205 / 311
番外編 七夕(1)
しおりを挟む
<作者より>
沖縄より、少し時を遡ります。
後から書いたため番外編にしてありますが、6巻はここからスタートさせる予定です。
* * *
今日が7月7日であることを、朝起きた時は意識していたが、奈都と会う頃には忘れていた。奈都の口からもそういう話題が出ることはなかったので、すっかり忘れたまま登校すると、今日は早く来ていた涼夏が開口一番こう言った。
「何か願い事は考えてきた?」
そう言えば今日は七夕だった。まるでそういう遊びを事前に約束していたかのような口ぶりだが、今初めて聞いた気がする。忘れているだけだろうか。
絢音の方を見ると、絢音はまったくの無表情で口を開いた。
「ミーンミンミンミンミンミンミンミンミン」
「いや、怖いんだけど」
私が一歩後ずさりすると、涼夏がなかなか豪快に笑った。まったく展開がわからないが、私が来る前に何か話していたのだろう。
「そもそも七夕って何? AyaneGPTは知ってる?」
遊びの前に対象に関する知識を深めるのは、帰宅部の標準ムーブだ。私の質問に、絢音は無機質に頷いた。
「はい、知っています。七夕は中国が発祥の伝統的な祭りです。彦星と織姫が1年に1回、天の川で会う日とされています。七夕の夜になると、子供たちが短冊に願い事を書いて笹の葉に吊るします」
「どうして笹の葉なの?」
「短冊を笹の葉に吊るすのは、パンダが笹の葉を好きだからです。パンダは中国に生息する哺乳類の動物です。白と黒で構成されていることから、中国のシマウマとも呼ばれています」
どう考えても呼ばれていないが、AyaneGPTの精度はこんなものだし、どんな答えでも、あたかもそうであるように断定表現で答えるのが特徴だ。
由来もわかったところで、改めて願い事を考えることにする。
「涼夏と絢音ともっと仲良くなりたいとか?」
とりあえず思い付いたことを口にすると、涼夏に「それは努力で叶う」と却下された。驚いて眉を上げると、隣で絢音も思案げな顔をした。
「じゃあ、もっと成績が良くなりますようにとか、楽器が上手になりますようにとかもダメ?」
「ダメじゃないけど」
「やっぱり世界平和? もう人間の努力じゃどうしようもない」
絢音が静かに首を振ると、束ねた髪がふわふわと揺れた。首元が涼しそうだ。
「世界の多くの国で、人々が飢餓に苦しんでいる」
私がとてもツライと顔をしかめると、涼夏に「平和と飢餓は関係なかろう」と冷静に言われた。
「そう?」
「戦争のない世界を平和と定義しよう」
「平和ってなんだろう。AyaneGPTは知ってる?」
難しい話になったのでAI(アヤネ・インテリジェンス)に振ると、絢音は頷きもせずに答えた。
「はい、知っています。平和とは、紛争や暴力がなく、人々が尊敬し合い、安全に生活している状態です」
「世界平和もいいけど、もっと身近なのにしよう」
涼夏がさらっと却下して、絢音が難しいと首をひねった。
「努力じゃどうにもならない身近なこと」
「つまり、大金を拾う」
これだ。ようやく正解に辿り着いたと満足げに頷いたが、二人は呆れたように首を振るばかりだった。納得がいかない。
言い出しっぺは何か考えてきたか聞くと、涼夏は大きく頷いて微笑んだ。
「帰宅部の益々の繁栄」
「それ、私の仲良くなるのと同じレベルじゃん」
「じゃあ、楽しい企画を思い付きますように」
確かに、閃きは努力でなんとか出来るものではない。もっとも、例えばバラエティー番組のコーナーを考えている人たちが、いつも閃きに頼っているとは思えないから、何かしらそういう技術があるのだろう。
「私はお小遣いが増えますようにとかかなぁ。相手は人間だけど、交渉してもなんともならないから、神頼みに近いものがある」
絢音がさっきの蝉と同じくらい、無表情でそう言った。お小遣いが少ないばかりか、臨時で要求すると参加の方を諦めろと言われるから相談もできず、随分と厳しい環境に置かれている。私と涼夏の援助を受けてくれるのでまだいいが、少なからず活動を制限されているのは確かだ。
涼夏が同情する眼差しで肩をすくめた。
「大金を拾うより難しそうだ。相手が人の分、織姫と彦星の力が及ばなそう」
「織姫、もっと頑張って」
「機織ってるだけだしなぁ。知らんけど」
涼夏があっけらかんとそう言ったところで、朝の帰宅部ミーティングはお開きになった。
念のため、織姫が七夕以外の日は何をしているのか、本物のAIに聞いてみたが、天の川の彼方に住んでいるが何をしているのかは知らないと言われた。美しい織物を織ることが出来るとのことなので、きっと美しい織物を織っていることだろう。
沖縄より、少し時を遡ります。
後から書いたため番外編にしてありますが、6巻はここからスタートさせる予定です。
* * *
今日が7月7日であることを、朝起きた時は意識していたが、奈都と会う頃には忘れていた。奈都の口からもそういう話題が出ることはなかったので、すっかり忘れたまま登校すると、今日は早く来ていた涼夏が開口一番こう言った。
「何か願い事は考えてきた?」
そう言えば今日は七夕だった。まるでそういう遊びを事前に約束していたかのような口ぶりだが、今初めて聞いた気がする。忘れているだけだろうか。
絢音の方を見ると、絢音はまったくの無表情で口を開いた。
