか?」
「は、はい! 木の一つ一つがゆらゆらと揺れていて、細い森の道を塞いでしまっているのです!」
取り急ぎ、少女らは木々が蠢くという地点に向かう。
それは、巨鎧兵の通った足跡があったからこそ気づけた変化であった。
抉れた大地の上に、不自然な形で樹木が直立しているのだ。
明らかに後から生えたような形。元あった細い道は閉ざされ、新たな道がわきに伸びている。
これが徒歩で森の中を散策する者であれば、道が湾曲していることにも気づかずに、森の入り口に戻されてしまうだろう。
「これが、森人の呪いなのか?」
奇妙な樹木を眺めるローゼリエッタの隣で、ガンフが呟いた。
「森人の呪い……ですか?」
「ああ、この森の奥には、人間が踏み入れてはいけない神域が隠されていて、森に棲む魔女の呪いによって、人払いがしてあるという噂があったのだ。この森はパラミシアから遠いし、確認の仕様がなかったので、てっきり親が子を窘める類の作り話だと思っていたのだが……」
彼の言葉を聞いた一同は、静かに息をのむ。
ガンフのその話は、人形の館で聞いていたならば、多くの者は一笑に付すような話であった。
昨今の技術革新により、車や船、食料や飲み水の保存といった、長旅に必要な物の開発も進み、これを用いて人々は、大陸を所狭しと駆け巡り、多くの領地を我が物としてきたのだ。
そんな時代に置いて、『神域』という言葉が使われるような場所を、彼女らの頭では想像もできなかった……この蠢く森を見るまでは。
「巨鎧兵がいなければ、我々は今頃人形の館の方角へ逆戻りしていたかもしれんな」
ガンフはそういって、湾曲した森の道を外れ、草木をかき分け抉れた跡を追う。
ローゼリエッタたちもそれに続き、道なき道を歩み出した。
程なくして、再び森に異変が起きる。
その変化もやはり、巨鎧兵に乗って先行する兵士が先に気付いた。
ある地点を境に、地平線の端に、森の終わりが見えてきたのだ。
「報告! 森の終わりが見えました! 森の先は……平原になっているようです!」
だがその報告を受けていながら、シャルルは首を傾げた。
「平原? そんなの一体どこにあるのかしら。まだまだ森は終わりそうもないわよ?」
彼女らが今歩く位置からは、森の終わりなど見えやしない。相も変わらず、無限に続くと思える大森林が広がっているだけだ。
だがその位置から三歩ほど先に進むと、唐突に森の終わりが見え出した。
首をかしげるシャルルに対し、声を上げたのは同乗していたリエントだ。
「もしかして……幻想魔法か何かがかかっていたのかもしれません。きっと、さっきの動く森と同じ、人を遠ざける為の物なんでしょう。でも……そうなると一体だれが……?」
顎に手を当て、小首をかしげる少年。
その呟きとほぼ同時に、革命軍の最前をゆく一つの巨鎧兵が、突如として燃え上がった。
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