反魂の傀儡使い

菅原

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25章 動き出す時間

暴走

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 神言とは、神が白龍にのみ与えた贈り物である。つまりこの言葉を扱えるのは世界で白龍唯一人。端から幼き精霊と人間に扱えるような力では無かったのだ。
 ローゼリエッタも必死に力を御しようと試みた。だが、余りにも大きな力のうねりに飲み込まれ、抗うことも叶わない。

 足元に現れた結晶に気付いたリエントは、長い枯れ木の腕を伸ばし、強引にセリアを引き寄せた。
「きゃああ! ちょっと……何するのよリエント!」
 その問いかけにリエントが答えるより早く、足元の結晶は大きく突き出し、ローゼリエッタを飲み込んでしまう。
 三人が呆気に取られていると、落ち着いた筈の地面が再び揺れ始めた。
 そして、力の暴走が始まる。

 それは世界の崩壊の始まり。
 空間を操る力の暴走により、大陸の各所に大きな亀裂が走る。いや、亀裂などという生易しい物ではない。大地が裂け、大陸は文字通り、幾つもの島に引き裂かれていった。上空へ吹き飛んだ岩塊や、落下を始める石塊は、続いて時間を操る力の暴走により忽ち制止し、再び空間を操る力により寄り添い合うと、新たな大陸となり宙を漂う。
 遠くに見える霊峰は海に沈み、草原は隆起し動物を飲み込んでいった。村々の隣り合っていた住居は、共に明後日の方角へ転移していく。空を飾る太陽と月は、忙しなく大空を往復し、目まぐるしい速度で昼夜が逆転を繰り返す。

 混沌とした世界を遠目で見て、セリア、ガンフ、リエントの三名は狼狽えることしかできなかった。
 打開策を模索しようとしても、余りに想像を超えた出来事に思考が追い付かず、唯立ち尽くすことしかできない。
「なによ……これ……」
 セリアは絶望と共に声を絞り出した。
 遠くで見える景色がとても現実の物とは思えない。
 ほかの二人もセリアと同じく、唯々呆然と、世界の崩壊を見ているだけだ。


 結晶の中でローゼリエッタは、世界の崩壊を感じ悲しんだ。
 彼女は最初から最後まで、平和を願い歩き続けてきた筈だ。なのに結果は真逆で、自ら世界を滅びの道へと向かわせてしまっている。
(私は一体どうしたらよかったのかな……どうやったら皆を助けられたんだろう)
 内に去来する自責自問。その答えが見つかることはない。

 少女は自分に、全てが救える力があるなどと思ったことは一度もなかった。自分のできる範囲で、可能な限り助けられたら、と願っていただけだ。だが現実は非情で、世界は少女の力によって崩壊へと導かれてしまった。選択肢を違えたかどうか、正しい選択肢を選べば防げた結果なのかどうか、彼女には分からない。だが、自身のせいで起きてしまった惨劇に、少女は心は耐え切れず涙が溢れ出す。
 ローゼリエッタにできることなど、もはや一つしかなかった。少女は確固たる決意のもと、兄に言葉を投げかける。
(兄さん……お願い……私の最後の願いを……)
 妹の願いを受けて、兄は最後の力を振り絞る。


 遠方の異変を眺めるリエントの耳に、小さな小さな声が届いた。
『……』
 どこかで聞いたことのある声。呟きとも囁きとも取れるその声は、絶えず同じ事を何度も何度も繰り返している。
 次第に大きくなる声は、やがてセリア、ガンフの耳にもはっきりと届いた。
『皆……ロゼを助けてくれ……どうか……どうか!』
 その声がアルストロイの物であると気付くと、セリアは周囲に向かって叫んだ。
「アルストロイ!? どこにいるの!? ……アルストロイ!」
 セリアの叫び声が彼に届いた様子はない。声はただ、延々と同じことを繰り返している。

 徐に、ガンフは残った手で剣を構えた。
 同様にリエントも、残った手を突き出して魔力を練り始める。
 彼らが何をしようとしているのか察したセリアは、慌てて二人に制止の声をかけた。
「ちょっと……何をするつもり!?」
 切迫した声と共に、セリアはガンフの手を掴む。だがそれはいとも簡単に振り払われてしまった。
「この子の気持ちも考えよ! このまま彼女が世界を恐し続けて、一体誰が喜ぶというのだ!?」
 ガンフの声からも余裕は一切感じられない。ローゼリエッタを救う方法はそれしかないのだと、喧々と捲し立てていた。
 
 ガンフの説得が叶わぬと気づいたセリアは、続いてリエントの足を掴んだ。
「やめなさい! そんなことをしたらロゼが……ロゼが!!」
「……セリアさん。アルストロイさんの願いを叶えてあげましょう」
 リエントは優し気な言葉でセリアを宥めた。そして彼女の答えを待たずに、唱えかけていた魔法を完成させてしまう。

 枯れ木の手から放たれた淡い光が、黒獅子の持つ剣に吸い込まれた。
 後は、その剣でローゼリエッタを切るだけだ。そうすれば少女は、この世界の理から抜け出し、苦しむことなく最後を迎えられる。唯の死ではなく、存在の封印という形をもって。
 ガンフはローゼリエッタの前に歩み寄る。後は剣を振るだけで、アルストロイの望みは叶うだろう。だがそんな瞬間であっても、セリアは制止の声を投げかけた。
「待って!」
「いい加減にしろ! こうしなければ彼女らは、いつまでも苦しむことに……」
 ふと、ガンフの手にセリアの手が重なる。それはとても優しく、先程のように押さえつける強さではない。
「……私にさせて」
 強い口調でセリアははっきりと言い放った。


 彼女にとって、ローゼリエッタは妹のような存在であった。血の繋がりはない。共に過ごした時間も然程長くはない。だが、同年代であり同じ傀儡師であった彼女らは、似通った悩みを持ち、苦楽を共に分かち合える仲であった。彼女らの関係は宛ら姉妹であり、好敵手であり、親友でもあった。最後まで傀儡師の腕が敵わなかったことを踏まえれば、憧れの存在であったのかもしれない。
 そんな愛する家族の幕引きを、セリアは自らの手で成そうと願った。

 ガンフは少し思い悩んだ末、剣をセリアに手渡す。それから踵を返すと、彼女と入れ替わるように後ろへ下がった。
 入れ替わりで少女の前に立つセリアは、渡された剣を両手でしっかりと握る。そして……
「……さようなら。ロゼ」
 別れの言葉と共に、少女の胸を貫いた。
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