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1章 失われる技術
開店準備
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一日の準備時間を経て、決断から二日目の朝早くに、引っ越し用の荷馬車が届く。
支店開設への第一歩。まずは持っていく荷物を馬車に積み込まねばならない。
借家に持っていくものは意外と少なく、荷馬車一つ分程度で済んだ。
備え付けの特別な機材は当然持ち運ぶことが出来ない為、持ち運びの効くものばかりを選んだせいだ。
また『支店化』計画なので、いずれは本店扱いである、人形の館に戻ってくることになる。
その時の為に、多くの機材は残したまま、時折顔を出して掃除、整備をすることに決まった。
車で無く荷馬車を選んだのにも理由がある。
そもそも両者には、天と地ほどの差もある借用料金が存在するのだ。
加えて、車の操縦にはそれなりの教養が必要となり、ましてや魔力を上手く扱うことすら危うい二人にとって、操縦などもっての外だ。
仮に、操縦者までも雇うとなると、相当数の資金が消費されてしまうだろう。
店舗の借り受けから開業の準備資金に至るまで、様々を考慮すると、それ程贅沢も出来ないのだ。
荷物を載せた馬車は、二人の子供を乗せ森の道を行く。
雨が降る気配もなく、別段急ぐ旅でもない。
ゆっくりと進む馬車の上で、ローゼリエッタは一人、流れる景色を楽しんでいた。
彼女が祖母の下へ引き取られて以来、屋敷から出た回数は数える程度しかなく、森の外に出た記憶は残っていない。
その過程で立ち寄った筈の町の光景も当に忘れ、見知らぬ世界に足を踏み入れるという行為に、若干の恐怖心を抱いた。
それでも、頼りになる兄が一緒にいるのだからと、楽観的に捉えることにし、家を出立してきたのだが……
肌を焼く太陽。風に吹かれる木々の香り。空は晴天で、見上げれば吸い込まれそうな青空が広がっている。
人形を弄ってばかりいては気づくことが出来なかったであろう、この世界の素晴らしさを実感しながら、一抹の不安も忘れ、少女は馬車に揺られ町を目指す。
道中は特に問題も起きず、昼頃には無事町に辿り着くことが出来た。
彼らの目的地は、依頼要請所から南東に位置する区画にある小さな家。
荷馬車が到着すると、ローゼリエッタは意気揚々と降り立ち、今後我が家となる二階建ての小さな城を見上げる。
「ここが……私たちのお店……」
思わず呟いてしまう程に、彼女の胸は高鳴っていた。
人形の館で、トレット家の傀儡師として活躍するローゼリエッタだったが、その名声は彼女の力で勝ち得たものでは無い。
全ては彼女の祖母を始めとした、トレット家の先代傀儡師が培った物である。
故に、幼き彼女が現在手に入れている物の殆どが、祖母のおかげであり、祖先のおかげであり、ローゼリエッタという傀儡師の功績ではない。
だが、今目の前にある小さな家は違う。
祖母が死んでからこれまでの間で、二人の幼子が稼いできた、『兄妹二人のお金』で手に入れた家。
元々そういった目的は想定していなかったにせよ、いざそれを目の前にして、ローゼリエッタは得も言われぬ達成感を感じていた。
結論から言えば、引っ越しには相当な時間がかかった。
小さな城といっても、人形の館と比べた話であって、一般家庭が暮らす平民の家より幾分か大きい。
それに加えて、子供の手で一度に熟せる仕事量など高が知れている。
荷物を馬車に運び入れた時のように、比較的軽い物をローゼリエッタが、比較的重い物をアルストロイが、更に重い荷物は二人で持ちあげて運びだしていく。
それを延々と繰り返し、荷馬車を持ち主に返すころには、空も赤く染まりかけていた。
これ以上の作業は、肉体的にも精神的にも酷として、荷物の整理は翌日に回し、二人は夕食を取る為町へと繰り出していった。
明くる日。
朝も早くから、二人は荷物整理を開始する。
商店として活用する一階はローゼリエッタ、居住空間として活用する二階はアルストロイの持ち場だ。
二人は荷物を両手で抱え、それぞれ家の中を右へ左へ駆け回った。
ローゼリエッタは、一階にある入口に接した一番大きな部屋を、展示、販売空間と決めた。
そして、入口から見て奥側に付随した二つの小部屋が、人形を作る為の作業空間となる。
木材を削る鉋や鑿の他、艶出しの為の塗り薬、染色するための刷毛や塗料……人形を作るうえで必要最低限の物を並べていく。
作業部屋自体は人形の館の物よりも狭くはあるが、人形を作るうえでは然程問題にはならないだろう。
整理が進むにつれ、部屋の中が漸く形になってくると、荷物整理をするローゼリエッタの手も次第に早くなっていった。
引っ越しを開始してから一日半。
荷物整理に約半日を費やし、漸く人心地つけるようになったのは、昼も終わりかけの頃だった。
まだまだ夕暮れというには早い時間帯。
だが、引っ越しが終わったからと言って、町に繰り出して遊ぼう、という話には残念ながらならない。
このままでは、商品となる人形が一体もいないではないか。
一にも二にも、まずは人形を作らなければ始まらない。
町に住むことになったというのに、ローゼリエッタは再び家に籠って、人形作りに精を出す。
支店開設への第一歩。まずは持っていく荷物を馬車に積み込まねばならない。
借家に持っていくものは意外と少なく、荷馬車一つ分程度で済んだ。
備え付けの特別な機材は当然持ち運ぶことが出来ない為、持ち運びの効くものばかりを選んだせいだ。
また『支店化』計画なので、いずれは本店扱いである、人形の館に戻ってくることになる。
その時の為に、多くの機材は残したまま、時折顔を出して掃除、整備をすることに決まった。
車で無く荷馬車を選んだのにも理由がある。
そもそも両者には、天と地ほどの差もある借用料金が存在するのだ。
加えて、車の操縦にはそれなりの教養が必要となり、ましてや魔力を上手く扱うことすら危うい二人にとって、操縦などもっての外だ。
仮に、操縦者までも雇うとなると、相当数の資金が消費されてしまうだろう。
店舗の借り受けから開業の準備資金に至るまで、様々を考慮すると、それ程贅沢も出来ないのだ。
荷物を載せた馬車は、二人の子供を乗せ森の道を行く。
雨が降る気配もなく、別段急ぐ旅でもない。
ゆっくりと進む馬車の上で、ローゼリエッタは一人、流れる景色を楽しんでいた。
彼女が祖母の下へ引き取られて以来、屋敷から出た回数は数える程度しかなく、森の外に出た記憶は残っていない。
その過程で立ち寄った筈の町の光景も当に忘れ、見知らぬ世界に足を踏み入れるという行為に、若干の恐怖心を抱いた。
それでも、頼りになる兄が一緒にいるのだからと、楽観的に捉えることにし、家を出立してきたのだが……
肌を焼く太陽。風に吹かれる木々の香り。空は晴天で、見上げれば吸い込まれそうな青空が広がっている。
人形を弄ってばかりいては気づくことが出来なかったであろう、この世界の素晴らしさを実感しながら、一抹の不安も忘れ、少女は馬車に揺られ町を目指す。
道中は特に問題も起きず、昼頃には無事町に辿り着くことが出来た。
彼らの目的地は、依頼要請所から南東に位置する区画にある小さな家。
荷馬車が到着すると、ローゼリエッタは意気揚々と降り立ち、今後我が家となる二階建ての小さな城を見上げる。
「ここが……私たちのお店……」
思わず呟いてしまう程に、彼女の胸は高鳴っていた。
人形の館で、トレット家の傀儡師として活躍するローゼリエッタだったが、その名声は彼女の力で勝ち得たものでは無い。
全ては彼女の祖母を始めとした、トレット家の先代傀儡師が培った物である。
故に、幼き彼女が現在手に入れている物の殆どが、祖母のおかげであり、祖先のおかげであり、ローゼリエッタという傀儡師の功績ではない。
だが、今目の前にある小さな家は違う。
祖母が死んでからこれまでの間で、二人の幼子が稼いできた、『兄妹二人のお金』で手に入れた家。
元々そういった目的は想定していなかったにせよ、いざそれを目の前にして、ローゼリエッタは得も言われぬ達成感を感じていた。
結論から言えば、引っ越しには相当な時間がかかった。
小さな城といっても、人形の館と比べた話であって、一般家庭が暮らす平民の家より幾分か大きい。
それに加えて、子供の手で一度に熟せる仕事量など高が知れている。
荷物を馬車に運び入れた時のように、比較的軽い物をローゼリエッタが、比較的重い物をアルストロイが、更に重い荷物は二人で持ちあげて運びだしていく。
それを延々と繰り返し、荷馬車を持ち主に返すころには、空も赤く染まりかけていた。
これ以上の作業は、肉体的にも精神的にも酷として、荷物の整理は翌日に回し、二人は夕食を取る為町へと繰り出していった。
明くる日。
朝も早くから、二人は荷物整理を開始する。
商店として活用する一階はローゼリエッタ、居住空間として活用する二階はアルストロイの持ち場だ。
二人は荷物を両手で抱え、それぞれ家の中を右へ左へ駆け回った。
ローゼリエッタは、一階にある入口に接した一番大きな部屋を、展示、販売空間と決めた。
そして、入口から見て奥側に付随した二つの小部屋が、人形を作る為の作業空間となる。
木材を削る鉋や鑿の他、艶出しの為の塗り薬、染色するための刷毛や塗料……人形を作るうえで必要最低限の物を並べていく。
作業部屋自体は人形の館の物よりも狭くはあるが、人形を作るうえでは然程問題にはならないだろう。
整理が進むにつれ、部屋の中が漸く形になってくると、荷物整理をするローゼリエッタの手も次第に早くなっていった。
引っ越しを開始してから一日半。
荷物整理に約半日を費やし、漸く人心地つけるようになったのは、昼も終わりかけの頃だった。
まだまだ夕暮れというには早い時間帯。
だが、引っ越しが終わったからと言って、町に繰り出して遊ぼう、という話には残念ながらならない。
このままでは、商品となる人形が一体もいないではないか。
一にも二にも、まずは人形を作らなければ始まらない。
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