2 / 153
1章 失われる技術
賞賛の声
しおりを挟む
数日が経って、一体の見事な人形が出来上がった。
しなやかな四肢、艶やかな肌触り、美しい造形……どれをとっても、ローゼリエッタが満足のゆく出来となる。
仕上げに、別途用意した毛髪を束ねたものを掛け、綺麗なドレスを着せてしまえば、もはや人と見間違っても不思議ではない。
壁にかかった時計を見れば、依頼人が訪れる時間まで少し余裕がある。
ローゼリエッタは、得も言われぬ至福感に包まれたまま、眠りについた。
飯時を過ぎた昼下がり。
人形の館に来訪者が現れる。
上品な服を着た、恰幅の良い初老の男だ。彼の名は“ハッター・ルドルフ”。俗にいう貴族である。
彼は数名の従者と共に、魔法の力で動く四輪の車に乗って登場し、屋敷の外を賑わせた。
「いらっしゃいませ、ルドルフ様。お待ちしておりました」
彼らを出迎えたのはアルストロイだ。
来客を出迎える為の礼装に着替え、恭しくお辞儀をした。
「うむ。早速拝見したいのだが……」
そわそわし始めるハッターを、家に招き入れると案内が始まる。
屋敷は広い。大きさだけでいえば、貴族の館にも匹敵するだろう。
十数室に及ぶ部屋数、少々鬱蒼としているが、広い広い庭園もある。
人形が保管されている部屋は、屋敷の最奥に位置する場所にあった。
おかげでアルストロイは、案内している間、いつも客の世間話の聞き相手となる。
「展示会で貴殿らの作品を見てな。是が非とも欲しくなってしまったのだ。教えてくれた友人には感謝せんといかん」
「それはそれは、有難う御座います。今回の作品も、最上の出来となっていますので、きっと満足して頂けると思いますよ」
慣れたやり取りを熟し、アルストロイは部屋を目指す。
この手の物が好きな人らの間では、遅かれ速かれトレットの作品に行きつく、というのが定説になっていた。
トレットという名は、その世界で知らぬものはおらず、傀儡技師の中で最上といっても過言ではなく、その卓越した技術が作り出す作品は、芸術作品として展示されることもある程だ。
そういった作品を求める道楽者たちが、人形の館を訪れる数少ない来訪者であった。
やがて、人形が安置される部屋へと辿り着く。
部屋の中は、カーテンが日差しを遮っていて薄暗い。
だが一度カーテンを開けば、窓から差し込む日の光を浴び、幻想的に佇む人形が現れた。
「おぉ……」
思わず上がる感嘆の声は、ハッターだけのものでは無い。
人と見間違う程の綺麗な顔。金に輝く長い髪。身に着けるドレスも悪くはない。
これだけ人間味のある人形を作り出せるのは、トレットの技術ならではだろう。
言葉を無くし、思わず見とれるハッター。
アルストロイの中では密かに、こういった反応を間近で見れることが、一つの楽しみになっていた。
「……では今、ローゼリエッタを呼んできます。少々お待ちください」
そういってアルストロイは、貴族とその従者を部屋に残し、妹が眠る部屋に向かう。
ローゼリエッタが姿を現すと、ハッターは大層喜んだ。
お世辞にも綺麗とは言えない少女の手を握り、何度も礼を述べる。
「素晴らしい作品だ。やはり頼んで良かった。ありがとう!……しかし、どんな人物があのような素晴らしい作品を作っているのかと思えば……まさか年端も行かぬお嬢さんであったとは」
そういって、彼はまじまじとローゼリエッタを見る。
彼女の存在を知る者は、皆口々に同じことを言った。
だがそれも当然であろう。
元々は齢七十を超えた老婆が熟す仕事だったのだ。
二十にも満たない少女が熟すことのほうが異常なのである。
感動する貴族の男は、同行する従者に合図を送る。
すると従者は、手に持っていた鞄から、大きな包みを取り出した。
「金貨で百枚ある。足りるだろうか?」
「ひゃっ、百!?そんなにいただけません!」
余りに予想外の言葉に、ローゼリエッタは狼狽える。
彼女らの仕事の相場は、大体金貨二十枚。良くて三十枚程度である。
これまでの仕事でも、三桁に届く金貨を一度に受け取ったことは無かった。
