221 / 307
第52話 怪談(2)
しおりを挟む
※(1)からそのまま繋がっています。
* * *
カーテンを閉め、アロマキャンドルに火を灯して明かりを消すと、何だかとても落ち着く空間になった。こういうものを用意しているのはさすが涼夏だが、全然怪談の不気味さはない。
「もはや癒しサロンだね。寝たい」
「もし眠ったら、朝まで起きれない呪いをかけるぞ?」
涼夏がけけけと笑ったが、奈都は呆れたように肩をすくめただけだった。
「それ、普通だし。むしろ最高じゃん」
「何か怪談のBGMでもかけるか」
涼夏がスマホで、怪談の音楽やらお化け屋敷のBGMやらで検索して、それっぽい曲をかけた。3拍子の不気味な曲で、確かに雰囲気が一変する。音楽の効果は大きい。逆に言えば、お化け屋敷も明るいポップスがかかっていたら、大して怖くなさそうだ。
では企画者からと言って、涼夏が穏やかな口調で切り出した。
「バイト先でのことなんだけどね。猪谷涼夏さんは、ショッピングモールの中にある雑貨屋さんでバイトしてるの。これ、基本情報ね」
テストに出ると言われたので、私と絢音は神妙に頷いた。奈都は首を傾げていたので、次のテストもダメだろう。
「お客さんの男女比は2対8か、3対7くらいだけど、男性客も来ないことはないね。カップルとか、奥さんと一緒とか、家族用とか、自分用とか。あんまりいないけど、単体のおじさんが来ることもある」
「メラ系が効きそう」
奈都が真顔でそう言って、涼夏が深く頷いた。今の首肯は、メラ系が効きそうなのかテキトーなのかどっちだろう。
「そのおじさん、仮にAとしよう。Aはスーツ姿の中年男性で、一見普通なんだけど、大体いつも来るのは夕方。まだ一般的な企業は仕事中の時間だね」
「定期的に来るの?」
「そうだね。もちろん、常連さんは他にもたくさんいるんだけど、メラ系が効きそうな人は少ないから、自然と覚えるね。一応、万引きとかも気を付けてるし」
「万引きを見付けたらどうするの?」
脱線させてしまうが、興味があったので聞いてみた。声をかけると逆恨みとか怖そうだと思ったら、幸いにも涼夏は上に報告をするだけだと言った。
「個人で対処するのは危ないからね。私も2回くらい遭遇したけど、まあそれはまた今度話そう。ちなみにAは万引き犯ではない」
「普通のお客さんか」
「大体いつもオススメの靴下とか、オススメのシャツとか、オススメのハンカチとかを聞いてくる。紳士的にね」
どうやら、普通の紳士のようだ。ほっと胸を撫で下ろすと、涼夏が声のトーンを落として言った。
「ある時、Aが言った。少しずつ、自分のすべてが店員さんのオススメに染まっていくと」
「怖っ!」
思わず悲鳴が漏れた。不穏な気配はあったが、思ったよりホラーだ。
「うちは日用品がたくさんありますからと笑顔で対処したら、Aは紳士的に言った。店員さんのオススメのカフェはありますかと」
「ナンパなの? ストーカーなの?」
「ナンパの手口だね。そこで涼夏さんは、一軒の渋い喫茶店を紹介した。すると案の定、Aは次の時、その喫茶店の感想を伝えてきた」
確かにナンパの手口だが、少々回りくどい上に、ストーカー分が7割くらい入っている。
続きを促すと、涼夏は一度小さく頷いてから口を開いた。
「涼夏さんは笑って言いました。良かったです。父親が気に入っているので、お客さんに合うと思いました」
「ギャグじゃん!」
「オチがコントだったね。一番怖いのは涼夏さんだったと」
絢音も苦笑いを浮かべる。奈都がその後どうなったのか聞いて、私も大きく頷いた。
どう考えてもそのおじさんは涼夏のことが気に入っているようだし、エスカレートしないとも限らない。心配の眼差しを向けると、涼夏は「そこまで考えてない」とあっさりと言った。
「そんなおじさんはいないし、喫茶店の話をするような父親もいない」
「まあ、そんな感じはしたけど」
私はほっと胸を撫で下ろした。絢音はわかっていたようで、始終変わらずにこにこしている。奈都が改めてそういう事案はないかと心配そうに聞いた。
「ほら、涼夏可愛いし」
「確かに涼夏さんは可愛い。まあ、兆候が見られた時点で男性の店員に任せるか、バックヤードに逃げる。実話だと、知らない人に、どこにも書いてない下の名前で呼びかけられた時は戦慄が走ったね」
恐らく過去の話なのだろう。涼夏はさっぱりした顔で言ったが、先程の話が作り話だとわかった今、実話の方が遥かに怖い。
「とにかく色々気を付けてね。涼夏は可愛いんだから」
「んだね。涼夏さん、可愛いから」
ぞんざいな口調でそう言って、涼夏の怪談は終わりになった。
* * *
