上 下
260 / 300

第55話 誕生日2 5(1)

しおりを挟む
 宅配ピザはMサイズ3枚とLサイズ2枚のどちらがいいか、検討を重ねた結果、Mサイズ3枚になった。お得なキャンペーンもやっていたので、その範囲で注文する。値段は気にしなくていいと言われているとはいえ、特にこだわりはないし、安く済むに越したことはない。
 百均で買った、ピザのピースを集めて並べるゲームをやりながらピザを待ち、到着するや否や開封して、冷蔵庫で冷やしたコーラをグラスに注いだ。
 足りなければケーキの残りもあると、涼夏が冷蔵庫を指差しながら笑ったが、サイドメニューも頼んだし、足りないということはないだろう。ケーキを食べてからそれほど時間も経っていないし、動いてもいない。
 奈都だけ一人、「お腹空いた!」と歓喜の声を上げたので、代謝が違うのだろう。運動部だし、私より基礎代謝が100キロカロリー以上多そうだ。
「それで、どうした? 今日は千紗都と絢音の誕生日会という、実にハッピーなお祝いの席であることをくれぐれも理解した上で喋ってくれ」
 涼夏がわざとらしく手を広げると、妹氏はピザを頬張りながら「喋りにくいなぁ」とぼやいた。
「今、彼氏がいて付き合ってるんだけど、付き合ってまだひと月でキスされた」
「それはおめでとう。お姉ちゃんはファーストキスは高1だったから、随分早いな。マセ妹め」
 涼夏がグラスを置いて小さく拍手した。まったくおめでたいと思ってなさそうな口調だ。絢音が「ファーストキスだったの?」と聞くと、妹氏は首を振って否定した。
「それはもっと前」
「マセ妹め」
 さっきより幾分本気の声で涼夏が言った。羨ましいと言うよりは、親心的な心配だろう。
「お姉ちゃんこそ、男に全然興味なさそうなのに、キスとかするんだ」
「恋愛イコール男と女だと思っている内はまだまだだな。それで、それは妹にとってそんなにハッピーなことじゃなかったと解釈すればいい?」
「なんか、喋り方がキモいんだけど」
 妹氏が半眼になりながら、「まあそう」と頷いた。友達がいると反応が変わるのは、私も親がいる時に奈都が遊びに来ると、変に意識してしまうからわかる。
「軽い女になる気はないけど、そういうふうに見られてるんじゃないかってモヤった」
「そうか。お姉ちゃんには、秋歩はとても軽い女に見えるぞ?」
 真顔でそう言いながら、涼夏がピザにかじりついた。随分素っ気ない言い方なので、また戦争が起きるのではないかと心配したが、妹氏はさらっと流して私たちを見回した。
 発言を求められた気がしたので、何か言おうと思ったら、先に奈都が口を開いた。
「望んだキスとは違ったってこと? 無理矢理されたなら、その男はホームから突き落とした方がいいと思う」
「身内から犯罪者が出るのは勘弁してくれ」
 涼夏がそっと首を振る。妹氏は「無理矢理ではないけど」と前置きしてから、自分でもわからないとため息をついた。
「なんか違うんだよね」
「唇から愛を感じなかったんだね」
 絢音がわかるわかると頷いた。さすが帰宅部一のわかり手だ。
「男は80%が性欲で出来てるから、妥協が必要だな」
 涼夏が顔も上げずにそう言ってから、「私は100%、愛で出来ている」と胸に手を当ててうっとりと微笑んだ。割とそうではないという前提があってこその冗談だろう。
「お姉ちゃんは男に対して辛辣すぎ」
「秋歩はどうして彼氏が欲しいのか、一度しっかり考えた方がいい。周りがみんな彼氏持ちだからとか、逆に彼氏がいないからとか、そういう理由はとてもくだらないことだ」
 涼夏が正論を吐く。私から見ても彼氏をステータスに感じている妹氏には耳が痛い話だろう。
 妹氏はムッとした顔で唇を尖らせた。
「友達と話合わせるの、大事じゃん? みんな彼氏とか恋愛の話ばっかりだし」
「女子はみんな恋バナ好きだよね。バトン部も割とそう」
 奈都が妹氏を援護するようにそう言ったが、涼夏があっさりと自分側に取り込んだ。
「バトン部がみんなそうでも、ナッちゃんは違うでしょ。合わせるのと染まるのは違う」
「お姉ちゃんは友達に恵まれたからそう言えるんだよ。私も別に、暇だから恋愛してるわけじゃないし」
 恋愛感情は自然と湧いてくるものらしいから、その感情をセーブするのは難しいだろう。私にはまったくわからないが。
「恋愛は人生を豊かにするね。両想いなら」
 絢音がにこにこしながらそう言って、憧れるように指先を合わせた。涼夏も絢音も奈都も、別に恋愛が嫌いな人間ではない。単にその感情が、何故か私の方を向いているだけだ。私の方でも3人のことは大好きなので、ちゃんと気持ちに応えられていたらと思うが、こればかりは永遠に自信がない。私には感情の区別は難しい。
「絢音さんは、ファーストキスはどんなだった?」
 当然済ませている前提で、妹氏が身を乗り出した。まあ、恋愛は人生を豊かにするとか言っておいて、恋愛経験がなかったら説得力がない。
「どんなだっけ?」
 絢音が可愛らしく首を傾げて私を見る。これがキラーパスというやつか。もちろん私は覚えているし、絢音も忘れてはいないだろう。
「夕日に赤く染まる校舎裏だった。グラウンドからは運動部の声がして、人が来ないかドキドキしながらキスをした」
 テキトーにそう言うと、絢音が「私の記憶と違うなぁ」と不思議そうに呟いた。妹氏が呆れたように言った。
「千紗都さんのファーストキスはそういうのだったんだね?」
「今のは絢音のファーストキスの話をしただけ。私は夕日に赤く染まる帰り道だった。家路を急ぐサラリーマンの波に逆らうように、歩道の真ん中でキスをした」
「すっごい迷惑だな」
 涼夏が呆れたように首を振った。仕草が妹氏と似ている。さすが姉妹だ。
「千紗都さん、夕日大好きだね。お姉ちゃんは?」
「家路を急ぐサラリーマンの波に逆らうように、歩道の真ん中でキスをしたらしいぞ?」
 涼夏が半笑いでそう言うと、妹氏はしばらく動きを止めてから、怪訝そうに首をひねった。
「お姉ちゃんのファーストキスの相手が千紗都さんってこと?」
「それは界隈では有名な話だ」
「いや、3人くらいしか知らないと思う」
 静かに否定したが、涼夏の言う界隈は、私が思うよりずっと狭い範囲なのかもしれない。
 ようやく絢音が私にパスした意味に気が付いたようで、妹氏が目を丸くした。
「絢音さんのファーストキスの相手も千紗都さんってこと?」
「そうだね」
「私もだよ」
 一応というように、奈都が小さく手を挙げる。驚いたように固まっている妹氏に、涼夏がひらひらと手を振った。
「私たちは愛100%の関係だから気楽にキスとかしてるけど、キミは性欲80%の男たちと、違和感を抱きながら恋愛をしなさい。ちなみにナッちゃんは性欲80%だ」
 涼夏が突然パスを投げて、奈都が「違うから!」と慌てたように首を振った。今のは図星だった人間の反応だ。気を付けよう。
 私がそっと距離を取ると、奈都がムンクのように叫んだ。ムンクは叫んでないけど。
 妹氏が難しそうな顔で唸った。
「お姉ちゃんたち、思ったよりも複雑な人間模様なんだね」
「千紗都が可愛いだけで、別に何も難しくない。要するに、まあキスくらいいいんじゃないかって思うけど、相手が男だとやっぱりダメだな」
 涼夏がそう言いながら、絢音に近付いて肩に手をかけた。そして、何をとち狂ったのか絢音にしばらくキスをして、絢音がうっとりした顔で微笑んだ。
「いや、その人、千紗都さんじゃないし」
 妹氏がドン引きしたようにそう言ってから、「なんか、色々どうでも良くなった」と息を吐いた。
 悩んでいたようなので、それが解消したのなら良かった。私には意味がわからないが、涼夏なりに妹氏を案じてのカミングアウトだったのだろう。
 とりあえずピザを食べよう。この世界は私には難しい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

カリスマレビュワーの俺に逆らうネット小説家は潰しますけど?

きんちゃん
青春
レビュー。ネット小説におけるそれは単なる応援コメントや作品紹介ではない。 優秀なレビュワーは時に作者の創作活動の道標となるのだ。 数々のレビューを送ることでここアルファポリスにてカリスマレビュワーとして名を知られた文野良明。時に厳しく、時に的確なレビューとコメントを送ることで数々のネット小説家に影響を与えてきた。アドバイスを受けた作家の中には書籍化までこぎつけた者もいるほどだ。 だがそんな彼も密かに好意を寄せていた大学の同級生、草田可南子にだけは正直なレビューを送ることが出来なかった。 可南子の親友である赤城瞳、そして良明の過去を知る米倉真智の登場によって、良明のカリスマレビュワーとして築いてきた地位とプライドはガタガタになる!? これを読んでいるあなたが送る応援コメント・レビューなどは、書き手にとって想像以上に大きなものなのかもしれません。

私がガチなのは内緒である

ありきた
青春
愛の強さなら誰にも負けない桜野真菜と、明るく陽気な此木萌恵。寝食を共にする幼なじみの2人による、日常系百合ラブコメです。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

俺の家には学校一の美少女がいる!

ながしょー
青春
※少しですが改稿したものを新しく公開しました。主人公の名前や所々変えています。今後たぶん話が変わっていきます。 今年、入学したばかりの4月。 両親は海外出張のため何年か家を空けることになった。 そのさい、親父からは「同僚にも同い年の女の子がいて、家で一人で留守番させるのは危ないから」ということで一人の女の子と一緒に住むことになった。 その美少女は学校一のモテる女の子。 この先、どうなってしまうのか!?

家政婦さんは同級生のメイド女子高生

coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。

処理中です...