「ミーンミンミンミンミンミンミンミンミン」
「いや、怖いんだけど」
私が一歩後ずさりすると、涼夏がなかなか豪快に笑った。まったく展開がわからないが、私が来る前に何か話していたのだろう。
「そもそも七夕って何? AyaneGPTは知ってる?」
遊びの前に対象に関する知識を深めるのは、帰宅部の標準ムーブだ。私の質問に、絢音は無機質に頷いた。
「はい、知っています。七夕は中国が発祥の伝統的な祭りです。彦星と織姫が1年に1回、天の川で会う日とされています。七夕の夜になると、子供たちが短冊に願い事を書いて笹の葉に吊るします」
「どうして笹の葉なの?」
「短冊を笹の葉に吊るすのは、パンダが笹の葉を好きだからです。パンダは中国に生息する哺乳類の動物です。白と黒で構成されていることから、中国のシマウマとも呼ばれています」
どう考えても呼ばれていないが、AyaneGPTの精度はこんなものだし、どんな答えでも、あたかもそうであるように断定表現で答えるのが特徴だ。
由来もわかったところで、改めて願い事を考えることにする。
「涼夏と絢音ともっと仲良くなりたいとか?」
とりあえず思い付いたことを口にすると、涼夏に「それは努力で叶う」と却下された。驚いて眉を上げると、隣で絢音も思案げな顔をした。
「じゃあ、もっと成績が良くなりますようにとか、楽器が上手になりますようにとかもダメ?」
「ダメじゃないけど」
「やっぱり世界平和? もう人間の努力じゃどうしようもない」
絢音が静かに首を振ると、束ねた髪がふわふわと揺れた。首元が涼しそうだ。
「世界の多くの国で、人々が飢餓に苦しんでいる」
私がとてもツライと顔をしかめると、涼夏に「平和と飢餓は関係なかろう」と冷静に言われた。
「そう?」
「戦争のない世界を平和と定義しよう」
「平和ってなんだろう。AyaneGPTは知ってる?」
難しい話になったのでAI(アヤネ・インテリジェンス)に振ると、絢音は頷きもせずに答えた。
「はい、知っています。平和とは、紛争や暴力がなく、人々が尊敬し合い、安全に生活している状態です」
「世界平和もいいけど、もっと身近なのにしよう」
涼夏がさらっと却下して、絢音が難しいと首をひねった。
「努力じゃどうにもならない身近なこと」
「つまり、大金を拾う」
これだ。ようやく正解に辿り着いたと満足げに頷いたが、二人は呆れたように首を振るばかりだった。納得がいかない。
言い出しっぺは何か考えてきたか聞くと、涼夏は大きく頷いて微笑んだ。
「帰宅部の益々の繁栄」
「それ、私の仲良くなるのと同じレベルじゃん」
「じゃあ、楽しい企画を思い付きますように」
確かに、閃きは努力でなんとか出来るものではない。もっとも、例えばバラエティー番組のコーナーを考えている人たちが、いつも閃きに頼っているとは思えないから、何かしらそういう技術があるのだろう。
「私はお小遣いが増えますようにとかかなぁ。相手は人間だけど、交渉してもなんともならないから、神頼みに近いものがある」
絢音がさっきの蝉と同じくらい、無表情でそう言った。お小遣いが少ないばかりか、臨時で要求すると参加の方を諦めろと言われるから相談もできず、随分と厳しい環境に置かれている。私と涼夏の援助を受けてくれるのでまだいいが、少なからず活動を制限されているのは確かだ。
涼夏が同情する眼差しで肩をすくめた。
「大金を拾うより難しそうだ。相手が人の分、織姫と彦星の力が及ばなそう」
「織姫、もっと頑張って」
「機織ってるだけだしなぁ。知らんけど」
涼夏があっけらかんとそう言ったところで、朝の帰宅部ミーティングはお開きになった。
念のため、織姫が七夕以外の日は何をしているのか、本物のAIに聞いてみたが、天の川の彼方に住んでいるが何をしているのかは知らないと言われた。美しい織物を織ることが出来るとのことなので、きっと美しい織物を織っていることだろう。
1
お気に入りに追加
178
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
さくらと遥香(ショートストーリー)
youmery
恋愛
「さくらと遥香」46時間TV編で両想いになり、周りには内緒で付き合い始めたさくちゃんとかっきー。
その後のメインストーリーとはあまり関係してこない、単発で読めるショートストーリー集です。
※さくちゃん目線です。
※さくちゃんとかっきーは周りに内緒で付き合っています。メンバーにも事務所にも秘密にしています。
※メインストーリーの長編「さくらと遥香」を未読でも楽しめますが、46時間TV編だけでも読んでからお読みいただくことをおすすめします。
※ショートストーリーはpixivでもほぼ同内容で公開中です。
機械娘の機ぐるみを着せないで!
ジャン・幸田
青春
二十世紀末のOVA(オリジナルビデオアニメ)作品の「ガーディアンガールズ」に憧れていたアラフィフ親父はとんでもない事をしでかした! その作品に登場するパワードスーツを本当に開発してしまった!
そのスーツを娘ばかりでなく友人にも着せ始めた! そのとき、トラブルの幕が上がるのであった。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる