上 下
243 / 300

第54話 文化祭2 4(2)

しおりを挟む
 カジノをウィキペディアで調べると、「賭博を行う施設の一つ」とある。すなわち、何も賭けずにただルーレットを回して遊ぶだけだと、それはカジノとは呼ばないのかもしれない。
 カジノと言われて真っ先に思い浮かぶのはラスベガスだ。日本だと賭博や博打というと場末のイメージがあるが、ラスベガスやマカオのカジノは上流階級の人の社交場で、ドレスコードもあるらしい。そもそもお金持ちの集まる場所なので不思議ではない。
 ゲームについても調べてみたが、ひとまずクラスで意見を出してもらおうという話になった。また私たちだけで決めると不満の声が上がる。もっとも、文句を言う人に限って大してアイデアを持っていないケースが多い。ただ何もやりたくないだけなのだ。
 朝のHRで時間をもらい、3組は今年はカジノをやると発表した。カジノ組からは快い反応をもらえたが、お化け屋敷組やボウリング組からは不服そうな声が上がった。想定の範囲内だ。時間がないので放置する。
 打ち合わせ通り糸織がゲームや進行、内装など、全般的に意見を求める趣旨の説明をすると、一部の女子が「それも実行委員で決めたら?」といささか棘のある発言をした。不慣れな糸織が困った顔をしたので、何か言おうかと思ったが、先に川波君が口を開いた。
「じゃあ、全部こっちで決めて、次のLHRでどうなったか発表する」
 話を締め括るようにそう言うと、すぐに反対の声が上がった。特にカジノを推していたメンバーが、「横暴だ」「みんなの文化祭だろ」「やりたいゲームがある」と口々に言って、川波君が飄々と肩をすくめた。
「いや、こっちでやれって言われたから」
 結局カジノ推進派が反対派を黙らせて、意見箱が設けられることになった。糸織は胸を撫で下ろしていたが、私は苦笑いして席に戻った。
 後から涼夏が、「いかにも男子的な解決方法だったな」と呆れたように言って、私もまったくだと頷いた。対立を煽るやり方はよくない。
 とは言え、時間がなかったのも確かだし、あの場で文句が言いたいだけの人間に配慮する必要があるかと言われると疑問だ。絢音など清々したと笑っていたし、非協力的な人間は何もしなくてもいいから、せめて黙っていてほしい。
 何をするかはみんなの意見を待つとして、どうやるかは早急に考えなくてはならない。1回100円か200円で遊べるとして、ポーカー1回で帰らせるわけにもいかない。放課後の実行委員会議で議題に挙げると、笹部君が「やっぱりチップだろ」と指で丸を作りながら言った。
「100円で5枚とかで、枚数に応じて景品と換えられる」
「無難だけど、すごい勝たれて赤字になったりしないかなぁ」
「勝ち続けてもゲーム機がもらえるわけじゃないし、そこまでやるか?」
「チップっていくらくらいするんだろ。厚紙で作る?」
「今見てみたら、安っぽいのだと100枚600円とかである」
「安っぽくても厚紙で作るよりマシかな」
 出た意見を紙に書いていく。景品はお菓子が無難そうだが、百均で色々買い漁るのも面白そうという意見が出た。確かに、百均を巡ってペンケースやら小物入れやらコスメやらを買うのも楽しそうだ。
 1回200円でチップ5枚。5枚で百均の商品1つと交換できる計算なら、一人につき100円の利益が出る。そのお金でルーレットやトランプを買ったり、内装を作らなくてはいけない。
「やっぱり、儲けが流動的っていうのはリスクがあるなぁ」
 川波君が必要なものを書き並べながら唸った。ルーレットがマットも付いているパーティーグッズで4千円程度。後はバカラをやるにしてもブラックジャックをやるにしても、必要なのはトランプだけだが、2個や3個では足りないだろう。何よりチップ代がバカにならない。
「チップをベットするマット的なのも欲しいな。もちろん、自作するにしても」
「紙とかペンとか色々考えると、景品以外に1万円は必要になるね。あっ、飾り付けもあるからもっとか」
「どっちにしても、そんなに大きい額ではないかな」
 去年はもっと大きなお金を扱っていたし、1万円ならお客さんが100回遊んでくれればいい。それに、そもそもクラスで使えるお金もある。全クラスが有料の展示をするわけではなく、無料の展示にかかる費用は全部生徒が支払うのかというと、もちろんそんなことはない。
「お金っていうと、無料の卓を作ってもいいかもね。景品は要らないけど、ゲームはしてみたいって人もいるだろうし」
 私がそう提案すると、笹部君が「それはカジノか?」と疑問を口にした。
「カジノかは知らないけど、私は友達とゲームするのに何も賭けてないし、十分楽しいけど」
「ボードゲームはそうかもだな。ただ、カジノでやるゲームって一瞬で終わるし、結構運だけって感じはする」
「無料でやったら賭けてみたくなるってことはあるかもな」
 川波君が私の援護射撃をする。私としては案を出しただけで、却下なら却下でもいいのだが、とにかく意見が交わされるのはいいことだ。
 そんなふうに打ち合わせを重ねて、次のLHRまでには骨子がまとまった。ゲームも出揃ったので、こちらも数日前に締め切って、実行委員でルールの難易度やプレイ時間、ゲームの知名度を考えて決定した。
 中心はルーレット。名前だけはよく知られているバカラ。慣れ親しんでいるブラックジャックと、ポーカーの一つであるテキサスホールデム。ダイスゲームもあるといいだろうということでクラップスの5つに絞り込み、黒板に列挙すると、概ね好意的な反応だった。
 しかし、役割分担の段になると、途端に渋い反応に変わった。今回、事前準備の役割は大きく4つで、一つは景品の決定と買い出し、一つは内装と服飾、一つはゲームの理解とレクチャー、そして掲示や宣伝の担当である。もちろん、実際に内装を作るのは前日全員でやるし、当日のディーラー役もなるべくたくさんの人にやってもらおうと思っている。当日のスケジュールも実行委員で作るので、各担当の立候補を募ると、どうにも消極的だった。奈都ではないが、みんなどこか部活優先という意識がある。それに、こういう場で積極的に手を上げるのは、多くの日本人が苦手としている。私自身、自席にいたら黙って座っているだろう。
 ゲームについては何人かが手を上げてくれたので任せることにして、川波君がため息混じりに言った。
「今年は帰宅部も多いし、俺たちで決めて作業もしてもいいけど、せっかくの文化祭だし、少しでもやりたいことがあったら言った方がいいぞ? アイデアだけでもいいし。HRが終わった後に個人的に言ってきてくれ」
 実行委員の求心力の問題もあるだろうが、やはり部活の影響だろう。すでに3年生が引退し、部長になったクラスメイトもいる。そうでなくても、後輩に教える立場になり、通常の練習や活動に加えて、文化祭の準備もあって大忙しだ。
「喋っても反応がないのは寂しいねぇ」
 HRの後、絢音と涼夏に愚痴を零すと、涼夏が明るく笑った。
「前日準備と当日さえ手伝ってくれるなら、全部やってもいいけどね」
「去年、江塚君に、自分たちでやり過ぎだって言われたね」
「その男は理想とともに死んだ」
 涼夏が懐かしむ目で言った。
 長井さんとの付き合いは夏休みも無事に越えれたようだし、彼の大きな理想も受け継いでいるかもしれない。元々帰宅部の筆頭だし、そろそろ手伝ってもらうことにしよう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がガチなのは内緒である

