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23章 聖戦
反魂
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眼を瞑っていても瞼の上から刺す強い閃光。視界を飲み込む真っ白な光は、同じようにこの世界にある全ての物を飲み込んでゆく。ローゼリエッタは、最後に見た兄の無残な姿のように、自身も同じく光に飲み込まれるものとばかり思っていた。しかし突如として閃光が急速に薄れていくことに気付く。そして一つの大きな放電音を聞いた。
ローゼリエッタは恐る恐る目を開く。するとそこには、バチバチとけたたましい音を鳴らす雷の集合体がいた。それは人と同じ形をしており、堂々とした態度で少女の目の前に立っている。胸にはアルストロイの魂が封じ込められた魔法結晶が浮かんでいて、眩い光を放っていた。
「にい……さん?」
以前も見たことがあるそれに向かって、ローゼリエッタは語りかけた。
『……』
だが返る言葉はない。
それは、以前とは様子が大きく違っていた。
かつては本能の赴くままに、唯暴れまくるだけだった印象が強いが、今ではとても落ち着いた様子で周囲を見渡している。
やがて周囲を見渡して満足したのか、次に彼は自身の掌を見つめた。雷の集合体は人間の形を精密に再現しており、掌から五本の指に至るまで造形済みだ。その伸びた五本の指で結んでは開いてを繰り返す。
「兄さん!」
ローゼリエッタは再び兄と思われる存在に呼びかけた。
最初は反応を示さなかった彼は、漸く声を聞き取れたらしく後ろを振り向く。
『……ロゼ?』
その声は、まぎれもなくアルストロイの物であった。
自身の身体に起きた変化に狼狽えるアルストロイ。兄の魂の復活に喜ぶローゼリエッタ。新たなる敵の出現に威嚇する黒竜。その様子を遠くから見ていたアニムの心は驚愕で埋め尽くされた。
世界の管理者として生み出された数々の種の中で、最古の存在である彼の英知をもってしても、今目の前で起きた現象が理解できなかったのだ。
(あれはなんだ? あの胸で輝いているのは高純度の精霊石のようだが……いや、そんなはずはない。精霊であるのならば我の支配下にある。だがあれは違う。確かな自我を持ち、我の支配から完全に脱している。あの娘め……一体何をした?)
その疑問の答えは、この場にいる誰にも応えることは出来ない。何故ならそれは、偶然に偶然が重なった奇跡とも呼ぶべき現象だったからだ。
本来エルフがアルストロイに施した物は、長きを生きたエルフの魂を精霊に作り変える為の一工程であった。エルフは生前に様々な知識を自らの物とし、更に潤沢な魔力を手に入れる。そうしたエルフが死に絶える際にアルストロイと同様の儀式を施すことで、彼らは生前得た知識を代償に永遠の命を持つ精霊となって白龍の元へ集うのだ。それからは白龍の指示のもと、悠久の時を世界の繁栄と安寧の為に尽くすのである。
一見すれば酷く惨たらしいとも思える扱いだが、エルフはそもそもそういう風に作られた存在だった。故に彼らはそのことを何ら疑問に思わない。むしろ彼らはそうなることを自ら望んでいる節もあり、誉だと受け取る者も多い。だから感謝の印としてアルストロイに施術したのだ。そして精霊となる際も、自ら記憶を手放すことで滞りなく精霊化が進む。
しかし、人間であるアルストロイは違った。
死した後、記憶の中にしかない愛する者の顔、声。そのかけがえのないものを、そう易々と手放せる筈が無い。更に混濁した意識の中で愛する者の声が響く度、消えゆく筈の記憶と自我が硬く強く保持されてゆく。こうしたものが偶発的に起こった結果、アルストロイは初めての『自我を持った精霊』として蘇ったのだった。
変わり果てた姿をしたアルストロイに駆け寄るローゼリエッタ。常に放電されている雷の身体だったが、難なく少女を迎え入れた。
アルストロイは生身のローゼリエッタに触れられることに驚き、酷く喜んだ。思わず最愛の妹を抱きしめ、何度も何度も名前を呼び続ける。
『ロゼ……ロゼ!』
人ではないから涙は流せない。だが言葉には嗚咽が混ざり、嬉しさのあまり涙を流しているのが分かった。
「兄さん! 本当に兄さんなのね!? 凄く寂しかったんだから……ずっと一人ぼっちで……ずっと話しかけてたのに答えてくれなくて……!」
ローゼリエッタもまた、涙を流し再会を喜ぶ。そこが戦場であることも忘れ、二人は邪魔が入るまで抱きしめ合う。
邪魔者は直ぐにやってきた。
魔導砲を防がれた黒竜は、咆哮を上げながら突進を開始する。魔導砲によって抉り取られた轍を辿り、アルストロイ目掛けて牙をむく。
それを見たアルストロイは、ローゼリエッタを離すと轍の外側にある放り投げた斧に駆け寄った。
雷の身体に相応しい高速移動。一瞬のうちに斧の下まで辿り着いたアルストロイは、幸運にも形を保っている斧の柄をつかみ取る。
一際大きな放電音が響く。それに呼応するかのように、手にした斧が帯電を始めた。
アルストロイはそれを片手で振り回し、背後から迫る黒竜目掛けて叩き下ろす。
ガギィン!! バリバリバリッ!!!
