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番外編 夏祭り(4)
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南の祭の花火大会は40分。長いか短いかは、飽きるか物足りないか、終わった後の気持ち次第だろう。
最初はオープニングのスターマイン。その後、5号玉、8号玉、10号玉が打ち上げられた。10号玉は直径300メートルにもなるらしい。すごい迫力だ。
ちなみにスターマインとは、次々に打ち上げられる花火のことだ。メロディーに乗せて打ち上げられたり、ハートや生き物の形を描くようなものもある。よく花火は横から見たらペラペラだと冗談で言うが、この手の花火は本当に線になる。
隣で涼夏が、「おー」とか「すごい」とか「ハートだ」とか「大きい」など、語彙を失ったような感想を呟いている。可愛いので花火を背景にして写真を撮ると、涼夏がみんなでも撮ろうと言い出した。
花火をバックに自撮りとか、若干痛い感じがしないでもないが、どこにも載せるわけではないので大目に見てもらおう。
それからも、花火を眺めたり写真や動画を撮ったりしていたら、あっという間に花火大会は終了した。40分は短いとわかった。
「大変満足であった」
満面の笑みを浮かべる涼夏を眺めながら、レジャーシートを片付ける。人が一斉に帰り始めるので、ぼやぼやしていると巻き込まれてしまう。
去年の東の祭と違い、私たちも明日は普通に学校があるので、人の流れに従って駅に向かって歩き始めた。もちろん今でも車両通行止めになっている大きな通りは人で溢れ、真っ直ぐ歩くのもままならない。
「電車、乗れるのか?」
涼夏が達観した眼差しで遠くを見つめた。コンビニの前にある小さな出入口は封鎖されている。屋台の並ぶ大きな出入口まで行かないといけないらしい。
一駅先まで歩く案も出たが、仮に駅が空いていたとしても乗れるわけがない。電車がこの駅始発なのはまだ救いだ。一度にたくさんの人を運べるし、臨時列車もあるだろう。
「東の祭も始発だったね」
思い出したように絢音が言った。もっとも、始発から乗る私たちはいいが、途中から乗りたい人はたまったものではないだろう。まあ、年に一度の上、特定の時間限定の現象なので、地元の人はそれに合わせて動いてそうだ。
行く手に駅が見えてきて、ようやく帰れると思ったら、そこからは入れずに左手奥に誘導された。ぐるっと建物を回り込むように裏手に回って、私たちは絶望した。バスターミナルと思われる広いスペースに大量の人が、急な登山道を真上から見たようにグネグネと並んでいたのだ。
「これが30万か……」
どこか離れた場所まで歩いてタクシーを呼ぶという選択肢も浮上したが、もはや前も後ろも人がおしくらまんじゅうのようになっており、抜け出せそうにない。
はぐれたら各々帰ろうと話していたが、こんなところで一人にされたら精神的に死んでしまうので、邪魔にならない程度に二人の手を握った。
「携帯扇風機が欲しい。この戦いが終わったら買おう」
涼夏が流れ落ちる汗を拭いながら言った。もはやメイクを気にしている余裕はない。カーブを1回、2回、3回……。何十分もかけて、ようやく最初に見た出入口に辿り着いた。屋台の方を見ると、未だに群衆がこの出入口を目指して押し寄せている。
「これが30万か……」
先程の涼夏を真似してそう呟いて、階段を降りる。我々は一足先に帰らせてもらおうと思ったら甘かった。私たちがこれまで耐えてきた列は前哨戦だったのだ。
入口で入場制限をしていたので、ここまで来れば後はスムーズかと思ったら、まったくそんなことはなかった。先程までと同じ密度で階段にも人が押し詰められ、階段を降りたら今度は改札までの通路が地獄の様相だった。
冷房はまったく効いておらず、人間の熱でサウナのようになっている。前方には白い靄のようなものがかかっていた。
「暑いの……無理……」
涼夏が死にそうな声でそう言って、がっくりと項垂れた。私ももはや返事をする元気もない。ちょっと気分も悪くなってきたが、私たちよりずっと年齢が上の人たちは大丈夫なのだろうか。列にはお年寄りもいる。しかし、もはやギブアップしたくてもどうしようもない。