慌てるローゼリエッタだが、ハッターは笑って済ます。
「いいのだ。私はこの作品に大変満足している。貴女の仕事は、これだけの価値があると私が判断したのだ。受け取ってくれ」
ハッターの意思も硬い。終いにはアルストロイが、静かに受け取ることになった。
ローゼリエッタの作った作品は、丁寧に布でくるまれ、ルドルフ家の車へと運び込まれる。
此処に至っては、彼の連れて来た従者が役立ってくれた。
別れ際にも礼を重ね、騒がしい連中は車が走る音と共に屋敷を後にする。
車の姿が見えなくなって、二人は漸く口を開いた。
「百枚も貰っちゃったな」
「ええ、暫く仕事しなくても暮らしていけそう」
二人は笑いながら、屋敷の中へと入っていく。
ローゼリエッタにとって、人形を作ることは苦では無い。
むしろ何を置いてでも優先される楽しみである。
しかし、それに没頭しすぎてはまた、兄にいらぬ心配をかけてしまう。
だからこそ、行き過ぎたあの件より、妹も自身の行動に細心の注意を払っていた。
その日の晩御飯は少し豪勢に済まし、ローゼリエッタは数日振りに満足な睡眠を取る。
それから暫く、仕事の無い平和な日々が続いた。
しなやかな四肢、艶やかな肌触り、美しい造形……どれをとっても、ローゼリエッタが満足のゆく出来となる。
仕上げに、別途用意した毛髪を束ねたものを掛け、綺麗なドレスを着せてしまえば、もはや人と見間違っても不思議ではない。
壁にかかった時計を見れば、依頼人が訪れる時間まで少し余裕がある。
ローゼリエッタは、得も言われぬ至福感に包まれたまま、眠りについた。
飯時を過ぎた昼下がり。
人形の館に来訪者が現れる。
上品な服を着た、恰幅の良い初老の男だ。彼の名は“ハッター・ルドルフ”。俗にいう貴族である。
彼は数名の従者と共に、魔法の力で動く四輪の車に乗って登場し、屋敷の外を賑わせた。
「いらっしゃいませ、ルドルフ様。お待ちしておりました」
彼らを出迎えたのはアルストロイだ。
来客を出迎える為の礼装に着替え、恭しくお辞儀をした。
「うむ。早速拝見したいのだが……」
そわそわし始めるハッターを、家に招き入れると案内が始まる。
屋敷は広い。大きさだけでいえば、貴族の館にも匹敵するだろう。
十数室に及ぶ部屋数、少々鬱蒼としているが、広い広い庭園もある。
人形が保管されている部屋は、屋敷の最奥に位置する場所にあった。
おかげでアルストロイは、案内している間、いつも客の世間話の聞き相手となる。
「展示会で貴殿らの作品を見てな。是が非とも欲しくなってしまったのだ。教えてくれた友人には感謝せんといかん」
「それはそれは、有難う御座います。今回の作品も、最上の出来となっていますので、きっと満足して頂けると思いますよ」
慣れたやり取りを熟し、アルストロイは部屋を目指す。
この手の物が好きな人らの間では、遅かれ速かれトレットの作品に行きつく、というのが定説になっていた。
トレットという名は、その世界で知らぬものはおらず、傀儡技師の中で最上といっても過言ではなく、その卓越した技術が作り出す作品は、芸術作品として展示されることもある程だ。
そういった作品を求める道楽者たちが、人形の館を訪れる数少ない来訪者であった。
やがて、人形が安置される部屋へと辿り着く。
部屋の中は、カーテンが日差しを遮っていて薄暗い。
だが一度カーテンを開けば、窓から差し込む日の光を浴び、幻想的に佇む人形が現れた。
「おぉ……」
思わず上がる感嘆の声は、ハッターだけのものでは無い。
人と見間違う程の綺麗な顔。金に輝く長い髪。身に着けるドレスも悪くはない。
これだけ人間味のある人形を作り出せるのは、トレットの技術ならではだろう。
言葉を無くし、思わず見とれるハッター。
アルストロイの中では密かに、こういった反応を間近で見れることが、一つの楽しみになっていた。
「……では今、ローゼリエッタを呼んできます。少々お待ちください」
そういってアルストロイは、貴族とその従者を部屋に残し、妹が眠る部屋に向かう。
ローゼリエッタが姿を現すと、ハッターは大層喜んだ。
お世辞にも綺麗とは言えない少女の手を握り、何度も礼を述べる。
「素晴らしい作品だ。やはり頼んで良かった。ありがとう!……しかし、どんな人物があのような素晴らしい作品を作っているのかと思えば……まさか年端も行かぬお嬢さんであったとは」
そういって、彼はまじまじとローゼリエッタを見る。
彼女の存在を知る者は、皆口々に同じことを言った。
だがそれも当然であろう。
元々は齢七十を超えた老婆が熟す仕事だったのだ。
二十にも満たない少女が熟すことのほうが異常なのである。
感動する貴族の男は、同行する従者に合図を送る。
すると従者は、手に持っていた鞄から、大きな包みを取り出した。
「金貨で百枚ある。足りるだろうか?」
「ひゃっ、百!?そんなにいただけません!」
余りに予想外の言葉に、ローゼリエッタは狼狽える。
彼女らの仕事の相場は、大体金貨二十枚。良くて三十枚程度である。
これまでの仕事でも、三桁に届く金貨を一度に受け取ったことは無かった。
慌てるローゼリエッタだが、ハッターは笑って済ます。
「いいのだ。私はこの作品に大変満足している。貴女の仕事は、これだけの価値があると私が判断したのだ。受け取ってくれ」
ハッターの意思も硬い。終いにはアルストロイが、静かに受け取ることになった。
ローゼリエッタの作った作品は、丁寧に布でくるまれ、ルドルフ家の車へと運び込まれる。
此処に至っては、彼の連れて来た従者が役立ってくれた。
別れ際にも礼を重ね、騒がしい連中は車が走る音と共に屋敷を後にする。
車の姿が見えなくなって、二人は漸く口を開いた。
「百枚も貰っちゃったな」
「ええ、暫く仕事しなくても暮らしていけそう」
二人は笑いながら、屋敷の中へと入っていく。
ローゼリエッタにとって、人形を作ることは苦では無い。
むしろ何を置いてでも優先される楽しみである。
しかし、それに没頭しすぎてはまた、兄にいらぬ心配をかけてしまう。
だからこそ、行き過ぎたあの件より、妹も自身の行動に細心の注意を払っていた。
その日の晩御飯は少し豪勢に済まし、ローゼリエッタは数日振りに満足な睡眠を取る。
それから暫く、仕事の無い平和な日々が続いた。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
おっさん商人、仲間を気ままに最強SSランクパーティーへ育てる
シンギョウ ガク
ファンタジー
※2019年7月下旬に第二巻発売しました。
※12/11書籍化のため『Sランクパーティーから追放されたおっさん商人、真の仲間を気ままに最強SSランクハーレムパーティーへ育てる。』から『おっさん商人、仲間を気ままに最強SSランクパーティーへ育てる』に改題を実施しました。
※第十一回アルファポリスファンタジー大賞において優秀賞を頂きました。
俺の名はグレイズ。
鳶色の眼と茶色い髪、ちょっとした無精ひげがワイルドさを醸し出す、四十路の(自称ワイルド系イケオジ)おっさん。
ジョブは商人だ。
そう、戦闘スキルを全く習得しない商人なんだ。おかげで戦えない俺はパーティーの雑用係。
だが、ステータスはMAX。これは呪いのせいだが、仲間には黙っていた。
そんな俺がメンバーと探索から戻ると、リーダーのムエルから『パーティー追放』を言い渡された。
理由は『巷で流行している』かららしい。
そんなこと言いつつ、次のメンバー候補が可愛い魔術士の子だって知ってるんだぜ。
まぁ、言い争っても仕方ないので、装備品全部返して、パーティーを脱退し、次の仲間を探して暇していた。
まぁ、ステータスMAXの力を以ってすれば、Sランク冒険者は余裕だが、あくまで俺は『商人』なんだ。前衛に立って戦うなんて野蛮なことはしたくない。
表向き戦力にならない『商人』の俺を受け入れてくれるメンバーを探していたが、火力重視の冒険者たちからは相手にされない。
