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第49話 沖縄 1
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ユナ高での二度目の夏休みの少し前のことだった。そろそろ梅雨が終わるだろうかと、教室の窓からどんよりと曇った空を眺めていたら、涼夏がやってきて、隣で同じように空を見上げた。
「夏休みに、沖縄に行こうか」
いきなりである。これまでそんな話は一言もしていなかったし、そんな話題が出る前触れもなかった。
「沖縄っていうのは、四十七都道府県の一番南にある、無数の島で構成された県のこと?」
「そうだね」
「二人で?」
「四人でだけど」
当たり前のように涼夏が答える。もちろん、私と二人が嫌という意味ではないだろうから、余計な突っ込みはせずに沖縄の話を掘り下げることにした。
「どうして突然沖縄?」
「うん。理由は十個ある」
「多いから三つにして」
冷静に突っ込むと、涼夏は満足そうに微笑んだ。十個言わせた方が面白かっただろうか。
「一つは、今年は去年を超えようと思ってたのに、ここまで大して何もしていない」
涼夏がピッと指を立てる。その指先を見つめながら、頭の中で一学期を振り返った。
ゴールデンウィークはそれなりに充実した毎日を過ごしたが、新しいと言えるようなことはしなかった。その先は祝日もなく、平凡な毎日を過ごしている。絢音がライブをしたり、みんなで奈都のバトンの演技を見たりはしたが、それはもはや日常の一部だった。私たちは徐々に、「特別」に慣れてきている。
「二つ目に、そろそろ私たちは飛行機を経験するべきだと思う」
涼夏がVサインのように指を二本立てて、意味もなく左右に振った。仕草が可愛らしい。
涼夏ほど飛行機に憧れがあるわけではないが、絢音も奈都も乗っているし、興味がないこともない。涼夏と一緒に初体験が出来るなら、それは二人の良い思い出になるだろう。
「三つ目に、なんか知らんけど安い」
「安いんだ」
「LCCなる飛行機を使うと、新幹線で東京に行くくらいの金額で、沖縄を往復できる。ホテルも、東京のカプセルホテルくらいの料金で、シティホテルに泊まれる」
カプセルホテルの相場はわからないが、いかにも安そうだ。夏の沖縄というのは、人生で一度は経験したいくらいの気持ちでいたが、今の話だと、もっと気楽に考えてもいいのかもしれない。そう言うと、涼夏は大きく頷いた。
「私もそう思った。そこで、気楽に、軽率に行ってみたらどうだろうと思った」
「なるほど」
「そして四つ目に!」
涼夏が力強くそう言って、親指を折り曲げたまま小指を立てた。三つでは足りなかったらしい。せっかくだから聞いてあげようと、そっと指を立てた手に自分の指を絡めると、涼夏が驚いたように眉を上げた。
「突然のボディータッチに、涼夏さん、ドキドキした」
「四つ目に?」
「去年行った海は超えたい。まあ、千紗都はナッちゃんとキスした記憶しか残ってないと思うけど」
そう言って、涼夏がいたずらっぽく笑いながら、私の手をギュッと握った。
去年行った海は面白かった。帰宅部初の泊まりの旅行だったし、私は友達と海に行った経験がなかったので、何もかもが新鮮だった。
もちろん今年も海に行くつもりはあったが、あれを超えるのは難しいだろう。初めてというのは印象に残るものだ。
「花火でLOVEを作った記憶はある。奈都とキスなんてしたっけ?」
とぼけるように首をひねると、涼夏がわざとらしく肩をすくめた。
「覚えてて。ナッちゃんのファーストキスなんだから」
「私はファーストキスじゃなかったから。ファーストキスはちゃんと覚えてる」
「どんなだった?」
「えっと……夕方の校舎裏で……」
眉間に皺を寄せて、唸るように言葉をひねり出すと、涼夏が血相を変えて身を乗り出した。
「捏造だから! もしくは、相手が私じゃない!」
「まあ、キスの話はいいよ」
何だか恥ずかしいので、軽く手を振って話を切った。涼夏とのキスも、絢音とのキスも、奈都とのキスも、もちろんしっかりと覚えている。順番になってしまったが、私はそれに一切の優劣をつけていない。
「それで、沖縄ね。私はいいよ。今年の夏もバイトするし、たぶんお金も大丈夫。親にもねだれるし」
「うん。じゃあ、もうちょっとちゃんとお金を調べて、絢音とナッちゃんにも聞いてみるね。行くならさすがにそろそろ航空券を取らないといけない」
そろそろと言っても、もう夏休みは目前に迫っている。
それにしても、乗ったこともないのに、飛行機を調べたり航空券を取ったり、相変わらず涼夏は逞しい。周囲に人がいないことを確認してから、握った涼夏の手を口に近付けて、人差し指を軽く噛んだ。涼夏が顔を赤くして口をパクパクさせた。
「な、何?」
「お礼」
くすっと笑うと、涼夏はしおらしく俯いて、「ありがとう」と呟いた。何だか知らないが、涼夏はいつだって可愛らしい。
その後、この沖縄の話はたったの二日で行くことが確定して、航空券も涼夏がまとめて購入した。奈都は私と同じように親にねだったが、絢音は最初から親には相談しなかった。それは、私と涼夏のアドバイスでもある。
絢音が旅行に必要なお金を持っていないことは明らかなので、もし頼んでダメだったら、旅行自体を反対される可能性が高い。それなら初めから私と涼夏で貸した方がいいのではないかという私たちのアイデアに、絢音は二つ返事で賛同した。
「二人がそれで問題ないなら、私はすごく助かる」
「まあ、また絢音には嘘をつかせることになるけど」
「帰宅部の大きな行事を、正直に話したことなんてないから平気」
絢音が可愛らしくガッツポーズする。褒められたことではないが、反対されてばかりだと相談すらしなくなり、叱られてばかりだと本当のことを言わなくなるという典型だろう。
「子育ての反面教師にしよう」
涼夏が自分のお腹を撫でながら、深刻そうに頷いた。得意のイマジナリーベイベーだろうか。
旅行のプランは二泊三日で、夜は那覇に連泊。プール付きのシティホテルで、ツインを二部屋。朝食バイキングも付いて、一人一万円しなかった。ちなみにシティホテルとは、ビジネスホテルよりワンランク上のホテルらしく、予約したホテルも、大広間や小さな庭園があって結婚式にも使えるらしい。
「深刻なデフレなのか、沖縄の相場が安いのか」
私が思案げに呟くと、涼夏が明るく笑った。
「経済のことはわからんけど、安いのはいいね」
「助かるね」
「物価が上がっても給料が変わらないなら、物価は安い方がいいよ。親もそう言ってた」
絢音が勝ち気な瞳で頷いた。学年の秀才がそう言うのなら、きっとデフレはいい状態なのだろう。そういうことにしておこう。
ちなみに飛行機は、正規料金の中でも最も安いプランを予約した。預け入れ手荷物無しで、座席指定も出来ないらしい。那覇は都会なので、必要最小限の物以外は、現地の百均やスーパーで買えばいいだろうとのこと。どうせ私はスーツケースを持っていないので、それは別に構わなかった。リュックに着替えだけ入れていけばいいだろう。
どちらかと言うと、座席指定の方が不安である。話を聞いた奈都が、困り顔で言った。
「初めての飛行機で、隣が知らない人とか、まあなんかそれはそれで面白いか」
「奈都が寂しくて泣かないか心配」
「たったの二時間だし、スマホにマンガ入れて読んでたら、すぐに着くよ」
さすがは経験者。気楽なものである。
預け入れ手荷物と座席指定を追加すると、片道二千五百円、往復で五千円も金額が上がる。それは高校生の私たちには大金だし、奈都の言う通り、たった二時間のことだ。
「まあ、お互いの気配を感じながら、空の旅を楽しもう」
私と同じく初フライトの涼夏が、そう言ってあっけらかんと笑った。
安いのは正義。こうして、飛行機とホテルで合わせて二万五千円の沖縄旅行は、拍子抜けするほどあっさりと実現の運びとなった。
「夏休みに、沖縄に行こうか」
いきなりである。これまでそんな話は一言もしていなかったし、そんな話題が出る前触れもなかった。
「沖縄っていうのは、四十七都道府県の一番南にある、無数の島で構成された県のこと?」
「そうだね」
「二人で?」
「四人でだけど」
当たり前のように涼夏が答える。もちろん、私と二人が嫌という意味ではないだろうから、余計な突っ込みはせずに沖縄の話を掘り下げることにした。
「どうして突然沖縄?」
「うん。理由は十個ある」
「多いから三つにして」
冷静に突っ込むと、涼夏は満足そうに微笑んだ。十個言わせた方が面白かっただろうか。
「一つは、今年は去年を超えようと思ってたのに、ここまで大して何もしていない」
涼夏がピッと指を立てる。その指先を見つめながら、頭の中で一学期を振り返った。
ゴールデンウィークはそれなりに充実した毎日を過ごしたが、新しいと言えるようなことはしなかった。その先は祝日もなく、平凡な毎日を過ごしている。絢音がライブをしたり、みんなで奈都のバトンの演技を見たりはしたが、それはもはや日常の一部だった。私たちは徐々に、「特別」に慣れてきている。
「二つ目に、そろそろ私たちは飛行機を経験するべきだと思う」
涼夏がVサインのように指を二本立てて、意味もなく左右に振った。仕草が可愛らしい。
涼夏ほど飛行機に憧れがあるわけではないが、絢音も奈都も乗っているし、興味がないこともない。涼夏と一緒に初体験が出来るなら、それは二人の良い思い出になるだろう。
「三つ目に、なんか知らんけど安い」
「安いんだ」
「LCCなる飛行機を使うと、新幹線で東京に行くくらいの金額で、沖縄を往復できる。ホテルも、東京のカプセルホテルくらいの料金で、シティホテルに泊まれる」
カプセルホテルの相場はわからないが、いかにも安そうだ。夏の沖縄というのは、人生で一度は経験したいくらいの気持ちでいたが、今の話だと、もっと気楽に考えてもいいのかもしれない。そう言うと、涼夏は大きく頷いた。
「私もそう思った。そこで、気楽に、軽率に行ってみたらどうだろうと思った」
「なるほど」
「そして四つ目に!」
涼夏が力強くそう言って、親指を折り曲げたまま小指を立てた。三つでは足りなかったらしい。せっかくだから聞いてあげようと、そっと指を立てた手に自分の指を絡めると、涼夏が驚いたように眉を上げた。
「突然のボディータッチに、涼夏さん、ドキドキした」
「四つ目に?」
「去年行った海は超えたい。まあ、千紗都はナッちゃんとキスした記憶しか残ってないと思うけど」
そう言って、涼夏がいたずらっぽく笑いながら、私の手をギュッと握った。
去年行った海は面白かった。帰宅部初の泊まりの旅行だったし、私は友達と海に行った経験がなかったので、何もかもが新鮮だった。
もちろん今年も海に行くつもりはあったが、あれを超えるのは難しいだろう。初めてというのは印象に残るものだ。
「花火でLOVEを作った記憶はある。奈都とキスなんてしたっけ?」
とぼけるように首をひねると、涼夏がわざとらしく肩をすくめた。
「覚えてて。ナッちゃんのファーストキスなんだから」
「私はファーストキスじゃなかったから。ファーストキスはちゃんと覚えてる」
「どんなだった?」
「えっと……夕方の校舎裏で……」
眉間に皺を寄せて、唸るように言葉をひねり出すと、涼夏が血相を変えて身を乗り出した。
「捏造だから! もしくは、相手が私じゃない!」
「まあ、キスの話はいいよ」
