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9話
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すっかり日が沈んだ平日の夜。
さっきまで降っていた雨はいつの間にか上がり、雨でぬれたアスファルトの匂いが夜を包み込む。
「あの。これ、僕の服。脱衣所に置いておくから」
「あ、うん。ありがとう」
颯はシャワーを浴びている寛子に着替えを用意した。
あの後、二人は雨でずぶ濡れになったこともあり、颯の家に来ていた。
シャワーを浴び終えて、身体を拭き、少し大きめの服に袖を通した。
「お先にシャワー頂きました」
「いいえ。狭くてごめんね。あったまった?」
小さく頷く寛子。
二人の間に今までとは違う種類の沈黙が流れた。
「じ、じゃあシャワー浴びてくるね」
そういうと颯はお風呂場に消えていった。
一人暮らしの男の部屋。少し湿った空気。シンとした部屋に響くシャワーの音。
寛子にとってその空間は何もかもが初めてだった。
濡れた髪のまま部屋を見渡す。
全ての物が整理整頓されている。この部屋を見るだけで彼がどんな人なのかを物語っている。
ふと右を見ると、襖で仕切られている部屋を見つけた。
ゆっくりと襖を開けるとそこは彼の作業部屋だった。床は汚れないよう新聞紙が敷き詰められていて、沢山の彼の絵が壁に立てかけられていた。
「綺麗…」
そこにはいつも見てきた絵とは違った綺麗に彩られている絵があった。
「あ、ここにいたの?」
「あ、ごめん。勝手に」
「いいよ全然。絵見てたの?」
「うん。いつも書いてたのは色とかなかったから、気になって。すごい綺麗な絵ばっかり」
「ありがと、いつも公園で描いていたのは下絵みたいなものだから。いつもこの部屋で絵を完成させるんだ」
「そうなんだ。でも、色とか本物見たほうが描きやすいんじゃないの?」
「まあ、そうなんだけど、ただ描くのだと写すだけの作品になっちゃうから、色とかはその時自分が見たり感じたりしたものを記憶から引っ張り出して色をつけるんだ。なんて、一人前の画家みたいなこと言っちゃって」
無邪気に嬉しそうに笑う彼。その顔はどこか幼く、どこか大人っぽかった。
「あ、これ紅茶。冷えただろうからこれ飲んであったまって」
「うん。ありがとう」
程よい甘さの紅茶は心を落ち着かせてくれる。
「服洗って今干してるけど、まだ乾きそうにないけど、今日はどうする?親御さんに連絡してお迎え来てもらう?」
「いや、颯君がよかったら今日泊めてくれないかな。ちょっと家に帰りたくなくて」
「別にいいけど。親御さん心配したりしない?」
「うん大丈夫。今日友達と会うって言ってあったし。それに、私のことさほど興味ないと思うし」
「そっか。わかった。じゃあ布団出すね」
あっという間に夜は深まり、二人は布団に入っていた。
夜に静けさに重なるかのように二人の間にも沈黙が流れていた。
「ねえ、まだ起きてる?」
颯は背中合わせのまま寛子に話しかけた。
「うん」
「もし、寛子さんがよかったら何があったのか話してくれないかな。もし、嫌じゃなければだけど…」
少し黙り込んで、気持ちを整理した。そして寛子は静かに話し始めた。父のこと。先週のこと。すべて偽りなく話した。
颯は寛子の話をゆっくりと自分の中に落としていった。
「話してくれてありがとう。全部、理解したつもり… いや、多分全部は理解できてないな。寛子さんには僕なんかじゃ理解できない苦しみが沢山あるはずだから。その溝はどうしても埋まらないのかもしれない」
少し間をおいて寛子が口を開いた。
「それでも、私が今日会いに来たのはそれらすべてを差し置いても、あなたと一緒にいたいと思ったから。颯君が好きだから」
甘酸っぱい雰囲気が部屋を漂う。
「なら、僕たちは両想い…なんだね」
二人は寝返りを打ち向かい合った。そして、言葉もなく二度目の口づけをした。
少し息が荒く、真っ暗の中でもお互い顔が赤いのが分かった。
「顔赤いよ?」
「うるさい。そっちだって」
小さな笑いが二人を包んだ。
この時間は二人の人生の中で一番幸せな時間だった。
さっきまで降っていた雨はいつの間にか上がり、雨でぬれたアスファルトの匂いが夜を包み込む。
「あの。これ、僕の服。脱衣所に置いておくから」
「あ、うん。ありがとう」
颯はシャワーを浴びている寛子に着替えを用意した。
あの後、二人は雨でずぶ濡れになったこともあり、颯の家に来ていた。
シャワーを浴び終えて、身体を拭き、少し大きめの服に袖を通した。
「お先にシャワー頂きました」
「いいえ。狭くてごめんね。あったまった?」
小さく頷く寛子。
二人の間に今までとは違う種類の沈黙が流れた。
「じ、じゃあシャワー浴びてくるね」
そういうと颯はお風呂場に消えていった。
一人暮らしの男の部屋。少し湿った空気。シンとした部屋に響くシャワーの音。
寛子にとってその空間は何もかもが初めてだった。
濡れた髪のまま部屋を見渡す。
全ての物が整理整頓されている。この部屋を見るだけで彼がどんな人なのかを物語っている。
ふと右を見ると、襖で仕切られている部屋を見つけた。
ゆっくりと襖を開けるとそこは彼の作業部屋だった。床は汚れないよう新聞紙が敷き詰められていて、沢山の彼の絵が壁に立てかけられていた。
「綺麗…」
そこにはいつも見てきた絵とは違った綺麗に彩られている絵があった。
「あ、ここにいたの?」
「あ、ごめん。勝手に」
「いいよ全然。絵見てたの?」
「うん。いつも書いてたのは色とかなかったから、気になって。すごい綺麗な絵ばっかり」
「ありがと、いつも公園で描いていたのは下絵みたいなものだから。いつもこの部屋で絵を完成させるんだ」
「そうなんだ。でも、色とか本物見たほうが描きやすいんじゃないの?」
「まあ、そうなんだけど、ただ描くのだと写すだけの作品になっちゃうから、色とかはその時自分が見たり感じたりしたものを記憶から引っ張り出して色をつけるんだ。なんて、一人前の画家みたいなこと言っちゃって」
無邪気に嬉しそうに笑う彼。その顔はどこか幼く、どこか大人っぽかった。
「あ、これ紅茶。冷えただろうからこれ飲んであったまって」
「うん。ありがとう」
程よい甘さの紅茶は心を落ち着かせてくれる。
「服洗って今干してるけど、まだ乾きそうにないけど、今日はどうする?親御さんに連絡してお迎え来てもらう?」
「いや、颯君がよかったら今日泊めてくれないかな。ちょっと家に帰りたくなくて」
「別にいいけど。親御さん心配したりしない?」
「うん大丈夫。今日友達と会うって言ってあったし。それに、私のことさほど興味ないと思うし」
「そっか。わかった。じゃあ布団出すね」
あっという間に夜は深まり、二人は布団に入っていた。
夜に静けさに重なるかのように二人の間にも沈黙が流れていた。
「ねえ、まだ起きてる?」
颯は背中合わせのまま寛子に話しかけた。
「うん」
「もし、寛子さんがよかったら何があったのか話してくれないかな。もし、嫌じゃなければだけど…」
少し黙り込んで、気持ちを整理した。そして寛子は静かに話し始めた。父のこと。先週のこと。すべて偽りなく話した。
颯は寛子の話をゆっくりと自分の中に落としていった。
「話してくれてありがとう。全部、理解したつもり… いや、多分全部は理解できてないな。寛子さんには僕なんかじゃ理解できない苦しみが沢山あるはずだから。その溝はどうしても埋まらないのかもしれない」
少し間をおいて寛子が口を開いた。
「それでも、私が今日会いに来たのはそれらすべてを差し置いても、あなたと一緒にいたいと思ったから。颯君が好きだから」
甘酸っぱい雰囲気が部屋を漂う。
「なら、僕たちは両想い…なんだね」
二人は寝返りを打ち向かい合った。そして、言葉もなく二度目の口づけをした。
少し息が荒く、真っ暗の中でもお互い顔が赤いのが分かった。
「顔赤いよ?」
「うるさい。そっちだって」
小さな笑いが二人を包んだ。
この時間は二人の人生の中で一番幸せな時間だった。
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