上 下
181 / 296

第49話 沖縄 3

しおりを挟む
 飛行機は定刻通りに那覇空港に降り立った。着陸の時に衝撃があるのかと思ったが、そうでもなかった。それよりも、着陸後に一気に減速する方がスリルがあった。
 飛行機を出たところで待ち合わせているので、荷物を持って他の乗客と一緒にボーディング・ブリッジに降り立つと、むわっとした熱気に包み込まれた。夏だ。いや、地元も夏だったが。
 一人で突っ込みながら通路まで行くと、先に降りていた奈都が可愛らしく手を振った。
「お疲れー。どうだった?」
「奈都には内緒」
「どうして!」
 奈都が血相を変える。沖縄に来ても、奈都は奈都のままだ。安心して長い息を吐くと、奈都に怪訝な顔をされた。
 窓から外を見ると、夏の雲が浮かんでいた。曇りと言えば曇りだろうか。陰っていたが、しばらく眺めていたら強い日差しが降り注いだ。
 絢音と涼夏がやって来て、合流してすぐに出口に向かって歩き出した。ここから先は全員未体験なので、行動力のある人たちに任せたい。
「飛行機、ちょっと揺れたけど、あんなもん? それとも、あれは揺れた内には入らない?」
 涼夏が思い出すように言った。確かに、フライト中、一度だけベルト着用のサインが出て、ガクンと機体が下がった。一瞬ひやっとしたが、周りを見ても誰一人慌てた様子はなかった。
「まあ、あんなもんじゃない?」
 奈都が何でもないようにそう言って、隣で絢音も明るい表情で頷いた。
 機内では何をしていたか話しながら外に出る。普通だとスーツケースの受け取りに時間がかかるらしいが、全部リュックに押し込んだおかげでスムーズだ。
 那覇空港からの移動手段は、レンタカーとモノレールが一般的らしいが、私たちは高校生なので、もちろん車という選択肢はない。本日の最初にして一番の目的地は、瀬長島ウミカジテラスである。空港のすぐ南にある小さな島に、白いショップが建ち並んでいて、見た目にも可愛く、リゾート気分を味わえる素敵な場所だ。そこへの移動手段として、涼夏はレンタサイクルを提唱した。
「そっから市街に戻ることとか、ホテルの場所とか、ホテルから国際通りの距離とか考えたら、レンタサイクルはすごく便利という結論に至りました」
 事前にそう聞かされていて、みんなそれに賛同してスマホにアプリもインストールした。アプリで予約をすると、そこに表示されたパスコードで自転車が借りられるらしい。アプリのマップ上から、どこに何台あって、バッテリーがどれだけ残っているか、また返却可能な台数などもわかるようになっている。事前にみんなで動画を見たのだが、文明ヤバイという感想しかなかった。
 生憎那覇空港にはステーションがなく、一番近いステーションはゆいレールで一駅先の赤嶺だった。一駅くらい歩こうと思っていたが、空港から一歩外に出た瞬間、涼夏ががっくりと肩を落として決め台詞を吐いた。
「暑いの無理」
「いや、ここ沖縄だから! ずっと暑いから!」
 奈都が慌てた様子でそう言って、絢音がくすっと笑った。涼夏が眩しそうに空を見上げて、うっすらと微笑んだ。
「世の中には意味のある暑さと、意味のない暑さがある。ここから赤嶺まで二キロ歩いて、得られるものは何もない」
 二キロなど、普通に歩けば二十分弱。みんなで喋りながら歩いたらあっという間という算段だったが、涼夏の想像よりだいぶ暑かったようだ。実際、周りに何もない道を歩くのは退屈そうだし、私もこの炎天下の中を歩きたくない。
「じゃあ、ゆいレール使う?」
「四人ならタクシーの方が安いし速いでしょ」
 涼夏が当たり前のようにそう言って、タクシー乗り場に歩き出した。
 そこでタクシーという選択肢が出て来るのがさすがである。普通にバスかゆいレールを考えたが、確かにタクシーなら一メーターか二メーターで行けそうだ。
「涼夏といると、普通にタクシーを使うから、何だかリッチになった気分」
