20 / 153
4章 融合
最後の難関
しおりを挟む
ローゼリエッタが大会に参加する為に必要な傀儡は完成した。
美しさの中に力強さを兼ね揃えた、素晴らしい一品となっている。
だがしかし、このままでは傀儡が完成しただけで、大会で優勝するには程遠い。
何しろ今のローゼリエッタでは、作り上げた白の騎士の、腕一つ動かすことが出来ないのだ。
兎も角今は、一にも二にも魔力操作の訓練をしなければならない。
至福の時をたっぷりと堪能した翌日。ローゼリエッタは一般的に使われる傀儡糸を使って、魔力操作の特訓を始めた。
魔力に敏感な精霊石の糸では動かすことが出来たが、通常の糸ではやはり難易度が跳ね上がる。
当然思い通りいくわけもなく、少女は再び物言わぬ糸と睨めっこをしなければならなかった。
昼食を終えた昼下がり。
人形の館に喧しい来客が現れる。
「セリア様!ここにいるのですか!?」
傷も癒え、行動できるまでに回復した、セリアの守護者ウルカテだ。
入口から駆け込んだ彼は、大きな音を立てて廊下を走る。
それを部屋で聞いていたセリアは、ため息をついて部屋から出ていった。
セリアに引き連れられたウルカテは、部屋に入るや否や地べたにひれ伏す。
「申し訳ありませんでした!守護者でありながら、守るどころか逆に守られてしまうなんて……なんて不甲斐ない!」
彼は悔しさの余り涙を流し、床を手で数度叩いた。
確かに彼は、守るべき対象に命を救われた。しかし、それは幾分仕方の無いことだ。
人形技術が本職である筈の傀儡師が、使い手を守る手段として、苦肉の策で生み出したのが守護者という存在である。
そこに技術の伝承は一切なく、守護者として与えられるのは『命を賭して傀儡師を守護せねばならぬ』という心のみ。
そこから先は、独学による研鑽でしかない。
洗練された技術を持たぬ、唯我武者羅に振るうだけの幼稚な剣が、長き年月研ぎ澄まされてきた技術を持つ、屈強な戦士の剣に勝てるわけがなかったのだ。
それでもウルカテは、意識を失い、人質として扱われてしまった事を酷く恥じ、酷く後悔した。
頭を下げたままのウルカテに、セリアのはきはきとした声が降りかかる。
「何時までくよくよしているのよ!やることは沢山あるのよ?しょげてる暇なんかないわ!」
セリアはウルカテを無理矢理立たせると、矢継ぎ早に用件を伝えていく。
ウルカテに任せられた仕事は二つ。
その仕事を遂行するべく、彼は町へととんぼ返りしていった。
ウルカテに与えられた仕事の一つ目は、後に迫る人形劇、その開催期日の確認。
ローゼリエッタとセリアが町を出る時はまだ、明確に何時とは告知されていなかった。
それから既に十日以上もたっている。
町では何かしらの情報が流れていても不思議ではない。
二つ目は、ローゼリエッタの操る傀儡用武具の作成依頼だ。
白の騎士は鉄の塊であるから、無手で殴ってもそれなりの威力が期待できるだろう。
だが、筋肉隆々の戦士が剣を握るように、傀儡もまた武具を身に着けることで、更なる戦力を得ることが出来る。
ローゼリエッタはこれに、奮発して魔鉱石を用いることにした。
ウルカテが町へと出かけている間、セリアとローゼリエッタは、いよいよ傀儡操作の練習を始めた。
少女は、綺麗な十の指輪をそれぞれの指に着け、必死に魔力を練りながら指を動かす。
ところが、白の騎士は指一つ動かない。
「まだ早いみたいね……焦っても仕方がないし、ウルカテが戻るまで魔力操作の特訓を続けましょ」
そう言って席に戻るセリアだったが、ローゼリエッタは項垂れたまま、後に続くことをしなかった。
「私……優勝なんてできるのかな」
少女は自身の傷だらけの手を見つめる。
ローゼリエッタの手は、人形を作る過程で出来る、真新しい切り傷や擦り傷でぼろぼろだ。
この傷だらけの手こそが、少女がまだ未熟である何よりの証拠であった。
幼き頃からローゼリエッタは、人形を操ることが大好きで、作ることも大好きだった。
好きこそものの何とやら。僅かな才能が認められたこともあり、魔力を用いぬ傀儡技術には惜しむことなく努力してきた。
長年続けてきた傀儡技術でもそれだというのに、才能が無いとされる魔力操作技術が、僅か数十日で物になるとは思えない。
(もし……もしこのまま、傀儡を操れなかったら……兄さんは……)
最悪の事態が頭の中をよぎる。
セリアは、ローゼリエッタが暗い表情を浮かべていることに気付いた。そして恐らく、兄の身を案じているのだろうと。
しかしそれに気づいていながら、その点に関しては何も口を挟まない。
セリアが少女にしてやれることなど高が知れている。
王が求めるのはトレット家の技術であり、フォルオーゼ家の技術ではない為、代わりに大会に出場する、なんてことも出来ない。
彼女に今出来る事は、自身の知り得る知識の譲渡。それに加え厳しい態度、厳しい言葉で叱咤激励するのみ。
「何弱音吐いてるのよ!そうやって手を止めてる暇があったら……ほら!」
セリアは再び、緑色に輝く精霊石の糸を取り出し少女に手渡す。
「休んでる暇なんかないわ!少し厳しくいくわよ!!」
「は……はい!」
強めの言葉を受けて、反射的に返事をしたローゼリエッタは、糸を握り締めてテーブルに座った。
心持新たにローゼリエッタは糸へと向き直る。
今の少女に、あれこれ考えているような猶予はない。
美しさの中に力強さを兼ね揃えた、素晴らしい一品となっている。
だがしかし、このままでは傀儡が完成しただけで、大会で優勝するには程遠い。
何しろ今のローゼリエッタでは、作り上げた白の騎士の、腕一つ動かすことが出来ないのだ。
兎も角今は、一にも二にも魔力操作の訓練をしなければならない。
至福の時をたっぷりと堪能した翌日。ローゼリエッタは一般的に使われる傀儡糸を使って、魔力操作の特訓を始めた。
魔力に敏感な精霊石の糸では動かすことが出来たが、通常の糸ではやはり難易度が跳ね上がる。
当然思い通りいくわけもなく、少女は再び物言わぬ糸と睨めっこをしなければならなかった。
昼食を終えた昼下がり。
人形の館に喧しい来客が現れる。
「セリア様!ここにいるのですか!?」
傷も癒え、行動できるまでに回復した、セリアの守護者ウルカテだ。
入口から駆け込んだ彼は、大きな音を立てて廊下を走る。
それを部屋で聞いていたセリアは、ため息をついて部屋から出ていった。
セリアに引き連れられたウルカテは、部屋に入るや否や地べたにひれ伏す。
「申し訳ありませんでした!守護者でありながら、守るどころか逆に守られてしまうなんて……なんて不甲斐ない!」
彼は悔しさの余り涙を流し、床を手で数度叩いた。
確かに彼は、守るべき対象に命を救われた。しかし、それは幾分仕方の無いことだ。
人形技術が本職である筈の傀儡師が、使い手を守る手段として、苦肉の策で生み出したのが守護者という存在である。
そこに技術の伝承は一切なく、守護者として与えられるのは『命を賭して傀儡師を守護せねばならぬ』という心のみ。
そこから先は、独学による研鑽でしかない。
洗練された技術を持たぬ、唯我武者羅に振るうだけの幼稚な剣が、長き年月研ぎ澄まされてきた技術を持つ、屈強な戦士の剣に勝てるわけがなかったのだ。
それでもウルカテは、意識を失い、人質として扱われてしまった事を酷く恥じ、酷く後悔した。
頭を下げたままのウルカテに、セリアのはきはきとした声が降りかかる。
「何時までくよくよしているのよ!やることは沢山あるのよ?しょげてる暇なんかないわ!」
セリアはウルカテを無理矢理立たせると、矢継ぎ早に用件を伝えていく。
ウルカテに任せられた仕事は二つ。
その仕事を遂行するべく、彼は町へととんぼ返りしていった。
ウルカテに与えられた仕事の一つ目は、後に迫る人形劇、その開催期日の確認。
ローゼリエッタとセリアが町を出る時はまだ、明確に何時とは告知されていなかった。
それから既に十日以上もたっている。
町では何かしらの情報が流れていても不思議ではない。
二つ目は、ローゼリエッタの操る傀儡用武具の作成依頼だ。
白の騎士は鉄の塊であるから、無手で殴ってもそれなりの威力が期待できるだろう。
だが、筋肉隆々の戦士が剣を握るように、傀儡もまた武具を身に着けることで、更なる戦力を得ることが出来る。
ローゼリエッタはこれに、奮発して魔鉱石を用いることにした。
ウルカテが町へと出かけている間、セリアとローゼリエッタは、いよいよ傀儡操作の練習を始めた。
少女は、綺麗な十の指輪をそれぞれの指に着け、必死に魔力を練りながら指を動かす。
ところが、白の騎士は指一つ動かない。
「まだ早いみたいね……焦っても仕方がないし、ウルカテが戻るまで魔力操作の特訓を続けましょ」
そう言って席に戻るセリアだったが、ローゼリエッタは項垂れたまま、後に続くことをしなかった。
「私……優勝なんてできるのかな」
少女は自身の傷だらけの手を見つめる。
ローゼリエッタの手は、人形を作る過程で出来る、真新しい切り傷や擦り傷でぼろぼろだ。
この傷だらけの手こそが、少女がまだ未熟である何よりの証拠であった。
幼き頃からローゼリエッタは、人形を操ることが大好きで、作ることも大好きだった。
好きこそものの何とやら。僅かな才能が認められたこともあり、魔力を用いぬ傀儡技術には惜しむことなく努力してきた。
長年続けてきた傀儡技術でもそれだというのに、才能が無いとされる魔力操作技術が、僅か数十日で物になるとは思えない。
(もし……もしこのまま、傀儡を操れなかったら……兄さんは……)
最悪の事態が頭の中をよぎる。
セリアは、ローゼリエッタが暗い表情を浮かべていることに気付いた。そして恐らく、兄の身を案じているのだろうと。
しかしそれに気づいていながら、その点に関しては何も口を挟まない。
セリアが少女にしてやれることなど高が知れている。
王が求めるのはトレット家の技術であり、フォルオーゼ家の技術ではない為、代わりに大会に出場する、なんてことも出来ない。
彼女に今出来る事は、自身の知り得る知識の譲渡。それに加え厳しい態度、厳しい言葉で叱咤激励するのみ。
「何弱音吐いてるのよ!そうやって手を止めてる暇があったら……ほら!」
セリアは再び、緑色に輝く精霊石の糸を取り出し少女に手渡す。
「休んでる暇なんかないわ!少し厳しくいくわよ!!」
「は……はい!」
強めの言葉を受けて、反射的に返事をしたローゼリエッタは、糸を握り締めてテーブルに座った。
心持新たにローゼリエッタは糸へと向き直る。
今の少女に、あれこれ考えているような猶予はない。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
異世界召喚された俺は余分な子でした
KeyBow
ファンタジー
異世界召喚を行うも本来の人数よりも1人多かった。召喚時にエラーが発生し余分な1人とは召喚に巻き込まれたおっさんだ。そして何故か若返った!また、理由が分からぬまま冤罪で捕らえられ、余分な異分子として処刑の為に危険な場所への放逐を実行される。果たしてその流刑された所から生きて出られるか?己の身に起こったエラーに苦しむ事になる。
サブタイトル
〜異世界召喚されたおっさんにはエラーがあり処刑の為放逐された!しかし真の勇者だった〜
無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた
中七七三
ファンタジー
■■アルファポリス 第1回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞■■
無職ニートで軍ヲタの俺が太平洋戦争時の聯合艦隊司令長官となっていた。
これは、別次元から来た女神のせいだった。
その次元では日本が勝利していたのだった。
女神は、神国日本が負けた歴史の世界が許せない。
なぜか、俺を真珠湾攻撃直前の時代に転移させ、聯合艦隊司令長官にした。
軍ヲタ知識で、歴史をどーにかできるのか?
日本勝たせるなんて、無理ゲーじゃねと思いつつ、このままでは自分が死ぬ。
ブーゲンビルで機上戦死か、戦争終わって、戦犯で死刑だ。
この運命を回避するため、必死の戦いが始まった。
参考文献は、各話の最後に掲載しています。完結後に纏めようかと思います。
使用している地図・画像は自作か、ライセンスで再利用可のものを検索し使用しています。
表紙イラストは、ヤングマガジンで賞をとった方が画いたものです。
転生チートは家族のために~ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~
りーさん
ファンタジー
ある日、異世界に転生したルイ。
前世では、両親が共働きの鍵っ子だったため、寂しい思いをしていたが、今世は優しい家族に囲まれた。
そんな家族と異世界でも楽しく過ごすために、ユニークスキルをいろいろと便利に使っていたら、様々なトラブルに巻き込まれていく。
「家族といたいからほっといてよ!」
※スキルを本格的に使い出すのは二章からです。
農民だからと冤罪をかけられパーティを追放されましたが、働かないと死ぬし自分は冒険者の仕事が好きなのでのんびり頑張りたいと思います。
一樹
ファンタジー
タイトル通りの内容です。
のんびり更新です。
小説家になろうでも投稿しています。
さようなら、家族の皆さま~不要だと捨てられた妻は、精霊王の愛し子でした~
みなと
ファンタジー
目が覚めた私は、ぼんやりする頭で考えた。
生まれた息子は乳母と義母、父親である夫には懐いている。私のことは、無関心。むしろ馬鹿にする対象でしかない。
夫は、私の実家の資産にしか興味は無い。
なら、私は何に興味を持てばいいのかしら。
きっと、私が生きているのが邪魔な人がいるんでしょうね。
お生憎様、死んでやるつもりなんてないの。
やっと、私は『私』をやり直せる。
死の淵から舞い戻った私は、遅ればせながら『自分』をやり直して楽しく生きていきましょう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる