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第54話 文化祭2 9
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今年のステージ企画も、無事に屋外で開催された。万が一雨の場合は、体育館で行ったり、中止になったりするらしい。体育館でも別のイベントが進行しているので、調整が難しいのは容易に想像できる。
「年に一度の大イベントだ。1年の中でもトップクラスに晴れて欲しい日だな」
涼夏が薄曇りの空を見上げてそう言うと、少し前に合流した奈都が「体育祭もね」と笑った。すぐさま涼夏が否定する。
「あれは土砂降りで中止になっても構わない。私はあのイベントには青春を感じない」
「去年、なんだかんだ言って楽しそうにやってたじゃん」
私がからかうと、涼夏は当然だと頷いた。
「やると決まったら楽しむ努力をする。だが、やらんに越したことはない」
「殊勝な心がけだね」
ステージの上では、知っている顔の入っているバンドが、けたたましい曲を演奏している。友達ですらない男子だし、友達と会話する方が大事なので離れた場所から眺めながら、奈都に後輩ちゃんのお化け屋敷に行った話をすると、奈都は驚いたようにまばたきした。
「チサ、優しいね。私、全然興味がなかった」
「優しいわけじゃなくて、普通に興味があっただけ。奈都は冷たいね」
「冷たいんじゃなくて、普通に興味がないだけ」
奈都が自分を納得させるようにそう言った。一体何に興味があるのか聞くと、奈都は難しそうに唸った。
「なんだろう。部活の子たちと模擬店頑張ったりとか?」
「その友達と千紗都と、どっちが大事なの?」
涼夏が不思議そうに尋ねる。奈都はもちろん私だと頷いた。相変わらず言動が一致していない。
「じゃあ、もっと私たちと遊んでよ」
「そうなんだけど、部活の子とは今しか居られないっていうか」
「その理屈だと、千紗都や私たちはずっと後回しになるぞ?」
涼夏が若干強めの語気で言った。優先度を見誤るなという忠告であって、特に奈都を責める意図はない。そして私もまったく同感なのだが、ここは中立の立場を取っておいた方がいいだろう。もう1年以上一緒にいるが、奈都と涼夏はまだ本音でぶつかり合える仲ではない。
「奈都は部活に打ち込んでる自分に酔ってるの。私たちより優先してるのは自分のポリシーであって、ぶっちゃけ部活の子たちのことはどうでもいいの。今も卒業したらバイバイの前提で喋ってたし。ねっ、奈都」
私はわかっていると優しい眼差しを向けると、奈都はそれはそれはもう冷たい目で私を見つめた。
「今、フォローしてくれたの?」
「そのつもりだけど」
「すごく遠回しに、自分大好き人間だって言われた気がする」
「遠回しっていうか、ダイレクトにそう言ったんだけど」
私が首を傾げると、涼夏が可笑しそうに声を立てた。
「まあ、ナッちゃんがいいならいいんだけど。私も絢音も、高校時代の文化祭を千紗都と過ごすことに全力を注いでるから、ちょっと不思議なだけ。多様性は否定しない」
「奈都、将来私たちが文化祭の思い出を語ってる時に拗ねないでね? 私は天才だから、ここで思い出を共有しなかったことで、奈都が将来後悔するのが容易に想像できるけど、私たちに奈都を仲間外れにする意図はないから」
大丈夫だよとポンと背中を叩くと、奈都は悲しそうに顔を覆った。
「チサがいじめる」
「いや、全力でフォローしてるじゃん」
「すごい責められた」
「そう感じるのは、どこかに罪悪感があるからじゃない? 部活に全力なのは私たちも同じだし。帰宅部」
何に青春を感じるかは人それぞれだ。私もその多様性は否定しない。ただ、私は奈都が好きなのでもっと遊んで欲しいという、極めて個人的な話をしているだけだ。
2つほどバンドの演奏が終わって、いよいよ絢音たち、Prime Yellowsの出番になった。この人もいまいち何に青春を感じているのかわからないが、このひと月は、私や涼夏よりも今日のための練習を優先していた。私たちもそうして欲しいと伝えはしたが、そのこと自体はそれほど絢音の決定に影響を与えていないだろう。
バンドより帰宅部が優先。しかし、音楽やバンド活動も大好きで、なんだかんだとPrime Yellowsを気に入っている。
ただ、今年は豊山さんが声をかけた竹中君という男の子が加わっている。それを絢音は軽く嫌がっていたが、実際どれくらいのレベルなのかはわからない。
「男子がいるね」
奈都が怪訝そうにそう言った。そう言えば話していなかったかもしれない。
センターボーカルにしてギターも弾く絢音と、ドラムの豊山さん。キーボードの牧島さんと、その友達のギターの戸和さん。そしてベースの竹中君。なんだかんだと、ユナ高生だけで立派なバンドが形成された。
いつも通り、挨拶無しで1曲目を演奏する。私は聴いたことがなかったが、奈都によると比較的最近のアニメのOP曲らしい。爽やかで明るい、悪く言えば無難な曲だ。もしアニメを見ていたら、また感じ方も変わるのだろう。
拍手をもらってから、絢音が元気に挨拶をした。
「こんにちは、Prime Yellowsです! 2年3組でカジノをやってます! ゲームは5つあって、私はクラップスっていうサイコロゲームのディーラーをやってます!」
「いや、なんでいきなり番宣みたいなのが始まってるの? バンドの紹介してよ」
サブボーカルも担当している戸和さんが突っ込みを入れる。二人の関係性を考えると、今のは台本によるものだろう。絢音のテンションからしても白々しい。
「結構色んな曲やってて、前にカフェで客層に合わせた懐メロ特集なんてのもやったけど、今日はアニソン・ボカロ特集でお送りしようと思います!」
底抜けに明るい笑顔でそう言ってから、絢音がマイクをスタンドに戻した。
「相変わらず可愛いな」
涼夏がステージを見つめながら目を細めた。確かに、帰宅部ではなかなかお目にかかれない絢音だ。
絢音は基本的にテンションが高いのだが、普段はあまり主張せずに私たちについてきている。そっちの方が好きというだけで、絢音はやろうと思えばリーダーシップを発揮できる。そして、これまでの傾向から分析すると、涼夏は圧倒的な絢音が好きらしい。
2曲目も知らない曲だったが、奈都曰く、最近話題のボカロ曲とのことだ。よく知っていると感心するが、周囲のノリを見ても、知らない私と涼夏が少数派のようだ。
「事前にセットリスト聞いておいて、曲を予習してた方が楽しめた可能性」
私がそう言うと、涼夏も苦笑しながら頷いた。どんな曲をやるのだろうというワクワク感は、演奏される曲を知っていて初めて成り立つものだ。
それからもう3曲、合計5曲。最後に演奏した超有名タイトル以外わからなかったが、相変わらず絢音は可愛かった。
全曲知っていた奈都が陶然としていたので、とりあえず手を引いて話が出来る場所に移動する。感想をまくし立てるかと思ったが、奈都は何も言わなかった。曲を知らない私たちより、直接絢音に言おうと考えているのかもしれない。
「いつも思うけど、練習に対して本番ってあっという間だよね」
なんとなく切ない感じがしてそう言うと、奈都が何でもそうだと首を傾げた。
「バトンの演技なんて、もっと一瞬だよ?」
「受験とかもそうだな。まあ、受かれば後に続いてくけど」
「そういう意味では、絢音のステージも、ずっと続いてるのかもね」
去年のステージを見て牧島さんが加わり、その友達のサックスの涌田さんと共演したり、色々な場所で演奏している。戸和さんも加わったし、1回のステージはあっという間でも、その一つ一つがPrime Yellowsの礎になっている。
「絢音にはこのバンドを続けて欲しいな」
今年は自分たちのチャンネルも始めたし、音が増えて演奏の響きも素人が聴いてわかるほど良くなった。ベースはわからないが、元々の3人のスキルが高いのも確かだ。
しかし、これもまた、私の希望は絢音の決定にさして影響を与えないだろう。
絢音が帰宅部で私たちと一緒にいるのも、絢音がそうしたいからしているのであって、私たちがそうして欲しいからではない。
もちろんみんなそうなのだが、比較的協調性を重んじる涼夏と比べると、絢音は真っ直ぐだ。奈都も大概自分のしたいことしかしないが、それとはまた違うポリシーを感じる。
「あの男の子とりえりん次第かなぁ」
涼夏が難しい顔で呟いた。
絢音が竹中君か自分かどっちかを選べと言えば、みんな絢音を選ぶだろうが、ギスギス感が出るに決まっているし、絢音もそんな女王様のような振る舞いはしたくないだろう。
しかし、何の選択肢も提示せず、いきなり辞めると言うのもそれはそれで勝手だ。竹中君がそもそも今回1回だけか、彼の加入を絢音がそれほど嫌がらないか、そのどっちかならいい。
それはまた絢音に経過を聞くことにしよう。私に出来ることは、これを他山の石として、帰宅部を絢音にとって居心地の良い場所にし続けることだけだ。
「年に一度の大イベントだ。1年の中でもトップクラスに晴れて欲しい日だな」
涼夏が薄曇りの空を見上げてそう言うと、少し前に合流した奈都が「体育祭もね」と笑った。すぐさま涼夏が否定する。
「あれは土砂降りで中止になっても構わない。私はあのイベントには青春を感じない」
「去年、なんだかんだ言って楽しそうにやってたじゃん」
私がからかうと、涼夏は当然だと頷いた。
「やると決まったら楽しむ努力をする。だが、やらんに越したことはない」
「殊勝な心がけだね」
ステージの上では、知っている顔の入っているバンドが、けたたましい曲を演奏している。友達ですらない男子だし、友達と会話する方が大事なので離れた場所から眺めながら、奈都に後輩ちゃんのお化け屋敷に行った話をすると、奈都は驚いたようにまばたきした。
「チサ、優しいね。私、全然興味がなかった」
「優しいわけじゃなくて、普通に興味があっただけ。奈都は冷たいね」
「冷たいんじゃなくて、普通に興味がないだけ」
奈都が自分を納得させるようにそう言った。一体何に興味があるのか聞くと、奈都は難しそうに唸った。
「なんだろう。部活の子たちと模擬店頑張ったりとか?」
「その友達と千紗都と、どっちが大事なの?」
涼夏が不思議そうに尋ねる。奈都はもちろん私だと頷いた。相変わらず言動が一致していない。
「じゃあ、もっと私たちと遊んでよ」
「そうなんだけど、部活の子とは今しか居られないっていうか」
「その理屈だと、千紗都や私たちはずっと後回しになるぞ?」
涼夏が若干強めの語気で言った。優先度を見誤るなという忠告であって、特に奈都を責める意図はない。そして私もまったく同感なのだが、ここは中立の立場を取っておいた方がいいだろう。もう1年以上一緒にいるが、奈都と涼夏はまだ本音でぶつかり合える仲ではない。
「奈都は部活に打ち込んでる自分に酔ってるの。私たちより優先してるのは自分のポリシーであって、ぶっちゃけ部活の子たちのことはどうでもいいの。今も卒業したらバイバイの前提で喋ってたし。ねっ、奈都」
私はわかっていると優しい眼差しを向けると、奈都はそれはそれはもう冷たい目で私を見つめた。
「今、フォローしてくれたの?」
「そのつもりだけど」
「すごく遠回しに、自分大好き人間だって言われた気がする」
「遠回しっていうか、ダイレクトにそう言ったんだけど」
私が首を傾げると、涼夏が可笑しそうに声を立てた。
「まあ、ナッちゃんがいいならいいんだけど。私も絢音も、高校時代の文化祭を千紗都と過ごすことに全力を注いでるから、ちょっと不思議なだけ。多様性は否定しない」
「奈都、将来私たちが文化祭の思い出を語ってる時に拗ねないでね? 私は天才だから、ここで思い出を共有しなかったことで、奈都が将来後悔するのが容易に想像できるけど、私たちに奈都を仲間外れにする意図はないから」
大丈夫だよとポンと背中を叩くと、奈都は悲しそうに顔を覆った。
「チサがいじめる」
「いや、全力でフォローしてるじゃん」
「すごい責められた」
「そう感じるのは、どこかに罪悪感があるからじゃない? 部活に全力なのは私たちも同じだし。帰宅部」
何に青春を感じるかは人それぞれだ。私もその多様性は否定しない。ただ、私は奈都が好きなのでもっと遊んで欲しいという、極めて個人的な話をしているだけだ。
2つほどバンドの演奏が終わって、いよいよ絢音たち、Prime Yellowsの出番になった。この人もいまいち何に青春を感じているのかわからないが、このひと月は、私や涼夏よりも今日のための練習を優先していた。私たちもそうして欲しいと伝えはしたが、そのこと自体はそれほど絢音の決定に影響を与えていないだろう。
バンドより帰宅部が優先。しかし、音楽やバンド活動も大好きで、なんだかんだとPrime Yellowsを気に入っている。
ただ、今年は豊山さんが声をかけた竹中君という男の子が加わっている。それを絢音は軽く嫌がっていたが、実際どれくらいのレベルなのかはわからない。
「男子がいるね」
奈都が怪訝そうにそう言った。そう言えば話していなかったかもしれない。
センターボーカルにしてギターも弾く絢音と、ドラムの豊山さん。キーボードの牧島さんと、その友達のギターの戸和さん。そしてベースの竹中君。なんだかんだと、ユナ高生だけで立派なバンドが形成された。
いつも通り、挨拶無しで1曲目を演奏する。私は聴いたことがなかったが、奈都によると比較的最近のアニメのOP曲らしい。爽やかで明るい、悪く言えば無難な曲だ。もしアニメを見ていたら、また感じ方も変わるのだろう。
拍手をもらってから、絢音が元気に挨拶をした。
「こんにちは、Prime Yellowsです! 2年3組でカジノをやってます! ゲームは5つあって、私はクラップスっていうサイコロゲームのディーラーをやってます!」
「いや、なんでいきなり番宣みたいなのが始まってるの? バンドの紹介してよ」
サブボーカルも担当している戸和さんが突っ込みを入れる。二人の関係性を考えると、今のは台本によるものだろう。絢音のテンションからしても白々しい。
「結構色んな曲やってて、前にカフェで客層に合わせた懐メロ特集なんてのもやったけど、今日はアニソン・ボカロ特集でお送りしようと思います!」
底抜けに明るい笑顔でそう言ってから、絢音がマイクをスタンドに戻した。
「相変わらず可愛いな」
涼夏がステージを見つめながら目を細めた。確かに、帰宅部ではなかなかお目にかかれない絢音だ。
絢音は基本的にテンションが高いのだが、普段はあまり主張せずに私たちについてきている。そっちの方が好きというだけで、絢音はやろうと思えばリーダーシップを発揮できる。そして、これまでの傾向から分析すると、涼夏は圧倒的な絢音が好きらしい。
2曲目も知らない曲だったが、奈都曰く、最近話題のボカロ曲とのことだ。よく知っていると感心するが、周囲のノリを見ても、知らない私と涼夏が少数派のようだ。
「事前にセットリスト聞いておいて、曲を予習してた方が楽しめた可能性」
私がそう言うと、涼夏も苦笑しながら頷いた。どんな曲をやるのだろうというワクワク感は、演奏される曲を知っていて初めて成り立つものだ。
それからもう3曲、合計5曲。最後に演奏した超有名タイトル以外わからなかったが、相変わらず絢音は可愛かった。
全曲知っていた奈都が陶然としていたので、とりあえず手を引いて話が出来る場所に移動する。感想をまくし立てるかと思ったが、奈都は何も言わなかった。曲を知らない私たちより、直接絢音に言おうと考えているのかもしれない。
「いつも思うけど、練習に対して本番ってあっという間だよね」
なんとなく切ない感じがしてそう言うと、奈都が何でもそうだと首を傾げた。
「バトンの演技なんて、もっと一瞬だよ?」
「受験とかもそうだな。まあ、受かれば後に続いてくけど」
「そういう意味では、絢音のステージも、ずっと続いてるのかもね」
去年のステージを見て牧島さんが加わり、その友達のサックスの涌田さんと共演したり、色々な場所で演奏している。戸和さんも加わったし、1回のステージはあっという間でも、その一つ一つがPrime Yellowsの礎になっている。
「絢音にはこのバンドを続けて欲しいな」
今年は自分たちのチャンネルも始めたし、音が増えて演奏の響きも素人が聴いてわかるほど良くなった。ベースはわからないが、元々の3人のスキルが高いのも確かだ。
しかし、これもまた、私の希望は絢音の決定にさして影響を与えないだろう。
絢音が帰宅部で私たちと一緒にいるのも、絢音がそうしたいからしているのであって、私たちがそうして欲しいからではない。
もちろんみんなそうなのだが、比較的協調性を重んじる涼夏と比べると、絢音は真っ直ぐだ。奈都も大概自分のしたいことしかしないが、それとはまた違うポリシーを感じる。
「あの男の子とりえりん次第かなぁ」
涼夏が難しい顔で呟いた。
絢音が竹中君か自分かどっちかを選べと言えば、みんな絢音を選ぶだろうが、ギスギス感が出るに決まっているし、絢音もそんな女王様のような振る舞いはしたくないだろう。
しかし、何の選択肢も提示せず、いきなり辞めると言うのもそれはそれで勝手だ。竹中君がそもそも今回1回だけか、彼の加入を絢音がそれほど嫌がらないか、そのどっちかならいい。
それはまた絢音に経過を聞くことにしよう。私に出来ることは、これを他山の石として、帰宅部を絢音にとって居心地の良い場所にし続けることだけだ。
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