ありきた
青春
愛の強さなら誰にも負けない桜野真菜と、明るく陽気な此木萌恵。寝食を共にする幼なじみの2人による、日常系百合ラブコメです。

カリスマレビュワーの俺に逆らうネット小説家は潰しますけど?

きんちゃん
青春
レビュー。ネット小説におけるそれは単なる応援コメントや作品紹介ではない。 優秀なレビュワーは時に作者の創作活動の道標となるのだ。 数々のレビューを送ることでここアルファポリスにてカリスマレビュワーとして名を知られた文野良明。時に厳しく、時に的確なレビューとコメントを送ることで数々のネット小説家に影響を与えてきた。アドバイスを受けた作家の中には書籍化までこぎつけた者もいるほどだ。 だがそんな彼も密かに好意を寄せていた大学の同級生、草田可南子にだけは正直なレビューを送ることが出来なかった。 可南子の親友である赤城瞳、そして良明の過去を知る米倉真智の登場によって、良明のカリスマレビュワーとして築いてきた地位とプライドはガタガタになる!? これを読んでいるあなたが送る応援コメント・レビューなどは、書き手にとって想像以上に大きなものなのかもしれません。

俺の家には学校一の美少女がいる!

ながしょー
青春
※少しですが改稿したものを新しく公開しました。主人公の名前や所々変えています。今後たぶん話が変わっていきます。 今年、入学したばかりの4月。 両親は海外出張のため何年か家を空けることになった。 そのさい、親父からは「同僚にも同い年の女の子がいて、家で一人で留守番させるのは危ないから」ということで一人の女の子と一緒に住むことになった。 その美少女は学校一のモテる女の子。 この先、どうなってしまうのか!?

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

【完結まで毎日更新】籐球ミットラパープ

四国ユキ
青春
主人公・阿河彩夏(あがわあやか)は高校入学と同時にセパタクロー部から熱烈な勧誘を受ける。セパタクローとはマイナースポーツの一種で、端的に言うと腕を使わないバレーボールだ。 彩夏は見学に行った時には入部する気はさらさらなかったが、同級生で部員の千屋唯(せんやゆい)の傲慢で尊大な態度が気に食わず、売り言葉に買い言葉で入部してしまう。

家政婦さんは同級生のメイド女子高生

coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...