148 / 153
25章 動き出す時間
暴走
しおりを挟む
神言とは、神が白龍にのみ与えた贈り物である。つまりこの言葉を扱えるのは世界で白龍唯一人。端から幼き精霊と人間に扱えるような力では無かったのだ。
ローゼリエッタも必死に力を御しようと試みた。だが、余りにも大きな力のうねりに飲み込まれ、抗うことも叶わない。
足元に現れた結晶に気付いたリエントは、長い枯れ木の腕を伸ばし、強引にセリアを引き寄せた。
「きゃああ! ちょっと……何するのよリエント!」
その問いかけにリエントが答えるより早く、足元の結晶は大きく突き出し、ローゼリエッタを飲み込んでしまう。
三人が呆気に取られていると、落ち着いた筈の地面が再び揺れ始めた。
そして、力の暴走が始まる。
それは世界の崩壊の始まり。
空間を操る力の暴走により、大陸の各所に大きな亀裂が走る。いや、亀裂などという生易しい物ではない。大地が裂け、大陸は文字通り、幾つもの島に引き裂かれていった。上空へ吹き飛んだ岩塊や、落下を始める石塊は、続いて時間を操る力の暴走により忽ち制止し、再び空間を操る力により寄り添い合うと、新たな大陸となり宙を漂う。
遠くに見える霊峰は海に沈み、草原は隆起し動物を飲み込んでいった。村々の隣り合っていた住居は、共に明後日の方角へ転移していく。空を飾る太陽と月は、忙しなく大空を往復し、目まぐるしい速度で昼夜が逆転を繰り返す。
混沌とした世界を遠目で見て、セリア、ガンフ、リエントの三名は狼狽えることしかできなかった。
打開策を模索しようとしても、余りに想像を超えた出来事に思考が追い付かず、唯立ち尽くすことしかできない。
「なによ……これ……」
セリアは絶望と共に声を絞り出した。
遠くで見える景色がとても現実の物とは思えない。
ほかの二人もセリアと同じく、唯々呆然と、世界の崩壊を見ているだけだ。
結晶の中でローゼリエッタは、世界の崩壊を感じ悲しんだ。
彼女は最初から最後まで、平和を願い歩き続けてきた筈だ。なのに結果は真逆で、自ら世界を滅びの道へと向かわせてしまっている。
(私は一体どうしたらよかったのかな……どうやったら皆を助けられたんだろう)
内に去来する自責自問。その答えが見つかることはない。
少女は自分に、全てが救える力があるなどと思ったことは一度もなかった。自分のできる範囲で、可能な限り助けられたら、と願っていただけだ。だが現実は非情で、世界は少女の力によって崩壊へと導かれてしまった。選択肢を違えたかどうか、正しい選択肢を選べば防げた結果なのかどうか、彼女には分からない。だが、自身のせいで起きてしまった惨劇に、少女は心は耐え切れず涙が溢れ出す。
ローゼリエッタにできることなど、もはや一つしかなかった。少女は確固たる決意のもと、兄に言葉を投げかける。
(兄さん……お願い……私の最後の願いを……)
妹の願いを受けて、兄は最後の力を振り絞る。
遠方の異変を眺めるリエントの耳に、小さな小さな声が届いた。
『……』
どこかで聞いたことのある声。呟きとも囁きとも取れるその声は、絶えず同じ事を何度も何度も繰り返している。
次第に大きくなる声は、やがてセリア、ガンフの耳にもはっきりと届いた。
『皆……ロゼを助けてくれ……どうか……どうか!』
その声がアルストロイの物であると気付くと、セリアは周囲に向かって叫んだ。
「アルストロイ!? どこにいるの!? ……アルストロイ!」
セリアの叫び声が彼に届いた様子はない。声はただ、延々と同じことを繰り返している。
徐に、ガンフは残った手で剣を構えた。
同様にリエントも、残った手を突き出して魔力を練り始める。
彼らが何をしようとしているのか察したセリアは、慌てて二人に制止の声をかけた。
「ちょっと……何をするつもり!?」
切迫した声と共に、セリアはガンフの手を掴む。だがそれはいとも簡単に振り払われてしまった。
「この子の気持ちも考えよ! このまま彼女が世界を恐し続けて、一体誰が喜ぶというのだ!?」
ガンフの声からも余裕は一切感じられない。ローゼリエッタを救う方法はそれしかないのだと、喧々と捲し立てていた。
ガンフの説得が叶わぬと気づいたセリアは、続いてリエントの足を掴んだ。
「やめなさい! そんなことをしたらロゼが……ロゼが!!」
「……セリアさん。アルストロイさんの願いを叶えてあげましょう」
リエントは優し気な言葉でセリアを宥めた。そして彼女の答えを待たずに、唱えかけていた魔法を完成させてしまう。
枯れ木の手から放たれた淡い光が、黒獅子の持つ剣に吸い込まれた。
後は、その剣でローゼリエッタを切るだけだ。そうすれば少女は、この世界の理から抜け出し、苦しむことなく最後を迎えられる。唯の死ではなく、存在の封印という形をもって。
ガンフはローゼリエッタの前に歩み寄る。後は剣を振るだけで、アルストロイの望みは叶うだろう。だがそんな瞬間であっても、セリアは制止の声を投げかけた。
「待って!」
「いい加減にしろ! こうしなければ彼女らは、いつまでも苦しむことに……」
ふと、ガンフの手にセリアの手が重なる。それはとても優しく、先程のように押さえつける強さではない。
「……私にさせて」
強い口調でセリアははっきりと言い放った。
彼女にとって、ローゼリエッタは妹のような存在であった。血の繋がりはない。共に過ごした時間も然程長くはない。だが、同年代であり同じ傀儡師であった彼女らは、似通った悩みを持ち、苦楽を共に分かち合える仲であった。彼女らの関係は宛ら姉妹であり、好敵手であり、親友でもあった。最後まで傀儡師の腕が敵わなかったことを踏まえれば、憧れの存在であったのかもしれない。
そんな愛する家族の幕引きを、セリアは自らの手で成そうと願った。
ガンフは少し思い悩んだ末、剣をセリアに手渡す。それから踵を返すと、彼女と入れ替わるように後ろへ下がった。
入れ替わりで少女の前に立つセリアは、渡された剣を両手でしっかりと握る。そして……
「……さようなら。ロゼ」
別れの言葉と共に、少女の胸を貫いた。
ローゼリエッタも必死に力を御しようと試みた。だが、余りにも大きな力のうねりに飲み込まれ、抗うことも叶わない。
足元に現れた結晶に気付いたリエントは、長い枯れ木の腕を伸ばし、強引にセリアを引き寄せた。
「きゃああ! ちょっと……何するのよリエント!」
その問いかけにリエントが答えるより早く、足元の結晶は大きく突き出し、ローゼリエッタを飲み込んでしまう。
三人が呆気に取られていると、落ち着いた筈の地面が再び揺れ始めた。
そして、力の暴走が始まる。
それは世界の崩壊の始まり。
空間を操る力の暴走により、大陸の各所に大きな亀裂が走る。いや、亀裂などという生易しい物ではない。大地が裂け、大陸は文字通り、幾つもの島に引き裂かれていった。上空へ吹き飛んだ岩塊や、落下を始める石塊は、続いて時間を操る力の暴走により忽ち制止し、再び空間を操る力により寄り添い合うと、新たな大陸となり宙を漂う。
遠くに見える霊峰は海に沈み、草原は隆起し動物を飲み込んでいった。村々の隣り合っていた住居は、共に明後日の方角へ転移していく。空を飾る太陽と月は、忙しなく大空を往復し、目まぐるしい速度で昼夜が逆転を繰り返す。
混沌とした世界を遠目で見て、セリア、ガンフ、リエントの三名は狼狽えることしかできなかった。
打開策を模索しようとしても、余りに想像を超えた出来事に思考が追い付かず、唯立ち尽くすことしかできない。
「なによ……これ……」
セリアは絶望と共に声を絞り出した。
遠くで見える景色がとても現実の物とは思えない。
ほかの二人もセリアと同じく、唯々呆然と、世界の崩壊を見ているだけだ。
結晶の中でローゼリエッタは、世界の崩壊を感じ悲しんだ。
彼女は最初から最後まで、平和を願い歩き続けてきた筈だ。なのに結果は真逆で、自ら世界を滅びの道へと向かわせてしまっている。
(私は一体どうしたらよかったのかな……どうやったら皆を助けられたんだろう)
内に去来する自責自問。その答えが見つかることはない。
少女は自分に、全てが救える力があるなどと思ったことは一度もなかった。自分のできる範囲で、可能な限り助けられたら、と願っていただけだ。だが現実は非情で、世界は少女の力によって崩壊へと導かれてしまった。選択肢を違えたかどうか、正しい選択肢を選べば防げた結果なのかどうか、彼女には分からない。だが、自身のせいで起きてしまった惨劇に、少女は心は耐え切れず涙が溢れ出す。
ローゼリエッタにできることなど、もはや一つしかなかった。少女は確固たる決意のもと、兄に言葉を投げかける。
(兄さん……お願い……私の最後の願いを……)
妹の願いを受けて、兄は最後の力を振り絞る。
遠方の異変を眺めるリエントの耳に、小さな小さな声が届いた。