そんな、ある日、冒険者ギルドでは流行している、『パーティー追放』の餌食になった問題児二人とひょんなことからパーティーを組むことになった。
一人は『武闘家』ファーマ。もう一人は『精霊術士』カーラ。ともになぜか上級職から始まっていて、成長できず仲間から追放された女冒険者だ。
俺はそんな追放された二人とともに冒険者パーティー『追放者《アウトキャスト》』を結成する。
その後、前のパーティーとのひと悶着があって、『魔術師』アウリースも参加することとなった。
本当は彼女らが成長し、他のパーティーに入れるまでの暫定パーティーのつもりだったが、俺の指導でメキメキと実力を伸ばしていき、いつの間にか『追放者《アウトキャスト》』が最強のハーレムパーティーと言われるSSランクを得るまでの話。
婚約破棄されて異世界トリップしたけど猫に囲まれてスローライフ満喫しています
葉柚
ファンタジー
婚約者の二股により婚約破棄をされた33才の真由は、突如異世界に飛ばされた。
そこはど田舎だった。
住む家と土地と可愛い3匹の猫をもらった真由は、猫たちに囲まれてストレスフリーなスローライフ生活を送る日常を送ることになった。
レコンティーニ王国は猫に優しい国です。
小説家になろう様にも掲載してます。
さようなら、家族の皆さま~不要だと捨てられた妻は、精霊王の愛し子でした~
みなと
ファンタジー
目が覚めた私は、ぼんやりする頭で考えた。
生まれた息子は乳母と義母、父親である夫には懐いている。私のことは、無関心。むしろ馬鹿にする対象でしかない。
夫は、私の実家の資産にしか興味は無い。
なら、私は何に興味を持てばいいのかしら。
きっと、私が生きているのが邪魔な人がいるんでしょうね。
お生憎様、死んでやるつもりなんてないの。
やっと、私は『私』をやり直せる。
死の淵から舞い戻った私は、遅ればせながら『自分』をやり直して楽しく生きていきましょう。
農民だからと冤罪をかけられパーティを追放されましたが、働かないと死ぬし自分は冒険者の仕事が好きなのでのんびり頑張りたいと思います。
一樹
ファンタジー
タイトル通りの内容です。
のんびり更新です。
小説家になろうでも投稿しています。
クビになったアイツ、幼女になったらしい
東山統星
ファンタジー
簡単説明→追放されたから飯に困って果物食ったら幼女になった。しかもかなり強くなったっぽい。
ひとりの不運なナイスガイがいた。彼はラークという名前で、つい最近賞金首狩り組織をクビになったのである。そしてなんの因果か、あしたの飯に困ったラークは美味しそうなりんごを口にして、なんと金髪緑目の幼女になってしまった。
しかしラークにとって、これは新たなるチャンスでもあった。幼女になったことで魔術の腕が爆発的に飛躍し、陰謀とチャンスが眠る都市国家にて、成り上がりを果たす機会を与えられたのだ。
これは、『魔術と技術の国』ロスト・エンジェルスにて、ラークとその仲間たち、そしてラークの恋人たちが生き残りと成り上がりを懸けて挑み続ける物語である。
*表紙はAI作成です。
*他サイトにも載ってるよ
3521回目の異世界転生 〜無双人生にも飽き飽きしてきたので目立たぬように生きていきます〜
I.G
ファンタジー
神様と名乗るおじいさんに転生させられること3521回。
レベル、ステータス、その他もろもろ
最強の力を身につけてきた服部隼人いう名の転生者がいた。
彼の役目は異世界の危機を救うこと。
異世界の危機を救っては、また別の異世界へと転生を繰り返す日々を送っていた。
彼はそんな人生で何よりも
人との別れの連続が辛かった。
だから彼は誰とも仲良くならないように、目立たない回復職で、ほそぼそと異世界を救おうと決意する。
しかし、彼は自分の強さを強すぎる
が故に、隠しきることができない。
そしてまた、この異世界でも、
服部隼人の強さが人々にばれていく
のだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる