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第45話 お金(2)
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その日、授業中はもちろん、お昼休みも絢音はいつもと変わりなかった。朝のことは話そうとしなかったし、私たちも何も聞かなかった。
そしてその帰り道、日差しは暑かったが一つ先の古沼に向かって歩き始めると、絢音が難しい顔で口を開いた。
「端的に言うと、親と喧嘩したんだけど、色々と対応を間違えて萎えた」
「対応を間違えたの? 喧嘩の原因が絢音にもあるっていう意味?」
「私は悪くない」
はっきりと絢音がそう言った。真面目な話なのだろうが、言葉の響きが面白かったので思わず笑ってしまう。親に怒られて拗ねている小学生のようだ。
「それで?」
涼夏が先を促すと、絢音は不機嫌そうに唇を尖らせた。
「お金のことでね。私が5千円しかお小遣いをもらってない割に、どう考えても5千円以上使ってそうな行動をしてるから、ちょっと詰められた」
「まあ、色々してるもんね」
色々と言っても、実のところ日頃はそこまでお金のかかる遊びはしていないのだが、塾のない日は毎日遊んで帰ってきて、毎週のように週末遊んでいたら、5千円で足りないのは火を見るより明らかだ。
「涼夏の言う『色々』を、私は家で何も話してないけど、ある程度はバレるよね」
「話してないんだ」
「帰宅部の活動すら、図書室とかコンピュータールームにいることになってるね。家がうるさいから学校の方が勉強しやすいっていうのは、説得力がある」
本題に入る以前に、私も涼夏も絢音のその言葉に驚いた。もちろん、お金のかかる遊びを家に内緒で来ているようなことは聞いていたが、ほとんど何も話していないというのは初耳だ。
「悪い子だね?」
私がからかうようにそう言うと、絢音は妙に大人びた微笑みを浮かべた。
「ずっと言ってるでしょ? 私は二人が思うほどいい子じゃないって」
「まあ、必要な嘘だね。私たちには隠し事はしないでね?」
涼夏が明るい瞳でそう言うと、絢音は満足そうに頷いた。
「それで、足りるわけがないお金はどうしてるんだって言われたから、バイトしてる子がジュースくらいは奢ってくれるって言ったら、なんか高校生でそういうのはやめろって。そういうのってどういうのって感じ」
実際はジュースくらいではないが、本当のことを話したら、帰宅部活動が許されなくなる勢いである。絢音もそれがわかっているから嘘をつき続けていたが、隠し通せなくなったのだろう。それでジュースくらいなら大丈夫かと思ったら甘かったというのが、絢音の間違えた「対応」というわけだ。
「まあ、今のところは無事だけどね。お小遣いは増えない。自分で稼ぐって言っても不機嫌になる。お金がなきゃ、友達と遊べない。成績も落としてないし、勉強もしてるし、何がそんなに気に入らないんだって、思わず反論したら戦争になった」
絢音が聞いたこともないような重たいため息をついて頭を抱えた。以前のバンド仲間との悩みより、遥かに深刻そうだ。絢音は私たち以外の友達は、面倒になったら切り捨てればいいと思っている。それはそれでどうかとも思うが、親兄弟となるとそうもいかない。
去年の夏、涼夏が妹のことで悩んでいたが、やはり家族の悩みは重い。
「それで、色々大丈夫なの?」
涼夏が心配そうに尋ねると、絢音は疲れたように頷いた。
「まあ、割とお父さんが味方してくれた。バンドマンだしね。友達付き合いも大事だろって。とりあえず、あまり奢ってもらうのはやめるよう言われたから、『はいわかりました以後気を付けます』って、感情を込めて言っておいた」
「絶対棒読みだったでしょ」
「高校生活はずっと続いてほしいけど、家は早く出たいー!」
絢音がまるで女子高生のような口調でそう言いながら、涼夏に抱き付いた。いや、女子高生なのだが、なんだかこうして愚痴を零している絢音はレアだ。
涼夏が絢音の頭を撫でながら笑った。
「まあ、のらりくらりと頑張って。絢音の骨は私が拾うから」
「結婚する」
「成婚」
二人がひしっと抱きしめ合い、キスまでし始めたので、私は慌てて両手を振った。
「ちょっと待って。いつから涼夏、絢音と成婚したの?」
「随分前だな」
「私は?」
「千紗都は殿堂入り」
それは一体どういうポジションなのだろう。
二人の仲が深まるのはいいことだし、一緒に暮らす計画が進むのも嬉しいけれど、そこにネガティブな理由はあって欲しくない。
絢音には平穏に暮らして欲しい。そのために私が出来ることは、ひとまず今は、絢音の分までバイトを頑張ることくらいだろう。
何か出来ることはないかと尋ねると、絢音は微笑みながら私に抱き付いた。
「千紗都も胸を貸してくれたら」
そう言いながら、私の胸に顔をうずめてくんくんと鼻を鳴らす。
朝ならともかく、この暑い日に一日過ごした後だとちょっと恥ずかしい。いや、そもそもこの言動自体が恥ずかしいが、とりあえずそれで絢音が元気になれるのなら、胸くらい自由に使ってくれたらと思う。
そしてその帰り道、日差しは暑かったが一つ先の古沼に向かって歩き始めると、絢音が難しい顔で口を開いた。
「端的に言うと、親と喧嘩したんだけど、色々と対応を間違えて萎えた」
「対応を間違えたの? 喧嘩の原因が絢音にもあるっていう意味?」
「私は悪くない」
はっきりと絢音がそう言った。真面目な話なのだろうが、言葉の響きが面白かったので思わず笑ってしまう。親に怒られて拗ねている小学生のようだ。
「それで?」
涼夏が先を促すと、絢音は不機嫌そうに唇を尖らせた。
「お金のことでね。私が5千円しかお小遣いをもらってない割に、どう考えても5千円以上使ってそうな行動をしてるから、ちょっと詰められた」
「まあ、色々してるもんね」
色々と言っても、実のところ日頃はそこまでお金のかかる遊びはしていないのだが、塾のない日は毎日遊んで帰ってきて、毎週のように週末遊んでいたら、5千円で足りないのは火を見るより明らかだ。
「涼夏の言う『色々』を、私は家で何も話してないけど、ある程度はバレるよね」
「話してないんだ」
「帰宅部の活動すら、図書室とかコンピュータールームにいることになってるね。家がうるさいから学校の方が勉強しやすいっていうのは、説得力がある」
本題に入る以前に、私も涼夏も絢音のその言葉に驚いた。もちろん、お金のかかる遊びを家に内緒で来ているようなことは聞いていたが、ほとんど何も話していないというのは初耳だ。
「悪い子だね?」
私がからかうようにそう言うと、絢音は妙に大人びた微笑みを浮かべた。
「ずっと言ってるでしょ? 私は二人が思うほどいい子じゃないって」
「まあ、必要な嘘だね。私たちには隠し事はしないでね?」
涼夏が明るい瞳でそう言うと、絢音は満足そうに頷いた。
「それで、足りるわけがないお金はどうしてるんだって言われたから、バイトしてる子がジュースくらいは奢ってくれるって言ったら、なんか高校生でそういうのはやめろって。そういうのってどういうのって感じ」
実際はジュースくらいではないが、本当のことを話したら、帰宅部活動が許されなくなる勢いである。絢音もそれがわかっているから嘘をつき続けていたが、隠し通せなくなったのだろう。それでジュースくらいなら大丈夫かと思ったら甘かったというのが、絢音の間違えた「対応」というわけだ。
「まあ、今のところは無事だけどね。お小遣いは増えない。自分で稼ぐって言っても不機嫌になる。お金がなきゃ、友達と遊べない。成績も落としてないし、勉強もしてるし、何がそんなに気に入らないんだって、思わず反論したら戦争になった」
絢音が聞いたこともないような重たいため息をついて頭を抱えた。以前のバンド仲間との悩みより、遥かに深刻そうだ。絢音は私たち以外の友達は、面倒になったら切り捨てればいいと思っている。それはそれでどうかとも思うが、親兄弟となるとそうもいかない。
去年の夏、涼夏が妹のことで悩んでいたが、やはり家族の悩みは重い。
「それで、色々大丈夫なの?」
涼夏が心配そうに尋ねると、絢音は疲れたように頷いた。
「まあ、割とお父さんが味方してくれた。バンドマンだしね。友達付き合いも大事だろって。とりあえず、あまり奢ってもらうのはやめるよう言われたから、『はいわかりました以後気を付けます』って、感情を込めて言っておいた」
「絶対棒読みだったでしょ」
「高校生活はずっと続いてほしいけど、家は早く出たいー!」
絢音がまるで女子高生のような口調でそう言いながら、涼夏に抱き付いた。いや、女子高生なのだが、なんだかこうして愚痴を零している絢音はレアだ。
涼夏が絢音の頭を撫でながら笑った。
「まあ、のらりくらりと頑張って。絢音の骨は私が拾うから」
「結婚する」
「成婚」
二人がひしっと抱きしめ合い、キスまでし始めたので、私は慌てて両手を振った。
「ちょっと待って。いつから涼夏、絢音と成婚したの?」
「随分前だな」
「私は?」
「千紗都は殿堂入り」
それは一体どういうポジションなのだろう。
二人の仲が深まるのはいいことだし、一緒に暮らす計画が進むのも嬉しいけれど、そこにネガティブな理由はあって欲しくない。
絢音には平穏に暮らして欲しい。そのために私が出来ることは、ひとまず今は、絢音の分までバイトを頑張ることくらいだろう。
何か出来ることはないかと尋ねると、絢音は微笑みながら私に抱き付いた。
「千紗都も胸を貸してくれたら」
そう言いながら、私の胸に顔をうずめてくんくんと鼻を鳴らす。
朝ならともかく、この暑い日に一日過ごした後だとちょっと恥ずかしい。いや、そもそもこの言動自体が恥ずかしいが、とりあえずそれで絢音が元気になれるのなら、胸くらい自由に使ってくれたらと思う。
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