1 / 26
プロローグ
しおりを挟む
僕は普通の家庭に生まれた。
普通と言っても、何が普通なのかはよくわからない。テレビや雑誌で扱っている家族像の平均値みたいなもの。そんな感じでとらえている。家族は両親と姉だ。
小学校のときから私立に入っていたので、家の近くに幼なじみとかは少ない。幼稚園のときの友だちは何人かいたけれど、僕が私立小学校に行くようになると、時間が経つにつれて疎遠になってしまった。小学校では、それなりの友だちができた。でも、学校の中でしか遊べない。みんなそれぞれ電車通学していたから、お約束して、お互いの家を行き来することは、小学生にはできなかった。校門を出るとバイバイ。そんなものだと思っていた。
小学校の卒業アルバムがある。懐かしい顔が並んでいる。よく遊んだ子。ケンカをした子。あまり話さなかったけれど、悪い感じのしない子。同じ教室で机を並べたり、同じ校舎で走り回ったりした数年間は忘れられない思い出だ。規律があり集団で始めて学ぶ小学生時代は、新しい世界に踏み入れた衝撃的な時間が流れたような感覚があった。初めてのことには感動してしまう。そういう意味では、僕は他人よりも感受性が強いのかもしれない。思い出にも浸るほうだから、そうかもしれない。
僕の名前は、藤堂(とうどう)剛(たけし)。二十一歳の大学生であった。千葉県在住、両親のもとから、東京の大学に通っていた。通っていた……そう、しばらく通っていた。過去形なのは、状況が変わってしまったということ。今、両親はいない。僕の世界にいない。交通事故で僕の前からいなくなってしまったのだ。
ある早春の日、父の運転する車に母が乗って、親戚宅に向かう途中、高速道路で事故に遭遇したのだ。その日は、午前中は晴れときどき曇り、気温は低かったけれど、天気予報でも天気は崩れることはないとのことだった。父と母は、千葉の自宅を出て、長野県の親戚宅に向けて、車を走らせていた。千葉から東京へ入り、埼玉から長野方面へつながる道路上でその事故は起こった。
中央分離帯がはっきりしない片側一車線。当時小雨が降っており、目的地に向かうにつれて、気温が変化し、さらさらと小雪に変わっていたとのこと。曇り空のグレーの色がさらに深まり、普段から安全運転の父は、さらに運転に気をつかったと思う。警察の話だと、事故当日の昼過ぎから降っていた雪のため、路面が滑りやすくなっていたとのこと。父と母の乗った車が直進しているとき、対向車線から一台の車が走ってきた。その車の運転者がラジオかCDプレーヤーの操作に気を取られて、ハンドル操作を誤って、センターラインをオーバー。次の瞬間、父と母の乗った車と衝突。ほとんど正面衝突に近かったらしい。父と母の車は大破。相手は大きめの乗用車だったせいか、ボンネット部分がクラッシュした程度ですんだそうだ。
その日の朝、父と母を送り出した僕に連絡があったのは夕方。僕は気軽に電話に出た。警察からだった。
「ご両親が事故に遭いました」
その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。向こうは何か言っている。けど、その後の言葉は聞き取れない。どのくらいの時間が経ったのかわからない。病院名を何度も告げられて、我に返るまで、時間はどのくらいだったのか。病院名をメモして、受話器を置いた。そうしたら、からだが震え出した。十分な暖房の中にいても、からだ全体が寒さに襲われ、震えが止まらなくなった。
「なんで、なんで……」
部屋の中で何度も声を出していた。
姉に連絡をして、一緒に病院にかけつけたとき、父と母は手術室にいた。手術中を示す文字が僕の目に強く焼きついた。目をつむっても、焼きついた画像が僕の頭を支配した。僕たちは、医師や看護師、職員の人たちが足早に行き交う通路のベンチに座っていた。
一時間位経っただろうか。手術室の扉が開いて、医師が出てきた。誰かと話をして、視線を僕たちに向けながら、近づいてきた。
「ご家族の方ですか……」
医師の顔の表情を見て、どういうことなのか理解した。続く言葉は覚えていない。現実をどのように受け止めたらいいのか、その態勢は整えていなかった。いや、できなかったのだ。涙が出ないほど、感情というものが僕の中からすべて抜けていた。心が現実の世界にいなかった。僕の横にいる姉は震えていた。
加害者のほとんどは罪を償うために施設に入る。そこで、更生のためのプログラムが組まれ、監視のもとプログラムのメニューが消化されていく。でも、凶悪犯でない限り、数年で終了してしまう。ましてや、施設内での態度が模範的と判断されればさらにその期間は短縮されてしまう。
