血塗れダンジョン攻略

甘党羊

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覚醒

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 餌となってしまい脱出が叶わなかった匠が最初に行った事は、火耐性のあるローブや失っても構わない衣類で魔法袋を包む事だった。
 これは火耐性がある品物ならば消化液にも多少は耐性があるのではないかという謎理論から行った行為である。冷静に考えていれば思い至ったであろうソレにも気付けないほど焦っていたのだ。道を普通に歩いていたら何故か食われていたのだからパニックになっても仕方ないだろう。

 そんな精神状態の中でも魔法袋をいの一番に守ろうと行動したのは、匠が今一番大切にしているモノであり、常人には理解の及ばないファンタジー物品であろうとも普通に壊れてしまうと知っているから、尚更コレが害される事は許容できない。

 人から相当なレベルで逸脱した生物である匠。
 だがその根幹は生温い日本で育った日本人である。匠のスタイルならば武器になり得るモノだけを所持していれば問題無い所か他のモノはただのお荷物になってしまっており、加えてモンスターや人外しか居ないダンジョンなので衣服の着用は本来不要なのだが......これまで生きていた中で当たり前と思っている衣類の着用に拘ってしまっている。
 それと、これまで生きてきた中での経験から、手元に無く、ただ欲しいと願うだけの物ならば簡単に諦めて現状を受け入れる性格になっているが、理不尽に自分のモノを奪われたり失う事には激しい怒りを覚えてしまうようになっていた。未だ本人は正確に自分のその性格を把握していないが......
 今回の件は匠の不注意で起きた事でもあるが、不幸な事故ではなくただただ綿密に練られた狡猾な罠に嵌められた事で起きたので、絶対に魔法袋を失うわけにはいかない。もし失う事態になれば精神構造が変化し、より一層人を捨てて化け物に近付いていくだろう。

 そんな訳で大事なモノを守る為ならば許容出来る範囲の犠牲は厭わない。モンスターに飲み込まれながらあれこれ対抗策を考えるも良い案は思い付かず。

 最終的に匠が下した判断はこうだ。

 このイライラをぶつけながら嫌がらせが第二。第一は荷物を絶対に守る事。自分の優先度はそれ以下でいいや、どうせ溶かす系には耐性があるし、と。



 ◆◆◆◆◆



「......ムカつく」

 簡単に罠へ掛かった自分に。

「ムカつく、ムカつく......」

 恐ろしく狡猾な罠を仕掛けたモンスターに。

「ムカつく! ムカつくッ!!」

 途中で気付ける位には、ヒントはあった事に。

「あ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁあ゛っ゛!!」

 すんなりと相手の思う通りに事を進めたくない。だから怒りのままに行動を起こした。

「クソがぁっ!!!」

 粘液滴る生臭い食道に火を纏わせた肉食ナイフを力の限り突き刺す。落下の勢いもあり凄い勢いで食道を切り裂いていく。臓腑の内部が震え、進行方向から生温い空気が飛んできて不安定な身体を煽られるも決してナイフから手を離さない。
 声は聞こえないがこれは相当痛かったようだ。きっと外では叫び声が上がっているのだろう。

 ナイフの切れ味が良すぎるのかモンスターが脆いのか、それ以降も身体は止まることなくモンスターの体内を切り裂きながら進んでいく。纏った炎が傷口を焼いて血止めをしてしまっていたので刃の火は途中で消した。

「このまま無抵抗で胃に行くのも、癪だ......」

 もっと苦しみを味あわせてやりたい。クソムカつく気持ち悪いモンスターに。
 その為に俺ははどうすればいいか......さぁ、考えろ。生まれてきた事を後悔するような、俺の手札の中で最上級に苦しめられる......そんな殺意マシマシな嫌がらせを!!

「......武器はまぁ......この中では使い難い長物と、巨体相手にダメージの期待できない小物......」

 もし使うならば、現在使用中の肉食ナイフと棘くらいだろうか。......あぁ、これもあったなぁ。この寸鉄、買ったはいいものの全然使い所が無い......まぁこれはダンジョンが終わった後に出番があるんだろう。今はそう、思っておく。

 こう改めて考えてみると俺の手持ちの札、かなり少ないよなぁ......

「ダメだ、全っ然思い付かない。ならもういっその事シンプルに行こう」

 考える事を止めた俺はナイフから手を離してそのまま胃まで落ちていく事を選択した。ただ、ちゃんと嫌がらせはしていく。

 手を離す前にナイフに「そのまま肉をたらふく喰らえ」と命じてから手放した。ただそれだけだ。
 もしこの策が失敗に終わった場合は肉食ナイフを喪ってしまうが、アレはきっと俺の望むような良い成果を上げてくれる気がしている。

「ヒヒヒッ、俺の置き土産......気に入るかな?」

 ズルズルと胃へと押し流されながら冥く嗤う。
 なにはともあれ、俺は後どれくらいの時間この不快な感触を我慢しなければいけないのだろうか......



 ◆◆◆◆◆



 ナイフは考える―――

 現持ち主の下した命を効率よく完遂する為にはどうするのが最適であるか、を。

 喰らい殺すのが最上級の結果だと理解しているが、己は分類がナイフなだけあって小さい。小さい故に普通に喰らうだけしかしないのならば時間は幾らあっても足りない。
 このままだと刺さっている箇所の肉だけ消費されて何れは抜けて落ちる事になる。

 現持ち主の事は気に入っている。

 メインとして使用される事が無いのだけが不満だが、短時間でこれまでより一つ格が上がり、喰うには全く困らず日々血肉に塗れている。
 このままだと近いうちにまた格が上がるであろう。長い長い時を経て何度も持ち主が変わっているが、これほどまでにナイフ自身と相性の良い持ち主は、この先二度と現れないだろう。

 故に、あの憎き鈍器金砕棒に勝るとも劣らないという事を今ここで確りと証明しないといけない。忌々しい事にあの鈍器金砕棒めは、いつの間にか武器としての格が己とほぼ同格にまで成長していたのだ。
 長い事武器として在る己には、到底許容できることではない。アレはまだ童のような時間しか経ていないというのに......ッ!! それにッ!! 持ち主は何故新たに刺突武器を手に入れたのだ!! ますます使われなくなるではないか!!

 ハッキリとした自我、若輩モノに追い抜かれそうな焦り、業物としてのプライド、持ち主に下された命令を完遂したい気持ちが綯い交ぜになり、ナイフは不思議な精神状態になっていた。

 ―――ナイフは更に考える......モンスターの肉を喰らいながら。

 何故喰うのか。そこに肉があるから。
 先程からずっとシリアスっぽい雰囲気を醸し出してはいるが、それはそれこれはこれ。所詮道具に自我が生えちゃった存在。
 自我よりも前からあった本能が何よりも肉を求める。そこに肉があれば喰らう。強くなりたければ肉を喰らえ。肉を喰え、肉を。

 喰いながら考える。

 どうすればいい、どうすればもっと肉を喰えるか。


 自分が刺さっている箇所は避け、慎重に、抜け落ちないように、吸うようにして遠い箇所を喰らっていく。



 吸って、吸って、吸って......

 ただそうして吸っているとやはり早々に限界が訪れる。1ℓのパックのお茶をジ〇アのストローで吸うような物であるから。

 拙い―――

 早く何とかしないと、本能に負けて周囲を食べてしまう。

 死ぬ気で絞りだせ、知恵を!!

 肉食ナイフ史上、最高に知能を振り絞る時間がやってきた。
 色々と危機感を感じているナイフは瞬く間にゾーンに入り、一秒が何分にも感じるような引き延ばされた時間で必死に考え、考え、考えた。

 人ならば知恵熱が出ている。それくらい脳的なナニかを働かせた。

 すると、どうであろうか。

 ナイフは刀身の一部に熱を感じた。

 集中していないとわからない程には小さく、平熱と微熱の狭間のようなほんの少しの違和感。
 だが......その違和感に気付いたら、やけにその違和感が気になって仕方がない。何だコレは?

 どうにかしようと意識を全て違和感へ傾けたその時、不意に声が聞こえた。

『条件が満たされた為、肉食ナイフはインテリジェンスウェポン カースドナイフとして進化します』

『種類を選んでください
 ・テンタクルス
 ・Typeマチェット
 ・ブラッドサッカー』

 進化出来るのはわかった。けど他は何もわからない。
 本当にちょっと自我があるだけのただの武器に何を言っているんだろう。

 ......何となくだけど、浮かんでくるこの三つの中から選べって事なのだろう。なら考えるまでもない、一番最初に出てきたのでいい。



 選択肢から一つを選んだら違和感を感じていた部分が明確に熱くなった。そして、理解した。

 確かに己は進化した。新しく得た力は......なるほど。
 この現状をどうにかするのに最適なモノをちゃんと選べていたようでホッとした。

 じゃあやろうか。これが終わったら持ち主は進化した己を使ってくれるかな?
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