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第52話 怪談(2)

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  *  *  *

 カーテンを閉め、アロマキャンドルに火を灯して明かりを消すと、何だかとても落ち着く空間になった。こういうものを用意しているのはさすが涼夏だが、全然怪談の不気味さはない。
「もはや癒しサロンだね。寝たい」
「もし眠ったら、朝まで起きれない呪いをかけるぞ?」
 涼夏がけけけと笑ったが、奈都は呆れたように肩をすくめただけだった。
「それ、普通だし。むしろ最高じゃん」
「何か怪談のBGMでもかけるか」
 涼夏がスマホで、怪談の音楽やらお化け屋敷のBGMやらで検索して、それっぽい曲をかけた。3拍子の不気味な曲で、確かに雰囲気が一変する。音楽の効果は大きい。逆に言えば、お化け屋敷も明るいポップスがかかっていたら、大して怖くなさそうだ。
 では企画者からと言って、涼夏が穏やかな口調で切り出した。
「バイト先でのことなんだけどね。猪谷涼夏さんは、ショッピングモールの中にある雑貨屋さんでバイトしてるの。これ、基本情報ね」
 テストに出ると言われたので、私と絢音は神妙に頷いた。奈都は首を傾げていたので、次のテストもダメだろう。
「お客さんの男女比は2対8か、3対7くらいだけど、男性客も来ないことはないね。カップルとか、奥さんと一緒とか、家族用とか、自分用とか。あんまりいないけど、単体のおじさんが来ることもある」
「メラ系が効きそう」
 奈都が真顔でそう言って、涼夏が深く頷いた。今の首肯は、メラ系が効きそうなのかテキトーなのかどっちだろう。
「そのおじさん、仮にAとしよう。Aはスーツ姿の中年男性で、一見普通なんだけど、大体いつも来るのは夕方。まだ一般的な企業は仕事中の時間だね」
「定期的に来るの?」
「そうだね。もちろん、常連さんは他にもたくさんいるんだけど、メラ系が効きそうな人は少ないから、自然と覚えるね。一応、万引きとかも気を付けてるし」
「万引きを見付けたらどうするの?」
 脱線させてしまうが、興味があったので聞いてみた。声をかけると逆恨みとか怖そうだと思ったら、幸いにも涼夏は上に報告をするだけだと言った。
「個人で対処するのは危ないからね。私も2回くらい遭遇したけど、まあそれはまた今度話そう。ちなみにAは万引き犯ではない」
「普通のお客さんか」
「大体いつもオススメの靴下とか、オススメのシャツとか、オススメのハンカチとかを聞いてくる。紳士的にね」
 どうやら、普通の紳士のようだ。ほっと胸を撫で下ろすと、涼夏が声のトーンを落として言った。
「ある時、Aが言った。少しずつ、自分のすべてが店員さんのオススメに染まっていくと」
「怖っ!」
 思わず悲鳴が漏れた。不穏な気配はあったが、思ったよりホラーだ。
「うちは日用品がたくさんありますからと笑顔で対処したら、Aは紳士的に言った。店員さんのオススメのカフェはありますかと」
「ナンパなの? ストーカーなの?」
「ナンパの手口だね。そこで涼夏さんは、一軒の渋い喫茶店を紹介した。すると案の定、Aは次の時、その喫茶店の感想を伝えてきた」
 確かにナンパの手口だが、少々回りくどい上に、ストーカー分が7割くらい入っている。
 続きを促すと、涼夏は一度小さく頷いてから口を開いた。
「涼夏さんは笑って言いました。良かったです。父親が気に入っているので、お客さんに合うと思いました」
「ギャグじゃん!」
「オチがコントだったね。一番怖いのは涼夏さんだったと」
 絢音も苦笑いを浮かべる。奈都がその後どうなったのか聞いて、私も大きく頷いた。
 どう考えてもそのおじさんは涼夏のことが気に入っているようだし、エスカレートしないとも限らない。心配の眼差しを向けると、涼夏は「そこまで考えてない」とあっさりと言った。
「そんなおじさんはいないし、喫茶店の話をするような父親もいない」
「まあ、そんな感じはしたけど」
 私はほっと胸を撫で下ろした。絢音はわかっていたようで、始終変わらずにこにこしている。奈都が改めてそういう事案はないかと心配そうに聞いた。
「ほら、涼夏可愛いし」
「確かに涼夏さんは可愛い。まあ、兆候が見られた時点で男性の店員に任せるか、バックヤードに逃げる。実話だと、知らない人に、どこにも書いてない下の名前で呼びかけられた時は戦慄が走ったね」
 恐らく過去の話なのだろう。涼夏はさっぱりした顔で言ったが、先程の話が作り話だとわかった今、実話の方が遥かに怖い。
「とにかく色々気を付けてね。涼夏は可愛いんだから」
「んだね。涼夏さん、可愛いから」
 ぞんざいな口調でそう言って、涼夏の怪談は終わりになった。
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