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第41話 音楽(1)

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 PYMMを前に、絢音から相談を受けていた。やらなければならないそのPYMMを、平日に行うか、休日に行うかである。
 平日だと当然、その日の帰宅部活動に参加できなくなる。絢音が空いている時は涼夏はバイトがあるので、私はぼっちになってしまうが、最近は垣添さんとも遊んでいるし、むしろ休日を充実させる方が大事だと判断して、平日開催に一票を投じた。
 絢音は「帰宅部の矜持を失ったんだね」と悲しそうに首を振っていたが、どっちを選んでも何か言われるパターンだったので放っておいた。
 ちなみにPYMMとは、Prime Yellows音楽会議のことらしい。突然絢音が言い出した。残念なネーミングセンスだが、メンバーが満足しているのなら、部外者の私が口を出すことでもない。
 当日は垣添さんと遊ぼうと思っていたが、絢音から「久しぶりに顔を出す?」と聞かれて、少し考えた末、行くことにした。どう考えても邪魔になるだけだと思うが、言葉の響きが私に来て欲しそうだったので、部長としては無下にはできない。
 バイトのある涼夏と、涼夏と一緒に駅まで帰るという垣添さんの背中を見送って、絢音と二人で教室を出た。廊下は授業から解放された喜びで、実に賑やかだ。
「それで、今日私に来て欲しかった理由は?」
 絢音の耳元に顔を寄せて聞いてみる。きっと会議の場で、何か演じて欲しい役割があるのだろう。そう思って確認したが、絢音は不思議そうに首を傾げて微笑んだ。
「私はいつだって千紗都といたいけど」
「いやまあ、それは嬉しいけど、本当のところは?」
「千紗都が好き」
「ダメだこの女、頭がおかしい」
 額を押さえて首を振ると、絢音は可笑しそうに口元に手を寄せた。どうやら本当に大した意味はないらしい。
 1組の教室に顔を出して、他のメンバーと合流する。豊山さんも牧島さんも戸和さんも、みんな同じ1組だ。豊山さんは偶然だが、牧島さんと戸和さんはユナ高の素敵な制度を使って一緒になった。よくおっぱいを撫でているらしいから、仲が良いのだろう。
「今日はPYMMにお招きいただき、ありがとうございます」
 丁寧に頭を下げると、3人が怪訝そうにまばたきをした。
「PYMMって何?」
「Prime Yellows音楽会議のことじゃないの?」
「初めて聞いたけど。野阪さん、面白いね」
 そう言って、牧島さんがくすくすと笑った。絢音まで「野阪さん、面白いね」と笑っていたので、鼻をつまんで引っ張りながら、「この女にハメられたんだ」と主張しておいた。
 私を連れて行くことは事前に話してあるらしいが、3人は一体どう思っているのだろう。少なくとも私を歓迎する理由はないが、絢音が帰宅部優先なのはメンバーもよくわかっている。もし反対でもしようものなら、絢音はサクッとバンドを切り捨てるかもしれない。そういう優先度の違いも含めて、私に対して思うところがあるのではないか。
 事前に絢音にその懸念は伝えたが、「千紗都は可愛いから大丈夫だよ」と軽く流されてしまった。中学の時も同じ顔だったが、あっさり友達を失っている。もしかしたら多少は容姿に恵まれているのかもしれないが、すべてが許されるほどではない。
 ゴールデンウィーク中にあったステージの感想を話しながら古沼駅を目指す。サックスの涌田さんは不参加だ。彼女の通う仁町女子はユナ高のすぐ近くで、古沼を目指すと帰り道も一緒になる。空いていなかったのか聞いたら、誘っていないらしい。
「まだ正規メンバーじゃないし、あんまり人数が多くても方向性が迷子になるでしょ?」
 牧島さんがあっけらかんとそう言った。涌田さんは牧島さんの友達なので、絢音と豊山さんには言いにくい台詞だろう。
 それを言ったら私はどうなるという感じだが、「方向性が迷子になるから帰る」みたいな冗談は、帰宅部にしか通じないだろうからやめておいた。牧島さんに謝られでもしたら大事故だ。
 ファミレスに入って安いスイーツを注文する。6人席で、向かいに牧島さんと戸和さん、こっち側に絢音を真ん中にして残りの3人。牧島さんと戸和さんの距離が近いので、向こうの方が広そうだが、絢音も随分私に近い。豊山さんに嫉妬されないか心配だ。
 雑談もそこそこで、豊山さんが議題を提示した。今日は次回のライブと動画撮影、そしてオリジナル曲について話すそうだ。
「オリジナルとかカッコイイね」
 私が小学生並みの感想を述べると、絢音がメンバーの顔を見ながら言った。
「誰か作ってくれたら歌うけど、私は作曲の才能は無いし、訴えたいこともないし、好きな曲を歌ってるだけで満足だよ」
「みんな知ってる曲の方がウケるのは確かだね。プロを目指してるならともかく」
 牧島さんが絢音に同調するように頷いた。これでは豊山さんの立場が悪くなるのではないかと心配したが、そもそもオリジナル曲の話をし始めたのは牧島さんらしい。
「さぎりんが作曲して、ナミが歌詞を書いて、私が歌う。莉絵が叩く」
 絢音がドラムの真似をしながらそう言うと、豊山さんが「私、いつも叩いてるじゃん」と肩をすくめた。
「野阪さん、歌詞書けない? 私も別にそんな才能はない」
 戸和さんが無茶振りをする。明らかに浮いている私に気を遣ったのだろう。
「朝起きた。顔を洗った。鏡の中に私はいない。ラララ、みたいな?」
 私が適当なメロディーに乗せて歌うと、牧島さんが「ホラーか!?」と驚いたように目を丸くした。隣で絢音がお腹を抱えて笑っている。ウケたのなら何よりだ。
「作曲者が自分のイメージで歌詞を書く方がいいんじゃない?」
「じゃあ、イメージだけ伝えるから、歌詞は野阪さんね。穏やかな春の堤防とか」
「春はつくし。七草粥の美味しい季節に、私はあれを埋めた。ラララ」
「あれって何!?」
 牧島さんが大袈裟な反応をする。絢音が「もうダメ」と苦しそうに喘ぎながら笑っている。相変わらずツボの浅い子だ。
「ライブっていうと、一つ提案があってね」
 絢音が涙を拭いながらスマホを取り出した。慣れた手つきで操作してテーブルに置くと、爽快なギターのサウンドの後、男性の声で歌が始まった。洋楽のようだが、明らかに英語ではない。フランス語やスペイン語でもなさそうだ。詳しくはないが、明らかに聞いたことのない言葉の響きである。
「何これ」
 豊山さんが苦笑すると、絢音が力強く頷いた。
「YouTubeでWMTしてたら見つけた。オープニングとかキャッチーだし、難しくもなさそうだし、ウケそうじゃない?」
「WMTって?」
「ワールド・ミュージック・ツアー」
 曲名で検索したら、どうやらパキスタンの有名アーティストのようだった。検索してもあまりヒットしないが、日本の有名アーティストが世界では無名なのと同じだろう。世界的に有名な日本の曲は、恐らくアニソンである。
 歌詞を調べたらアラビア語が出てきて、思わず噴いた。盛り上がってきたのでもう少し調べると、パキスタンではウルドゥー語が話され、アラビア文字が使われるらしい。英語もフランス語もイタリア語も同じラテン系のアルファベットを使うが、それぞれ違う言語であるように、アラビア文字を使う言語も色々あるのだろう。この歌詞がウルドゥー語なのかはわからない。
 アラビア文字について深く追及したかったが、脱線なのでやめておいた。私と絢音の二人だったら、今日はアラビア語のお勉強で一日が終わっていたところだ。
「いきなり誰も知らないアラビア語の歌を歌い出したらウケると思うんだよね」
「そのノリは嫌いじゃない」
 牧島さんがやってみようと頷く。面白い人たちだと思いながら眺めていたら、絢音がとんでもないことを言い出した。
「有名な曲みたいで、コードはネットにあったから、各自自分のパートを適当に頑張るとして、歌詞は千紗都が耳コピでカタカナにして」
「私!?」
 突然振られて驚いて隣を見ると、絢音が疑いのない眼差しで頷いた。
「暇でしょ? 全部やるとダレるから、1番だけか1番と最後だけにしようと思ってる」
 スマホからは相変わらず理解不能な言葉が流れ続けている。豊山さんが絢音越しに私を見た。
「無理しなくていいよ? 絢音の無茶振りだし」
「あっ、面白そうだから全然いいんだけど。みんなもやりたいだろうに、部外者の私がやっちゃっていいのかなって」
 私が慌てて手を振ると、絢音以外のメンバーが唖然としたように固まってから、大きな声で笑い出した。
「いや、大丈夫。安心して。誰もやりたくない」
 どうやらこれも帰宅部のノリらしい。果たしてこれが、絢音が今日私を誘った理由なのかはわからないが、Prime Yellowsの中で役割を与えられたのは有り難いことだ。
 この日は他にも、動画の作り方でも役に立てた。絢音のあやおと・みゅーじっくだけではなく、私のkazano vlogも、もう近しい人は知っている。ただ勉強風景を撮っては、雑談のテキストを乗せて公開しているだけだが、わからない人にはすごい動画に見えるらしい。
 あまり脱線もせず、夕方まで話し合った後、絢音とは駅で別れた。方向が同じメンバーと電車の中で喋って、別れ際に「また顔を出してね」と言われた。文字通り受け止めてもいいのだろうか。
 その辺りは、また夜に絢音に通話して聞いてみることにしよう。
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