 奈都が嬉しそうにそう言って、涼夏がおどけるように手を広げた。
「一番安い手段を提案してるつもりだが」
「そうなんだけどね」
 そんなわけで、運転手さんには近距離で申し訳ないが、赤嶺まで乗せてもらい、あっと言う間に到着した。赤嶺には三ヶ所もレンタサイクルのステーションがあり、無事にバッテリー残量の多い自転車を四台確保できた。
「この駅の重要度はわからないけど、こんなにあるなら、空港にも作ってくれればいいのにね」
 施錠と開錠を確認しながらそうぼやくと、絢音が同じように自転車の動作を確認しながら言った。
「観光客向けじゃないのかも」
「調べたら、ゆいレールの次の駅にもあるし、その次の駅にもあるよ? 空港にだけないのは、何か理由がある気がする」
「返そうと思って空港まで行ったら埋まってたとか、上手く使えなかった時の挽回が難しいからかも」
「ありそう」
 ああだこうだ言いながら、自転車に乗る。電動自転車は初めてだが、踏み込んだ時に急発進するのが少し驚いたくらいで、すごく楽だった。
「坂が楽だって聞くけど、瀬長島までには坂はなさそうだね」
「きっとその先、嫌っていうほどあるよ」
「今回のプランは、海から離れる予定もあるの?」
「わからん」
 国道沿いにしばらく単調な道が続いたが、瀬長島の看板で右に折れると、南国の木の生えた道に出た。右手に空港、左手に青い海が広がっていてテンションが上がった。
「これは沖縄!」
「ただし、暑い」
 滴り落ちる汗を拭う。奈都はリュックからスポーツドリンクを取り出して飲み、絢音は帽子をかぶり直した。
 ウェルカムの看板を通り過ぎると、いよいよ瀬長島に入る。入ると言っても、ずっと立派な道が続いているので、どこからが島なのかよくわからないが、海岸線沿いに走っていると写真で見た白い家々が見えてきた。段差を利用して造られていて、立体的に密集している。
「テンション上がってきた!」
 ワクワクしながら言うと、涼夏がにっこりと笑った。
「テンションの高い千紗都、可愛い」
「私、結構いつもテンション高いから、いつも可愛いね」
「千紗都はいつも可愛いけど、いつもテンション高いようには見えんな」
 適当な場所に自転車を駐めて、敷地に入る。背中の方から大きな音がしたので、振り返ると今まさに飛行機が着陸するところだった。テラスから間近で飛行機を見ながら食事を楽しめるようだ。
「日本にもこんな場所があるんだ」
 私がそう呟くと、奈都が「沖縄だけどね」と苦笑した。無言で帰宅部の仲間に解説を求めると、絢音が得意気に頷いた。
「つまり、沖縄は日本じゃない」
「そんなこと言ってないから!」
「ナッちゃん、面白いなぁ」
 からかったつもりはないが、奈都は不満げに頬を膨らませた。そもそもよくわからないことを言ったのは奈都の方だと思うが、まあ可愛いから放っておこう。
 階段を上ったり下りたりして一通り店を眺めていたら、汗だくで死にそうになった。ひとまずお腹を満たそうと、ハンバーガーとカレーで決を採った結果、ハンバーガーになった。
「沖縄って感じがするしね」
 奈都が声を弾ませる。どうやら奈都の中では、沖縄は日本ではないらしい。もちろん、四十七都道府県の中で一番文化や風土が独特なのは確かだし、私たちもそれを楽しみに来ているから、理解できなくもない。
「アー・ユー・ア・ハンバーガー?」
 話を合わせるために英語で聞いてみると、奈都は力強く「イエス!」と頷いた。元気でよろしい。
「ハンバーグラーみたいな感じかな」
 仲間に尋ねるように呟くと、涼夏が可愛らしく首を傾げた。
「それはなんだ?」
「顔がハンバーガーみたいなキャラ、いなかったっけ?」
「知らんなぁ」
 私も自信がなかったので、ひとまずその話は終わりにした。まずは腹ごしらえだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

感情とおっぱいは大きい方が好みです ~爆乳のあの娘に特大の愛を~

楠富 つかさ
青春
 落語研究会に所属する私、武藤和珠音は寮のルームメイトに片想い中。ルームメイトはおっぱいが大きい。優しくてボディタッチにも寛容……だからこそ分からなくなる。付き合っていない私たちは、どこまで触れ合っていんだろう、と。私は思っているよ、一線超えたいって。まだ君は気づいていないみたいだけど。 世界観共有日常系百合小説、星花女子プロジェクト11弾スタート! ※表紙はAIイラストです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【完結】【R18百合】会社のゆるふわ後輩女子に抱かれました

千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。 レズビアンの月岡美波が起きると、会社の後輩女子の桜庭ハルナと共にベッドで寝ていた。 一体何があったのか? 桜庭ハルナはどういうつもりなのか? 月岡美波はどんな選択をするのか? おすすめシチュエーション ・後輩に振り回される先輩 ・先輩が大好きな後輩 続きは「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」にて掲載しています。 だいぶ毛色が変わるのでシーズン2として別作品で登録することにしました。 読んでやってくれると幸いです。 「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/759377035/615873195 ※タイトル画像はAI生成です

百合の一幕 涼香と涼音の緩い日常

坂餅
青春
毎日更新 一話一話が短いのでサクッと読める作品です。 水原涼香(みずはらりょうか) 黒髪ロングに左目尻ほくろのスレンダーなクールビューティー。下級生を中心に、クールで美人な先輩という認識を持たれている。同級生達からは問題児扱い。涼音の可愛さは全人類が知るべきことだと思っている。 檜山涼音(ひやますずね) 茶色に染められた長い髪をおさげにしており、クリっとした目はとても可愛らしい。その愛らしい見た目は、この学校で可愛い子は? と言えばすぐ名前が上がる程の可愛さ。涼香がいればそれでいいと思っている節がある。 柏木菜々美(かしわぎななみ) 肩口まで伸びてた赤毛の少し釣り目な女子生徒。ここねが世界で一可愛い。 自分がここねといちゃついているのに、他の人がいちゃついているのを見ると顔を真っ赤にして照れたり逃げ出したり爆発する。 基本的にいちゃついているところを見られても真っ赤になったり爆発したりする。 残念美人。 芹澤ここね(せりざわここね) 黒のサイドテールの小柄な体躯に真面目な生徒。目が大きく、小動物のような思わず守ってあげたくなる雰囲気がある。可愛い。ここねの頭を撫でるために今日も争いが繰り広げられているとかいないとか。菜々美が大好き。人前でもいちゃつける人。 綾瀬彩(あやせあや) ウェーブがかったベージュの髪。セミロング。 成績優秀。可愛い顔をしているのだが、常に機嫌が悪そうな顔をしている、決して菜々美と涼香のせいで機嫌が悪い顔をしているわけではない。決して涼香のせいではない。なぜかフルネームで呼ばれる。夏美とよく一緒にいる。 伊藤夏美(いとうなつみ) 彩の真似をして髪の毛をベージュに染めている。髪型まで同じにしたら彩が怒るからボブヘアーにパーマをあててウェーブさせている 彩と同じ中学出身。彩を追ってこの高校に入学した。 元々は引っ込み思案な性格だったが、堂々としている彩に憧れて、彩の隣に立てるようにと頑張っている。 綺麗な顔立ちの子。 春田若菜(はるたわかな) 黒髪ショートカットのバスケ部。涼香と三年間同じクラスの猛者。 なんとなくの雰囲気でそれっぽいことを言える。涼香と三年間同じクラスで過ごしただけのことはある。 涼香が躓いて放った宙を舞う割れ物は若菜がキャッチする。 チャリ通。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

処理中です...