アクトレスの残痕

ぬくまろ

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プロローグ

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 僕は普通の家庭に生まれた。
 普通と言っても、何が普通なのかはよくわからない。テレビや雑誌で扱っている家族像の平均値みたいなもの。そんな感じでとらえている。家族は両親と姉だ。
 小学校のときから私立に入っていたので、家の近くに幼なじみとかは少ない。幼稚園のときの友だちは何人かいたけれど、僕が私立小学校に行くようになると、時間が経つにつれて疎遠になってしまった。小学校では、それなりの友だちができた。でも、学校の中でしか遊べない。みんなそれぞれ電車通学していたから、お約束して、お互いの家を行き来することは、小学生にはできなかった。校門を出るとバイバイ。そんなものだと思っていた。
 小学校の卒業アルバムがある。懐かしい顔が並んでいる。よく遊んだ子。ケンカをした子。あまり話さなかったけれど、悪い感じのしない子。同じ教室で机を並べたり、同じ校舎で走り回ったりした数年間は忘れられない思い出だ。規律があり集団で始めて学ぶ小学生時代は、新しい世界に踏み入れた衝撃的な時間が流れたような感覚があった。初めてのことには感動してしまう。そういう意味では、僕は他人よりも感受性が強いのかもしれない。思い出にも浸るほうだから、そうかもしれない。
 僕の名前は、藤堂(とうどう)剛(たけし)。二十一歳の大学生であった。千葉県在住、両親のもとから、東京の大学に通っていた。通っていた……そう、しばらく通っていた。過去形なのは、状況が変わってしまったということ。今、両親はいない。僕の世界にいない。交通事故で僕の前からいなくなってしまったのだ。
 ある早春の日、父の運転する車に母が乗って、親戚宅に向かう途中、高速道路で事故に遭遇したのだ。その日は、午前中は晴れときどき曇り、気温は低かったけれど、天気予報でも天気は崩れることはないとのことだった。父と母は、千葉の自宅を出て、長野県の親戚宅に向けて、車を走らせていた。千葉から東京へ入り、埼玉から長野方面へつながる道路上でその事故は起こった。
 中央分離帯がはっきりしない片側一車線。当時小雨が降っており、目的地に向かうにつれて、気温が変化し、さらさらと小雪に変わっていたとのこと。曇り空のグレーの色がさらに深まり、普段から安全運転の父は、さらに運転に気をつかったと思う。警察の話だと、事故当日の昼過ぎから降っていた雪のため、路面が滑りやすくなっていたとのこと。父と母の乗った車が直進しているとき、対向車線から一台の車が走ってきた。その車の運転者がラジオかCDプレーヤーの操作に気を取られて、ハンドル操作を誤って、センターラインをオーバー。次の瞬間、父と母の乗った車と衝突。ほとんど正面衝突に近かったらしい。父と母の車は大破。相手は大きめの乗用車だったせいか、ボンネット部分がクラッシュした程度ですんだそうだ。
 その日の朝、父と母を送り出した僕に連絡があったのは夕方。僕は気軽に電話に出た。警察からだった。
「ご両親が事故に遭いました」
 その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。向こうは何か言っている。けど、その後の言葉は聞き取れない。どのくらいの時間が経ったのかわからない。病院名を何度も告げられて、我に返るまで、時間はどのくらいだったのか。病院名をメモして、受話器を置いた。そうしたら、からだが震え出した。十分な暖房の中にいても、からだ全体が寒さに襲われ、震えが止まらなくなった。
「なんで、なんで……」
 部屋の中で何度も声を出していた。
 姉に連絡をして、一緒に病院にかけつけたとき、父と母は手術室にいた。手術中を示す文字が僕の目に強く焼きついた。目をつむっても、焼きついた画像が僕の頭を支配した。僕たちは、医師や看護師、職員の人たちが足早に行き交う通路のベンチに座っていた。 
 一時間位経っただろうか。手術室の扉が開いて、医師が出てきた。誰かと話をして、視線を僕たちに向けながら、近づいてきた。
「ご家族の方ですか……」
 医師の顔の表情を見て、どういうことなのか理解した。続く言葉は覚えていない。現実をどのように受け止めたらいいのか、その態勢は整えていなかった。いや、できなかったのだ。涙が出ないほど、感情というものが僕の中からすべて抜けていた。心が現実の世界にいなかった。僕の横にいる姉は震えていた。

 加害者のほとんどは罪を償うために施設に入る。そこで、更生のためのプログラムが組まれ、監視のもとプログラムのメニューが消化されていく。でも、凶悪犯でない限り、数年で終了してしまう。ましてや、施設内での態度が模範的と判断されればさらにその期間は短縮されてしまう。
 法律がそうなっていれば、従うしかない。加害者にとっては。でも、被害者にとっては割りきれない。事故や犯罪によって、被害に遭った者の家族などへの支援が十分でないような気がする。犯罪被害者を保護するための法律が施行されていると聞いたけれど、それでも、刑事裁判手続きで加害者の権利が手厚く保障されているように感じる。それに較べると、被害者の権利の保護はバランス的に十分でないと思う。事故や犯罪被害者に対するアフターケアの課題は残されている。法律にそこまで求めるのは無理なのだろうか。現実を直視できない僕の時間は過ぎていった。
 いつしか、人と会うのが嫌になった。
 時は過ぎた。
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