反魂の傀儡使い

菅原

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26章 語り継がれる物語

語り継がれる物語

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 高く上った陽の光が、窓から差し込む。
 照らされたのは一人の女と一つの本。女は手に持った筆をすらすらと滑らせ、本に文字を綴る。
 ふと、机の上に置いてある小さな宝石が輝いた。昔馴染みに貰った遠方と会話ができる魔法石だ。
 久しぶりに届いた報せに、女は嬉々としてその宝石へと手を伸ばす。
『……ジジ……あーあー、聞こえますかー?』
「……久しぶりね、リエント」
『繋がった! お久しぶりです、セリアさん。お変わりありませんか?』
「ええ、相変わらず元気よ。それより貴方、もう少し連絡よこしなさいな」
『あはは、ごめんなさい。やることが多すぎて……』
「ふふ、それでどう? 作業は順調かしら?」
『はい! 時計塔の管理は順調です。つい先日新しい時計塔の建築も始まりまして、その技師たちが集って小さな町みたいに……』
 二人は暫し、時を忘れて世間話を楽しむ。

 長話に花も咲き、日が傾き始める頃、漸く両者は言葉を失くす。通話を切るのが名残惜しい。そんな感情が湧き上がり、どうも手が動かない。
(ふふ、これではまるで恋する乙女の様じゃない)
 思わず漏れ出る微笑み。それを少々恥ずかしく思い、女は相手に通話を切ることを伝えた。
「あら、もうこんな時間……それじゃあそろそろ切るわね、貴方も大変みたいだし。久しぶりに話せて楽しかったわ」
『あ……そうですね。僕も楽しかったです。また連絡しますね』
 そういって、二人はそろって魔法石に通った魔力を止める。


 長らく顔を合わせていない相手でも、久しぶりに話せば楽しい物だ。そこでふと、女は頭に浮かんだもう一人の事が気にかかった。
「……そうね。こっちからかけてみるのもありかしら」
 そういって、女はまた宝石に手を伸ばす。

 声は直ぐにつながった。
 がちゃがちゃと鎧が擦れる音と共に、低い声が応答する。
『おお、久しぶりだなセリア殿! 元気にしていたか!?』
「ええ、元気よガンフ。貴方は……聞く必要も無さそうね」
『がはは! 元気も元気……というか、倒れてなどおれんだろうに』
「そうよね。……今は……何処にいるのかしら?」
『今か? ううむ……恐らく大陸の東側だろうか? 草原の端に鬱蒼と茂る森があってな、その奥にある天に聳える霊峰を超え……』
「あら、随分と詩的な事を言うようになったのね」
『ん? ああ、方々歩き回っている内に、な。それに剣ばかりも振ってられん。偶には文学もとな』
「いい心がけね。それで、仲間探しは順調なのかしら?」
『ああ、頗る順調だ。どいつもこいつも、よくあの戦いを生き残ったものだ。だが、生き残った人間の中には、私たちを怖がるものもいるようだからな。暫くこの地に留まろうかと思っていたところだ』
「そう……ま、落ち着いたら連絡頂戴ね」
『うむ、確かに約束しよう』
 談笑は続く。
 
 やがて日も暮れ始め、夕食の時間が近づく。すると向こう側が俄かに騒がしくなり、通話を切る旨が知らされた。
『すまん、セリア殿。もう少し語らいたいところだが、どうやら夕飯が出来たようだ』
「あら、ごめんなさい。長々と話してしまったわね。楽しかったわ」
『私もだ! がははは!』
 そういって、二人はそろって魔法石に通った魔力を止める。


 賑やかだった部屋に少しばかりの静寂が訪れた。女は部屋の天井を仰ぎ、先までの楽しい余韻を味わう。
「……すこし、疲れたわね」
 そう呟いてから、女は皺だらけの手で机の上に置いてある本を開いた。

 それは、彼女が綴る物語が書かれた本。邪悪な龍と、それに立ち向かう戦士たちとの物語。
 女はその本の表紙をめくると、頁に掛かれた文字を目で追った。

 やがて満足した女は、パラパラと頁をめくり、白地の個所を開く。それから再び筆を執ると、物語の続きを書き始めた。例え十年、百年、千年の月日が流れ、その戦いを知る者が潰えようとも、決して色褪せぬようにと願いを込めて。
「この私が本を出すなんて聞いたら、あの子も驚くかしらね……いけない、年を取るとつい昔を懐かしんでしまうわ」
 記憶の中で姿の変わらぬ少女が微笑む。それにつられて年老いた女も微笑むと、小さく伸びをしてまた筆を走らせた。
 部屋に響くは筆の走る音と、時計の針が時を刻む音だけ。その日はいつもより少しだけ長く、昔の記憶を懐かしんでは筆を動かしていた。
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