アクトレスの残痕

ぬくまろ

文字の大きさ
上 下
16 / 26

15

しおりを挟む
 新都心署の取調室、机を挟んで向かい合って座る二人。木村は藤堂剛を見据えている。剛は腰を曲げ、顔を真下向け、両手のひらで太ももを握る。その手は震え続けている。あくまでも任意だ。そう伝えている。
「剛君、知っていることを教えてほしい。君の家から、藤堂さくらさんを刺したと思われるアイスピックが発見された。その理由を知りたいんだ」
 藤堂剛は姿勢を崩さない。固まったままだ。
「たった一人の身内、お姉さんを慕っていたじゃないか。ご両親が亡くなられ、姉弟で東京に出てきて、二人で一生懸命頑張ってきたじゃないか。さくらさんは夢半ばで亡くなってしまった。真実を教えてくれよ。お姉さん、成仏できないよ」
 そのときだった。
「あーーーー、うーーーー、くぅーーーー、うーーーー」
 両手のひらを太ももから離し、勢いよく机の上に移した。机が鳴り、震える。
 木村の目に哀れみの色が滲む。
「剛君、一気に語るのは無理や。一つひとつ思い出していこうや」
 剛は顔を上げ苦悩の表情を見せる。
「刑事さん。もう耐えきれないし、何が何だかわからない。記憶が飛ぶんだ」
 木村は剛の病気のことを理解している。凶器が出てきた。それ以外は不明だが、あくまでも重要参考人扱いだ。
「じゃあ、思い出したところから話してみようか」
 剛は机の上で頭を抱えている。震えは止まらない。震えながら顔を少し上げた。
「確か、確かポストに入っていた。きっとそう。でも自信がない。頭に浮かんでくるけど消えるときもあるから」
「ポスト?」
 木村は思わず聞き返していた。
「ポストです」
「えーと、それは、自宅の郵便ポストのことか」
「はい、そうです」
「自宅の郵便ポストにアイスピックが入っていたということか」
「はい、たぶんそうです」
 木村は腕をゆっくり組みながら、背筋を伸ばし、剛を見据える。苦し紛れの嘘か、それとも記憶が曖昧になってしまい真実が飛んでしまったか。正確な供述を引き出すことができるのか。剛は震えている。何かにおびえている。焦ってはいけない。木村は表情を緩めた。
「アイスピックがどのような状態でポストに入っていたのか覚えているかな」
「あのまま、入っていた。刑事さんに渡したときのまま」
「それでその後どうしたのか、教えてくれるか」
「普通の郵便物だと思って取り出したけど、住所も宛名も書いていなかったから、誰かがいれたのかと思って、部屋に入って中身を確かめたんだ」
 剛は震えながらも、とつとつと語った。
「確かめた後、どう思った?」
「黒いビニール袋を開けて、取り出してみたらアイスピックだった。ラッカーで汚れていると思ったけど、よく見ると血ではないかと思った。生き物の血かもしれない。そう思ったとき、ガーンときたんだ。姉を刺したものかもしれないと。直感だけど、姉の血ではないかと感じたんだ」
 剛のくちびるが震える。
「お姉さんを刺したと思ったアイスピックが剛君の自宅のポストに入れられた。そのことを警察に通報しなかったのはなぜなのか。教えてくれる?」
 剛は言い訳を探すように視線をさまよわせた。木村は剛の視線を追う。視線の先に嘘がないかどうか。
「自分が入れたのかもしれない」
「えっ! 自分が入れた? アイスピックをポストに入れたのは自分? つまり剛君が入れたということ?」
「はい」
 木村はうなだれた剛の頭を見下ろし、首を傾げた。
「剛君、なぜそう思った」
 剛は頭を上げない。木村は天井を見上げた。嘘を言っているようには見えない。
「そんな気がしたんです。抜け落ちた記憶、曖昧な記憶があるような気がしたんです。どこで何がどうつながっているのか。時々わからなくなる」
 剛は頭を上げ、苦悩の表情を見せる。供述内容が事実であることを確認するためには、その供述が事実と一致していることが必要になる。剛がどのようにして実行したのか。記憶がないとなると、正確な供述が得られないということだ。
〈トン、トン、トン〉
 木村が指先で机をたたく。アイスピックから被害者の血液と剛の指紋が検出された。藤堂さくらを刺した凶器であることはほぼ間違いない。剛がそれを握っていたことも間違いない。だが、剛がアイスピックを使って、被害者を刺したということは確認できない。疑問が残る。剛の指紋は血液が固まった後についたものだ。剛以外の指紋は検出されなかった。ホシは手袋をつけていた可能性が高い。剛、それ以外の人物も考えられる。剛がホシの場合、なぜ凶器を処分しなかったのか。時間はあった。処分方法もあった。逆に、自分がホシでないなら、なぜ警察に言わなかったのか。ポストに入っていたというのはほんとうなのか。天井を見ていた木村は、視線をゆっくり剛に移した。うなだれている。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ダブルネーム

しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する! 四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

人体実験の被験者に課せられた難問

昆布海胆
ミステリー
とある研究所で開発されたウィルスの人体実験。 それの被験者に問題の成績が低い人間が選ばれることとなった。 俺は問題を解いていく…

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

秘められた遺志

しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?

時の呪縛

葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。 葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。 果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。

それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和
ミステリー
 売れない作家である有馬四迷は新作を目新しさが足りないと言われ、ボツにされた。  バイト先のオーナーであるアメリカ人のルドリックさんにそのことを告げるとちょうどいい町があると教えられた。  猫神町は誰もがねこを敬う奇妙な町だった。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

処理中です...