カーテンを閉め、アロマキャンドルに火を灯して明かりを消すと、何だかとても落ち着く空間になった。こういうものを用意しているのはさすが涼夏だが、全然怪談の不気味さはない。
「もはや癒しサロンだね。寝たい」
「もし眠ったら、朝まで起きれない呪いをかけるぞ?」
涼夏がけけけと笑ったが、奈都は呆れたように肩をすくめただけだった。
「それ、普通だし。むしろ最高じゃん」
「何か怪談のBGMでもかけるか」
涼夏がスマホで、怪談の音楽やらお化け屋敷のBGMやらで検索して、それっぽい曲をかけた。3拍子の不気味な曲で、確かに雰囲気が一変する。音楽の効果は大きい。逆に言えば、お化け屋敷も明るいポップスがかかっていたら、大して怖くなさそうだ。
では企画者からと言って、涼夏が穏やかな口調で切り出した。
「バイト先でのことなんだけどね。猪谷涼夏さんは、ショッピングモールの中にある雑貨屋さんでバイトしてるの。これ、基本情報ね」
テストに出ると言われたので、私と絢音は神妙に頷いた。奈都は首を傾げていたので、次のテストもダメだろう。
「お客さんの男女比は2対8か、3対7くらいだけど、男性客も来ないことはないね。カップルとか、奥さんと一緒とか、家族用とか、自分用とか。あんまりいないけど、単体のおじさんが来ることもある」
「メラ系が効きそう」
奈都が真顔でそう言って、涼夏が深く頷いた。今の首肯は、メラ系が効きそうなのかテキトーなのかどっちだろう。
「そのおじさん、仮にAとしよう。Aはスーツ姿の中年男性で、一見普通なんだけど、大体いつも来るのは夕方。まだ一般的な企業は仕事中の時間だね」
「定期的に来るの?」
「そうだね。もちろん、常連さんは他にもたくさんいるんだけど、メラ系が効きそうな人は少ないから、自然と覚えるね。一応、万引きとかも気を付けてるし」
「万引きを見付けたらどうするの?」
脱線させてしまうが、興味があったので聞いてみた。声をかけると逆恨みとか怖そうだと思ったら、幸いにも涼夏は上に報告をするだけだと言った。
「個人で対処するのは危ないからね。私も2回くらい遭遇したけど、まあそれはまた今度話そう。ちなみにAは万引き犯ではない」
「普通のお客さんか」
「大体いつもオススメの靴下とか、オススメのシャツとか、オススメのハンカチとかを聞いてくる。紳士的にね」
どうやら、普通の紳士のようだ。ほっと胸を撫で下ろすと、涼夏が声のトーンを落として言った。
「ある時、Aが言った。少しずつ、自分のすべてが店員さんのオススメに染まっていくと」
「怖っ!」
思わず悲鳴が漏れた。不穏な気配はあったが、思ったよりホラーだ。
「うちは日用品がたくさんありますからと笑顔で対処したら、Aは紳士的に言った。店員さんのオススメのカフェはありますかと」
「ナンパなの? ストーカーなの?」
「ナンパの手口だね。そこで涼夏さんは、一軒の渋い喫茶店を紹介した。すると案の定、Aは次の時、その喫茶店の感想を伝えてきた」
確かにナンパの手口だが、少々回りくどい上に、ストーカー分が7割くらい入っている。
続きを促すと、涼夏は一度小さく頷いてから口を開いた。
「涼夏さんは笑って言いました。良かったです。父親が気に入っているので、お客さんに合うと思いました」
「ギャグじゃん!」
「オチがコントだったね。一番怖いのは涼夏さんだったと」
絢音も苦笑いを浮かべる。奈都がその後どうなったのか聞いて、私も大きく頷いた。
どう考えてもそのおじさんは涼夏のことが気に入っているようだし、エスカレートしないとも限らない。心配の眼差しを向けると、涼夏は「そこまで考えてない」とあっさりと言った。
「そんなおじさんはいないし、喫茶店の話をするような父親もいない」
「まあ、そんな感じはしたけど」
私はほっと胸を撫で下ろした。絢音はわかっていたようで、始終変わらずにこにこしている。奈都が改めてそういう事案はないかと心配そうに聞いた。
「ほら、涼夏可愛いし」
「確かに涼夏さんは可愛い。まあ、兆候が見られた時点で男性の店員に任せるか、バックヤードに逃げる。実話だと、知らない人に、どこにも書いてない下の名前で呼びかけられた時は戦慄が走ったね」
恐らく過去の話なのだろう。涼夏はさっぱりした顔で言ったが、先程の話が作り話だとわかった今、実話の方が遥かに怖い。
「とにかく色々気を付けてね。涼夏は可愛いんだから」
「んだね。涼夏さん、可愛いから」
ぞんざいな口調でそう言って、涼夏の怪談は終わりになった。
1
お気に入りに追加
178
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる