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第50話 金欠(3)
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お腹が空いたので、何か安いものを食べることにした。大体こういう時、ソウルフードのラーメン屋を選ぶが、せっかくなのでお店でのんびりしたい。
マックは食事をするとかなり高いので、入ったことのない牛丼チェーンに挑戦することにした。それで今日という日が、少しでも特別なものになればいい。
そう思ったのだが、実際のところ、大して緊張もせず、しかものんびり出来るような空気でもなかったので、食べ終わり次第、早々に店を出た。
「まあ、牛丼は美味しかった」
涼夏がスマホの時計を見ながら苦笑いを浮かべる。やることがないので1時間くらい時間を潰したかったが、粘りに粘って15分といったところだ。何せ注文してから数十秒で提供された。
「こういう一瞬の経験を積み重ねて生きていこう」
小さな経験が人生を豊かにする。そう告げると、「部長カッコイイ」と褒められた。照れる。
地上は人間の生息できる環境ではないので、地下街をブラブラすることにした。南の方は飲食店と古くからのお店が並んでいて、あまり面白くない。恵坂駅より北は大学生向けのお店が並んでいて華やかだ。
「化石はなさそうだね」
絢音が周囲の壁を眺めながら、残念そうにため息をついた。そういえば午前中にそんな遊びをしていた。
「私には、大理石と大理石っぽい石の区別すらつかん」
涼夏が教えを乞うように絢音を見たが、絢音は生憎と首を振った。
「私も石には詳しくないね」
「他に詳しくない分野は何がある?」
「詳しい分野の方が少ないけど。植物とかも詳しくないし、電車とかも涼夏の方が詳しそう」
「そうだ。ドバイ、行こう」
涼夏が両手を握ってそう言った。妙に可愛らしい仕草だ。
もちろん、「そうだ。京都、行こう」のパロディだが、しばらく前から涼夏の中でドバイに変換するのが流行っている。発端は「結婚相手と出会うならドバイ」だった。
「涼夏、ドバイ好きだよね」
私が柔らかく微笑むと、涼夏は澄ました顔で手を振った。
「実のところ、私はドバイに詳しくない。ドバイの首都ってどこだ?」
「ドバイは国じゃない。UAEの首都がドバイ」
私が秒で訂正すると、絢音に「UAEの首都はアブダビ」と、秒で訂正された。世界地図は絢音の詳しくない分野ではない。
「アルティメット・エア・ヨーロッパ?」
「すごい国名だね。Eはエミレーツ」
「飛行機の名前だな」
涼夏が力強く頷く。つい先日初めて飛行機に乗った割には詳しい。電車も詳しいし、乗り物が好きなのだろう。大抵その話題になると涼夏は否定するが、さっきもさらっと車の名前が出てきたし、乗り物に対する記憶力が妙にいい気がする。
「エミレーツは首長国だね」
「じゃあ、Aはアラブ」
「つまり?」
「アルティメット・アラブ・エミレーツ」
カッコイイ国名に着地した。
オーロラ広場の地階は、ステージで催し物をやっているようで、何やらマイクを通した声が響いていた。ライブの類ではなさそうだ。
ぐるっと円を描くように並んだ店は、どこも人でいっぱいだ。特にカフェやレストランの類は列になっている店が多い。何となくキャラクターショップに入り、可愛い可愛いと20回くらい言って、何も買わずに店を出た。
広場を横目にさらに北に進んで、オシャレエリアに到達する。周辺の店を遠目に見ながら涼夏が言った。
「そうだ、ドバイに行ったとして、私たちは何をするんだ?」
まさかまだドバイの話をするとは思わなかった。私たちというくらいなので、3人か4人で行く前提で考えてくれているようだ。嬉しいけど、私はあまりドバイには行きたくない。
何気なく絢音を見ると目が合って、絢音がくすっと笑った。
「高い塔があるね」
「知ってる。ブなんとか」
「1文字かー」
私が残念そうに言うと、涼夏が疑いの眼差しを向けてきた。
「千紗都は知ってるの?」
「生憎。ブルジュ・ハリファだよ。高さ828メートル」
「目の前に噴水があって、毎日ショーをやってるみたいな話を聞いたことがある」
「絢音さん、詳しいな」
涼夏が感心するように頷いた後、「他には?」と聞いた。何時間も飛行機に乗って、塔を見るだけではもったいない。
私はドバイにまったく詳しくないので、涼夏と同じような目で絢音を見ると、絢音はいたずらっぽく笑った。
「大きな額縁があるよ」
「額縁? 観光地にある、絵の中に入ってるみたいな写真が撮れるやつ?」
「たぶん、涼夏が思ってるのよりは大きいかな」
絢音がそう言って、スマホで検索結果を見せてくれたが、想像の百倍くらい大きかった。そして、意味がわからない。ビルよりも高い巨大な額縁が、当たり前のようなツラで建っている。
「なんだこれ。ハコモノ?」
「変な言葉知ってるね。私も、これについては詳しくないね」
せっかくなのでみんなで調べてみると、ドバイフレームという名称で、もちろん上部はデッキになっているようだ。街を一望できるだけでなく、床の一部がガラスになっており、下も見えるそうだ。
「私はちょっと怖い。チビる可能性まである」
絢音が真顔で変なことを言い出した。絢音が高いところが苦手なのは知っているが、パラセーリングは楽しんでいた。果たしてドバイフレームはどうか。
「漏らしたら拭いてあげるね」
私が優しくそう言うと、絢音がうっとりと目を細めた。
「漏らさなくても拭いて」
「どこを?」
困惑気味に聞き返すと、涼夏が「頭がおかしい」と首を振った。
「何にしろ、みんなで行けば楽しそうだな。卒業旅行!」
「行かないから! グアム行こう、グアム!」
私が秒で反対すると、涼夏が可笑しそうに頬を緩めた。冗談だったようだが、一応否定しておくのは大事だ。
卒業旅行。4人でならどこでも楽しめそうだが、出来ればやっぱりもう少し安全で清潔そうな場所に行けたらと思う。
マックは食事をするとかなり高いので、入ったことのない牛丼チェーンに挑戦することにした。それで今日という日が、少しでも特別なものになればいい。
そう思ったのだが、実際のところ、大して緊張もせず、しかものんびり出来るような空気でもなかったので、食べ終わり次第、早々に店を出た。
「まあ、牛丼は美味しかった」
涼夏がスマホの時計を見ながら苦笑いを浮かべる。やることがないので1時間くらい時間を潰したかったが、粘りに粘って15分といったところだ。何せ注文してから数十秒で提供された。
「こういう一瞬の経験を積み重ねて生きていこう」
小さな経験が人生を豊かにする。そう告げると、「部長カッコイイ」と褒められた。照れる。
地上は人間の生息できる環境ではないので、地下街をブラブラすることにした。南の方は飲食店と古くからのお店が並んでいて、あまり面白くない。恵坂駅より北は大学生向けのお店が並んでいて華やかだ。
「化石はなさそうだね」
絢音が周囲の壁を眺めながら、残念そうにため息をついた。そういえば午前中にそんな遊びをしていた。
「私には、大理石と大理石っぽい石の区別すらつかん」
涼夏が教えを乞うように絢音を見たが、絢音は生憎と首を振った。
「私も石には詳しくないね」
「他に詳しくない分野は何がある?」
「詳しい分野の方が少ないけど。植物とかも詳しくないし、電車とかも涼夏の方が詳しそう」
「そうだ。ドバイ、行こう」
涼夏が両手を握ってそう言った。妙に可愛らしい仕草だ。
もちろん、「そうだ。京都、行こう」のパロディだが、しばらく前から涼夏の中でドバイに変換するのが流行っている。発端は「結婚相手と出会うならドバイ」だった。
「涼夏、ドバイ好きだよね」
私が柔らかく微笑むと、涼夏は澄ました顔で手を振った。
「実のところ、私はドバイに詳しくない。ドバイの首都ってどこだ?」
「ドバイは国じゃない。UAEの首都がドバイ」
私が秒で訂正すると、絢音に「UAEの首都はアブダビ」と、秒で訂正された。世界地図は絢音の詳しくない分野ではない。
「アルティメット・エア・ヨーロッパ?」
「すごい国名だね。Eはエミレーツ」
「飛行機の名前だな」
涼夏が力強く頷く。つい先日初めて飛行機に乗った割には詳しい。電車も詳しいし、乗り物が好きなのだろう。大抵その話題になると涼夏は否定するが、さっきもさらっと車の名前が出てきたし、乗り物に対する記憶力が妙にいい気がする。
「エミレーツは首長国だね」
「じゃあ、Aはアラブ」
「つまり?」
「アルティメット・アラブ・エミレーツ」
カッコイイ国名に着地した。
オーロラ広場の地階は、ステージで催し物をやっているようで、何やらマイクを通した声が響いていた。ライブの類ではなさそうだ。
ぐるっと円を描くように並んだ店は、どこも人でいっぱいだ。特にカフェやレストランの類は列になっている店が多い。何となくキャラクターショップに入り、可愛い可愛いと20回くらい言って、何も買わずに店を出た。
広場を横目にさらに北に進んで、オシャレエリアに到達する。周辺の店を遠目に見ながら涼夏が言った。
「そうだ、ドバイに行ったとして、私たちは何をするんだ?」
まさかまだドバイの話をするとは思わなかった。私たちというくらいなので、3人か4人で行く前提で考えてくれているようだ。嬉しいけど、私はあまりドバイには行きたくない。
何気なく絢音を見ると目が合って、絢音がくすっと笑った。
「高い塔があるね」
「知ってる。ブなんとか」
「1文字かー」
私が残念そうに言うと、涼夏が疑いの眼差しを向けてきた。
「千紗都は知ってるの?」
「生憎。ブルジュ・ハリファだよ。高さ828メートル」
「目の前に噴水があって、毎日ショーをやってるみたいな話を聞いたことがある」
「絢音さん、詳しいな」
涼夏が感心するように頷いた後、「他には?」と聞いた。何時間も飛行機に乗って、塔を見るだけではもったいない。
私はドバイにまったく詳しくないので、涼夏と同じような目で絢音を見ると、絢音はいたずらっぽく笑った。
「大きな額縁があるよ」
「額縁? 観光地にある、絵の中に入ってるみたいな写真が撮れるやつ?」
「たぶん、涼夏が思ってるのよりは大きいかな」
絢音がそう言って、スマホで検索結果を見せてくれたが、想像の百倍くらい大きかった。そして、意味がわからない。ビルよりも高い巨大な額縁が、当たり前のようなツラで建っている。
「なんだこれ。ハコモノ?」
「変な言葉知ってるね。私も、これについては詳しくないね」
せっかくなのでみんなで調べてみると、ドバイフレームという名称で、もちろん上部はデッキになっているようだ。街を一望できるだけでなく、床の一部がガラスになっており、下も見えるそうだ。
「私はちょっと怖い。チビる可能性まである」
絢音が真顔で変なことを言い出した。絢音が高いところが苦手なのは知っているが、パラセーリングは楽しんでいた。果たしてドバイフレームはどうか。
「漏らしたら拭いてあげるね」
私が優しくそう言うと、絢音がうっとりと目を細めた。
「漏らさなくても拭いて」
「どこを?」
困惑気味に聞き返すと、涼夏が「頭がおかしい」と首を振った。
「何にしろ、みんなで行けば楽しそうだな。卒業旅行!」
「行かないから! グアム行こう、グアム!」
私が秒で反対すると、涼夏が可笑しそうに頬を緩めた。冗談だったようだが、一応否定しておくのは大事だ。
卒業旅行。4人でならどこでも楽しめそうだが、出来ればやっぱりもう少し安全で清潔そうな場所に行けたらと思う。
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