金属のかち合う甲高い音が響き、黒竜の顔を覆っていた頑丈な黒鱗がはじけ飛ぶ。その威力は凄まじく強力で、更に黒竜の顔も大きく横に弾け跳んだ。
『漸くこの手で妹を守ることが出来る!』
アルストロイは雷の掌を目の前で強く握りしめ、怯む黒竜に向かって斧を振り上げる。
ローゼリエッタは恐る恐る目を開く。するとそこには、バチバチとけたたましい音を鳴らす雷の集合体がいた。それは人と同じ形をしており、堂々とした態度で少女の目の前に立っている。胸にはアルストロイの魂が封じ込められた魔法結晶が浮かんでいて、眩い光を放っていた。
「にい……さん?」
以前も見たことがあるそれに向かって、ローゼリエッタは語りかけた。
『……』
だが返る言葉はない。
それは、以前とは様子が大きく違っていた。
かつては本能の赴くままに、唯暴れまくるだけだった印象が強いが、今ではとても落ち着いた様子で周囲を見渡している。
やがて周囲を見渡して満足したのか、次に彼は自身の掌を見つめた。雷の集合体は人間の形を精密に再現しており、掌から五本の指に至るまで造形済みだ。その伸びた五本の指で結んでは開いてを繰り返す。
「兄さん!」
ローゼリエッタは再び兄と思われる存在に呼びかけた。
最初は反応を示さなかった彼は、漸く声を聞き取れたらしく後ろを振り向く。
『……ロゼ?』
その声は、まぎれもなくアルストロイの物であった。
自身の身体に起きた変化に狼狽えるアルストロイ。兄の魂の復活に喜ぶローゼリエッタ。新たなる敵の出現に威嚇する黒竜。その様子を遠くから見ていたアニムの心は驚愕で埋め尽くされた。
世界の管理者として生み出された数々の種の中で、最古の存在である彼の英知をもってしても、今目の前で起きた現象が理解できなかったのだ。
(あれはなんだ? あの胸で輝いているのは高純度の精霊石のようだが……いや、そんなはずはない。精霊であるのならば我の支配下にある。だがあれは違う。確かな自我を持ち、我の支配から完全に脱している。あの娘め……一体何をした?)
その疑問の答えは、この場にいる誰にも応えることは出来ない。何故ならそれは、偶然に偶然が重なった奇跡とも呼ぶべき現象だったからだ。
本来エルフがアルストロイに施した物は、長きを生きたエルフの魂を精霊に作り変える為の一工程であった。エルフは生前に様々な知識を自らの物とし、更に潤沢な魔力を手に入れる。そうしたエルフが死に絶える際にアルストロイと同様の儀式を施すことで、彼らは生前得た知識を代償に永遠の命を持つ精霊となって白龍の元へ集うのだ。それからは白龍の指示のもと、悠久の時を世界の繁栄と安寧の為に尽くすのである。
一見すれば酷く惨たらしいとも思える扱いだが、エルフはそもそもそういう風に作られた存在だった。故に彼らはそのことを何ら疑問に思わない。むしろ彼らはそうなることを自ら望んでいる節もあり、誉だと受け取る者も多い。だから感謝の印としてアルストロイに施術したのだ。そして精霊となる際も、自ら記憶を手放すことで滞りなく精霊化が進む。
しかし、人間であるアルストロイは違った。
死した後、記憶の中にしかない愛する者の顔、声。そのかけがえのないものを、そう易々と手放せる筈が無い。更に混濁した意識の中で愛する者の声が響く度、消えゆく筈の記憶と自我が硬く強く保持されてゆく。こうしたものが偶発的に起こった結果、アルストロイは初めての『自我を持った精霊』として蘇ったのだった。
変わり果てた姿をしたアルストロイに駆け寄るローゼリエッタ。常に放電されている雷の身体だったが、難なく少女を迎え入れた。
アルストロイは生身のローゼリエッタに触れられることに驚き、酷く喜んだ。思わず最愛の妹を抱きしめ、何度も何度も名前を呼び続ける。
『ロゼ……ロゼ!』
人ではないから涙は流せない。だが言葉には嗚咽が混ざり、嬉しさのあまり涙を流しているのが分かった。
「兄さん! 本当に兄さんなのね!? 凄く寂しかったんだから……ずっと一人ぼっちで……ずっと話しかけてたのに答えてくれなくて……!」
ローゼリエッタもまた、涙を流し再会を喜ぶ。そこが戦場であることも忘れ、二人は邪魔が入るまで抱きしめ合う。
邪魔者は直ぐにやってきた。
魔導砲を防がれた黒竜は、咆哮を上げながら突進を開始する。魔導砲によって抉り取られた轍を辿り、アルストロイ目掛けて牙をむく。
それを見たアルストロイは、ローゼリエッタを離すと轍の外側にある放り投げた斧に駆け寄った。
雷の身体に相応しい高速移動。一瞬のうちに斧の下まで辿り着いたアルストロイは、幸運にも形を保っている斧の柄をつかみ取る。
一際大きな放電音が響く。それに呼応するかのように、手にした斧が帯電を始めた。
アルストロイはそれを片手で振り回し、背後から迫る黒竜目掛けて叩き下ろす。
ガギィン!! バリバリバリッ!!!
金属のかち合う甲高い音が響き、黒竜の顔を覆っていた頑丈な黒鱗がはじけ飛ぶ。その威力は凄まじく強力で、更に黒竜の顔も大きく横に弾け跳んだ。
『漸くこの手で妹を守ることが出来る!』
アルストロイは雷の掌を目の前で強く握りしめ、怯む黒竜に向かって斧を振り上げる。
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