反魂の傀儡使い

菅原

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3章 新たな時代

神の技

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 ローゼリエッタは、徐にアリスの服を脱がし始める。
四肢が一つ一つ露わになっていく景色は、何とも淫靡であり、艶めかしい。
なまじ外見が人間に近しいために、アルストロイとウルカテは思わず顔を逸らしてしまった。
それを目ざとく見つけたセリアは、意地悪そうな顔で笑う。
「何よ貴方達。唯の人形よ?これ」
とはいう物の、見慣れている筈の彼女も、内心恥ずかしさを覚えた。

 確かにそれは、セリアの言う通り人形である。だが、唯の人形ではない。人間と見間違う程良く出来た人形だ。
セリアの言葉に、二人は口をとがらせて反論する。
「それは判ってるけど……なぁ」
「あぁ、ここまで人間に近いと……なんか見ては駄目な気がして……」
二人の気持ちなど関係なく、暫くするとアリスは、一糸まとわぬ姿となってしまった。

 改めて、セリアはその体に見惚れた。
滑らかな曲線で象られた造形美。至極女性的な体つきで、まるで名立たる彫刻師が掘った、裸婦像のような神々しさがある。
二人の男らも抵抗空しく、視線は彼女へ釘付けとなってしまった。
セリアに限っては、人形を作る難しさを知っているからこそ、余計見とれてしまう。


 三人が声も出さずに見とれていると、ローゼリエッタはその人形に何とも惨たらしい行為を働きだした。
人形の鎖骨に当たる部分を注意深く見れば、小さな凹みがあり、少女はそこに親指を付きたてると、胸部を覆う肉をはぎ取ってしまったのだ。
苦虫をかみつぶしたような声と表情で、不快感を表す三人。
胸部が取り除かれたアリスの胴体は、中が空洞で、その中へローゼリエッタは自身の腕を突き入れる。

 ごそごそと、小さな物音を立てて少女が取り出したものは、糸が伸びた木箱だった。
両の掌に丁度収まるくらいの小さなそれを、満足げにセリアに突き出す。
「セリアさん。これが、この子の心臓部です」
そういって、木箱を手渡した。
 渡されたセリアからすれば、それが一体何なのか見当もつかない。
手渡された箱を回転し、裏返し、振ってみたりもしたが、何の変哲もない唯の木箱だ。
その仕草を見て、今度はローゼリエッタが首を傾げる番となった。

 一頻り、箱を弄り回したセリアは、ローゼリエッタに問いかける。
「ええと……これは何?」
「え?何って……心臓部ですけど……?」
両者の話噛み合わない。
それも当然だ。この箱こそが、トレット家独自の傀儡技術であり、これまで公にならなかった秘匿技術の塊なのだから。


 困惑するセリアから木箱を預かり、ローゼリエッタが説明を始める。
「これは、アリスに繋がる傀儡糸を制御する心臓部……なのですが、他の方たちは使わないんですかね?」
見たことも無いと、首を振るセリア。
ローゼリエッタは更に詳しく説明していく。
「アリスに繋がる十本の糸は、絡まない様に各所にある小さな穴から、内側を通ってこの箱へと繋がっています。私の指は十本しかありませんが、人形の稼働箇所は倍以上ありますので、このままじゃ操ることは出来ません。そこで……これの出番です」
少女はその木箱をも分解し、中身を曝け出していった。

 木箱の中は、小さな部品が幾つも組み合わせられていて、十や二十で効かない数の糸が詰まっていた。
「私の操る糸は、人形の四肢に直接繋がっているのではなく、この心臓部に繋がっているんです。厳密にいえば、私が操っているのは心臓部であり、人形ではないんですね。あとは動かしたい仕草に合わせて、心臓部の機構を動かしていくだけです……ほら」
そういってローゼリエッタは、いつの間につけたのか、指輪を付けた右手を見せびらかし、指を動かして見せた。

 人差し指をゆっくりと曲げると、アリスの右腕がゆっくりと上がっていく。
続いて人差し指と中指を曲げると、アリスは左足を持ち上げ地面を鳴らした。
 一連の流れを見て、セリアは驚愕の余りめまいを覚えた。
自身よりも若い少女が行っていることは、自身を含め、他の傀儡師には絶対に行えないであろう領域の、神の技であったのだ。


 セリアの受け継いだフォルオーゼ家と、ローゼリエッタの受け継いだトレット家は、同じ傀儡師の家系である。
そこには基本、上下関係など無く、皆等しく対等である。
だがその本質は、全くの別物であったと、セリアは気づいた。
彼女はぼんやりとした頭で、ローゼリエッタに語る。
「……傀儡師っていうのは、糸で人形を操るわ。でもそれは、糸を通して人形に魔力を流し込み、その魔力を持って意のままに操るということなの。だから私たちは、指から伸びる十本の糸を、手首や足首みたいな要所に繋ぐだけで事足りる」
この方法が、一般的な傀儡師の操術だとセリアは伝えた。

 真剣な表情で語るセリアとは対照的に、ローゼリエッタは自傷気味に語る。
「私、生まれつき魔力を操るのが下手っぴで……だからきっと、祖母もこうするしかなかったんだと思います。祖母は、ここまで大掛かりな仕掛けを使ってはいませんでしたから……」
そういって笑う少女の顔は、少し寂しそうだった。
 ローゼリエッタの話を聞いたうえでも、セリアには納得できない。
人形の稼働箇所は通常、手首や足首、肘に膝、肩に股関節等々、多くてもニ十か所といったところか。
これに加えアリスは、指までをも動かすことが出来る。つまり単純に、十か所は稼働箇所が増えていることになる。

 もしローゼリエッタの言う通り、その全てを十本の糸で操っているのであるならば、一体何十……いや、何百通りの操作を覚えねばならないのか。
仮に十本全ての指を動かす組み合わせまであるのならば、それこそ四桁に届く作業工程を覚えねばなるまい。
(魔力操作が下手?こうするしかない?そんな理由で……あんな技術を?冗談でしょう……?)
セリアは背筋に冷たいものを感じ、体を震わせた。 

 これまでセリアは、若くして後継者となれたことを誇りに思っていた。
確かに彼女は、才覚に溢れ、人一倍努力し、他を超越した傀儡師となったかもしれない。
だが彼女は本能で、そんなものは、目の前にいる少女の前では無きにも等しいのだ、と感じてしまった。
(きっとこの子の御婆様も、同じ感情に悩んだことでしょうね)
 トレット家先代傀儡師の生前を知らないセリアだが、不思議とそんなことを思ってしまう。
そう思えてしまえる程に、ローゼリエッタの熟していることは常人の域を超えていた。
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