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第40話 相談(1)
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ゴールデンウィークはこれでもかというくらい遊んで過ごした。去年はまだ涼夏が料理部だったことも、絢音がギターを弾くことも知らないような仲だったので、思い出に残るようなことは何もしていない。せいぜい奈都と映画を観に行ったくらいだが、そのタイトルすら忘れてしまった。
今年は去年の分まで遊ぼうと思っていたし、新学期からひと月、満足な帰宅部活動が出来ていなかったので、死力を尽くす決意だったが、若干気合が空回りした感は否めない。
「何事もほどほどが大事だね」
ゴールデンウィークの終盤、遊んでも遊んでも満たされない現象に名前をつける遊びをしていたら、絢音が疲れたようにそう言った。
絢音のライブはいつも通り盛り上がった。本人たちに言わせると反省点も多いステージだったそうだが、私にはさっぱりわからない。一緒に見ていた奈都も楽しそうにしていたし、涼夏は「詳しくないくらいがいいんだ」と笑っていた。食通が何を食べても満足できなくなる例を出されて理解できた。
今回は私学の高校生企画の一環で、野外ステージでたくさんの高校生バンドが演奏した。元LemonPoundの一岡組の新生バンドも参加していたし、Prime Yellowsは新メンバーの戸和さんの他に、前にも参加したことのある仁町の涌田さんも一緒にステージに立った。正式に加入したわけではないが、吹部を辞めた後、方向性が定まらず、もどかしい日々を送っているらしい。
戸和さんも涌田さんも牧島さんの友達なので、それについて元LemonPoundの絢音と豊山さんはどう思っているのか聞くと、絢音は何でもないように笑った。
「莉絵は知らないけど、私は別に何も。私のバンドじゃないし」
「おい、センターボーカル」
「さぎりん、いい子だし、ナミが時々おっぱい触ってもにこにこしてるよ。私も千紗都のおっぱい触りたい」
「すごい脱線したから! っていうか、割と触ってるじゃん」
「それは言える」
そう言って、絢音は慣れた手つきで私の胸を揉んだ。触るのはいいが、ステージで演奏している時よりも嬉しそうな顔をするのはやめて欲しい。
これでまたしばらくライブの予定はないが、今度はバンド内で動画撮影の話が出ているらしい。冬に作った絢音のチャンネル、『あやおと・みゅーじっく』に感化されたらしいので、やや自業自得感はある。
「一人だと気楽だけど、バンドで作るのは、ちょっと重い」
珍しく絢音がそうぼやいていた。3人で同時に作った動画チャンネルは、いつの間にか私が一番たくさん投稿しているが、そこには何の義務感もない。飽きたらすぐに辞めるつもりだが、バンドのみんなで作るとなると、そういう勝手は許されないだろう。
「とにかくまあ、休みが終わったら帰宅部の活動を増やすよ。体の中の千紗都分が枯渇してきた」
今にも倒れそうな顔でそう言っていたが、休みの間にだいぶ満たされたのではなかろうか。
ゴールデンウィークというと、後半戦の前に、また登校中に奈都の後輩と一緒になった。言うまでもなく、前に帰宅部緊急会議を開いた日に一緒に映画を観に行った一人で、短い期間で随分物理的な距離が近くなっていた。幸いにも私には悪い感情は抱いていないようだったので、朝練はどうなったか尋ねると、富元さんは綺麗な笑顔で言った。
「朝練の話はなくなりました。奈都先輩が反対したせいですね」
「そうなの?」
目だけで見ると、奈都は否定するように首を振った。
「反対はしてない。私は出ないって言っただけ」
「実際、あの一言が決め手になったと思いません?」
「思いません。私にそんな影響力はないよ」
