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第53話 ビーチ(2)

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 海水浴はいつまで出来るものなのかわからないが、チェアリング・オン・ザ・ビーチの開催日は夏休み終盤の平日。お盆を過ぎるとクラゲが出ると聞くが、最悪海には入らなくてもいいし、日差しも若干弱くなってきてチェアリングには良いシーズンだろう。
 そう思ったのだが、当日は快晴で、日中は8月上旬の暑さになるとのこと。平日なので両親が二人とも出かけた後、しっかりと日焼け対策をして、椅子を担いで家を出た。
 日傘を差してなお、照り付ける太陽が熱い。服の下で早速汗が噴き出すのがわかるが、これから学校で授業を受けるわけでもないし、汗をかくのは嫌いではない。それよりも、椅子が重いのがツライ。海どころか、最寄り駅に着くまでに心が挫けそうだ。
 どうにか中央駅まで移動して絢音と合流すると、絢音が「ご苦労様」と可愛らしく笑った。今日は袖のない襟付きのシャツにデニムの短パン、麦わら帽子という夏っぽい格好だ。
 とりあえず電車に乗り込んでツーショット写真を撮ると、帰宅部グループに投下した。絢音から「千紗都可愛い!」という反応があった以外、既読もつかなかったので、二人とも忙しいのだろう。
「海、混んでるかなぁ」
 座席に座って、絢音が意味もなく私の椅子の袋を触りながら言った。少し持ち上げてみて、「こんな重たいの、とても持てない」と首を振ったが、そこまで重くはないはずだ。
「暑さだけならまだ水に入りたい季節だね。LSパークとかは混んでそう」
「海閉じまでは普通に人がいるかな」
「それは海開きの反対?」
「開いたら閉じないとね」
 平日ということもあって、車内に家族連れの姿はないが、海に行くと思われる若者のグループはちらほらあった。大声で笑っている日焼けしたパリピ集団は若干怖い。なんとなく涼夏がいないと不安になるが、実際には涼夏がいたとしても力ある者の前には無力だし、むしろ可愛すぎて邪なる者を引き寄せる。
 それでも数は大事だと、思考の過程を飛ばさずに伝えると、絢音は満足そうに頷いた。
「烏合の衆だね」
「合ってるんだけど、響きが嫌。多勢に無勢とか」
「それは多勢側が使う言葉じゃないね」
「今日はもし絡まれたら、私たちは同性カップルでデート中ってことにするから」
「抱き合ってベロチューしよう。ちょっと練習する?」
 そう言って絢音が唇を突き出したが、面白いので放っておいた。
 今向かっている乙ヶ浜は、県下随一の海水浴場である。ただそれは、他にないから一位というだけで、水はそれほど綺麗ではないと聞いている。比較的最近沖縄に行ったばかりなので、大して期待していないが、いい意味で裏切られたらと思う。
 急行を終点まで乗って駅を出ると、緑に囲まれた田舎の景色が広がっていた。事前に調べて知っていたが、駅は比較的内陸にあり、ここから海岸まで15分ほど歩かなくてはいけない。行きは下りだが、帰りは上りだ。
 日傘を差すと、絢音が一緒に入りたいと言って、腕に巻き付いてきた。歩きにくい上に、触れ合う肌が熱い。
「椅子を持ってくれたら入れてあげる」
「帽子があるからいいや」
 スッと身を引く絢音に、私は思わず目を見開いた。
「引くの早っ!」
「その椅子は人間が徒歩で運ぶ荷物じゃない。一線を超えた行いに、裁く者さえ危ぶんでる」
 絢音が低い声でそう言って、自分の荷物を担ぎ直した。絢音の方もレジャーシートに浮き輪にバスタオル、それに2リットルのスポーツドリンクが入っていてなかなかの重量だが、それでもリュックに入る大きさだ。
 広い通りの歩道を歩いていると、時々車が抜かしていく。同じように歩いているグループももちろんあるが、やはり車で行くのが普通なのだろう。
「運転免許というものを、絢音さんは取るの?」
 何気なくそう聞くと、絢音はどうかなぁと首をひねった。
「西畑家のどこかからお金が湧いてきたら取りたいね。自腹だととても無理かな」
「それはまあ、みんなそうだね。ましてや、自腹で何十万も払ったら、その後車なんて買えるはずがないし」
「ナツは出してもらえそうなこと言ってたから、ナツに頼ろう」
 車はどうかわからないが、少なくとも免許に関しては親が出してくれるという話は私も聞いている。しかも奈都は誕生日が早いので、高3の夏休みに取る可能性もあるが、私と同じ大学に行くと張り切っているので、さすがに夏休みは勉強を優先するかも知れない。正確には、私が奈都と同じ大学に行くつもりなのだが、少しでも高い大学に行けるのならそれに越したことはない。
 しばらく車の話をしていたら、やがて海に着いた。なかなか広い海岸に、無数のパラソルが立ち並んでいる。海の店も健在で、芋の子を洗うほどではないが、人もいっぱいだ。
 とりあえず椅子を下ろして座りたい。熱い砂をサクッと踏みしめながら、まずは腰を落ち着けられそうな日陰を探すことにした。
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