『……』
どこかで聞いたことのある声。呟きとも囁きとも取れるその声は、絶えず同じ事を何度も何度も繰り返している。
次第に大きくなる声は、やがてセリア、ガンフの耳にもはっきりと届いた。
『皆……ロゼを助けてくれ……どうか……どうか!』
その声がアルストロイの物であると気付くと、セリアは周囲に向かって叫んだ。
「アルストロイ!? どこにいるの!? ……アルストロイ!」
セリアの叫び声が彼に届いた様子はない。声はただ、延々と同じことを繰り返している。
徐に、ガンフは残った手で剣を構えた。
同様にリエントも、残った手を突き出して魔力を練り始める。
彼らが何をしようとしているのか察したセリアは、慌てて二人に制止の声をかけた。
「ちょっと……何をするつもり!?」
切迫した声と共に、セリアはガンフの手を掴む。だがそれはいとも簡単に振り払われてしまった。
「この子の気持ちも考えよ! このまま彼女が世界を恐し続けて、一体誰が喜ぶというのだ!?」
ガンフの声からも余裕は一切感じられない。ローゼリエッタを救う方法はそれしかないのだと、喧々と捲し立てていた。
ガンフの説得が叶わぬと気づいたセリアは、続いてリエントの足を掴んだ。
「やめなさい! そんなことをしたらロゼが……ロゼが!!」
「……セリアさん。アルストロイさんの願いを叶えてあげましょう」
リエントは優し気な言葉でセリアを宥めた。そして彼女の答えを待たずに、唱えかけていた魔法を完成させてしまう。
枯れ木の手から放たれた淡い光が、黒獅子の持つ剣に吸い込まれた。
後は、その剣でローゼリエッタを切るだけだ。そうすれば少女は、この世界の理から抜け出し、苦しむことなく最後を迎えられる。唯の死ではなく、存在の封印という形をもって。
ガンフはローゼリエッタの前に歩み寄る。後は剣を振るだけで、アルストロイの望みは叶うだろう。だがそんな瞬間であっても、セリアは制止の声を投げかけた。
「待って!」
「いい加減にしろ! こうしなければ彼女らは、いつまでも苦しむことに……」
ふと、ガンフの手にセリアの手が重なる。それはとても優しく、先程のように押さえつける強さではない。
「……私にさせて」
強い口調でセリアははっきりと言い放った。
彼女にとって、ローゼリエッタは妹のような存在であった。血の繋がりはない。共に過ごした時間も然程長くはない。だが、同年代であり同じ傀儡師であった彼女らは、似通った悩みを持ち、苦楽を共に分かち合える仲であった。彼女らの関係は宛ら姉妹であり、好敵手であり、親友でもあった。最後まで傀儡師の腕が敵わなかったことを踏まえれば、憧れの存在であったのかもしれない。
そんな愛する家族の幕引きを、セリアは自らの手で成そうと願った。
ガンフは少し思い悩んだ末、剣をセリアに手渡す。それから踵を返すと、彼女と入れ替わるように後ろへ下がった。
入れ替わりで少女の前に立つセリアは、渡された剣を両手でしっかりと握る。そして……
「……さようなら。ロゼ」
別れの言葉と共に、少女の胸を貫いた。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
荷車尼僧の回顧録
石田空
大衆娯楽
戦国時代。
密偵と疑われて牢屋に閉じ込められた尼僧を気の毒に思った百合姫。
座敷牢に食事を持っていったら、尼僧に体を入れ替えられた挙句、尼僧になってしまった百合姫は処刑されてしまう。
しかし。
尼僧になった百合姫は何故か生きていた。
生きていることがばれたらまた処刑されてしまうかもしれないと逃げるしかなかった百合姫は、尼寺に辿り着き、僧に泣きつく。
「あなたはおそらく、八百比丘尼に体を奪われてしまったのでしょう。不死の体を持っていては、いずれ心も人からかけ離れていきます。人に戻るには人魚を探しなさい」
僧の連れてきてくれた人形職人に義体をつくってもらい、日頃は人形の姿で人らしく生き、有事の際には八百比丘尼の体で人助けをする。
旅の道連れを伴い、彼女は戦国時代を生きていく。
和風ファンタジー。
カクヨム、エブリスタにて先行掲載中です。

私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシャリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる