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第61話 俳句(3)

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 夜、情報共有のために涼夏に電話をする。今日の学びとして、作った句を披露すると、涼夏がおおと唸った。
『思ったよりレベルが高いな。「春の空明日は元気な月曜日」とか、そういうレベルじゃダメだな』
 一応涼夏も考えてはいたようだが、残念ながら上五を読んだだけで落選しそうな句だ。しかし、落選しそうなのは私たちも同じである。それぞれの感性を大事にしつつ、互いに添削し合って完成度を高めたい。
「一覧から何か季語を選んで。季語が導いてくれる」
 私たちが使っていたサイトを教えながらそう言うと、涼夏が「導かれるのか」と笑った。
『食べ物がいいな。帆立貝とか5文字で使いやすそう』
「じゃあ、帆立貝で一句詠んで」
『中七で使いたい。港の灯帆立貝の爆ぜる音よ』
 春の空よりは格段に俳句らしくなった。これが季語の力だろうか。
 ちなみに意味を聞いたら、漁から戻った男たちが、港で帆立貝を焼きながら一杯引っ掛けている光景を詠んだらしい。
「えっと、すごくいいけど、兼題写真はどうなったの?」
『忘れてた。いや、練習。ルリビタキとか、響きが綺麗だな』
 何かもわからなかったが、入力したら瑠璃鶲で変換できた。スズメサイズの青い綺麗な鳥のようだ。
 涼夏が瑠璃鶲で詠むというので、先に擬人化だけはするなと釘を刺した。
『足を止め見上げた空に瑠璃鶲』
「足を止めて見上げたら空に瑠璃鶲がいましたっていうだけの句だね」
 冷静にそう指摘すると、涼夏が悲しそうに言った。
『厳しい。ショックで寝込む』
「足を止めた理由を入れたら?」
『悲しくて見上げた空に瑠璃鶲』
 涼夏がすぐさま修正してそう詠んだ。先程より幾分ましになったが、まだ状況を説明しただけだ。
「空に瑠璃鶲がいたら、見上げてるのは説明しなくてもわかる。あと、この句が瑠璃鶲じゃなきゃいけない理由は?」
『瑠璃鶲じゃなくてもいいけど、綺麗な鳥だし、未来に向かっていく感じがあるじゃん?』
「つまり、羽ばたきの先」
 なるほど、今日はそこに行き着くようだ。
 色々指摘していたら、最終的に『瑠璃鶲が一羽悲しみを乗せて』という句にまとまった。ここに来るのに1時間。しかし、涼夏も何か掴んだらしい。
『やりたいことは理解した。絢音と千紗都には悪いけど、ポスターは私になりそうだ』
 自信たっぷりにそう言って電話を切る。10点が20点になっただけで飛び上がって喜びそうな涼夏が可愛い。
 さて、私も何か考えるとしよう。お遊びはこれまでだ。
 いや、ずっとお遊びだけど。

 俳句部というものはユナ高にはないが、ひたすら俳句を作り続ける部活も世の中には存在するらしい。今回の募集がなければきっと知らないままだった世界の一つだ。
 彼らは一日に何十という句を作るそうで、私もとりあえず兼題から句を量産しようかと思ったが、応募できるのは一人一句である。渾身の一作に集中した方が良さそうだ。
 とにかくまずは季語である。適当に選んでいた時は簡単だったが、いざ一覧から選ぼうとすると難しい。『春光』とか『風光る』などを選ぼうものなら、それこそ上五で落とされる句になるだろう。
 いっそ『松明あかし』の方が簡単なのではないかと思ったが、具体的な分、汎用性が低い。『松明あかし』を選んで松明あかしの句を詠むのは簡単に決まっている。
「春深しそろそろ友達出来たかな?」
 入学して桜も遠くなった頃、学校には慣れたかと気遣う一句である。夜も遅くなってきたので、叩き台としてこの句を引っ提げて登校すると、涼夏に白い目で見られた。
「私の元気な月曜日と同じレベルに思えるけど」
「これを素晴らしい句に変えるのが帰宅部の活動だから」
 平然とそう訴えたが、涼夏は無理だと言わんばかりに首を横に振った。
 絢音が苦笑しながら口を開いた。
「昨日、俳句甲子園の動画を見た」
 俳句甲子園とは主に俳句部の高校生たちが目指す大会で、私も俳句部について調べている最中に存在を知った。動画も見てみたが、結構きつい口調で相手の句を批判し合っていて、私には合わなかった。ディベートというが、肯定的な意見が言われることは少ない。勝負事なので仕方ないが。
「今日はビシビシ二人の句にダメ出ししようと思って来たのに、まさか千紗都がそれ以前のレベルの句を持って来るなんて……」
 絢音が悲しそうに瞳を伏せる。私は心外だと首を振った。
「ひどくない?」
「ひどいのは千紗都の句だと冬景色」
 突然の冬景色に、涼夏が笑い声を立てる。もちろん、自分もいい句だとは思っていないので仕方ない。
 涼夏はどうだと聞くと、自信たっぷりにこう詠んだ。
「通学路見る顔すべて新しき。季語は『通学路』」
「どう考えても季語じゃないし。涼夏、瑠璃鶲から何を得たの?」
「兼題写真があると逆に難しいな」
 その発言には一定の理解を示すが、それを何とかするのが今回の活動だ。最後に絢音の句を披露してもらうと、絢音はまだ思案中だと断った上で自らの句を発表した。
「友達は三人きりの青嵐」
「暗いから!」
 涼夏がかなり美しいツッコミを入れて、私は思わず拍手した。兼題写真の生徒が憂鬱そうにしていたらまだわかるが、いずれにせよ学校の魅力が何一つ伝わらない句である。
「ささくれてゴールは遠き冬銀河」
 涼夏がしっとりとそう詠むと、丁度チャイムが鳴った。3人とも句がひどすぎてゴールが途方もなく遠いが、ここから巻き返していくとしよう。
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