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第51話 告白(3)

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 さて、どうしたものか。
 家に帰り、ご飯もお風呂も済ませてから、ベッドに寝っ転がって今日のことを振り返る。
 実のところ、そんなに深刻な話ではない。私も涼夏も定期的に告白されるし、告白というイベントは高校生活からは切り離せない。みんな恋愛が大好きだ。
 奈都とて未経験ではないし、急な告白にテレることはあっても、曖昧に押し切られて付き合うようなことはないだろう。そこは心配していない。
 問題はセッティングと、そのイベントの後、どうみんながギクシャクしないようにするかだ。
 セッティングはした方がいいだろう。私も断って、その後奈都も断ったら、何だか二人で申し合わせたようで後味が悪い。
 奈都に声をかけるとして、須田さんが告白しようとしていることは伝えるべきだろうか。須田さんとしては、そこは自分で伝えたいだろうが、何も言わないのも奈都を騙しているようで嫌だ。それこそ拗ねられるだろう。
 ちょっと涼夏と絢音の意見も聞いてみたいが、あまりこういうことを人に話すのはどうなのだろう。二人とも須田さんのことはまったく知らないので伝わることはないが、自分の中で口が軽いムーブという印象がある。終わった後ならいいが、今はやめておこう。
 もはや頼まれた時点で、私にメリットは何もない。起こり得るデメリットを並べてみると、奈都とこじれる方が面倒くさい。さっさと伝えて解放されたいが、こういうのはメールや電話で伝えるより、直接会って言った方がいいだろう。
 翌日は奈都がバイトだったので、日中は絢音と宿題をしたりお喋りをして過ごしてから、夕方最寄り駅でバイト帰りの奈都を捕まえた。
「急に会いたいとか送ってきて、奈都さんドキドキしたよ」
 奈都がよくわからないテンションで笑った。今日は機嫌が良さそうだ。場所を移動しながら、バイトは平和だったか聞くと、奈都は小さなトラブルはもはや平和の一部だと、諦めたように言った。
「哲学だね」
「日本は客の立場が強すぎる。お金を出すのがそんなに偉いっていうのは、お金が何より大事ってことの裏返しでしょ? 人はもっと、精神的な豊かさを追求するべきだと思う」
「つまり?」
「愛」
 奈都が握った拳を胸に当てて、薄く目を閉じて微笑んだ。あまりにバカっぽかったので少し笑ってから、本題を切り出す。話も丁度いい流れになった。
「その愛なんだけどね。誰かが誰かを好きになるのは、自然なことだと思う。精神的な豊かさのために」
「私はチサを愛してる」
「私はそうでもないけど」
 一連の流れでそう言うと、奈都が真顔で私を見つめた。念のため、軽く手を振って脚注を入れた。
「今の『私はそうでもない』は、『誰かが誰かを好きになるのは自然なことである』にかかってるから。みんな恋愛大好きだけど、私はそうでもないって意味だし、それ以外に解釈のしようがないよね?」
「チサはそんなに私が好きじゃないって聞こえた」
「奈都が私が喋ってる途中に口を挟むから変なことになるの。反省して」
 ピシャリとそう言うと、奈都は実に白けた視線を私に送った。無視して続ける。
「本題なんだけど、昨日バ先の須田さんに、奈都に彼氏がいるのか聞かれた」
「へー。変なこと知りたがる人だね。私は須田さんに彼女がいるかなんて、まったく気にならない」
 奈都があっけらかんと笑った。私は思わず額に手を当てた。
「会話が下手か」
 ビシッと突っ込むと、奈都が「チサっぽくない動きだ」と、驚いたように目を丸くした。自分でも似合わない反応だと思ったが、そもそも奈都の察しが悪いのが悪い。
「ちゃんと会話して。なんで奈都は、須田さんに彼女がいないか気にならないの?」
「そりゃ、興味がないから」
「じゃあ、なんで須田さんは奈都に彼氏がいるか気になるんだと思う?」
「興味があるから? 私に? ないでしょ」
 奈都が明るく笑い飛ばす。私はいやいやと首を振った。
「奈都、可愛いから。涼夏とか絢音みたいな子を『可愛い』の基準にしたら、大半の子が可愛くなくなるから」
「私はチサが世界一可愛いと思う」
「はいはい、ありがとね。今、それは本当にどうでもいいから」
 私が思わず頭を抱えると、奈都は納得がいかないように唇を尖らせた。
「じゃあいいよ。それで? 須田さんが私のことを好きなんじゃないかって話?」
「わかってるじゃん! 急に物分かりがいいじゃん!」
「にわかには信じ難いけど、状況を客観的に見ると、そういう結論に至るね」
 奈都が他人事にようにそう言った。どこまでが素なのか、それとも私をからかっていたのかさっぱりわからないが、理解してくれたのならそれでいい。
「そういうわけで、私はいないって答えておいたから、須田さんから告白イベントがあるかもって話」
「そっか。予告先発だね?」
「知らない。気まずくならないように断ってね。恩があるからって、押し切られないように。とりあえず付き合ってみて、返事はそれからでいいとかも罠だから」
 早口にそう捲し立てると、奈都は二度ほど頷いてから目を細めた。
「私が断るのは決定事項なんだね?」
「そういうのいいから。私は恋愛トークは好きじゃない」
 奈都が私のことを好きなのはもはや言葉にする必要はないが、奈都は私が奈都を好きなのを言葉にして欲しいらしい。
 それは駆け引きでもなんでもなく、ただ回りくどくて面倒くさいだけなので、とりあえず引き寄せてキスすると、奈都が残念そうにため息をついた。
「まあ、こういうのはチサっぽいね。照れ隠し?」
「何も照れてない。私は奈都が好きだけど、奈都が私を好きな感情とは違う気がするから、慎重になってるだけ」
 さっき奈都にも言った通り、私は恋愛関係のあれこれが苦手だ。愛友各位には明らかに他の友達とは異なる感情を抱いているが、それは恋愛的な好きとは違う気がする。
「一抹の寂しさはあるけど、チサは今のままでいいよ。急に恋愛に目覚めて、やっぱり恋人は一人だけにするべきだとか言い始めたら、選ばれる気がしない」
 奈都が疲れた顔で言った。その理由は消極的な気がするが、涼夏や絢音を相手にそう考えてしまうのは理解できる。ただ、私は3人に1ミリの優劣もつけていない。万が一、3人の中から誰か一人を選ばないといけなくなったら、奈都を選ぶ可能性だって30%ちょっとある。
「まあ、その時はジャンケンかな」
「日頃から涼夏とアヤとジャンケンして、二人の初手を研究しておくよ」
 そう言って、奈都が拳を握って元気に頷いた。
 私としては、その研究成果が使われないことを祈るばかりである。
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