「これまでの人生で一番蒸し暑いかも。この不快な体験を、大好きな二人と出来て嬉しいよ」
絢音がにこにこしながらそう言って笑った。ずっと涼しい顔をしていた絢音の額にも汗が浮かび、頬を伝って流れ落ちる。
列は遅々として進まない。時計を見たら、花火が終わってからすでに一時間経っていた。
ようやく左手奥に改札が見えてくる。右奥にある集団を見て合点がいった。北の方にも出入口があって、そっちから入ってきた人たちとここで合流するから混んでいたのだ。
そう思ったのだが、違った。まったく違った。
「これ、右の列を経由して改札に行く感じ?」
絢音がそう呟いた通り、左手に見えた改札にはダイレクトには入れず、右手の列に並んで遥か奥まで行ってまた折り返して戻ってくる流れになっていた。
「もうダメだ……」
涼夏が泣きそうな声を出しながら絢音に寄りかかった。絢音が微笑みながら涼夏の肩を抱き寄せる。
とりあえず一人だけでも元気なのは助かる。前に山に登った時もそうだったが、こういう時の絢音の精神的支柱感は半端じゃない。
「思考を停止する。後は絢音に任せた」
かすれる声でそう言って、絢音の服をつまんだ。あまりたくさん食べなくてよかった。吐きそうだ。それに、生理じゃなくてよかった。トイレになど行ける気配がないし、リアルに倒れるところだった。
汗を拭い続けながらようやく奥の折り返し地点に辿り着く。その付近に駅員室があって、何人か体調不良と思われる人が運び込まれていた。
「戦いだ」
涼夏が生気の宿らない目で呟く。
「今日は特に暑かったからね。二人とも大丈夫?」
絢音が心配してくれるが、頷く元気もなかった。全然大丈夫ではないが、山登りの時の奈都と同じだ。泣き言を言っても状況が改善されるわけではない。涼を取るアイテムもなければ、座るスペースもない。腰も痛くなってきたが、ただ我慢して進むしかない。
やっとの思いで改札をくぐると、花火が終わってから1時間半以上経っていた。電車は意外と空いており、今停まっている電車も超満員というほどではなかったし、次の電車に並ぶ列もなかった。少し待ってやってきた電車に乗り込むと、冷房の風が生き返るようだった。
「耐え抜いた」
涼夏ともたれ合うと、絢音が私たちの正面に立って写真を撮った。それから満足そうに微笑んで私の隣に座る。
「ぐったりしてるすずちさ可愛い」
「最高にメイクが死んでるでしょ」
涼夏がそれはいけないと首を振ったが、もはや消させる元気も残っていないようだった。
少しずつ車内が混んできたが、乗れないほど満員になることなく、電車は動き始めた。結果的に、二駅くらい歩いた方が早かったし楽だったが、こればかりは仕方ない。電車はもっと満員になる想定だったし、そもそもあんなに並ぶ予定じゃなかった。
「私はもう、祭りの雰囲気に十分満足した。少なくとも今週末はもういいのではなかろうか」
涼夏が私の肩を枕にしたままそう言った。行こうとしている天ノ川祭は、花火こそないが伝統のある祭りで人出も多い。2日後の気持ちはわからないが、少なくとも今この瞬間は、祭りはもうしばらくいいという感想だ。
3人で「そうだねー」「どうしようねー」と力ない会話をしていたらスマホが震えた。見てみると奈都からで、私たちがグループに流した花火の写真に感想をくれていた。
『花火綺麗! 私もみんなとお祭り行きたいから、今週末空けたよ!』
3人で無言で奈都からのメッセージを見つめて、静かにスマホをしまった。
三大花火大会の一つ、南の祭が無事に終わった。これを皮切りに、私の作ったイベントカレンダーには、夏祭りの日程がぎっしり書かれている。
もはや花火よりも人間サウナの思い出の方が強烈に刻み込まれているが、これもまた青春だろうか。
「まあ、空いてはいるよ」
目をつむったまま、少しだけ微笑んで涼夏が言った。
空気の読めない友人がせっかく予定を空けてくれたのだ。行くしかないだろう。
沖縄旅行の前に力を使い切るべきではないが、大丈夫。私たちには若さがある。5日後どころか、明日にはもう元気になっているだろう。
とりあえず今は、帰ってシャワーを浴びて寝たい。両肩に重みを感じながら、私もすべての決断を明日の自分に放り投げて休むことにした。
最初はオープニングのスターマイン。その後、5号玉、8号玉、10号玉が打ち上げられた。10号玉は直径300メートルにもなるらしい。すごい迫力だ。
ちなみにスターマインとは、次々に打ち上げられる花火のことだ。メロディーに乗せて打ち上げられたり、ハートや生き物の形を描くようなものもある。よく花火は横から見たらペラペラだと冗談で言うが、この手の花火は本当に線になる。
隣で涼夏が、「おー」とか「すごい」とか「ハートだ」とか「大きい」など、語彙を失ったような感想を呟いている。可愛いので花火を背景にして写真を撮ると、涼夏がみんなでも撮ろうと言い出した。
花火をバックに自撮りとか、若干痛い感じがしないでもないが、どこにも載せるわけではないので大目に見てもらおう。
それからも、花火を眺めたり写真や動画を撮ったりしていたら、あっという間に花火大会は終了した。40分は短いとわかった。
「大変満足であった」
満面の笑みを浮かべる涼夏を眺めながら、レジャーシートを片付ける。人が一斉に帰り始めるので、ぼやぼやしていると巻き込まれてしまう。
去年の東の祭と違い、私たちも明日は普通に学校があるので、人の流れに従って駅に向かって歩き始めた。もちろん今でも車両通行止めになっている大きな通りは人で溢れ、真っ直ぐ歩くのもままならない。
「電車、乗れるのか?」
涼夏が達観した眼差しで遠くを見つめた。コンビニの前にある小さな出入口は封鎖されている。屋台の並ぶ大きな出入口まで行かないといけないらしい。
一駅先まで歩く案も出たが、仮に駅が空いていたとしても乗れるわけがない。電車がこの駅始発なのはまだ救いだ。一度にたくさんの人を運べるし、臨時列車もあるだろう。
「東の祭も始発だったね」
思い出したように絢音が言った。もっとも、始発から乗る私たちはいいが、途中から乗りたい人はたまったものではないだろう。まあ、年に一度の上、特定の時間限定の現象なので、地元の人はそれに合わせて動いてそうだ。
行く手に駅が見えてきて、ようやく帰れると思ったら、そこからは入れずに左手奥に誘導された。ぐるっと建物を回り込むように裏手に回って、私たちは絶望した。バスターミナルと思われる広いスペースに大量の人が、急な登山道を真上から見たようにグネグネと並んでいたのだ。
「これが30万か……」
どこか離れた場所まで歩いてタクシーを呼ぶという選択肢も浮上したが、もはや前も後ろも人がおしくらまんじゅうのようになっており、抜け出せそうにない。
はぐれたら各々帰ろうと話していたが、こんなところで一人にされたら精神的に死んでしまうので、邪魔にならない程度に二人の手を握った。
「携帯扇風機が欲しい。この戦いが終わったら買おう」
涼夏が流れ落ちる汗を拭いながら言った。もはやメイクを気にしている余裕はない。カーブを1回、2回、3回……。何十分もかけて、ようやく最初に見た出入口に辿り着いた。屋台の方を見ると、未だに群衆がこの出入口を目指して押し寄せている。
「これが30万か……」
先程の涼夏を真似してそう呟いて、階段を降りる。我々は一足先に帰らせてもらおうと思ったら甘かった。私たちがこれまで耐えてきた列は前哨戦だったのだ。
入口で入場制限をしていたので、ここまで来れば後はスムーズかと思ったら、まったくそんなことはなかった。先程までと同じ密度で階段にも人が押し詰められ、階段を降りたら今度は改札までの通路が地獄の様相だった。
冷房はまったく効いておらず、人間の熱でサウナのようになっている。前方には白い靄のようなものがかかっていた。
「暑いの……無理……」
涼夏が死にそうな声でそう言って、がっくりと項垂れた。私ももはや返事をする元気もない。ちょっと気分も悪くなってきたが、私たちよりずっと年齢が上の人たちは大丈夫なのだろうか。列にはお年寄りもいる。しかし、もはやギブアップしたくてもどうしようもない。
「これまでの人生で一番蒸し暑いかも。この不快な体験を、大好きな二人と出来て嬉しいよ」
絢音がにこにこしながらそう言って笑った。ずっと涼しい顔をしていた絢音の額にも汗が浮かび、頬を伝って流れ落ちる。
列は遅々として進まない。時計を見たら、花火が終わってからすでに一時間経っていた。
ようやく左手奥に改札が見えてくる。右奥にある集団を見て合点がいった。北の方にも出入口があって、そっちから入ってきた人たちとここで合流するから混んでいたのだ。
そう思ったのだが、違った。まったく違った。
「これ、右の列を経由して改札に行く感じ?」
絢音がそう呟いた通り、左手に見えた改札にはダイレクトには入れず、右手の列に並んで遥か奥まで行ってまた折り返して戻ってくる流れになっていた。
「もうダメだ……」
涼夏が泣きそうな声を出しながら絢音に寄りかかった。絢音が微笑みながら涼夏の肩を抱き寄せる。
とりあえず一人だけでも元気なのは助かる。前に山に登った時もそうだったが、こういう時の絢音の精神的支柱感は半端じゃない。
「思考を停止する。後は絢音に任せた」
かすれる声でそう言って、絢音の服をつまんだ。あまりたくさん食べなくてよかった。吐きそうだ。それに、生理じゃなくてよかった。トイレになど行ける気配がないし、リアルに倒れるところだった。
汗を拭い続けながらようやく奥の折り返し地点に辿り着く。その付近に駅員室があって、何人か体調不良と思われる人が運び込まれていた。
「戦いだ」
涼夏が生気の宿らない目で呟く。
「今日は特に暑かったからね。二人とも大丈夫?」
絢音が心配してくれるが、頷く元気もなかった。全然大丈夫ではないが、山登りの時の奈都と同じだ。泣き言を言っても状況が改善されるわけではない。涼を取るアイテムもなければ、座るスペースもない。腰も痛くなってきたが、ただ我慢して進むしかない。
やっとの思いで改札をくぐると、花火が終わってから1時間半以上経っていた。電車は意外と空いており、今停まっている電車も超満員というほどではなかったし、次の電車に並ぶ列もなかった。少し待ってやってきた電車に乗り込むと、冷房の風が生き返るようだった。
「耐え抜いた」
涼夏ともたれ合うと、絢音が私たちの正面に立って写真を撮った。それから満足そうに微笑んで私の隣に座る。
「ぐったりしてるすずちさ可愛い」
「最高にメイクが死んでるでしょ」
涼夏がそれはいけないと首を振ったが、もはや消させる元気も残っていないようだった。
少しずつ車内が混んできたが、乗れないほど満員になることなく、電車は動き始めた。結果的に、二駅くらい歩いた方が早かったし楽だったが、こればかりは仕方ない。電車はもっと満員になる想定だったし、そもそもあんなに並ぶ予定じゃなかった。
「私はもう、祭りの雰囲気に十分満足した。少なくとも今週末はもういいのではなかろうか」
涼夏が私の肩を枕にしたままそう言った。行こうとしている天ノ川祭は、花火こそないが伝統のある祭りで人出も多い。2日後の気持ちはわからないが、少なくとも今この瞬間は、祭りはもうしばらくいいという感想だ。
3人で「そうだねー」「どうしようねー」と力ない会話をしていたらスマホが震えた。見てみると奈都からで、私たちがグループに流した花火の写真に感想をくれていた。
『花火綺麗! 私もみんなとお祭り行きたいから、今週末空けたよ!』
3人で無言で奈都からのメッセージを見つめて、静かにスマホをしまった。
三大花火大会の一つ、南の祭が無事に終わった。これを皮切りに、私の作ったイベントカレンダーには、夏祭りの日程がぎっしり書かれている。
もはや花火よりも人間サウナの思い出の方が強烈に刻み込まれているが、これもまた青春だろうか。
「まあ、空いてはいるよ」
目をつむったまま、少しだけ微笑んで涼夏が言った。
空気の読めない友人がせっかく予定を空けてくれたのだ。行くしかないだろう。
沖縄旅行の前に力を使い切るべきではないが、大丈夫。私たちには若さがある。5日後どころか、明日にはもう元気になっているだろう。
とりあえず今は、帰ってシャワーを浴びて寝たい。両肩に重みを感じながら、私もすべての決断を明日の自分に放り投げて休むことにした。
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