奈都に謙遜している様子はないが、富元さんが過剰に奈都を立てている感じもない。こういうのが第三者のいる面白さだろう。もし奈都から聞いただけだったら、全然違った印象になったはずだ。
「奈都、賛成派から恨まれてない?」
どうも奈都の主観は怪しいので、後輩ちゃんにそう聞くと、大丈夫だと力強い首肯が返ってきた。
「奈都先輩、人気ですし、今から次期部長の風格がありますね」
「人気も風格もないよ」
「奈都、また部長やるの?」
「また?」
私の言葉に、富元さんが首を傾げる。中学時代の話は聞いていないようだ。
奈都から話すなというアピールは受けなかったので、中学時代はバドミントン部の主将だったと伝えると、富元さんは目を輝かせた。
「奈都先輩、すごいんですね!」
「すごくない。マイちゃんは中学の時は何してたの?」
「何だと思います?」
富元さんがいたずらっぽく笑った。私の苦手な会話のテンポだ。親愛なる帰宅部員にはない反応で、ある意味新鮮ではある。
「意外と運動部かな。ソフトテニスとか」
「いい線ですね」
「じゃあ、卓球」
「それです。まあ、お遊び部でしたけど」
二人の会話に違和感は覚えない。相性がいいのか、奈都の受けが広いのか。私と富元さんだけだと、5分で無言になりそうだ。
バトン部の二人が中学時代の部活の話で盛り上がっていたので、私は仕方なく奈都のお尻を眺めながらひっそりとついていった。思い切り撫でたいが、気を引きたい可哀想な子のムーブっぽいのでやめておいた。
何にしろ、朝練がなくなったというのは朗報である。奈都の発言力はわからないが、奈都だけ参加しないという事態は私としても望んでいなかったので、もっと練習したかった人には申し訳ないが有り難い。
その日は後から、奈都にどうして朝練のことを、自分ではなく後輩に聞いたのかと怒られた。まったく意味のわからない、理不尽な怒りだ。
単に共通の話題がなかったからだと言ったが、理解してもらえなかったので、こっちも通学路で放置されたことを怒っておいた。
そんな奈都とも、ゴールデンウィークはたくさん遊んだし、1日泊まりに来て一緒に寝て、しっかりと奈都分を充填した。これでもう当分いいやと、清々しい顔で言うと、また怒られた。奈都にはもっと大らかに育って欲しいものである。
今年は去年の分まで遊ぼうと思っていたし、新学期からひと月、満足な帰宅部活動が出来ていなかったので、死力を尽くす決意だったが、若干気合が空回りした感は否めない。
「何事もほどほどが大事だね」
ゴールデンウィークの終盤、遊んでも遊んでも満たされない現象に名前をつける遊びをしていたら、絢音が疲れたようにそう言った。
絢音のライブはいつも通り盛り上がった。本人たちに言わせると反省点も多いステージだったそうだが、私にはさっぱりわからない。一緒に見ていた奈都も楽しそうにしていたし、涼夏は「詳しくないくらいがいいんだ」と笑っていた。食通が何を食べても満足できなくなる例を出されて理解できた。
今回は私学の高校生企画の一環で、野外ステージでたくさんの高校生バンドが演奏した。元LemonPoundの一岡組の新生バンドも参加していたし、Prime Yellowsは新メンバーの戸和さんの他に、前にも参加したことのある仁町の涌田さんも一緒にステージに立った。正式に加入したわけではないが、吹部を辞めた後、方向性が定まらず、もどかしい日々を送っているらしい。
戸和さんも涌田さんも牧島さんの友達なので、それについて元LemonPoundの絢音と豊山さんはどう思っているのか聞くと、絢音は何でもないように笑った。
「莉絵は知らないけど、私は別に何も。私のバンドじゃないし」
「おい、センターボーカル」
「さぎりん、いい子だし、ナミが時々おっぱい触ってもにこにこしてるよ。私も千紗都のおっぱい触りたい」
「すごい脱線したから! っていうか、割と触ってるじゃん」
「それは言える」
そう言って、絢音は慣れた手つきで私の胸を揉んだ。触るのはいいが、ステージで演奏している時よりも嬉しそうな顔をするのはやめて欲しい。
これでまたしばらくライブの予定はないが、今度はバンド内で動画撮影の話が出ているらしい。冬に作った絢音のチャンネル、『あやおと・みゅーじっく』に感化されたらしいので、やや自業自得感はある。
「一人だと気楽だけど、バンドで作るのは、ちょっと重い」
珍しく絢音がそうぼやいていた。3人で同時に作った動画チャンネルは、いつの間にか私が一番たくさん投稿しているが、そこには何の義務感もない。飽きたらすぐに辞めるつもりだが、バンドのみんなで作るとなると、そういう勝手は許されないだろう。
「とにかくまあ、休みが終わったら帰宅部の活動を増やすよ。体の中の千紗都分が枯渇してきた」
今にも倒れそうな顔でそう言っていたが、休みの間にだいぶ満たされたのではなかろうか。
ゴールデンウィークというと、後半戦の前に、また登校中に奈都の後輩と一緒になった。言うまでもなく、前に帰宅部緊急会議を開いた日に一緒に映画を観に行った一人で、短い期間で随分物理的な距離が近くなっていた。幸いにも私には悪い感情は抱いていないようだったので、朝練はどうなったか尋ねると、富元さんは綺麗な笑顔で言った。
「朝練の話はなくなりました。奈都先輩が反対したせいですね」
「そうなの?」
目だけで見ると、奈都は否定するように首を振った。
「反対はしてない。私は出ないって言っただけ」
「実際、あの一言が決め手になったと思いません?」
「思いません。私にそんな影響力はないよ」
奈都に謙遜している様子はないが、富元さんが過剰に奈都を立てている感じもない。こういうのが第三者のいる面白さだろう。もし奈都から聞いただけだったら、全然違った印象になったはずだ。
「奈都、賛成派から恨まれてない?」
どうも奈都の主観は怪しいので、後輩ちゃんにそう聞くと、大丈夫だと力強い首肯が返ってきた。
「奈都先輩、人気ですし、今から次期部長の風格がありますね」
「人気も風格もないよ」
「奈都、また部長やるの?」
「また?」
私の言葉に、富元さんが首を傾げる。中学時代の話は聞いていないようだ。
奈都から話すなというアピールは受けなかったので、中学時代はバドミントン部の主将だったと伝えると、富元さんは目を輝かせた。
「奈都先輩、すごいんですね!」
「すごくない。マイちゃんは中学の時は何してたの?」
「何だと思います?」
富元さんがいたずらっぽく笑った。私の苦手な会話のテンポだ。親愛なる帰宅部員にはない反応で、ある意味新鮮ではある。
「意外と運動部かな。ソフトテニスとか」
「いい線ですね」
「じゃあ、卓球」
「それです。まあ、お遊び部でしたけど」
二人の会話に違和感は覚えない。相性がいいのか、奈都の受けが広いのか。私と富元さんだけだと、5分で無言になりそうだ。
バトン部の二人が中学時代の部活の話で盛り上がっていたので、私は仕方なく奈都のお尻を眺めながらひっそりとついていった。思い切り撫でたいが、気を引きたい可哀想な子のムーブっぽいのでやめておいた。
何にしろ、朝練がなくなったというのは朗報である。奈都の発言力はわからないが、奈都だけ参加しないという事態は私としても望んでいなかったので、もっと練習したかった人には申し訳ないが有り難い。
その日は後から、奈都にどうして朝練のことを、自分ではなく後輩に聞いたのかと怒られた。まったく意味のわからない、理不尽な怒りだ。
単に共通の話題がなかったからだと言ったが、理解してもらえなかったので、こっちも通学路で放置されたことを怒っておいた。
そんな奈都とも、ゴールデンウィークはたくさん遊んだし、1日泊まりに来て一緒に寝て、しっかりと奈都分を充填した。これでもう当分いいやと、清々しい顔で言うと、また怒られた。奈都にはもっと大らかに育って欲しいものである。
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