何だか恥ずかしいので、軽く手を振って話を切った。涼夏とのキスも、絢音とのキスも、奈都とのキスも、もちろんしっかりと覚えている。順番になってしまったが、私はそれに一切の優劣をつけていない。
「それで、沖縄ね。私はいいよ。今年の夏もバイトするし、たぶんお金も大丈夫。親にもねだれるし」
「うん。じゃあ、もうちょっとちゃんとお金を調べて、絢音とナッちゃんにも聞いてみるね。行くならさすがにそろそろ航空券を取らないといけない」
そろそろと言っても、もう夏休みは目前に迫っている。
それにしても、乗ったこともないのに、飛行機を調べたり航空券を取ったり、相変わらず涼夏は逞しい。周囲に人がいないことを確認してから、握った涼夏の手を口に近付けて、人差し指を軽く噛んだ。涼夏が顔を赤くして口をパクパクさせた。
「な、何?」
「お礼」
くすっと笑うと、涼夏はしおらしく俯いて、「ありがとう」と呟いた。何だか知らないが、涼夏はいつだって可愛らしい。
その後、この沖縄の話はたったの二日で行くことが確定して、航空券も涼夏がまとめて購入した。奈都は私と同じように親にねだったが、絢音は最初から親には相談しなかった。それは、私と涼夏のアドバイスでもある。
絢音が旅行に必要なお金を持っていないことは明らかなので、もし頼んでダメだったら、旅行自体を反対される可能性が高い。それなら初めから私と涼夏で貸した方がいいのではないかという私たちのアイデアに、絢音は二つ返事で賛同した。
「二人がそれで問題ないなら、私はすごく助かる」
「まあ、また絢音には嘘をつかせることになるけど」
「帰宅部の大きな行事を、正直に話したことなんてないから平気」
絢音が可愛らしくガッツポーズする。褒められたことではないが、反対されてばかりだと相談すらしなくなり、叱られてばかりだと本当のことを言わなくなるという典型だろう。
「子育ての反面教師にしよう」
涼夏が自分のお腹を撫でながら、深刻そうに頷いた。得意のイマジナリーベイベーだろうか。
旅行のプランは二泊三日で、夜は那覇に連泊。プール付きのシティホテルで、ツインを二部屋。朝食バイキングも付いて、一人一万円しなかった。ちなみにシティホテルとは、ビジネスホテルよりワンランク上のホテルらしく、予約したホテルも、大広間や小さな庭園があって結婚式にも使えるらしい。
「深刻なデフレなのか、沖縄の相場が安いのか」
私が思案げに呟くと、涼夏が明るく笑った。
「経済のことはわからんけど、安いのはいいね」
「助かるね」
「物価が上がっても給料が変わらないなら、物価は安い方がいいよ。親もそう言ってた」
絢音が勝ち気な瞳で頷いた。学年の秀才がそう言うのなら、きっとデフレはいい状態なのだろう。そういうことにしておこう。
ちなみに飛行機は、正規料金の中でも最も安いプランを予約した。預け入れ手荷物無しで、座席指定も出来ないらしい。那覇は都会なので、必要最小限の物以外は、現地の百均やスーパーで買えばいいだろうとのこと。どうせ私はスーツケースを持っていないので、それは別に構わなかった。リュックに着替えだけ入れていけばいいだろう。
どちらかと言うと、座席指定の方が不安である。話を聞いた奈都が、困り顔で言った。
「初めての飛行機で、隣が知らない人とか、まあなんかそれはそれで面白いか」
「奈都が寂しくて泣かないか心配」
「たったの二時間だし、スマホにマンガ入れて読んでたら、すぐに着くよ」
さすがは経験者。気楽なものである。
預け入れ手荷物と座席指定を追加すると、片道二千五百円、往復で五千円も金額が上がる。それは高校生の私たちには大金だし、奈都の言う通り、たった二時間のことだ。
「まあ、お互いの気配を感じながら、空の旅を楽しもう」
私と同じく初フライトの涼夏が、そう言ってあっけらかんと笑った。
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