反魂の傀儡使い

菅原

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1章 失われる技術

賞賛の声

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 数日が経って、一体の見事な人形が出来上がった。
しなやかな四肢、艶やかな肌触り、美しい造形……どれをとっても、ローゼリエッタが満足のゆく出来となる。
仕上げに、別途用意した毛髪を束ねたものを掛け、綺麗なドレスを着せてしまえば、もはや人と見間違っても不思議ではない。
 壁にかかった時計を見れば、依頼人が訪れる時間まで少し余裕がある。
ローゼリエッタは、得も言われぬ至福感に包まれたまま、眠りについた。

 飯時を過ぎた昼下がり。
人形の館に来訪者が現れる。
上品な服を着た、恰幅の良い初老の男だ。彼の名は“ハッター・ルドルフ”。俗にいう貴族である。
彼は数名の従者と共に、魔法の力で動く四輪の車に乗って登場し、屋敷の外を賑わせた。
「いらっしゃいませ、ルドルフ様。お待ちしておりました」
彼らを出迎えたのはアルストロイだ。
来客を出迎える為の礼装に着替え、恭しくお辞儀をした。
「うむ。早速拝見したいのだが……」
そわそわし始めるハッターを、家に招き入れると案内が始まる。

 屋敷は広い。大きさだけでいえば、貴族の館にも匹敵するだろう。
十数室に及ぶ部屋数、少々鬱蒼としているが、広い広い庭園もある。
 人形が保管されている部屋は、屋敷の最奥に位置する場所にあった。
おかげでアルストロイは、案内している間、いつも客の世間話の聞き相手となる。
「展示会で貴殿らの作品を見てな。是が非とも欲しくなってしまったのだ。教えてくれた友人には感謝せんといかん」
「それはそれは、有難う御座います。今回の作品も、最上の出来となっていますので、きっと満足して頂けると思いますよ」
慣れたやり取りを熟し、アルストロイは部屋を目指す。

 この手の物が好きな人らの間では、遅かれ速かれトレットの作品に行きつく、というのが定説になっていた。
トレットという名は、その世界で知らぬものはおらず、傀儡技師の中で最上といっても過言ではなく、その卓越した技術が作り出す作品は、芸術作品として展示されることもある程だ。
そういった作品を求める道楽者たちが、人形の館を訪れる数少ない来訪者であった。


 やがて、人形が安置される部屋へと辿り着く。
部屋の中は、カーテンが日差しを遮っていて薄暗い。
だが一度カーテンを開けば、窓から差し込む日の光を浴び、幻想的に佇む人形が現れた。
「おぉ……」
思わず上がる感嘆の声は、ハッターだけのものでは無い。
 人と見間違う程の綺麗な顔。金に輝く長い髪。身に着けるドレスも悪くはない。
これだけ人間味のある人形を作り出せるのは、トレットの技術ならではだろう。
 言葉を無くし、思わず見とれるハッター。
アルストロイの中では密かに、こういった反応を間近で見れることが、一つの楽しみになっていた。
「……では今、ローゼリエッタを呼んできます。少々お待ちください」
そういってアルストロイは、貴族とその従者を部屋に残し、妹が眠る部屋に向かう。

 ローゼリエッタが姿を現すと、ハッターは大層喜んだ。
お世辞にも綺麗とは言えない少女の手を握り、何度も礼を述べる。
「素晴らしい作品だ。やはり頼んで良かった。ありがとう!……しかし、どんな人物があのような素晴らしい作品を作っているのかと思えば……まさか年端も行かぬお嬢さんであったとは」
そういって、彼はまじまじとローゼリエッタを見る。
 彼女の存在を知る者は、皆口々に同じことを言った。
だがそれも当然であろう。
元々は齢七十を超えた老婆が熟す仕事だったのだ。
二十にも満たない少女が熟すことのほうが異常なのである。

 感動する貴族の男は、同行する従者に合図を送る。
すると従者は、手に持っていた鞄から、大きな包みを取り出した。
「金貨で百枚ある。足りるだろうか?」
「ひゃっ、百!?そんなにいただけません!」
余りに予想外の言葉に、ローゼリエッタは狼狽える。

 彼女らの仕事の相場は、大体金貨二十枚。良くて三十枚程度である。
これまでの仕事でも、三桁に届く金貨を一度に受け取ったことは無かった。
 慌てるローゼリエッタだが、ハッターは笑って済ます。
「いいのだ。私はこの作品に大変満足している。貴女の仕事は、これだけの価値があると私が判断したのだ。受け取ってくれ」
ハッターの意思も硬い。終いにはアルストロイが、静かに受け取ることになった。


 ローゼリエッタの作った作品は、丁寧に布でくるまれ、ルドルフ家の車へと運び込まれる。
此処に至っては、彼の連れて来た従者が役立ってくれた。
別れ際にも礼を重ね、騒がしい連中は車が走る音と共に屋敷を後にする。
 車の姿が見えなくなって、二人は漸く口を開いた。
「百枚も貰っちゃったな」
「ええ、暫く仕事しなくても暮らしていけそう」
二人は笑いながら、屋敷の中へと入っていく。

 ローゼリエッタにとって、人形を作ることは苦では無い。
むしろ何を置いてでも優先される楽しみである。
しかし、それに没頭しすぎてはまた、兄にいらぬ心配をかけてしまう。
だからこそ、行き過ぎたあの件より、妹も自身の行動に細心の注意を払っていた。
 その日の晩御飯は少し豪勢に済まし、ローゼリエッタは数日振りに満足な睡眠を取る。
それから暫く、仕事の無い平和な日々が続いた。
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