法律がそうなっていれば、従うしかない。加害者にとっては。でも、被害者にとっては割りきれない。事故や犯罪によって、被害に遭った者の家族などへの支援が十分でないような気がする。犯罪被害者を保護するための法律が施行されていると聞いたけれど、それでも、刑事裁判手続きで加害者の権利が手厚く保障されているように感じる。それに較べると、被害者の権利の保護はバランス的に十分でないと思う。事故や犯罪被害者に対するアフターケアの課題は残されている。法律にそこまで求めるのは無理なのだろうか。現実を直視できない僕の時間は過ぎていった。
いつしか、人と会うのが嫌になった。
時は過ぎた。
普通と言っても、何が普通なのかはよくわからない。テレビや雑誌で扱っている家族像の平均値みたいなもの。そんな感じでとらえている。家族は両親と姉だ。
小学校のときから私立に入っていたので、家の近くに幼なじみとかは少ない。幼稚園のときの友だちは何人かいたけれど、僕が私立小学校に行くようになると、時間が経つにつれて疎遠になってしまった。小学校では、それなりの友だちができた。でも、学校の中でしか遊べない。みんなそれぞれ電車通学していたから、お約束して、お互いの家を行き来することは、小学生にはできなかった。校門を出るとバイバイ。そんなものだと思っていた。
小学校の卒業アルバムがある。懐かしい顔が並んでいる。よく遊んだ子。ケンカをした子。あまり話さなかったけれど、悪い感じのしない子。同じ教室で机を並べたり、同じ校舎で走り回ったりした数年間は忘れられない思い出だ。規律があり集団で始めて学ぶ小学生時代は、新しい世界に踏み入れた衝撃的な時間が流れたような感覚があった。初めてのことには感動してしまう。そういう意味では、僕は他人よりも感受性が強いのかもしれない。思い出にも浸るほうだから、そうかもしれない。
僕の名前は、藤堂(とうどう)剛(たけし)。二十一歳の大学生であった。千葉県在住、両親のもとから、東京の大学に通っていた。通っていた……そう、しばらく通っていた。過去形なのは、状況が変わってしまったということ。今、両親はいない。僕の世界にいない。交通事故で僕の前からいなくなってしまったのだ。
ある早春の日、父の運転する車に母が乗って、親戚宅に向かう途中、高速道路で事故に遭遇したのだ。その日は、午前中は晴れときどき曇り、気温は低かったけれど、天気予報でも天気は崩れることはないとのことだった。父と母は、千葉の自宅を出て、長野県の親戚宅に向けて、車を走らせていた。千葉から東京へ入り、埼玉から長野方面へつながる道路上でその事故は起こった。
中央分離帯がはっきりしない片側一車線。当時小雨が降っており、目的地に向かうにつれて、気温が変化し、さらさらと小雪に変わっていたとのこと。曇り空のグレーの色がさらに深まり、普段から安全運転の父は、さらに運転に気をつかったと思う。警察の話だと、事故当日の昼過ぎから降っていた雪のため、路面が滑りやすくなっていたとのこと。父と母の乗った車が直進しているとき、対向車線から一台の車が走ってきた。その車の運転者がラジオかCDプレーヤーの操作に気を取られて、ハンドル操作を誤って、センターラインをオーバー。次の瞬間、父と母の乗った車と衝突。ほとんど正面衝突に近かったらしい。父と母の車は大破。相手は大きめの乗用車だったせいか、ボンネット部分がクラッシュした程度ですんだそうだ。
その日の朝、父と母を送り出した僕に連絡があったのは夕方。僕は気軽に電話に出た。警察からだった。
「ご両親が事故に遭いました」
その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。向こうは何か言っている。けど、その後の言葉は聞き取れない。どのくらいの時間が経ったのかわからない。病院名を何度も告げられて、我に返るまで、時間はどのくらいだったのか。病院名をメモして、受話器を置いた。そうしたら、からだが震え出した。十分な暖房の中にいても、からだ全体が寒さに襲われ、震えが止まらなくなった。
「なんで、なんで……」
部屋の中で何度も声を出していた。
姉に連絡をして、一緒に病院にかけつけたとき、父と母は手術室にいた。手術中を示す文字が僕の目に強く焼きついた。目をつむっても、焼きついた画像が僕の頭を支配した。僕たちは、医師や看護師、職員の人たちが足早に行き交う通路のベンチに座っていた。
一時間位経っただろうか。手術室の扉が開いて、医師が出てきた。誰かと話をして、視線を僕たちに向けながら、近づいてきた。
「ご家族の方ですか……」
医師の顔の表情を見て、どういうことなのか理解した。続く言葉は覚えていない。現実をどのように受け止めたらいいのか、その態勢は整えていなかった。いや、できなかったのだ。涙が出ないほど、感情というものが僕の中からすべて抜けていた。心が現実の世界にいなかった。僕の横にいる姉は震えていた。
加害者のほとんどは罪を償うために施設に入る。そこで、更生のためのプログラムが組まれ、監視のもとプログラムのメニューが消化されていく。でも、凶悪犯でない限り、数年で終了してしまう。ましてや、施設内での態度が模範的と判断されればさらにその期間は短縮されてしまう。
法律がそうなっていれば、従うしかない。加害者にとっては。でも、被害者にとっては割りきれない。事故や犯罪によって、被害に遭った者の家族などへの支援が十分でないような気がする。犯罪被害者を保護するための法律が施行されていると聞いたけれど、それでも、刑事裁判手続きで加害者の権利が手厚く保障されているように感じる。それに較べると、被害者の権利の保護はバランス的に十分でないと思う。事故や犯罪被害者に対するアフターケアの課題は残されている。法律にそこまで求めるのは無理なのだろうか。現実を直視できない僕の時間は過ぎていった。
いつしか、人と会うのが嫌になった。
時は過ぎた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
RoomNunmber「000」
誠奈
ミステリー
ある日突然届いた一通のメール。
そこには、報酬を与える代わりに、ある人物を誘拐するよう書かれていて……
丁度金に困っていた翔真は、訝しみつつも依頼を受け入れ、幼馴染の智樹を誘い、実行に移す……が、そこである事件に巻き込まれてしまう。
二人は密室となった部屋から出ることは出来るのだろうか?
※この作品は、以前別サイトにて公開していた物を、作者名及び、登場人物の名称等加筆修正を加えた上で公開しております。
※BL要素かなり薄いですが、匂わせ程度にはありますのでご注意を。
ダブルネーム
しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する!
四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
十字館の犠牲
八木山
ミステリー
大学生の主人公は、気付いたら見知らぬ白い部屋で目を覚ます。
死体と容疑者に事欠かない、十字の建物。
主人公は脱出し、元の生活に戻れるのか。
キャラの立ち絵は五百式立ち絵メーカー、それ以外の画像はすべてDALL-Eを使っています。
■登場人物
全員が窓のない建物に閉じ込められている。
日向向日葵(ひゅうがひまわり) 20歳。配信者。
仰木扇(おおぎおうぎ) 20歳。大学生。
黒須十(くろすつなし) 20歳。大学生。
猫原にゃんこ(ねこはら) 20歳。警察官。部屋で死亡していた。
ザイニンタチノマツロ
板倉恭司
ミステリー
前科者、覚醒剤中毒者、路上格闘家、謎の窓際サラリーマン……社会の底辺にて蠢く四人の人生が、ある連続殺人事件をきっかけに交錯し、変化していくノワール群像劇です。犯罪に関する描写が多々ありますが、犯罪行為を推奨しているわけではありません。また、時代設定は西暦二〇〇〇年代です。
ロンダリングプリンセス―事故物件住みます令嬢―
鬼霧宗作
ミステリー
窓辺野コトリは、窓辺野不動産の社長令嬢である。誰もが羨む悠々自適な生活を送っていた彼女には、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ、人がドン引きしてしまうような趣味があった。
事故物件に異常なほどの執着――いや、愛着をみせること。むしろ、性的興奮さえ抱いているのかもしれない。
不動産会社の令嬢という立場を利用して、事故物件を転々とする彼女は、いつしか【ロンダリングプリンセス】と呼ばれるようになり――。
これは、事故物件を心から愛する、ちょっとだけ趣味の歪んだ御令嬢と、それを取り巻く個性豊かな面々の物語。
※本作品は他作品【猫屋敷古物商店の事件台帳】の精神的続編となります。本作から読んでいただいても問題ありませんが、前作からお読みいただくとなおお楽しみいただけるかと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる