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第45話 お金(1)
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帰宅部は意外とお金のかかる部活である。カラオケに行くにもビリヤードで遊ぶにも、マックで喋るにもファミレスで勉強するにも、数百円必要だ。これが積み重なると、月数千円になる。
アルバイトをしている涼夏や、月にお小遣いを1万円もらっている上、ねだれば臨時ボーナスも出る私は大丈夫なのだが、両親がお金に厳しい絢音はなかなかやり繰りが大変そうだ。
音楽系の趣味については、こっそり父親が出してくれることもあるらしいが、通常の帰宅部の遊びだけで5千円のお小遣いは底を尽きる。さらに土日も遊ぼうと思うと、お小遣いだけでは到底足りない。
かと言って、土日に絢音を誘わない選択肢はないし、絢音のためにお金のかからない遊びばかりするのももったいない。青春は一度きりなのだ。
結果、どうしているかというと、私と涼夏で援助している。援助交際というやつだ。
絢音も最初の頃は遠慮していたが、すぐに一緒に遊びたい私たちの意向を汲んで、奢らせてくれるようになった。もちろん絢音のことだから、もらった分は控えていて、将来的には返すつもりでいるだろう。
私も涼夏もまったく気にしていないのだが、絢音がそういう子だからこそ成り立っている関係ではある。
今年の夏もたくさん遊ぶつもりでいる。そのためにはまたお金が必要だと、今年は早めに去年のカラオケ店に連絡して、また奈都と一緒にアルバイトをすることにした。
去年色々と揉めたこともあり、奈都は今年はどうするかと思ったが、「お金は大事だし、またチサが倒れるかもしれないし、私もやる」と即答した。去年、バイトの日がかぶらないから、結果として一緒に遊べないと不貞腐れていたが、それよりも私が倒れた時に役に立てたのが嬉しかったらしい。変わった子だ。
春休みは絢音も一緒にバイトをしたので、夏もどうかと誘ったのだが、夏期講習があるのでやめておくとのことだった。単発バイトは考えているようだが、がっつり入れてしまうと、遊ぶ時間が取れなくなってしまう。遊ぶ金欲しさにバイトして、その結果忙しくて遊べなくなるのは本末転倒だ。
今年の夏も、また海やプールに行きたい。奈都とそんな話をしながら登校して、教室に入った瞬間、思わず息を呑んだ。
教室の窓際で、絢音が涼夏の胸に顔をうずめて抱き付いていたのだ。涼夏はなんでもないように絢音の頭を撫でており、それ以外のすべてはいつも通りである。まるで他の生徒には二人の姿が見えていないかのようだが、恐らくそうではなく、絢音が私や涼夏に抱き付いている光景は慣れっこなのだろう。
確かに帰り際に軽いハグはよく交わしているが、こんな朝っぱらから、あんなふうに抱き付いているのは見たことがない。
誰も気にしていないが、帰宅部の部長としてはスルーするわけにはいかないだろう。涼夏もじっと私を見つめて、早く来いと目で訴えている。
とりあえずリュックを机に置いてから声をかけた。
「おはよー。これは?」
「おはよ。わからぬ」
「泣いてるの?」
「いや、泣いてはいない」
それならひとまず安心だ。私も束ねた髪の毛をいじってみたが、反応がなかった。
「まあ、涼夏の胸に顔をうずめたくなる気持ちはわからないでもない」
冷静にそう指摘すると、涼夏は呆れたように首を振った。
「たまたま私が先にいただけ。もし千紗都がいたら、私と千紗都のポジションは入れ替わってたと思う」
「そっかー。なんだろうね」
背中に指を這わせると、夏服越しに肌の温もりがした。今日も暑かったので、しっとりと汗ばんでいる。私も絢音の背中に顔をうずめてみようかと思ったが、ますます変態的な絵になるのでやめておいた。
やがて予鈴が鳴ると、絢音がやにわに顔を上げて体を離した。目も充血していないし、肌も荒れていない。一晩泣き腫らしたとかでもなさそうだ。
「生き返った」
「死んでたの?」
「また帰りに話す」
そう言って、絢音は涼夏の胸に「ありがとう」と声をかけて席に戻っていった。私も涼夏の胸に「また後で」と言うと、涼夏に軽くチョップされた。
この人はいつも通りのようだ。
アルバイトをしている涼夏や、月にお小遣いを1万円もらっている上、ねだれば臨時ボーナスも出る私は大丈夫なのだが、両親がお金に厳しい絢音はなかなかやり繰りが大変そうだ。
音楽系の趣味については、こっそり父親が出してくれることもあるらしいが、通常の帰宅部の遊びだけで5千円のお小遣いは底を尽きる。さらに土日も遊ぼうと思うと、お小遣いだけでは到底足りない。
かと言って、土日に絢音を誘わない選択肢はないし、絢音のためにお金のかからない遊びばかりするのももったいない。青春は一度きりなのだ。
結果、どうしているかというと、私と涼夏で援助している。援助交際というやつだ。
絢音も最初の頃は遠慮していたが、すぐに一緒に遊びたい私たちの意向を汲んで、奢らせてくれるようになった。もちろん絢音のことだから、もらった分は控えていて、将来的には返すつもりでいるだろう。
私も涼夏もまったく気にしていないのだが、絢音がそういう子だからこそ成り立っている関係ではある。
今年の夏もたくさん遊ぶつもりでいる。そのためにはまたお金が必要だと、今年は早めに去年のカラオケ店に連絡して、また奈都と一緒にアルバイトをすることにした。
去年色々と揉めたこともあり、奈都は今年はどうするかと思ったが、「お金は大事だし、またチサが倒れるかもしれないし、私もやる」と即答した。去年、バイトの日がかぶらないから、結果として一緒に遊べないと不貞腐れていたが、それよりも私が倒れた時に役に立てたのが嬉しかったらしい。変わった子だ。
春休みは絢音も一緒にバイトをしたので、夏もどうかと誘ったのだが、夏期講習があるのでやめておくとのことだった。単発バイトは考えているようだが、がっつり入れてしまうと、遊ぶ時間が取れなくなってしまう。遊ぶ金欲しさにバイトして、その結果忙しくて遊べなくなるのは本末転倒だ。
今年の夏も、また海やプールに行きたい。奈都とそんな話をしながら登校して、教室に入った瞬間、思わず息を呑んだ。
教室の窓際で、絢音が涼夏の胸に顔をうずめて抱き付いていたのだ。涼夏はなんでもないように絢音の頭を撫でており、それ以外のすべてはいつも通りである。まるで他の生徒には二人の姿が見えていないかのようだが、恐らくそうではなく、絢音が私や涼夏に抱き付いている光景は慣れっこなのだろう。
確かに帰り際に軽いハグはよく交わしているが、こんな朝っぱらから、あんなふうに抱き付いているのは見たことがない。
誰も気にしていないが、帰宅部の部長としてはスルーするわけにはいかないだろう。涼夏もじっと私を見つめて、早く来いと目で訴えている。
とりあえずリュックを机に置いてから声をかけた。
「おはよー。これは?」
「おはよ。わからぬ」
「泣いてるの?」
「いや、泣いてはいない」
それならひとまず安心だ。私も束ねた髪の毛をいじってみたが、反応がなかった。
「まあ、涼夏の胸に顔をうずめたくなる気持ちはわからないでもない」
冷静にそう指摘すると、涼夏は呆れたように首を振った。
「たまたま私が先にいただけ。もし千紗都がいたら、私と千紗都のポジションは入れ替わってたと思う」
「そっかー。なんだろうね」
背中に指を這わせると、夏服越しに肌の温もりがした。今日も暑かったので、しっとりと汗ばんでいる。私も絢音の背中に顔をうずめてみようかと思ったが、ますます変態的な絵になるのでやめておいた。
やがて予鈴が鳴ると、絢音がやにわに顔を上げて体を離した。目も充血していないし、肌も荒れていない。一晩泣き腫らしたとかでもなさそうだ。
「生き返った」
「死んでたの?」
「また帰りに話す」
そう言って、絢音は涼夏の胸に「ありがとう」と声をかけて席に戻っていった。私も涼夏の胸に「また後で」と言うと、涼夏に軽くチョップされた。
この人はいつも通りのようだ。
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