上 下
172 / 296

第47話 山(3)

しおりを挟む
 谷鳥之山の最寄り駅で降りると、熱と湿気を含んだ空気がまとわりついてきた。本来なら半袖とスカートで過ごすような季節だ。日差しはないが熱中症には十分気を付けなくてはいけない。
 リュックにはペットボトルを2本入れてきたが足りるだろうか。すでに封を開けた方からふた口飲んで、リュックのポケットに戻す。
 高い建物のない田舎の景色である。スマホで地図を見ると、前方に見える山が目指す谷鳥之山のようだ。濃い緑に覆われている。
「行って戻ってくるだけで満足しそう」
 奈都が軽く体操しながら言った。同じように屈伸をしながら、絢音が微笑む。
「意外とすぐ着くものだよ。上ノ水から学校を往復するくらい?」
「そう聞くと近く感じる。知らない場所だと遠く感じる」
「行きより帰りの方が近い法則だね」
 そう言いながら、体操のために一度降ろしたリュックを背負い直した。ずっしりと肩に食い込むが、帰りには食べ物も飲み物もなくなって軽くなっているだろう。
 小川の橋を渡り、山の方に歩いて行く。私たち3人の他に、歩いている人は誰もいない。そもそも、駅で降りた人自体が数人で、みんな駅前に停まっていた車に拾われたり、駐車場の方へ歩いて行った。
「皆さん、運転免許は取りますか?」
 何となく二人にそう聞くと、奈都は大きく首を縦に振った。
「車校のお金も出してもらえそうだし。私が免許を取ることで家族にもメリットがあるみたい」
「欲しいけど、お金がネックかなぁ。少なくとも兄はまだ車校に行ってない。お金の話は聞いたことがない」
 絢音が残念そうにため息をついた。今の感じでは、諦めているようだ。
 西畑家はお金に厳しいが、貧乏なわけではない。車校の費用くらい、必要なものとして出してあげればいいのにと思うが、子供3人行かせたら100万円を超える。その上大学の授業料もあるし、絢音も私学でお金がかかっている。
 私はというと、当たり前のように出してもらうつもりでいたし、それが普通だと思っていた。さすがに車まで買ってもらえるとは思っていないが、何十万というお金は、今のところ自分で捻出できる気がしない。
「車があると何かと便利だよね。大学生になったら、車で海に行ったり、夜に星を見に行ったりしたいね」
「チサ、メルヘンチストだね」
「それは?」
「ロマンチストの亜種。頭がメルヘンな人に使うの」
「それ、褒めてるつもりなら、奈都はそろそろ日本語の使い方について本気で学んだ方がいいよ」
 私が呆れたようにそう言うと、絢音が可笑しそうに顔を綻ばせた。
 くだらない話をしていたら、やがて道の傾斜がきつくなり、車道も車がすれ違うのが難しいような幅になった。道沿いには小さな川が流れていて、清涼感のある音を立てている。ここ2日ほど雨が降っていたので水量も豊富だ。
 汗を拭いながら車道を登り続けると、やがて左手に登山道入口の看板が現れた。看板といっても、手書きで書かれた木の板が括り付けられているだけだ。
 登山道自体は荒れてはいないが、人の気配はない。蜘蛛の巣などがなければいいがどうだろう。
「思ったのとはだいぶ違う」
 奈都が明るい声でそう言いながら写真を撮った。確かに、低山なので見晴らしの良い岩場の登山道は想像していなかったし、事前に登山ページの写真も見ていたが、イメージより鬱蒼としている。季節もありそうだ。
「低山は秋とか冬がいいのかもだね」
 絢音がそう言いながら、念入りに虫除けスプレーを噴射した。私もそれに倣ってから、3人で記念写真を撮る。それをグループに投稿して、いよいよ土の地面に一歩足を踏み出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

感情とおっぱいは大きい方が好みです ~爆乳のあの娘に特大の愛を~

楠富 つかさ
青春
 落語研究会に所属する私、武藤和珠音は寮のルームメイトに片想い中。ルームメイトはおっぱいが大きい。優しくてボディタッチにも寛容……だからこそ分からなくなる。付き合っていない私たちは、どこまで触れ合っていんだろう、と。私は思っているよ、一線超えたいって。まだ君は気づいていないみたいだけど。 世界観共有日常系百合小説、星花女子プロジェクト11弾スタート! ※表紙はAIイラストです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【完結】【R18百合】会社のゆるふわ後輩女子に抱かれました

千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。 レズビアンの月岡美波が起きると、会社の後輩女子の桜庭ハルナと共にベッドで寝ていた。 一体何があったのか? 桜庭ハルナはどういうつもりなのか? 月岡美波はどんな選択をするのか? おすすめシチュエーション ・後輩に振り回される先輩 ・先輩が大好きな後輩 続きは「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」にて掲載しています。 だいぶ毛色が変わるのでシーズン2として別作品で登録することにしました。 読んでやってくれると幸いです。 「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/759377035/615873195 ※タイトル画像はAI生成です

百合の一幕 涼香と涼音の緩い日常

坂餅
青春
毎日更新 一話一話が短いのでサクッと読める作品です。 水原涼香(みずはらりょうか) 黒髪ロングに左目尻ほくろのスレンダーなクールビューティー。下級生を中心に、クールで美人な先輩という認識を持たれている。同級生達からは問題児扱い。涼音の可愛さは全人類が知るべきことだと思っている。 檜山涼音(ひやますずね) 茶色に染められた長い髪をおさげにしており、クリっとした目はとても可愛らしい。その愛らしい見た目は、この学校で可愛い子は? と言えばすぐ名前が上がる程の可愛さ。涼香がいればそれでいいと思っている節がある。 柏木菜々美(かしわぎななみ) 肩口まで伸びてた赤毛の少し釣り目な女子生徒。ここねが世界で一可愛い。 自分がここねといちゃついているのに、他の人がいちゃついているのを見ると顔を真っ赤にして照れたり逃げ出したり爆発する。 基本的にいちゃついているところを見られても真っ赤になったり爆発したりする。 残念美人。 芹澤ここね(せりざわここね) 黒のサイドテールの小柄な体躯に真面目な生徒。目が大きく、小動物のような思わず守ってあげたくなる雰囲気がある。可愛い。ここねの頭を撫でるために今日も争いが繰り広げられているとかいないとか。菜々美が大好き。人前でもいちゃつける人。 綾瀬彩(あやせあや) ウェーブがかったベージュの髪。セミロング。 成績優秀。可愛い顔をしているのだが、常に機嫌が悪そうな顔をしている、決して菜々美と涼香のせいで機嫌が悪い顔をしているわけではない。決して涼香のせいではない。なぜかフルネームで呼ばれる。夏美とよく一緒にいる。 伊藤夏美(いとうなつみ) 彩の真似をして髪の毛をベージュに染めている。髪型まで同じにしたら彩が怒るからボブヘアーにパーマをあててウェーブさせている 彩と同じ中学出身。彩を追ってこの高校に入学した。 元々は引っ込み思案な性格だったが、堂々としている彩に憧れて、彩の隣に立てるようにと頑張っている。 綺麗な顔立ちの子。 春田若菜(はるたわかな) 黒髪ショートカットのバスケ部。涼香と三年間同じクラスの猛者。 なんとなくの雰囲気でそれっぽいことを言える。涼香と三年間同じクラスで過ごしただけのことはある。 涼香が躓いて放った宙を舞う割れ物は若菜がキャッチする。 チャリ通。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

処理中です...